第16話 悪夢でドキ!

 学園中のヘタレ平民男子どもが行列を作っている。まるで公園のちびっちいアリ達が列をなして進むかのように。誰人、文句も言わず、追い越したり割り込んだりもしていない。


 何の列だろう?


 先に何があろうとも、取りあえず並んでしまうのが平民男子の習性。俺は皆に遅れを取らないように列の最後尾に並んだ。次々に同じような平民男子が湧いて出て俺の後に続く。


「あのー。この列は何ですか」


 俺は目の前の男子に尋ねる。


「良くわからん。皆(みんな)、並んでいるから」


 なーんだ。俺と同じか・・・。


 列はノロノロとしたスピードでゆっくりと進む。新しいラーメン屋でもオープンしたのだろうか。それとも新作ゲームか最新スマホでも発売されたか。


 何れにしても、こう言う列に並んでおかないと乗り遅れて損をする。十六年の経験が、それを物語っている。間違いない。この先に何か良いことがある。俺は確信する。


 列の先頭集団だろうか。一人、また一人と等間隔で戻ってき始めた。浮かない顔をしている。抽選にでもハズレたのだろうか。良くある話だ。


 あの顔はかなり期待していたことにハズレたと言う顔だ。よほど良いコトが待っているのだろう。俺は期待に胸を躍らせて残念な結果だったヘタレ平民男子の一人に声を掛ける。


「先に何があるんだ?」


「ほっといてくれ。玉砕した」


 声を掛けた男子の肩が震えている。下を向いたそいつから涙が零れ落ちる。マジかよ。そこまでのものが・・・。俺は驚愕する。


 誰も答えてくれないまま、列は一歩、また一歩と前に進んでいく。緊張するわー。トイレにいきたくなってきた。が、今、列から外れるわけにはいかない。我慢だ。並び直すなんて御免だ。


 ここは一体どこなんだろう。景色が曖昧だ。トイレに行きたいのに頭がぼんやりする。なぜだ。ほんと、ここどこ?体育館の裏だろうか。


 時間をかけて列はのんびりと進み、俺の前にいる男子の番となった。


 あれっ?


 その男子の前に容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドル。佐伯優(さえき ゆう)が立っている。


 神聖女子(アンタッチャブル)の美貌をたたえて。周りをあやかり女子どもが取り囲んでがっちりガードしている。いつもの教室の風景だが場所が違うとかなり違和感を感じる。


 俺の前の男子が一歩踏み出して、優の前に立つ。


「佐伯優さん。僕と付き合ってください」


 その男子は右手を差し出して優の返事を待っている。あやかり女子どもが冷ややかな目で彼を取り囲む。


 何だこれ?優に告白する順番待ちの列だったのか。


「ごめんなさい」


 優が申し訳なさそうな表情で断る。可哀そうだが、当然と言えば当然の結末。男の子は受け入れられることのない手を拳に変えて、その場に崩れ落ちた。


 ヘタレ平民男子と神聖女子(アンタッチャブル)、全然、釣り合っていない。


 だよなー。無理もない。あやかり女子に引き立てられるように連れ出されるヘタレ平民男子。哀れな後姿を見送る、俺。


 って、次は俺の番か?玉砕の結末が目に見えていると言うのに、緊張する。が、トイレのことはすっかり忘れた。


ドキ!


「佐伯優さん。僕と付き合ってください」


 俺の口が前の男子と全く同じ言葉を吐いた。工夫も気持ちも何もない。アホか、俺。


「待ってたよ。一哉!ずっと待ってたよ」


 優が、学園では誰にも見せたことのない笑顔を差し向けてくる。

 マジかよ。やったー!宝くじに当たったよりも嬉しい。だって、神聖女子(アンタッチャブル)だぜ。ガッツポーズを決めて喜ぶ俺。


 って、何だこれ。やばいぞ。


 心の中のもう一人の自分が叫ぶ。優にフラれた男子。俺の後ろに並ぶ男子。ヘタレ平民男子、全員に取り囲まれる。逃げ場も何もない。


 優はと言えば、あやかり女子どもに取り押さえられて、天女のごとく空へと連れ去られて行く。


「放して。私は一哉の元に居たいの」


 優の声が天から聞こえる。だが、既に取り囲まれている俺には何もできない。俺は平民男子どもにボコボコにタコ殴りされた。


「うへっ!」


 ボディーに強力なパンチをくらう。胃の中のものが逆流しそうだ。世界が暗闇に閉ざされ、空気が冷えていく。


 あれ?


 夢か!


 恐ろしい夢だった。


 暗闇で何も見えない。寒い。お腹の上に何か乗っている。重い。


 何だこれ?俺はそれをどかそうと手を伸ばした。


 ムギュ!


 んんん?


 やわらかい。


 んで、ツルツルしている。


 なに、これ?


 俺は正体を確かめようと両手でそれを何度も触った。一瞬にして意識が覚醒していく。


 こっ、これは・・・。


 瞬間的に手を引っ込める。外から差し込む星明りに、目が少しずつ慣れてくる。


「一哉・・・。寒いよ」


 聞きなれた声。優、お前、寝ぼけとんのか。


 うわっ!俺のお腹に乗ってたもの。優の太もも・・・。


 うわっ!がっちりと抱きつかれる。俺、布団じゃねーし。


 うわっ!足を腰に絡めてこないでー。


 うわっ!優、息、近いよ。


 あう!このプニュプニュてスベスベした感触・・・。


 優の浴衣が胸元も裾も完全に乱れまくって剥き出し状態。電気が付いていないのがせめてもの救い。おぼろげにしか見えていない。


 ってか、バッチリ体温が伝わってくる。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドル。佐伯優!無茶苦茶、寝相(ねぞう)が悪いんだ。


 深夜に人生最大のピンチが襲ってくるとは・・・。


「優、起きろ」


 俺はあたりさわりの無いように優の肩をそっと揺らした。


「一哉。温(あった)かい。ずっと、ずっと悪友(ワルトモ)だよ」


 しがみつく手に力がこもる。


 ドキ!


 寝言かよ。


 悪友(ワルトモ)だもんな、俺。


 俺は優を起こさないようにハグしてくる手と足を解き、何とか逃れる。一旦、優に俺の布団をかけてから、星明りを頼りに優の敷き布団とシーツを整える。


 しょうがねーなー。やるか。気合を入れて優をお姫様抱っこした。静かに寝息をたてている優。こいつ、思ったより全然軽い。細っこい腕してんなー。なのに、あちこちやわらかい。


 優を隣りの布団に寝かせ、体に触れないように乱れた浴衣を整える。緩んだ腰ひもに手をかける。


 ドキ!


 細い。俺の太ももくらいしかないんじゃないか。ポキッって折れてしまわないか心配になる位だ。


 甘い香りが漂ってくる。こいつ、ポンコツだけど見た目は美人だし、ちゃんと女の子なんだなー。


「何、感心してんだよ、俺」


 風邪を引かないようにそっと掛布団をかけてやる。


「あー、もう。背中とか色々と変な汗かいた」


 俺は優を起こさないように窓を開けて外に出る。


 露天風呂から蒸気が立ち上っている。


 浴衣を脱いで湯に浸かる。


 ここに二人で浸かったなんて・・・。いかん。優は俺の悪友(ワルトモ)だ。夢の出来事を思い出す。変な風に学園に知れたら、俺、殺されるな。


 てか、俺なんか別にどうだっていい。優だけには迷惑をかけられない。生まれて初めて守りたいと思う人ができたのだから。温泉の硫黄の匂いが心を静めてくれる。


 深夜の露天風呂で、俺の心臓がトクンと鳴った。

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