紅の歌姫(5)

 捜査五課では船員を追及しているが大きな進展はないという。あの三人は、薬物をあくまで個人で持ち込んで捌こうとしただけで、商船団の関与を否定している。


「そんな訳ないんだがね」

 機動三課長のフレメン・マクナガルは言及する。

「そうでしょうね。商船のペイロードは限られている。そこに利益にならない船員の私物を大量に積載するなどあり得ません」

「事前に話が付いてるんだろうな。もしも検挙された時は個人で罪を背負うと。その代わり、刑を終えた後の利益供与と再就職を保証でもしたか。ゼムナには出入りしにくくなるが別航路では使えるからな」

「反社会勢力がよく使う手ですね」

 端的にいえば身代わりしたのだとジェイルも理解している。

「五課の方たちはうるさく言ってきましたか?」

「四課との調整がどうのとか周りの目ばかりに気にして動けない癖に文句ばっかり言ってたな。お前は気にせず好きにやれ」

「面倒をお掛けします」


 彼は理解者ではある。単に止めても無駄だと思っているのかもしれなくとも邪魔される事はない。ジェイルの有用性を正しく理解して自由にさせているのである。

 そこに成果という打算が働いていたとしても構いはしない。動けるうちは自儘に動くと心に決めているからだ。


「で、どうする、ジェイル? 奴ら、もうポレオンじゃ売らないかもしれないぞ。掴む尻尾が無くなっちまった」

 同僚のグレッグも独自に動いていたが相手は完全に形を潜めたらしい。

「そうですね。売り先の線から詰めていこうかと思っています」

「客か? でもな、ほとんど個人だろうから探すのは大変だぞ? あいつら、顧客リストなんて上等なものは作ってない」

「ファミリーとは違いますからね」

 反社会勢力はそういったツールを活用してルートを確立している。

「片っ端から当たっていくのも無理っすよね」

「裏社会にもまともなコネクションが無いだろうからな」

「あるんですよ、裏社会の住人でもない大口の供給先が」

 首を傾げるグレッグとシュギルの先輩後輩コンビに教える。

「ポレオンで活動する小から中規模の反政府組織です」

「そうか!」


 武器なら無理せずとも準備できるご時世。薬物に関しても末端消費者として入手は可能である。しかし、それが裏社会のルートを経由せず、安価に手に入るなら飛び付くだろう。


「奴ら、薬物を使用しているんすか?」

 シュギルは懐疑的だ。権力構造の改革という看板を掲げておいて薬物汚染には寛容なのは道理に合わないと思うのだろう。

「元は素人の集まりだ。それが大勢が死ぬかもしれないテロ行為なんぞに手を染めてる。薬でも決めてないと思い切れないような奴が多いのさ」

「そういう事です」

「矛盾だらけっすねぇ」

 肩を竦める。


 豊かではあれど不満や鬱憤が多いという環境がそうさせるのかもしれない。貧困であえいでいれば薬物に頼ったりするゆとりなどない。


「そうすると捜査四課の管轄っすね」

 組織犯罪に分類される。

「手を出すとうるさそうだな」

「連中、ひと際過激っすからねぇ」

「怪しげなところを引っ張ってきて薬物の出処を吐かせますか」

 ことも無げにジェイルは言う。

「聞いてなかったんすか? あいつらは喧嘩腰で抗議してくるような人種なんすよ」

「生身でアームドスキンに勝てる人間などいません」

 すまし顔で答える。捜査四課には機動戦力など無い。


 顔に手を当てて呆れる後輩捜査官を尻目に、相応の規模の反政府組織の拠点を探し始めた。


   ◇      ◇      ◇


「追えてますか、シャノンさん?」

 反政府組織が保有していた三機のアームドスキンはあっという間に戦闘不能にしてある。

「九人、そっちの路地に入り込んだよ、ジェイル」

「了解です」

 オペレータの言に、マップに目を走らせて確認すると先回りする。

「抵抗はやめなさい。無駄ですよ」

「黙れ! 捕まったら殺されるだけだろうが!」

「物騒なことをおっしゃらないでください。我々は警察です」

 構わずレーザーライフルを向けてくる。


 しかし、手持ち武器ではビームコートさえ貫けない。表面を浅く溶かす程度であろう。ジェイルは手首の対人レーザーで足元を薙ぐ。それだけでも出力は桁違い。腰を抜かしてうずくまる者も出てくる。


「まずは公務執行妨害で逮捕します。聴取に応じてくださいね」

 彼らは無言で頷いた。


   ◇      ◇      ◇


 連行して一人ひとり取調室に放り込む。相手が人間になると途端にふてぶてしい態度をとり始めた。


「我々は政府の姿勢を問う者である! ゼムナの現状を国際社会は……!」

「それは結構です。今はとりあえずあなた方がどこから薬物を入手したか教えていただけませんか?」

「う!」


(参りますね。ノリで反政府運動などに没入した挙げ句に、薬に頼ったうえに罪悪感を感じている訳ですか)

 主体性がなく、周囲に流されるように活動を続けているようだ。


「証言してくだされば減刑申請を付け添えて差し上げますよ」

「本当か?」

 身を乗り出してくる。


 件の商船団と接触が確認された集団を摘発したのだ。ジェイルが必要としている情報を実に流暢に話してくれる。

 彼にできるのは薬物関連の容疑に対してだけ。テロの容疑で四課に追及されるぶんは感知しない。そんな事などおくびに出さず、証言を記録していった。


(では早速動いてもらいますか)


 一斉検挙に捜査五課を誘導しなくてはならない。

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