魔の啼く城へ(11)

 ドナたちに休むよう指示したマーニはロドシークの艦橋ブリッジに向かう。スライドドアをくぐって中に入ると、いかつい顔の壮年が「お勤め、ご苦労だったな」と迎えてくれた。


「久しぶり、ヴィス」

 立ち上がって差し出した手を無視して彼女は男を抱擁する。

「こりゃ、ずいぶんなサービスじゃないか。美女にハグなんぞされたら勘違いしちまうだろ」

「これは無茶してくれたお礼。反重力端子グラビノッツ出力を質量飽和点まで上げて接近しようなんて思いつくのはあなたくらいのものよ」

「見透かされてるか」

 ヴィスは頭を掻く。

「普通に接近したらゼムナ軍の連中が焦って、わたしたちを一気に包囲殲滅しに掛かると思ったんでしょう?」

「まあな。閣下の指示通りにお前さんたちを無事に迎えるなら多少の無茶は必要だっただろ?」


 会うのは五年ぶりとなるが、地獄エイグニルの副長まで務めるに至った男の義理堅さはマーニは身に染みて知っている。彼の操る母艦からの支援砲撃はいつも絶妙なタイミングと位置からのものだった。常に前線を預かるアームドスキン部隊がどうすれば戦い易いか考えてくれている証左である。


「どうしてもお礼したいって言うんなら、喜んでキスでも何でも受け取るけどな」

「ううん、これくらいにしておくわ。ニッキーに悪いもの」

 彼の妻ニコールは親友でもある。

「そいつは残念だ。が、諦めとくさ。疲れてるだろう? 当面は休んでくれ。まだ、ひと仕事してもらわなくちゃならん」

「こき使うのね?」

「そうは言ってもな、いくらか削ったとはいえ分艦隊を二つも引き連れて戻る訳にはいかんだろ」

 ヴィスが親指で示す2D投映パネルには第十六と第二十一分艦隊が合流する様子が映っている。

「もう一戦交える気ね」

「隠密接近みたいな馬鹿は俺のアドリブだがよ、そっちのほうはケイオスランデルから作戦指示書を預かってる」


 さすがのマーニも驚きで目を丸くする。執拗な敵の追跡さえ彼の想定範囲内だったという意味だ。


「そいつにはお前さんたちも戦力として組み込まれている。しかも、状況想定リストでも上のほうだ」

「ほんと、底知れないお方」

 信頼されていると思えば純粋に嬉しい。

「だから、あんまりゆっくりとはいかないが身体を休めておいてくれ」

「了解よ。で、どんな作戦?」


 ヴィスに示された作戦書に目を通したマーニは更に目を丸くするしかなかった。


   ◇      ◇      ◇


 作戦想定宙域付近に到着すると、操舵士のミグフィ・プレネリムのところへ一人の少女がやってきた。


「戻りました、先輩」

 彼女の顔を見て安心する。

「お帰りなさい、ナジー。大変だったんでしょう?」

「はい、何度も死ぬかと思いました」

「わたしも心配だったわ。魔啼城バモスフラ育ちでしっかり訓練を積んできているとはいえ、いきなり作戦に投入されるなんて思ってなかったもの」

 時間がある時に指導を担当していたのが彼女だ。

「それで……、子猫?」

「あ、ルーゴです」

「本星で拾ってきたの?」

 ナジーは子猫を抱えていた。

「拾ってきたのはニーチェです。預かってて。駄目ですか?」


(ああ、噂のくれないの堕天使ね)

 手を離れている間に友人を作って帰ってきたようだ。


「大人しいみたいだから大丈夫。構わないから副卓に付いてくれる? かなりデブリが多いから」

 進路設定を手伝ってもらわなくてはならない。

「はい」

「みゃー」


 白地にサバトラブチのある子猫からも返事があって吹き出してしまった。


   ◇      ◇      ◇


 指示があって格納庫ハンガーに戻るとルージベルニの前にフォイドともう一人大柄な男が立っていた。ニーチェは二人の傍に降り立つと膝のクッションを利かせて身体を止めた。0.1G下の動作にも慣れてきている。


「お、ニーチェちゃん。じゃあ、発進準備しようかねぇ」

「うん、お願い」

 大男を下から覗き込むと、口を一文字に引き結んだまま見返してきた。

「専属パイロットか。マニュアル通りの整備しかしていないと聞くが、それでこのアームドスキンは問題なく動くのか?」

「今のところはそれで納得してほしいし」

 ドゥカルとの約束だ。

「おじさん、誰だし?」

「はははは、彼が旗艦ここの整備士長さ。ウォーレン・ブブッチ」

 彼は無言で頷く。

「普段はもう一人オズウェル・リッチェルっていうのとコンビで回しているんだけど、今は閣下のクラウゼンのほうにくっついて行ってるらしい」

「ふぅん、ニーチェ・オクトラスレインだし。ねぇ、不機嫌なの?」

「そんな事はない」

 彼は言うが、ニーチェには仏頂面に見えてしまう。

「専用機ならば微に入り細を穿つ調整が必要不可欠なものだ。だが、フォイドともあろう者がσシグマ・ルーンの学習データ調整くらいしかしていないと言う。納得いかん」


(頑固な職人気質だし。納得できないところがあると突き詰めないと気が済まないのかも)

 こういうタイプを説得するのは難しい。ましてや彼女のような感性を重視する芸術家肌の人間とは相容れない部分がある。


「じゃあ、こうするし。納得できないって言っても、ウォーレンはあたしが戦うとこ、ちゃんと見てないでしょ?」

 彼は瞬きを一つして小さく頷く。

「しっかり見てて。ルージベルニがきちんと動いてるって分かるし」

「大した自信だな」

 彼女の啖呵が面白かったのか整備士長の口元が緩む。灯りの色も穏やかな緑が強まっていく。

「どーんと任せて。おじさんのでっかい身体……、じゃなかった命だって背負ってみせるし」

「背負うには私の身体は少し重いぞ」

「それは0.1Gのハンガーだけにまけといてほしいし」

 そう言いつつ、肉厚の背中をバンバンと叩く。


 ニーチェがにっこりと笑って見上げれば、非常に温かな笑顔が返ってきた。

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