第17話 目覚めにドキ!

「・・・?」


 窓から差し込む朝の日差しで目が覚めた。少し高めの枕のせいか?


 サワサワと髪を撫でられる感覚が心地よい。ゆっくりと目を開く?


 ドキ!


「えっ!」


 小さく言葉を漏らす。


 浴衣姿の女神の微笑が、上から覗き込んでいた。


 大きな瞳、長いまつ毛、小さな鼻、可愛らしい唇。シートヘアからのぞく細い首が胸の膨らみの上にのっている。


 ドキ!


 なんて綺麗なんだろう。天国にいるようだ。


「起こしちゃった?」


 うわっ!


 思い出した。昨日は学校をズル休みして、学園きっての美少女、クラスメイトの佐伯優(さえき ゆう)と遊び回った。


 あまりに非現実的な出来事に、脳が事実として受け入れてくれない。でも、俺の顔の上、三十センチも離れていない場所に存在するものは現実だった。


 えっ?


 このちょっと高めの枕って。優の膝枕?


 いつの間に、こんなことになってんの。驚いているさ中も、やさしく髪を撫でられる。


「なっ、何やってんだ」


「一哉の寝顔を見てた」


「・・・」


「イケメンならともかく、そんな価値ないだろ」


「うーん。イケメンじゃないけど可愛い!」


「正直なのは嬉しいが、イケメンじゃないってハッキリ言われると傷つくな。それに可愛いと言うのは男子にとって誉め言葉じゃないし」


「一哉、じぁあ、何て言って欲しかったの」


「・・・。まあいいや。それより重くないのか?」


「何が?」


「頭」


「うーん。ピタッてくる感じ」


 優の膝の上に俺の頭が収まっている。昨晩の耳かきで膝枕は経験していたが、かなり恥ずかしい。でも、心地よくて頭を上げる気にならない。


「何だそれ。意味わからん」


 俺は目を逸らして窓の外を眺める。朝日を受けて海が輝ていてる。部屋付きの露天風呂に、相変わらず湯煙が立ち上っている。


 ドキ!


 美少女と二人っきりで湯に浸かったことを思い出して、赤面しそうだ。よくもまあ、あの状況で手を出すこともなく過ごせたものだ。伊達にヘタレ平民男子をやっているわけじゃないか。


「優さー。すんげえ寝相、わるかったぞ」


 致し方無かったとはいえ、昨晩、優の浴衣を直すのに、あちこち触れてしまったことが後ろめたい。顔を合わせないように告げる。


「あふっ!」


 何て声を出すんだ。可愛過ぎて悶絶死しかねないだろが!


「私、一哉に何かした?」


「うーん。ひっつかれた」


「・・・。内緒だよ。笑わないでね。私、家では大きなクマさんの縫ぐるみを抱いていないと眠れないんだ」


「俺はクマかよ!」


 声を上げたものの目に浮かぶ情景がかわいらしすぎて、思わず笑ってしまう。


 だってそうだろ。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、佐伯優がクマの縫いぐるみを抱いて寝ているなんて想像できる奴がいるか。


「今、笑ったでしょ!」


「ごめん」


「絶対に誰にも言っちゃ嫌だよ」


「言っても誰も信じない」


「それでも言わないの。もう、ちゃんと約束して」


 名残惜しいが、俺は優の膝の上から頭を上げて、布団の上に正座した。


「分りました。俺、工藤一哉は佐伯優が、十六歳にもなってクマの縫いぐるみを抱かないと眠れないなんて秘密を誰にも漏らさないと約束します」


 あと、とんでもなく寝相が悪くて隣りに人がいると生肌をくっつけてハグしてくることも内緒にします。と、付け足そうかと思ったが止めておく。


 おそらく優自身、自覚が無いだろうし、なにより俺の心臓が耐えられると思えない。


「何かトゲのある言い方だけど、まあいいや。んっ」


 そう言って小指を差し出してくる。


「何?」


「指切りげんまん」


 なんか、ほんと、こいつ、子供みたいだ。


「早く」


 顔をふくらまして迫られても全然怖くない。むしろ可愛い。その可愛らしさに従ってしまう。


 優のちっこい小指と俺のゴツゴツした小指が絡み合う。やっていることは子供のそれだかドキッとしる。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った」


