魔の啼く城へ(10)

 撤退したクナリヤ号は旗艦ロドシークに係留される。アームで艦底にロックされて運ばれるようだ。

 誘導を受けたニーチェは、ルージベルニをそのまま旗艦の格納庫ハンガーへと滑り込ませる。磁場カーテンを抜けるとそこにはクラフターとは比較にならないほど多数のアームドスキン基台が並んでいた。


(どこ行った?)


 整備士の誘導に従って基台の一つに機体を向ける。左右にずらりと並ぶ基台の列の間を縫って泳ぐと周囲からの視線が痛い。パイロットや整備士の別を問わず、誰もが興味津々で赤いアームドスキンに注目していた。


「見事に目に刺さるような赤だな」

「噂には聞いてたけど、本当にエイグニルカラーじゃないのね」

「あれがくれないの堕天使か」


 基台にルージベルニを立たせ、ハッチを開けて飛び出すとそんな噂話ばかりが耳に飛び込んでくる。しかし、ニーチェはそれどころではなかった。

 昇降バケットから身を乗り出して目的の物を探し出すと、縁を蹴ってそちらへと身を躍らせる。向こうからもオレンジと黒に塗り分けられたスキンスーツの影が近付いてきた。思いは同じらしい。


「あんた、よくも好き勝手言ってくれたし!」

「お前こそ何? 目立つ機体に乘ってるくせにあの程度でまごついて!」

 距離は一気に詰まっていく。

「わたしが来なきゃ、魔王様からお預かりした大事な機体を墜とされてたんじゃないの!?」

「あたしが本気出してたら何とかなってたし!」

「法螺吹いてんじゃないわよ!」


 真正面から組み合うとヘルメットをぶつける。気が済まないニーチェは更に頭突きを繰り返し、相手も同じように頭突きしてくる。強度の高いヘルメットはその程度で壊れる事はないが、衝撃音が内部に響き渡って耳が痛い。それでも我慢して互いに頭突きを繰り返していた。


「はいはい、そこまで」

 制止の声と同時に首の後ろを摘ままれて引き離された。

「マーニ、こいつが自分のお陰で助かったとか恩着せがましく言うし! 他人を捕まえて素人扱いで偉そうだし!」

「お姉さま、聞いてください! 専用機が配備されたって言うからどんな凄腕が加入したのかって思ったら、こんなちんけな小娘なんて信じられない!」

「賑やかねぇ」

 美貌のエースパイロットは苦笑している。

「ニーチェ、援軍が来てくれたから助かったのは事実だわ。まだ素人なのも本当でしょう?」

「うん……」

「ヴァイオラ、彼女の事を良く知らないのにちんけとか言っちゃ駄目よ。あなたももうトップエースなのでしょう? もっと寛容に接してあげなさい」


 窘められてもヴァイオラはまだ膨れている。ニーチェはいい気味とばかりに舌を出して嘲った。相手は眦を吊り上げる。

 驚くほどの美少女だった。見事な金髪が顔を縁取って流れ、形の良い切れ長の大きな目に緑色の瞳が収まっている。宇宙暮らしが長い所為か、肌もゼムナ人にしては白く透き通るようだ。


(うー、めっちゃ気に入らないし)

 一時的にも頼ってしまった自分が情けない。


「大きくなったわね、ヴァイオラ。わたしが魔啼城バモスフラを離れた頃はまだ幼さのほうが勝っていたのに、こんなに美人になって」

 引き寄せられた美少女は覗き込まれて頬を染める。

「だってお姉さま、二十歳になったんですよ。わたしも立派な女です」

「そうね。だったら新入りにも優しくできるでしょう?」

「う……、それとこれとは話が別……」

 恨みを買った覚えはないが、ずいぶんと根深そうだ。


 ドナとギルデ、トリスも床のメッシュ上まで降りてきた。疲労の色は濃いが、表情は明るい。生還を喜び合ってでもいたのだろう。


「よう、小娘。元気にしてたか?」

「お帰りなさい、ギルデ。髪切ったんだ。そのほうが野性味が有っていいよ」

 ヴァイオラは腕を取って笑顔を見せる。

「ニーチェに噛み付いてたのか。やめとけやめとけ。こいつはお前さんでも手に負えないかもしれないぜ」

「えー、でも……」

「大人になりなさい、ヴァイオラ」

 今度はドナに抱き付いていく。

「大人だもん。すぐにドナみたいになってやるんだから」

「毒舌が治らないうちはドナには追い付けないのん」

「トリスまでそんな事言うのー?」

 家族の距離で触れ合い笑い合っている。


(んー……、やっぱり疎外感あるし。仲間だって感じても、地獄エイグニルにちゃんと居場所ができた訳じゃないもんね)

 寂寥感は否めない。ニーチェにはそれだけの積み重ねが無いのだ。


「ギルデの兄貴!」

「おー、マシューの坊主か」

 この声はヴァイオラに貶されていた男だろう。少し親近感が湧く。

「噂は聞いてるぜ。なぁ、弥猛やたけさんよ」

「うひ、やめてくれよ。ポレオン支部に配置されなきゃ、この二つ名をもらってたのはオレじゃなくって兄貴のほうだって」

「そうでしょうね」

 ドナが同意し、トリスも「きっとそうなのん」と賛同する。

「うわ、やめてくれ。俺はもう落ち着いた渋い男に生まれ変わったんだ」

「落ち着いた渋い男はもっと説得が上手ではなくって?」

「地上じゃただの力仕事担当だったのん」


 いつものメンバーとヴァイオラたちが談笑していると疎外感は強まっていく。割り込んで馬鹿をやれば空気に交われるのは分かっている。だが、その家族のような連帯感がニーチェに一人の男を思い出させて踏み込めない。胸の中に開いた穴が彼女の足を鈍らせる。


(忘れたら駄目だし。あたしは目的の為に組織を利用する。家族になるんじゃなくって地位を確立するほうが大事だし)


 チクリと痛む胸は自分への言い訳の所為かもしれなかった。

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