第20話 水族館でドキ!
同じ学校の制服を着て、腕にはお揃いのブレスレット。冷静に考えても悪友(ワルトモ)の範疇(はんちゅう)を逸脱している。どう見たって恋人に見られているよな。
水族館がこれほどまでにカップルスポットだとは知らなかった。地方のちっちゃな水族館なんて家族連れが集まるのんびりした場所、なんて考えていた俺がバカだった。
昔は悪友(ワルトモ)仲間で、魚を見て美味そうだの不味そうだの吟味してはしゃぎ回ったものだが、今時の都会っ子はこなんことで喜ばんのかなー。
基本、暗いところが多いから表にいるよりは優のアイドル級美少女の姿は目立たんのだが、それでも、水槽に照らされた優の横顔は人を虜にする。
「変な顔してるね」
優は名前の知らないグロテスクな深海魚と、ガラス越しで向きあっている。
「変顔なんてしたって、相手は魚だぞ。何とも思ってない」
「だってさ、負けたくないじゃん」
「優はいったいどんな勝負してんだ」
「睨めっこ!」
「アホか!」
「魚は笑わん」
「うん、知っている」
「知っていてやるのか」
「この不細工顔が笑ったらどうなるか想像すると楽しい」
まいっか。ほおっておこう。
優の色々な顔を楽しめるのは楽しい。
そういや、こいつクラスでは何時もすまし顔だ。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドルの神聖女子(アンタッチャブル)はつけ入る隙がない。
シュッとした美人より、ちょっと緩んだくらいの優の方が親近感が湧く。優は、ほんと、どんな顔しても絵になるな。俺は魚を見ずに優の顔ばかりを眺めていた。
なるほどと思い至る。カップルに水族館が人気なのは、彼女の顔を存分に鑑賞できる場なのだ。
ヘタレ平民男子諸君!覚えておいた方がいいぞ。初デートは水族館!
まだ距離のある二人でも、のぞき窓の小さい水槽は、顔をくっつけ合うようにに覗き込む。
相手が魚に集中している横で、気づかれることなくドアップの彼女、彼氏の姿を堪能できると言うことだ。
しかも、水槽からもれる程よい明かりが顔を照らしている。
長いまつ毛も、スベスベの素肌も、産毛だってよく見える。
ドキ!
ベストボジョン。映画館ではそうはいかない。
美少女の隣りにいるだけで、誇らしい気持ちが湧き上がる。自分のスペックまでも上がったと勘違いしたくなる。こりぁ、あやかり女子が減らないわけだ。
同世代のリア充カップルが優の横に並んで水槽を覗いている。男子の目が優を捉えてフリーズする。それに気づいた女子が怒り出すかと思いきや、悲しそうな顔でうつむいた。
だよなー。優が完璧すぎて戦意喪失するよなー。が、彼女は俺を見つけて敵意の視線を送ってくる。
ドキ!
マジかよ。こっちを恨むんかい。
カップルとすれ違うたびに繰り返される、この図式に辟易(へきえき)させられる。
こりゃあ、改めて優の彼氏になる奴に同情するわ。男子って美しい女性に無条件に反応してしまうものなのだ。
『男子の容姿が良いことは女子に緊張や不安などのネガティブな影響を与えます。
逆に女子の方が外見的魅力が高いと自覚しているカップルは、互いに満足度が高いと言う研究成果があります。
『満たされている』と感じている男子の側にいることで、女子は癒されて幸福度が上がるんです』
優等生バージョンの優の言葉を思い出す。
女子が美しすぎる場合は当てはまらんな。悪友(ワルトモ)認定されて彼氏じゃないと思っていても、毎度こんな敵意のある視線にさらされたら基本ヘタレの平民男子、俺の心が挫(くじ)けそうだ。
ネズミさんで有名なリゾート施設などの、カップルの聖地に行ったら間違いなく死ぬな。
せっかくだからと、優にせがまれたけど行かんといて良かった。
「一哉、お魚見てたら腹減った」
ぐっ。こいつの脳は昔の悪友(ワルトモ)仲間から変わっとらんか。
他の女子みたいにきれいだねの一言も無いんかい。魚、イコール食欲に直結している。
「優、食堂にでも行くか」
「うん」
俺たちはお魚鑑賞もそこそこに、食堂へと向かった。
あう!