 二人そろって定番の呪文を唱えた。照れ隠しに、どうでも良いことが頭に思い浮かんでくる。


「針千本はなんとなく分かるけど『指切りげんまん』ってどう言う意味だろ」


「えっと、発祥は江戸時代の吉原だたかな。『指きり』は、遊女が客に愛情の不変を誓う証として、小指を切断していたことに由来するみたい。それが一般に広まり、約束を必ず守る意味へと変化したんだよ。『げんまん』は『拳万』と書いて、約束を破った人は、握りこぶしで1万回殴られるんだって」


「何か、すげー怖いな。引くわ」


「ふふ。秘密を漏らしたら一哉のこと1万回ぶん殴って、針千本飲ますよ」


「女子って怖ええ。てか、そんなんも優は知ってんだな。頭の作りがちゃう。恐れ入りました」


「ね、一哉。私、一哉に、その、あの。スリスリとかしてないよね」

 えっ!自覚あんのかよ。嘘ついたら1万回ぶん殴ぐられて、針千本飲まされるよな。


「そのー。太ももではさまれた。それと胸に頬を押し付けられた」


「・・・」


 顔を真っ赤にして言葉に詰まる優。だよな。とりあえずヘタレ平民男子の定番、とにかく謝る。


「ごめん」


「絶対に秘密だよ。優がハグしたのはクマさんだからね!」


 秀才とは思えない強引な理屈。でも、美少女が口を尖らせて言えば、抗えない。


 縫いぐるみのクマさんはしゃべらない。それに何をされても感じない。そうだ、俺はクマさんだ。何も感じない。何もしゃべらない。心に言い聞かせるしかなかった。


「俺はクマさんだ!」


「じゃあ、優は一哉に何時でもハグしていいんだね。一哉は優だけのクマさんだもの」


「それは困る」


 優は頭が良い。言葉が巧みな上に、美少女と言う自分の武器も理解している。このまま振り回されたのでは心臓が幾つあっても足りない。


 こいつ、俺といる時だけ、なんでこんなにポンコツになるんだろ。寂しい思いをしてきたのは昨日晩、散々、語り合ったので理解できる。


 だけど、人畜無害なヘタレ平民男子なんて、クラスに腐るほどいる。てか、教室のあちこちで固まって腐臭並みの愚痴を放っている。


 幼馴染だったとは言え、優が俺を悪友(ワルトモ)に選んだ理由にはならない。


 最近流行のラノベあたりじゃ、実は主人公が隠れイケメンだったなんてご都合主義なオチになるのだが、あいにく俺は名実とともにヘタレ平民男子。隠された才能も何一つ持ち合わせていない。


 優の無防備な反応や態度は彼氏と接するものとはちょっと違う。なんかこー、もっと、ペット的と言うか。


 もっ、もしや・・・?いや・・・。まさか・・・!頭の中に一つの答えが巡る。


「あのー。優、そのクマの縫いぐるみって俺に似てたりとか・・・」


「バレた。細っちい、やんちゃな優のクマさん!カズキチ」


「カズキチ・・・」


 もはや人間は愚か動物ですらない。やんちゃな優の縫いぐるみのクマさん!カズキチ。イコール、悪友(ワルトモ)。妄想かよ。


 昨日一日の、優の無防備すぎる行動原理が俺の頭の中で繋がった。


 細っちい?クマの縫いぐるみって普通、まるっちいんじゃないか。


「それっ!犬の縫いぐるみちゃうんかい?」


「ほよ?カズキチ」


「誤魔化すな。細っちいクマの縫いぐるみなんて聞いたことない」


「だって、耳も尻尾も真ん丸だよ」


「怪しいもんだ」


「スマホに写真とかあるだろ」


 優はスマホの画面をくるくる回して画像を探した。


 いた、確かに俺に似ている。ちっと垂れ目でヘタレ犬の縫いぐるみ。細っちいカズキチ。俺と同じく手足が微妙に短くて不格好。


「クマさんのカズキチ!可愛い」


 犬だっつうの。


「もういいわ」


 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドル、佐伯優。その実態は、トホホでポンコツな頭脳を併せ持った寂しがり屋の女の子。


 人間は見た目じゃないのね。


 こうして俺のステータスはヘタレ平民男子から人間、いや、生物ですらない縫ぐるみに変更された。俺の頭の中で、この物語のタイトルが入れ替わる。


『ヘタレ平民男子の俺は、女神様に仕えるクマ、もとい、犬の縫いぐるみにされちまった』


 トホホ感満載のストーリーを思い浮かべて、俺の心臓がトクンと鳴った。

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