第14話 星空を見つめてドキ!

「良い汗かいたね」


「確かに」


 優の言葉に彼女に目を向けると、首筋とかほんのり汗ばんで艶っぽい。枕のぶつけ合いだけじゃなく、俺も顔が熱くなった。


 結局、将棋にピンポン、モグラ叩き、枕のぶつけ合い。四戦とも全て俺の完敗。さすが、頭脳明晰、スポーツ万能だけのことはある。


 てか、負けた原因は優の浴衣姿にある。容姿端麗を武器にされては敵いっこない。美少女の無邪気な姿ほど強力なものはない。心は子供でも大人になった体は目の毒だ。俺は、心の中で負け惜しみをはいた。


「大浴場に行くのも面倒だし、せっかく露天風呂ついてんだから入らない」


「申し出は魅力的だけど、今は理性を保てる自信が無い」


 すんなり、かわせるくらいの余裕は出てきた。優と一日過ごして少しばかり美少女に対する耐性が付いたようだ。まあ、あれだけ様々なことが起きれば誰だって多少は慣れると言うものだ。


「お互い色々見せ合った仲なんだから、大丈夫でしょ」


「あれは事故。でも、これは違う」


「裸の付き合いをして初めて悪友(ワルトモ)だよね」


 何だかんだ、痛いところをついてくる。さすが優等生、人を操る術(すべ)に長けている。が、こちらも負けてはいられない。負けたら平民男子と言えども、理性を失った野獣になってしまうではないか。


「子供なら分かるけど優は女子だし、俺は男子だ」


「ふーん。隠し事在りなんだ」


「隠し事とかじゃないし。優は魅力たっぷりの女子な訳で、俺は魅力度ゼロのヘタレ平民男子」


「そうかな。一日、一緒にいて一哉の魅力、いっぱい見つけたけど」


 そっ、そうなのか?俺に魅力なんてあるのか。生まれてこの方、言われたことないぞ。褒められたことなんて記憶にない。心が揺らぐだろが。


「俺、優の彼氏じゃないし」


「悪友(ワルトモ)と彼氏なら悪友(ワルトモ)が上」


 ぐっ!俺が引っ込めたセリフじゃないか。ここでそれを持ち出すか。同じ思いをいだいたとしても、それとこれとは別だ。嬉しいけど、今の状況に耐えられる自信などあろうはずがない。


「どんな理屈だよ」


「下心に動かされない」


 そんな男子はいない!なぜなら男子とはそういうものだからだ。


「下心がなくなったら人類滅ぶわ」


「言えてる。エッチしないと子供生まれないし」


 ドキ!


「なんで優はそう言う事平気で言えるんだ」


「だね。何でだろ。一哉だからかな」


 一々、惑わすこと言いやがって。もういっぱいいっぱいなんですけど・・・。


「信頼されるほど、付き合ってないだろ。俺達」


「一哉って紳士だね」


 うーん。紳士ちゃうけど。


「単なるヘタレ平民男子」


「そこが好き」


「好きの意味が違う。同情されるのは好かん」


「不憫(ふびん)な性格」


「不憫(ふびん)ちゃうし。男子のプライド」


「一哉にとって、私ってどんな子」


「優は素直な良い子」


「嘘つき」


「じぁあ、ほんとのこと言う。学園では神聖女子(アンタッチャブル)って言われて、非の打ち所が無い完璧美少女けど、中身は寂しがり屋のポンコツさん」


「ポンコツ?初めて言われた」


「怒んないのか」


「当たってるかも」


「認めるんだ」


「一哉は、ほんとの私と向き合ってくれるから」


 波打ち際での泣きながら訴えた優の心の叫びを思い出した。あの時の優の一言一言が鮮明に蘇る。


『期待されて無理して作った私のキャラ。そんなの、もう、うんざりなんだ。意地悪で、ずる賢くて。臆病で自分勝手。ドンくさくて、泣き虫なおデブちゃん。私の心は何にも変わってなんかいない。ただ、包み隠すことが上手くなっただけ』


「そっか。悪友(ワルトモ)だかんな」


「うん。悪友(ワルトモ)だから」


 何もかも持っていて、不満なんてこれっぽっちも無いように見えても、違うんだ。閉ざされた心は平民男子なんかよりずっと不憫(ふびん)なのかもしれない。


「よし。一緒に入るか。露天風呂」


「うん」


「但し、裸の見せ合いっこは無し。俺、ヘタレ平民男子だからすぐにのぼせる。ここの温泉は濁り湯だからお前、先に入っていろ。俺、後ろ向いているから。肩まで浸かったら声をかけてくれ」


