紅の歌姫(3)

 ホアジェン音楽学校は、音楽科専門のハイエイジスクールの中でも名門。学費も高いが設備も講師陣も充実している。真剣に音楽で身を立てたいと考えているか、修学が履歴の箔になると思っている子弟でなければ敷居が高い。

 そういう学び舎であるだけに上流階級の子供たち、ゼムナではライナック姓を持つか、家として繋がりのある者が多分に含まれる。公平を謳っていようがどうしても権力と切り離せない場所でもある。


 そんな学び舎で元より異彩を放っていたニーチェ・オクトラスレイン。俄然やる気を出し、真剣に技術を飲み込み始めた彼女は目覚ましい進歩を遂げる。ムラっ気は影を潜め、喉を震わせるだけで講師も唸らせる調べを生み出していた。

 自分より目立つ者を鼻持ちならないと考えてしまう階級意識の中で光を放つニーチェは風当たりが強くなってしまう。しかし、普通なら委縮してしまいそうなプレッシャーの中を雑草精神で颯爽と泳ぐ彼女を小気味良いと感じる者も少なくない。


「ニーチェってば本気で狙ってんの?」

 四人掛けのベンチで隣のイヴォンは少々呆れ気味。

「そ、二回生も何も関係ないし。取れるタイトルなら取ってみせる」

「代表の座を? ポレオン総合発表会まで行く気なんだ」

「学校の代表よ。将来を睨んだ三回生は合わせて調子を整えてるでしょうし、四回生の中にはもう高名な先生に師事してる人も居るの。それなのに三つしかない椅子を取りにいくとか気が知れないわ」

 真面目なイザドラは持ち前の好奇心を発揮して下調べをしているらしい。

「あたしは賭けてるし。パパにあなたの娘はお金をかけた価値があったって思ってもらいたい。んで、誇れる娘だって言わせたい」

「ジェイルさんなら、ニーチェが夢に打ち込んで頑張っている姿を見せるだけで誇らしいと思うはずじゃない?」

「ちゃんと目に見える形にする。そのチャンスが転がってるし」


 最近の頑張りは彼女の本気度を如実に表している。目標の為なら障害などものともせず、貪欲に進んでいくのが自分だと思っていた。そして結果も欲している。


「へぇー、そこまで本気なのね」

 割とおっとりしたヘレナは上昇意識は薄いのだろう。

「本気も本気。どんな相手が立ち塞がろうと打ち破ってやるし」

「いや、対戦形式じゃないのよ」

「逞しいねぇ、ニーチェ。惚れちゃいそう」

 イヴォンのツッコミも耳に入っていなさそうだ。

「許す。あたしに惚れるならパパへの移り気は許さないけど」

「あ、だったらニーチェを諦めるわぁ」

「何でそっちを諦めるし!」

 四人は笑いに包まれる。


 恒星フェシュの強烈な陽射しを避けて東屋で話す四人の所へ客がやってくる。招かれざる客に盛り上がっていた空気は急に冷めていく。


「分を弁えない下級生ほど可愛げのない人間はいないものね」

 不躾に嫌味を投げ掛けられる。

「また、あんた? 分なんて関係ないし」

「ヤングエイジスクールの子供だって知っていてよ。このポレオンで持たざる者が持つ者に歯向かうなどおこがましいと」

「持ってる持ってないっていうの、ライナック姓のこと? 馬鹿っぽいし」

 絡まれたのは一度や二度ではない。


 八人もの取り巻きを連れてきたのはユリーヤ・ライナック。ホアジェンの三回生。

 傍流に属する彼女はニーチェと同じ声楽科に在学し、好成績で卒業することで履歴に箔を付けたい部類である。実家は富豪と呼べるほど裕福で、何人ものレッスンプロを雇って学んでおり、入学後の二年余りを常に上位でキープしてきている。

 急に頭角を現してきたニーチェの存在が気に入らないらしく、折に触れては絡んでくる。もしかして彼女が上位でいられるのは、こうしてライバルになりそうな相手に圧力を掛けて諦めさせてきたからかもしれない。


「名前で歌が上手くなれるなら、この惑星ほしで一番の歌い手はあんたんとこの宗主だし」

 しかし、彼女は圧力になど屈する玉じゃない。

「ええ、リロイ様なら見事な美声で歌ってくださることでしょう。あなたみたいな、どこにでもいる野鳥のけたたましいさえずりとは違っていてよ」

「皮肉が通じないほど頭が足りないし」

「分かっていて返したに決まっているじゃないの!」

 簡単に挑発されてしまう辺りに拙さを感じる。


 取り巻きが取り囲むようにして冷たい視線を送ってくるがニーチェはものともしない。この程度の皮肉や揶揄ではどこ吹く風である。

 立ち上がったイヴォンも腰に手を当てて胸を反らす。彼女もニーチェと気が合うだけあって反骨精神の強いタイプで、逆風に笑いながら走り出すような娘だ。


「馬鹿な子たち。そんなのに媚びへつらって将来を約束されても実力が伴わなきゃすぐに消えていく運命。せっかくの時間を棒に振ってないで練習したほうがよほど実りがあると思うけど?」

 男勝りなイヴォンの押し出しは強い。

「躾がなってないですわ。大国ゼムナの将来を担う家の娘として品格を養ってほしいものです」

「私、これでも本気で声楽家として稼ぎたいと思ってる。だから友人は選ぶよ。より高め合っていけるような人をね」

「お止しなさい。育ちの悪い誰かさんの影響を受けて、上流の誇りを捨てたようなお馬鹿さんの相手なんて」

 何とか取り繕ったユリーヤが見下してくる。

「似つかわしくない娘の所為で栄えあるホアジェンの歴史に傷が付いてしまいそうですわ。一介の公僕風情の娘が」

「パパは職務に忠実で本当に社会秩序を守りたいっと考えている素晴らしい捜査官だし。誰だかは明かさないけど」

「そうやって隠していられると思っていて?」


 ユリーヤはいやらしい笑みを浮かべて見つめてきた。

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