第24話 お別れでドキ!

 海を望む駅で優と帰りの電車を待っている。水族館の屋根がホームから見える。名残惜しい。


 二人、並んでホームのベンチに座り海を見つめる。言葉を交わさなくても、互いの気持ちがなんとなく分かり合える。


 夕刻も近づいて、少しばかり肌寒くなった。さすがにTシャツと言うわけにはいかないので、ペアルックも制服のジャケットの下に隠れた。


 一つ、また一つと思い出が積み重なった二日間。ドキドキとハラハラの連続。充実と言う言葉が、まだ生きていた少年時代の気持ちを蘇らせてくれた。


 悪友(ワルトモ)かー。


 恋人じゃないし、親友ともちょっと違った関係。男女を超えて付き合える。無邪気で、自由で、何でもありと思える関係。


 一見、幼稚で危うさを含んだ言葉にも感じるが、互いの心をガッチリと結びつける。嘘は厳禁。自分をさらけ出さないと築けない関係た。


 ある意味、下心満載の恋人なんかよりも、ずっと強い絆を感じる。恋の駆け引きも、嫉妬もない。


 優の手がスッと伸びて俺のズボンの前ポケットに忍び込んでくる。


 ドキ!


 内側の生地が薄いので、優の手の冷たさが太ももにダイレクトに伝わってくる。ザワッてなったけどほっとく。ピッタリ密着して座っているから周りにも見えないだろう。


「一哉の脚、あったかい」


「・・・」


 優の右手に付けた、割れたハートのブレスレットがポケットの中でゴツゴツと当たる。俺は左手に付けたもう一つのブレスレットごと自分の手をポケットに差し込んで、優の手の甲に重ねた。


 海を真っ直ぐに見つめる優の横顔が、ふにゃっとなる。心が和む。このまま、電車が来なければ良いのに。


「ずっと、このままでいたい」


 優がポソッとつぶやいた。


「ああ、そうだな」


 それでも、電車は時間通りにやってきた。


「帰るか」


「うん」


 優の右手が俺のポケットから出ていく。ポケットの中に残された自身の手を感じながら「そうだな」と心の中でつぶやく。


 カバンを持って電車に乗り込む。土曜日だから電車もそれほど込み合ってない。二人並んで席を取る。


 カバンを膝の上に乗せると優の手が再び、俺のポケットに忍び込んでくる。俺も、前と同じようにポケットに手を突っ込んで優の手に重ねる。膝の上に乗せた二人のカバンをくっつけて周囲に悟られないように隠す。


 電車の窓の向こうを、夕日を受けて煌めく海の景色が流れて行く。次第に建物が増えて、海は隠れてしまう。


 都心へと向かう電車。駅に止まるたびに様々な人が乗り込んできて賑わい出す。もう、すっかり向かいの窓も見えなくなった。


 コツン。


 俺の肩に優の小さな頭が乗った。小さな鼻から規則的な呼吸音を感じる。優は安心しきった顔をして眠っていた。愛おしさで心が満たされていく。


 急に眠気が襲ってくる。俺はスマートフォンを取り出す。


 あれっ。見慣れないアイコン。まあいいや。


 俺はタイマーのアイコンをタップする。バイブレーションに切替て、二つほど手前の駅に着く頃合いで作動するように設定した。


 ポケットの中の優の手をぎゅっと握りしめてから、肩にのった優の頭の上に自分の頭そっと乗せる。


 電車の揺れが心地よい。意識が少しずつ遠のいていく。人生で一番の幸せを感じながら眠りに落ちた。


 スマートフォンのバイブレーションで目覚める。外は夕闇を通り越して真っ暗だ。ネオンが街を彩っている。いつの間にか電車は人で溢れていた。やば。 


「優、起きろ」


「うーん。カズキチ」


 優はむにゃむにゃと寝言を唱えて再び眠りに落ちる。可愛い寝顔に見惚れている時間は無い。


「優、ここにいたら降りれなくなるぞ」


 俺は優の肩を揺らして起こす。優を守るようにして満員電車の人をかき分けながら出口の近くへと向かった。


 ドアと椅子と間にできた空間に優を導き、押されないように手で踏ん張りながら向かい合う。


 くっ。顔が近い。この形ってある意味、両手で壁ドン。優のあごをくっと持ち上げただけで互いの唇が重なり合う距離だ。


 ドキ!


 電車が見慣れた乗換駅のホームにすべ込む。


 プシュー。


 扉が広く。


 ふうー。理性を失う前に辿り着けた。俺は優の手を引いて電車を降りる。ここから先は別々の電車に乗り換えて家路につく。


 ホームから別のホームに繋がる階段をのぼる。二手に分かれる渡り廊下の前で立ち止まって向かい合う。


「お別れだな。早くしないと電車来るぞ。優の電車が先だ」


「うん」


「元気でな」


「うん、一哉も」


 ほんのり涙を浮かべたような潤んだ瞳で見つめられる。


「永遠の別れじゃないぞ。月曜日には、また学校で会える」


「うん」


「じゃあ、行け」


「うん。バイバイ、一哉」


 小さく振る優の右手に、ハートの片割れがついたブレスレットが揺れている。


「おう、バイバイ、優」


 お返しに、俺も左手を顔の横に上げて小さく手を振る。左手のブレスレットがカサカサと音を立てた。


 名残惜しさを断ち切るかのようにして、階段を駆け下りて行った。長かったようで短かった二日が終わった。


 たぶん、これからの俺の人生で、二度とないだろうイベントづくしの二日間。ネット小説のラブコメのテンプレート満載の二日間が終わりを告げた。


 優の後姿を思い出して、俺の心臓がトクンと鳴った。

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