目覚める娘(8)

「マーニはもうアームドスキンに乗らない気なの?」

「どうかしら。撤収する事になったらまた乗ると思うけど」


 外回りの時は目立ってしまうのでドナも操縦用装具σシグマ・ルーンを外している。ジェイルは常に着けていたのでニーチェは気にならないが、一般的な視点からすればアームドスキン乗りというのは特殊な存在だという認識になろう。


「みんなは元からチームだったんでしょ?」

 支部創設に合わせて集められたのではないと聞いている。

「そう、マーニがリーダーの編隊よ。組織でもかなり上のほうだと思われてたはず。でも、リーダーを始めとして全員器用だし、危険な任務になるのは間違いないから技量の高い人間を充てたいって言われて降りてきたわ」

「じゃあ、そのうち呼び戻されるし。その時に置いて行かれないよう、あたしも認められないと」

「頑張りなさい。今は色んな事をやらせて適性を見てる段階。放置しているようでマーニはきちんと見ているから」

 使いっ走りのように働いているニーチェも観察されているらしい。

「がつがつ鍛えるし」

「ほどほどにね。少なくとも陸戦隊ってタイプではないから」

 ドナはくすくすと笑っている。


 二人は普通の友人同士を装って街並みを歩く。意図的に時折り3Dショーケースを覗き込んだりもする。もちろん人並みに興味を持っているので実益も兼ねているが。


「ニーチェのセンスはちょっと変よ。私にはさっきみたいなピンクは似合わない」

 心外な事を言われた。

「悪くないけど」

「ピンクのブラウスにスラックスパンツとか耽美系の男役みたいになってしまうじゃない。むしろ女の子たちに受けてしまいそうだわ」

「昔の友達とかたぶん好きだと思ったし」

 額を押さえて「そんな趣味はないわ」と言い切られる。

「んで、今日会うのは若い男なんでしょ?」

「ええ、技術系の男性。ビント・フルグ、二十六歳。結構優秀みたい」

「そんなポレオンで一番出世できそうなのが、なんで組織の情報網に引っ掛かったんだか分からないし」

 人通りが途絶えたところで声を潜めて会話する。

「んー、そうね。ちょっと面倒臭いタイプかもしれないわ。だから私が担当するんでしょうけど」

「はへ?」


 この台詞にニーチェは戸惑う。本当に難しいタイプがターゲットならマーニが直接担当するだろうし、人当たりの良さで選ぶならトリスのほうだろう。ドナが担当するのは、どちらかといえば理詰めが効果のある人物である事例が多かった。


(技術系だから理屈がしっかりしているドナが普通に適役だと思えるし)


 ニーチェはそう思っていた。


   ◇      ◇      ◇


「スカウトに来たんだよね?」

 粘りつくような視線に悪寒が走る。

「君の後ろにいる人物はなかなか使えるようだ。こんな美人を僕に充ててくるんだからね」


 気障ったらしい仕草で首元の長髪を後ろに撥ねる男。ニーチェは今すぐ鋏を持ち出してちょん切りたくなった。

 待ち合わせ場所にやってきたビントは確かに整った顔立ちをしている。これで将来性が十分なら女性にモテてきただろう。対応の仕方でそれが読み取れる。


「大切な恋人を何人も繰り返しライナックに奪われてきたんでしょう? あなたの技術で見返してやりたいとは思いませんか?」

 相手の視線からすれば、あまり上手な誘い文句とは思えない。

「僕の技術は安くないよ。まあ、君の美貌になら捧げる価値はあるかもしれないね」

「こちらが要求する水準も決して低くはありません。噂くらいは聞き及んでいるものと思いますが、あなたの知的好奇心を満足させるには十分だと考えています。地獄エイグニルの技術力は」

「興味はあるね。君へと同じくらいには」

 繰り返し粉を掛けてくる。ビントは暗にドナの心も要求しているのだ。

「私は組織に属しています。そういう関係性も同じ場所に立たない限りは成立しないとは思いませんか?」

「譲歩するし……」

 ニーチェは小さく舌を出す。


(ちょっと目算違いっぽいし)

 彼に関する事前データでは幾度も恋人をライナックに奪われ続けてきたのだとあった。その所為で恨みを募らせていると考えられているようだ。

(女にだらしないだけの男だし。それもただの美人好き)

 彼になびいてきた美人たちは将来性を買っていたのだろう。豊かな暮らしができるのではないかと。

(最初が無理矢理でもライナックに囲われるなら、きっとそっちのほうが良いとか思うような女ばかり。それが分かってるから、このビントって奴もあまり未練を感じてないっぽいし)

 性懲りもなく今度はドナに食指を伸ばそうとしている。

(履歴には性格が綴られていないから外れを掴まされるし)

 ニーチェは呆れ、半分諦めモードになっている。


「本当なんだろうね?」

 ビントは念押ししてくる。

「どちらの意味で? 私の気持ちという意味でなら、心動かされる実績と誠意を見せてもらわねば何とも言えませんわ。技術という意味では、正直あなた程度では最初は付いてくるので精いっぱいだと思います。それほどまでに高水準ですよ」

「む? 僕では物足りないというんだね?」

「無論、予想以上の働きを期待はしていますけど?」

 ドナも路線を変えてきた。プライドを刺激する方向らしい。

「失礼な。そんな態度では協力はできない。誠意を見せるのは君のほうだと思うけどね?」

「だから、こちらは怨嗟の行き場所と技術の活かし場所を提供すると言っているだけです。あなたに協力を求めているのではありません」


 憤慨した相手は聞く耳を持っていないだろうとニーチェは感じていた。

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