「うん」


「じぁあ、後ろ向くから」


 俺はかくれんぼでもするかのように後ろを向いて、両手で顔を覆って目を閉じた。


「うん」


 浴衣が畳の床に落ちる音。


 ごそごそと身に着けたものを浴衣の下に隠す音。


 バスタオルを取って巻く音。


 ドアが開く音。


 チャプンと湯につかる音。


 一つ一つが静かな夜に響きわたる。


 不思議と心がざわつくこともない。


「一哉、いいよー」


 優の声が聞こえてくる。


 俺は裸になって、腰にバスタオルを巻いた。


 部屋付きのヒノキ造りの露天風呂が、黄色い電灯に照らされている。静けさの中に湯煙がまう。


 温泉旅館の岩づくりの大きな露天風呂とは、また違った趣(おもむき)を醸し出している。


 その中に後ろを向いた優の頭が見える。ショートカットの小さくかわいい頭、白くて細いうなじが見て取れる。絵画の様な美しい光景だ。


 俺はゆっくりと歩き、お湯を揺らさないように静かに足を湯につける。波紋が水面を揺らしながら広がっていく。体を沈めていくと、少しずつ水面が上がり、ヒノキの木枠から音を立ててこぼれ出る。


 ドキ!


 ゆらめく湯煙の中で美少女が待っていた。本当に美しい女神の微笑。優は嫌うが神聖女子(アンタッチャブル)そのままだ。


 この子の心を癒すことができるのなら、俺は何だってやらなければならないのかも知れない。優の笑顔にはそれだけの価値がある。


 夜空に煌めく満天の星々が優の神聖さをたたえている。どんな芸術品よりも美しい。外見の全てが完璧なのに、優の内面が満たされていないことを俺は知ってしまった。


 都会と違って空気が澄んでいるせいだろうか。真っ黒な水平線の彼方まで星に満たされている。この煌めく星のように優の心を満たしてあげたい。俺なんかが口にする言葉じゃないけど。でもそうしてあげたい。


「きれいな星」


 手を伸ばす優。


 ドキ!


 細っちい腕に続いて、かわいらしい脇の下が見えた。男子とは全然違う弱々しさを覚える。


「手が届きそうだね」


「ああ」


「あふっ!流れ星」


 星が一筋の軌跡を残して流れる。優は目を閉じて手を合わせた。


「何か願ったのか?」


「うん。一哉は?」


「出遅れた」


「ドジ」


「しゃーねーだろ」


「私が願ったことが何かを聞かないんだね」


「聞いて欲しいのか」


「秘密」


「なら聞かない」


 それから優はドンくさデブの三島優(みしま ゆう)だった頃の話から、現在に至るまでの彼女の人生を語って聞かせてくれた。


 優のおとんとおかんが別れた話も、包み隠さずに。どんなに辛くて悲しかったかも。優は自分の思いの全てを隠して二人のために受け入れた。不器用なやつ。ほんと、ポンコツなやつだ。


「一人で頑張ったんだな」


「うん。寂しかった」


「そっか」


「聞いてくれてありがと。吐き出してスッキリした」


「こちらこそ、あんがとな」


「一哉の話も聞かせて」


「ヘタレ平民男子の人生なんてつまらないぞ」


「聞きたい」


 俺はよくいるクソガキから、ヘタレ平民男子になるまでを語った。思い返しても本当に何もないありきたりの人生。流されっぱなしの生き方だ。


「つまんなかっただろ」


「うん」


「肯定されると、凹むな」


「でも嬉しかった。一哉は気取ったり、カッコつけたりしないから」


「だな」


 気持ちがスッキリと澄んでいく。二人で星空を見上げる。


 どこまでも続く星空。海岸に打ち寄せる波の音。微かな潮の香。ほのかに香るヒノキの香り。硫黄の匂い。


 世界は無駄に大きくて、俺も優もちっぽけだ。


 この巨大な宇宙からすれば優の悩みも、俺のヘタレな人生も、星屑ほどの価値すら無いのかも知れない。


 それでも俺は優と出会い、今、こうして二人っきりでいる。運命なんて考えたこともなかったが、守りたいと本気で思えるものが横にいる。


「あったかくて気持ちいいね。お風呂」


「ああ。気持ちいい」


「私、溶けちゃいそうだよ」


 優は側によってきて、俺の肩に頭を預けてくる。ほんと、小さくて軽い。


 心が溶け合ったような気がして、俺の心臓がトクンと鳴った。

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