泣けない少女(2)
出会ってこの方、結構な頻度で友人のこの顔を拝んできたような気がするが、今回のそれはトップクラスの驚きっぷりだった。良家の令嬢三人が三人、ぽかんと口を開けて固まっている。
フリーズが解けたかと思うと、今度は強く腕を引かれて取り囲んで睨みつけられる。傍から見れば真っ当な関係性には見えない。
「ニーチェ、あんた、いつ彼氏を作った? そういうの教えてくれる約束じゃない!」
イヴォンが詰め寄ってくる。
「水臭いったらないわー」
「パパ愛しか語らないから油断してたよねー。抜け駆けされるとか」
残り二人の視線も尋常ではない。
「違うし……。まあ、この反応は予想のうちだったけど」
「どういうことか説明してくれるんでしょうね?」
「どうもこうも、こういうこと」
三人を押し退けると車に近寄って「パパ」と声を掛ける。再び固まった彼女たちの表情も結構な見ものだった。
「どしたの? 今日は非番だけど行くとこあるって言ってたし」
ジェイルが休暇なのは知っていても街中で出会ったりはしないはずだった。
「ああ、用なら済んだよ。偶然出会えれば君を拾って帰ろうかと回ってきたんだけどね?」
「そうだったんだ」
(迂闊だったし。パパの勘を甘くみてたかも)
理論派の父親はあまり無駄足になるようなことはしないと勝手に思い込んでいた。
「友達だね? 紹介してもらってもいいかな」
流したいところだったが促されてしまう。
「んーと……、そ、仲の良い三人です。以上。まだ遊びに行くつもりだから先に帰ってて。夕食の準備の時間までには帰るし」
「なにをっ!? 待って待って! 私、ニーチェの親友のイヴォンですっ!」
「君がイヴォンなんだね? 話は聞いている。娘と仲良くしてもらってありがとう」
穏やかな笑顔にイヴォンの表情が蕩けていく様が見られる。
ヘレナとイザドラも殺到して自己紹介する。笑顔を崩さず、柔らかな物腰のジェイルに皆が見惚れていた。ニーチェにとっては最悪の日である。
(もう駄目だし、これは。この娘たちが今後はうちに来たがるの確定)
三人の行動パターンは把握している。
「送るよ。どこに行くつもりだったんだい?」
ジェイルが座席を示す。
「あー、だいじょ……」
「コーディネートショップです!」
「お言葉に甘えちゃお」
厚意に甘えようとする友人たちに閉口する。
「……お願い、パパ」
「気にしなくていいさ」
なし崩しに目的のブランドショップへと向かう彼ら。後部座席を三人娘が占め、父親を興味津々の面持ちで見つめている。
「とても二十九歳には見えないです」
三人とも父の簡単なプロフィールくらいは教えてある。
「難しいものですよ。本人が思っているほど年齢なりの貫禄というのは身につかないようです」
「あ、そんな意味じゃなくって!」
「お歳の割に若々しいって意味です。というか若いです。十分いける」
目的地をナビゲータに入力するジェイルに次々と質問が飛ぶ。
「いけるってどういう意味よ!?」
「え、それはニーチェが一番分かってるんじゃない?」
「うるさいし!」
牽制に忙しい。
「ナビゲータをお使いになるんですね?」
「ほとんどの車が使っていると思いますが?」
「えと……、アームドスキンパイロットだと聞いているので、自動運転じゃなく自分で運転したがるものかと思って」
生業によってはそういう傾向も強いと聞く。
「自動交通管理システムのほうが優秀ですよ。事故の危険性が防げるなら使うべきだと僕は考えています」
「優しい考え方だと思います」
街中では自動運転にするのが常識の現代。交通管理システムに委ねれば事故の可能性は極めて小さくできる。手動に切り替えるのも可能だが、それで事故を起こした時の罰則は重い。
警察などの緊急車輛、軍用車輛などやバイクは手動運転が主流でも、四輪以上の車輛は自動運転が普通だ。なので道路の流れは今も順調である。
「ところで、皆さんほどのお家であれば、ご家庭にフィッティングマシンくらいは備えているものだと思っていたのですが」
「うちとヘレナん家は置いてあるし、イザドラん家も定期的にマシンを呼ぶけど、やっぱりブランドショップだとフィッターさんが居るから便利なんだ。専門家の意見はやっぱり違うから」
イヴォンは既に馴染んで口調が砕けてきている。
「そういうものですか。僕の稼ぎが今一つなので娘には不便をさせています。教えてやってくださいね」
「いいけど、ニーチェのセンスは独特だからねぇ」
「余計なお世話だし!」
ファッションセンスはよく
「ニーチェは行動も外見も破天荒だもんね」
「うん、見てて飽きない」
「
もうちょっと歯に衣着せてほしい。
友人が裕福なだけで一般家庭としてはかなり恵まれた暮らしをさせてもらっていると感じている。だが、ジェイルとしては人間関係に苦労させているという負い目を感じているらしい。ニーチェ的には自分で飛び込んだ場所なので、見下してくるような相手とは付き合わないだけの話。その辺りの跳ね返り具合も彼女には破天荒に映っているのかもしれない。
「君も何か見繕ってもらうといい」
勧めてくれる。
「ううん、普段着は要らない。間に合ってるし。近々発表会用の衣装をどうしようか相談するつもりだったから覗いてみたかっただけ」
「そんな話だったね」
「だから参考にするだけだし」
父のほうをチラリと覗き見る。
「パパが選んでくれるなら一番だと思うけど」
「そうしようか」
思ってもいなかった僥倖にニーチェの胸は湧き立った。
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