泣けない少女(3)
普通なら家族でもない者、ましてや異性に身体の線も露わなフィッティングスーツ姿を見せたがるものではないが、ニーチェの友人にそんな慎ましやかな面を期待するのは無理だった。だからこそ彼女と波長が合うのかもしれないので文句は言えない。
三人は見せつけるかの如くジェイルの前に出て服選びの意見を聞こうとする。父もそんな彼女たちの様子に戸惑うふうもなく対応している。その辺りは同年代の異性ではあり得ない反応で、彼を大人だとニーチェは感じた。
「これなんかどう?」
隣に腰掛けてカタログパネルを操作する。
「悪くはないと思うんだけど、どうもピンとこないね。得意分野ではないからだろう。ひと通り合わせてみてはくれないかな?」
「うん、もちろん」
「観客も居るのだろうから、納得できるものを選びなさい」
発表会にはかなりの人数の観客が来るようだ。友人が先輩方から聞いたらしい。
「パパも観にきてくれる?」
「予定している。でも、あまり期待はしないでくれないか。出動があればそちらを優先するしかないんでね」
「解ってるし!」
そうは言うがニーチェの胸は躍っていた。
(絶対に自慢の娘だって思わせてやるし!)
そう決意している。当日は全力で挑むつもりだ。
ジェイルの意見を頭に留めながら幾つものドレスを着替えていく。彼女が選んだものは原色系の無地が多い。いつもは多色の物を好み、その組み合わせで友人の度肝を抜くことが多いニーチェも、さすがに楽曲発表会で観客を驚かせる気はない。父に恥をかかせたくもない。
「結構悩むし。また選び直すしか……」
反応は悪くないものの、今一つ納得できない。
「次はこちらをお試しください」
「え?」
「お父様のお選びになったものです」
フィッターから思っていなかったことを告げられた。
投映されたドレスはニーチェが選んできた物とは明らかに毛色が違う。むしろ敬遠してきた系統の衣装だった。
首元から腰辺りまでは純白である。刺繍が施してあるがそれほど目立たない濃淡で蔓草を象ったもの。
肘までの袖とくるぶしまでの裾は大きく広がりドレープを持たせてある。端へ行くほど淡くグラデーションが掛かっていて、末端では透明感のある赤に染まっていた。そこに真紅のサッシュベルトが巻かれてポイントになっている。
「うっわ! すっごい!」
イヴォンが歓声を上げる。
「超絶似合ってる!」
「ほんと! 瞳の赤と相まって驚くぐらい」
「白の清純な感じと赤の情熱が入り混じって独特の雰囲気を纏っているみたい」
友人には極めて好評だ。だが、肝心なのはもう一人の人物。
「どう?」
「うん、予想通り良い感じだ。僕は満足している。君が良ければの話だが」
「じゃあ、これに……!
価格も想像以上だった。彼女が予想していた数倍はする。
「これはいくら何でも!」
「気に入ってもらえたようです。これをいただけますか?」
「承りました。お客様のサイズに合わせたのちに、ご自宅にお送りいたしますので」
ブランドフィッターは上客に満面の笑み。
あっという間に決まってしまい、ニーチェは「うげ!」と悲鳴を上げる。散財させまいと取り消す暇もなく、今度は友人がジェイルに集まって自分に似合うドレスを選ばせようとしていた。
(取られた! でも、嬉しい!)
投影されたドレスの身体を自分で抱き締めて感動に打ち震えた。
◇ ◇ ◇
コーディネートショップを辞する頃には夕刻になっていた。時間的に夕食には少し早いが、ジェイルが皆を誘って近くのレストランに入る。
「意外と美味しい」
今度は庶民的な店。ニーチェが強硬に主張して高級店は避けた。
「仕事の合間に利用するような店ではありませんが、娘とはよく来る店です。値段の割には良いものを出す穴場だとは思いますよ」
「ですね。ここのシェフ、引き抜こうかしら?」
「やめて! あんたの所に行ったら高級店価格になっちゃうし!」
イザドラの家は高級レストランチェーンを経営している。
「味を保証するにはそれなりに経費も……」
「その発想が庶民向きでないし!」
意識の違いが否応なく出てしまう。彼女たちの感覚に付き合っていたら父を破産させてしまいかねない。
「二人暮らしなんだよね? ジェイルさんのご両親とかは?」
イヴォンは堪りかねたように質問する。
「縁を切られてしまいました。聞いているかどうか知りませんが、僕があまりに無茶をするもので付き合いきれないと」
「あー、ライナック案件の話で……」
それとなく教えてあったので、彼女も言葉を濁す。
「それで、寂しくなったからニーチェを引き取ったんですね?」
「違うし! パパのはただの善意! 何でもできる人なんだから!」
「ふーん」
ヘレナは疑わしい眼差し。
「自分でも孤独に苦しむタイプではないと思っています」
「でしょ? 一方的にお世話になっているのはあたしのほう」
「ですが、最近は一概に言えないとも思っています。もしかしたら娘に依存しているのは僕のほうではないかと」
殺伐とした捜査官の毎日の中で癒しを求めているかもしれないとジェイルは続ける。
(それが本当ならあたしは自分を褒めてあげられる)
三人が父娘の普段の生活を聞くのを耳にしながらニーチェはそう思っていた。
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