第19話 ハートの欠片でドキ!
朝食を終えて二人でくつろぐ。食後の日本茶を楽しみながら、俺は学園きっての美少女、佐伯優(さえき ゆう)と旅館の四角い机に向かい合わせで座っていた。
窓から差し込む朝の日ざしを受けて優のショートカットのサラサラな髪が輝いている。浴衣姿の優が窓の外の風景に溶け込んで、なんとも美しい。
ヘタレな対応しかできなかったが、こんな子と一夜を共に過ごしたと思うと、今更ながらドキドキが止まらない。
生まれてから十六年間過ごした中で起きた出来事よりも、昨日一日で起きたことの方が多いようにさえ思える。俺の人生って何だったんだろ。
他人から見たら、学校ズル休みに無断外泊、そしてある意味、不純異性交遊だよな。ヤバいわ俺、悪の道をまっしぐらじゃんかよ。
悪友(ワルトモ)だもんな。当然と言えば当然なのだが、目の前の優を見ていると、ほのぼのとしてしまう。
くっ、全然緊張感がねーなー、こいつ。俺にしてみたら人生最大のドキドキ体験だっと言うのに。ほんま、調子が狂う。
でも、まだ終わっていない。今日は土曜日、学校はお休みだ。昨日に引き続いて、天気もいいしお出かけ日和。
「一哉。今日は何する?」
優は完全にくつろぎモードだ。座椅子に座って足を前に投げ出している。浴衣姿は美しいが、こちらとしては、色々と妄想してしまい、かなり不都合がある。
優は上半身を固定したまま、足を伸ばして正座する俺の膝小僧をグリグリし始めた。
ドキ!
甘えモード全開じゃんかよ。心なしか表情も緩んでいる。
クラスで見せる神聖女子(アンタッチャブル)フェイスの面影も無い。下からの攻撃で脚がムズムズするが、もう優の悪友(ワルトモ)勘違いに逐一反応していられない。
「そうだなー。って、痛、何すんだよ」
こいつ、両脚の親指と人差し指で、俺の左右の太ももをつねってきやがった。思わず足元をうかがい見る。
ドキ!
生足が・・・!丸くて、細っちくて真っ白。んでツルツル。もう、浴衣で脚を広げんなよ。ガキちゃうんやから。
「木登り行こ!」
こいつ、スカートで木登りするつもりか?思わず下から見上げる光景を思い浮かべてしまう。
「却下」
「んじゃ、虫取り」
「クワガタもカブトもまだおらん。春だし」
「じゃ、魚釣り」
「制服じゃ無理。道具も無い」
ぐっ。優の提案は全て小学生のそれだ。悪友(ワルトモ)らしいと言えばそうだが、高校生のすることじゃない。どこまで無邪気なんだ。こいつ。
とは言え、十六年間彼女無しのヘタレ平民男子に、女子を楽しませる場所など思いつくはずもない。
結局、俺は仲居さんが置いて行った『カップルお薦め!ラブラブガイド』なる怪しげなものに目を通すしかなかった。
と、言う事で俺達は今、結婚式のケーキカットのキャッチコピーをパクったとしか思えない『初めて!お二人での共同作業が愛を深める。アクセサリー工房』なるものに来ていた。
材料となるシーグラスや貝殻は昨日の宝探しでタップリある。てか、こんなにたくさん集めて優はどうするつもりだったのだろう。
「はい、どんな感じかなー」
アクセサリー工房の若い女先生が俺達の作業を覗きに来る。
「うわー!彼女上手だね。初めてとはとても思えない。センスもいいし、手先も器用。細かいところもバッチリできてる。お店に出せるレベルだわ」
優は褒められてニコニコしている。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のマルチな才能は芸術分野に置いても抜かりない。ほんま、格が違うわ。
「で、こっちの彼氏は?・・・」
なっ、何だよ!わかっとるわい。どうせ、小学校低学年の夏休みの工作レベル以下だとでも言いたいんだろ。
「うーん。ちょっとレベルがつり合ってないかな。この後の工程に支障がありそうなので手伝いますね」
そう、言うやいなやアクセサリー工房の先生は、俺から道具と材料を奪い取り、楽しそうに優と作業を始めた。俺、完全にのけ者扱いじゃんかよ。
手持無沙汰で優の作業を見つめる。細くてしなやかな指がこまこまと動き回っている。
ドキ!
腕ほそー。手ーちっちえー。指、長がー。爪、可愛い。んで、全部真っ白(チロ)ツヤツヤ。こりゃあ、女神の手だわ。
悪友(ワルトモ)度ゼロパーセント。美少女度マックス100。どんなケアしたらそうなるねん。ちょっとくらい、ささくれてたり、傷とかあったりする方が悪友(ワルトモ)らしいんだけど。
あの手と恋人手つなぎしてたことを思い出して顔が熱くなる。やばいわ。
「彼氏!何ボーっとしてんの」
「二人のメインイベントをするわよ」
「?」
「じぁあ、彼女さん。このハンマーを持って」
「はい、彼氏!彼女の手を包み込むように握る」
「息を合わせて、二人でここを叩く」
カキン。
優と浜辺で拾った、少し大きめのハート形のシーグラスが二つに割れた。
「はい、上手くいきました。割れあとを片方ずつヤスリで磨いて。磨きすぎると合わせたときにピッタっとハートにならないから注意してね」
俺達は言われるままシーグラスを磨いた。
「はい、じぁあ、ここに付けて完成」
目の前に、割れたシーグラスのハートの付いたお揃いのブレスレットが二個できあがる。
『初めて!お二人での共同作業が愛を深める。アクセサリー工房』
チョー、恥ずかしい。てか、これって悪友(ワルトモ)のすることちゃうよね。
「じぁあ、彼氏が作ったものを彼女に、彼女の作ったものを彼氏に。付けてあげる」
「彼女、すごくお似合いじゃん。んで彼氏は・・・、まあまあかな」
先生、そこで言いよどまなくても。自覚してるから、俺。もう、一々傷つく。
「一哉、ハートを合わせよ」
「おう」
優が俺の手を取って二つに割れた石をくっつける。一つのハートができあがる。メルヘンチック過ぎるけど、まあ、悪い気はしないわな。
「合体変身、カズユウ!」
優の一言に一瞬にして場の空気が凍りつく。
「優、おまえ、それ。悪友(ワルトモ)憧れのヒーロー変身グッズのつもりか?」
「さすが、一哉。優のことちゃんと理解してくれてる」
高校生とは思えない行動にアクセサリー工房の先生はあきれ顔。
まあいいや。旅の恥はかき捨て。優らしい。
優の行動原理は基本的に小学生レベルの悪友(ワルトモ)。それを理解している、俺は今更驚かない。
が、男子と女子が合体変身?危ない表現だな。
不純異性交遊と言う言葉を思い浮かべて、俺の心臓がトクンと鳴った。
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