第23話 イルカショーでドキ!

 ピン、ポン、パン、ポーン。


『ご来館の皆様にお知らせします。三時より午後のイルカショーを開催します』


 始まる。イルカショーと言えば、ガキの頃の悪友(ワルトモ)たちの心躍る水族館のメインイベントだ。


 最前列に座って、はじけ飛ぶ水しぶきをどんだけ避けられるか競ったものだ。まあ、終わりごろには全員ビチャビチャなんだけど。懐かしい。


「優、行くか」


「うん、一哉。最前列ね」


 くっ。こいつも知っていたか。さすが悪友(ワルトモ)。心が通じ合う。てか、お互い単なるガキなのだが。


「競争だよ」


 午後の日差しに照らされた優の笑顔が眩しい。


「おう」


 俺たちはイルカプールに向かって駆け出した。


 ペンギンプールとイルカプールは隣接していたので、俺達は最前列のど真ん中の席を陣取ることができた。ツイてる。


 イルカたちが悠々と泳ぐ姿にテンションが上がっていく。水族館の職員の指示に従って設置されたボールに向かってジャーンプ!


 ザッ、ブーン。


 げっ。大津波。避けるとか逃げるとかのレベルじゃない!


 続けざまに二頭が揃ってジャーンプ!


 ドッシャーン。


 うほ。更なる大津波。頭からもろに海水を浴びた。ショッペー。マジかよ!


「優、大丈夫か?」


「水も滴るイイ女!」


 横を向いてドキ!


 四月とはいえ、天気も良くそこそこ暖かいから、ある程度水しぶきが飛んでくるのを予想して、制服の上着をカバンに突っ込んで椅子の下に置いていた。


 ある意味大成功。そして、ある意味大失敗。


 頭からバケツで水をかぶったようなびしょ濡れの優。


 ヤバイ。


 白いブラウスが透けて、体にピッタリ密着している。下着の形も、体のラインも丸わかり。


 エロい。


「一哉、受ける。髪が顔にへばりついて半魚人みたい!」


 ガハハと大口を開けて笑う優。気付いてないのか?


 イルカショーが始まる前から、優は会場に集まった人々の憧れと羨望の視線を集めていた。そして、俺には数多(あまた)の敵意がつまった視線。気にしないようにしていたが、今、それが殺意に変わった。


「優、行こっか」


「一哉、どこへ」


「あのさー。優、下着透けてっから」


「あう」


 こいつ、熱中すると全てを忘れて集中すっからなー。まあ、それが優の頭脳明晰の下支えになっているから悪いとは言わんが。


 顔を真っ赤にして、腕で胸元を隠している優を引きつれて、カバンを二つ持ってイルカプールから逃げ出した。


 お土産屋さんでTシャツを買う。二人、別々にトイレで着替える。待ち合わせ場所に戻る。


 ドキ!


「・・・」


「一哉、お揃い」


 優が満面の笑みを浮かべている。周囲人々から俺に向かって注がれる憎悪の視線。そう、こうなるのはもちろん分かっていた。が、あの状況で優の笑顔に勝てるやつなんているのか?


「うふっ。ペアルック!」


「ペアルック言うな」


 今時、バカップルでも避けて通るペアルック。優は、なぜそんなものを望むんだ。やっぱ、こいつ根っからのポンコツだわ。楽しそうにしている優を見つめる。


「んっ?」


 ドキ!


 両胸の先端に二つの小さな突起。濡れたもんな。あれも・・・。


「優、胸のあれが目立ってる。ジャケット着ろ」


 俺は優を壁側に向かせて、顔を寄せて耳打ちをした。


「うん、知ってる。でも、せっかくのペアルックが隠れちゃうから」


 そっ、そっちかよ。見えるの覚悟で、ペアルックを見せ合うことを選んだんかい。


「あふっ。良いこと思いついた。私、やっぱり天才だ。キズ絆創膏はれば良いんだ」


 トイレに駆けだしていく優。ため息も枯れ果てた。


 もう、俺だけジャケットを着る訳にもいかんだろーなー。鈍感なふりしてバカップルに徹するしかないか。でも、心は悪友(ワルトモ)キープ。


 戻ってきた優、胸の先端の突起が消えている。上手くいったのは分かるけど、事情を知っている俺には、さらにエロく見える。


 その上、恋人手つなぎ。Tシャツだから露出した肌が直(じか)に触れ合う。俺の二の腕に、フニュ、フニュしたところを押し付けてくるもんだから生感がたっぷり伝わってくる。


 優が求めているものが無垢な人肌の温もりであって、恋人同士の大人のそれとは違うと知っているから突き放すこともできない。


 ペアルックでさらに目立つようになった。周囲からは殺意、横からは物理的な甘い誘惑。んで、心には悪友(ワルトモ)と言う名のクサリが俺を縛る。


「一哉」


「んっ」


「楽しいね」


「そっか」


「うん」


 俺達は水槽の小窓を覗いて周る。そろそろ、帰りの時間が近づいている。


 色々あったと言うか、何もない日常を過ごしていたヘタレ平民男子の俺にとっては、人生のイベントをたった二日に圧縮したような何でもありの体験だった。


 それも、もう直ぐ終わりだ。明後日になれば学校が始まる。


 優の性格なら、好む好まないにかかわらず神聖女子(アンタッチャブル)に戻っていくだろう。俺は俺でヘタレ平民男子に戻る。


 冷静になったらそんなものだ。神聖女子(アンタッチャブル)と平民男子は学園の中では交わらない。歴史と伝統が作り上げた暗黙のルール。


 だから、今だけは残された時間を楽しもう。俺は引っ付いてくる優の屈託のない笑顔に向かって心の中で誓うのだった。


 バカップルと化した悪友(ワルトモ)相手に、俺の心臓がトクンと鳴った。

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