クラゲさんが泳ぐ幻想的なスポット。半透明な体を揺らしてまるっちいクラゲが、フワフワと水の中で揺れているすがたは、なんとも和む。
が、誰一人それを見ていない。カップルたちが暗闇にまぎれて、あちらこちらでハグしあっている大人の世界。
『暗闇で愛を育むラブリー水族館。ハグスポットはここだ』
とんでもない所に紛れ込んでしまった。旅館でもらったガイドに載っている地図をちゃんと確認しとくべきだった。
んが!
顔と顔がひっついているし。あれ、絶対にハグの上をいっているよな。
しかも、制服着た同世代の高校生カップル。悪友(ワルトモ)認定された俺には目の毒だ。
「一哉、こっち、こっち」
ちょっと優さん。この状況が気にならんのか。どうせ俺はヘタレ平民男子。全く相手にされてないと言う事ね。凹むわ。
甘さ満載のクラゲスポットを通り抜けて併設されたレストランに。
やば!
優の美貌が白昼にさらされる。カップル族はもとより、家族連れや水族館の職員までこっちを見ている。
優への大注目の後に続くもの。隣りを歩く俺への嫉妬の雨嵐。これでもかと視線が突き刺さる。ほんま痛いわ。
「優、やめろ。ここで俺の手を取るな」
「一哉、何でさ。何度もしてるじゃん」
途端に周りの視線が羨望から殺意に変わる。
「あのさー。優、自覚してくれ」
「何を?」
不思議そうな顔を向けられても・・・。
「優はさ。ちこっと目立つから」
実際はちこっとなんてレベルじゃないけど。俺は周りを見回す素振りをする。
「ごめん、一哉。ちょっと嬉しくて」
自覚してたのか。だよな。日頃、神聖女子(アンタッチャブル)を演じていれば自覚していないはずがない。
「いやっ。俺が悪かった」
俺は自分から優の手を取って握りしめる。ほんと、やわらけぇわ。ヘタレる気持ちが津波のように押し寄せてくる。
知るか!見たいなら見ろ。殺せるものなら殺して見ろ。
俺は、恋人手つなぎで二人のブレスレット見せつけるかのようにレストランの中を進んだ。
「一哉・・・」
優の口が小さく動いた。
俺たちはカップルだらけのレストランで席を探し、ピザやらパスタやら大量のお昼を注文した。テーブルに載らないくらい。
優は運ばれてくるそれらを大口でそれを平らげて行く。優の無邪気な顔を眺めながら俺も負けずと食べる。
優の美少女らしからぬ食べ方に周りはあ然としている。
これで良い。悪友(ワルトモ)だろうが十分に、と言うか世界一幸せだ。
俺は注がれる視線にかまうことなく、魚介料理と優の笑顔を堪能した。
うまい。涙が出るくらいうまい。財布が心配だがかまうもんか。
「一哉、ありがと」
優が下を向いてボソッと言った。
「ああ、気にするな。俺達、悪友(ワルトモ)だかんな」
俺は周りに聞こえるように声を少し大きくする。聞き耳を立てていた平民どもの顔色が変わる。どうだ、意味わからんだろ。ざまあみろ。
「そうだね。悪友(ワルトモ)だね」
俺の考えを理解した優は、同じように声を発してから、およそ美少女には似つかわしくないガハハ笑を返してくる。
おもろいわ。こいつ。
無意識に向かいの神聖女子(アンタッチャブル)に手が伸びる。
気がつくと優のショーヘアの髪をワシャワシャと撫でていた。
やっちまったと思ったが、優は気持ちよさそうに素直に撫でられている。
俺の手首で揺れるハートの欠片、俺の心臓がトクンと鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます