第18話 朝食でドキ!

「やめろ。朝からハグするな」


「温もりが欲しい」


「うるさいわ。布団にもぐれ」


「カズキチがいい」


「俺はカズキチじゃない。一哉だ」


「うえーん」


「嘘泣きすんな!」


「でへへ」


「でへへとか言うな。美少女を自覚しろ」


「あうー」


「壊れるな。ポンコツ」


 並んだお布団の上でふざけ合う。いや、ふざけているのは優だけ。俺は理性を保つために必死に逃げ回る。窓から入り込む日差しの眩しさで正気を取り戻す。余計に恥ずかしいし、夜のようなしんみりとした感情もない。


 こいつ、一晩、たったらさらにパワーアップしてないか。普通、朝は冷静になって反省するものだ。女子ってそういうものなのだろうか。良くわからん。


 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ。んっ?クールさなんて欠片も無い。単なるデレキャラだ。


 学園で見てきた神聖女子(アンタッチャブル)のお姿とのギャプが激しすぎて、面影すら残っとらん。変なもんでも食ったのだろうか。


 女の子の気持ちがさっぱり分らん。まあ、彼女いない歴十六年。年頃の女子とまっとうに話をしたことないから当然だけど。


「ご朝食のお支度をさせていただきます」


「はえっ?」


 又も仲居さんに見られてしまった。仲居さんだけに『なかいい』ってな。親父ギャグを思いついている場合じゃない。


 仲居さんが不審者を見るような目で俺を見つめている。何でいつも、全部、俺なんだ。


 やべぇ!


「仲の良いご姉弟なんですね?」


 気付いているくせに!わざと探りを入れられたじゃねーか、優。いや、姉貴!


「色々と家庭の事情がありまして。私が母代わりをしているのですが、弟が甘えん坊に育ってしまいました。一哉がお騒がせして申し訳ありません」


 おっ、俺が甘えん坊?俺のせいなのか。すました顔で自分だけ神聖女子(アンタッチャブル)に戻る優。仲居さんの顔が引きつった。


「お布団をしまって、食事の準備をさせていただきますね」


 あきれ顔の仲居さんは、事務的にかつテキパキと作業を進めて行く。布団をしまい朝食を並べて行く。


 ありがとう、仲居さん。これ以上の突っ込みを押さえてくれて。


 さすがプロだ。心得ている。甘々のデレデレのカップルの扱いにも慣れているって感じた。って、俺は優の恋人じゃないけど。


「あのー。もし、本日のご予定が無いようでしたら、こちらのパンフレットをどうぞ」


 一仕事を終えた仲居さんは、和服の胸元から四つ折りにしたパンフレットをとり出す。


「ご家族の方にお勧めの近場の人気スポットがたくさん紹介してあります。当、温泉旅館のオリジナルガイドです。私も編集に参加しているんですよ」


 にっこり笑顔の仲居さん。


「助かります」


 俺は一言、お礼を述べた。


 有り難い。今日の予定なんてまるで決まっていなかった。土曜日だからズル休みした昨日程、罪悪感がない。制服で街に出歩いても補導される心配はないだろう。


 俺と優は、仲居さんにいれてもらったお茶をすすりながら、朝食が並んだ机にガイドを乗せて開いた。


『カップルお薦め!ラブラブガイド』


 タイトルからして家族向けとは思えんだろ!マジかよ。仲居さん。前言撤回だ。俺達が姉弟じゃないと知った上でワザとやってますよね。


『初めて!お二人での共同作業が愛を深める。アクセサリー工房』


『暗闇で愛を育むラブリー水族館。ハグスポットはここだ』


『海の幸満載お料理教室。お腹満足、野獣も喜ぶムフフスポット付き』


『子宝祈願はここ。愛豊神社!あれこれ穴場付き』


 仲居さんがニヤリと笑う。してやられた。


 楽しそうにガイドを眺める優。気付いてんのかこいつ。


「初心者から上級者まで、どこもお勧めですよ」


 仲居さんは不敵な笑みをたたえたまま、丁寧に頭を下げて去っていった。くっ。心を見透かされている。


「優、それは後だ。とりあえず腹ごしらえをしよう」


「うん。一哉」


 やけに素直だ。ガイドをみて何か良からぬことを企んでんだろ。

 本日も不憫な悪友(ワルトモ)ライフが確定!いつまで連れ回されるんだ、俺。


 と、心配しても始まらない。彼女いない歴十六年、工藤一哉(くどう かずや)。ヘタレ平民男子はどうあがこうが神聖女子(アンタッチャブル)には手が出せない。


 くー。向こうからの一方的な悪友(ワルトモ)勘違いスキンシップはOKなのに、こちらからのモーションはまるっとNG。蛇の生殺し状態は今日も健在なのね。


 考えても始まらん。俺は湯気を立てるご飯に向き直った。


「やっぱ朝飯は、ご飯に味噌汁だな」


 白飯がキラキラと輝いている。お味噌汁の味噌がもわりとうごめいているお姿。本当にうまそうだ。


「うん。一哉もそう思う」


「日本人だもんな。俺達」


「だよねー」


 気が合うじゃねーか。ショートカットのお嬢さん。


「で、目玉焼きは醤油で決まり」


「一哉もそうなんだ。塩とか、ソースとか、マヨネーズとか、ケチャップとか邪道だよね」


 くうー。分かってらっしゃる。ソース派の母親(おかん)とマヨケチャハイブリッドの父親(おとん)、醤油派の俺。一票プラスで、長年にわたる毎朝の家族バトルの決着がつくじゃん。


 優様、お嫁に来てください。って、朝から変なガイドを見せられたせいで頭がとち狂っているわ、俺。顔が熱くなる。朝飯に意識を集中しよう。


「いただきまーす」


 大口を開けて朝食に食らいつく優。あどけなさが垣間見えて嬉しくなってくる。優って、やっぱホンコツモードの方が断然かわいい。ほんと、こいつ、うまそうに食べるわ。


 教室であやかり女子に囲まれながら、おちょぼ口でちびちびお弁当を食べる優の姿を思い出す。注目され続けるってほんま大変だな。あれじぁあ、食事も存分に楽しめない。同情したくなる。


「一哉、また呆けてるよ」


「ちげぇわ。ハンデをやってんだよ。俺のスーパー早食いを知らんのか。全部、食っちまうぞ」


 俺は慌ててご飯をかっこんだ。負けてなるものか。ヘタレ平民男子の意地を見せてやる。


「一哉、ご飯粒がほっぺについてる」


 優は神業的スピードで俺の頬からそれを取って口に入れた。


 ドキ!


 恋人上級者の技だよな。いやっ、ラブリー新婚レベル。悪友(ワルトモ)同士はしねえから、そういうの。


 しかも、浴衣姿。ちょこっとのぞく太ももとか、鎖骨とかに目が行くだろ。ヘタレ平民男子には目の毒だ。体を痺れさせるフグの毒より強烈かも知れない。


 どこまで続くんだ。このラブコメ的テンプレート。あーもう、朝から悶え死にするだろが。


 モヤモヤ気分がプラスされて、俺の心臓がトクンと鳴った。

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