第13話 並んだ布団にドキ!

「もう一回!」


 ドキ!


 優が真剣な顔で俺を見つめている。真面目な顔をするとこいつの美しさは際立つ。学園一の秀才は負けず嫌い。


「もうそろそろ、おしまいにしないか」


「一哉に負けっ放しじゃ、ヤダ!」


「んなこと言ったって、優は今日初めて駒の動かしかを知ったんだから無理だろ」


「じぁ。これが最後だぞ」


「よーし、今度は絶対に負けない」


 俺と優は食後に将棋を指していた。お泊りと知っていれば、カードゲームとか色々な遊び道具を準備できたが予定外。


 てか、ヘタレ平民男子に、突然の美少女とのお泊りなんて想像できるか。


 恋人でもないし、共通の話題もそれほどない。せつかく収まったムラムラ気分を押さえるためにも、寝るまで時間を潰す必要がある。必然、旅館の設備で遊ぶことになった。


 が、高級旅館ゆえに子供の遊び道具は少ない。食事の後片づけにきた、もう、すっかり顔なじみの仲居さんに聞いたら、将棋盤と駒ならあると言うので貸してもらった。


 俺はそれほど強いわけではないが、父親(おとん)の相手をさせられるので、世の中の平民男子レベルにはできる。優は駒に触るのさえ初めてだった。


 優越感を持って彼女に教えるものがあるとは思っていなかった。暇つぶしのゲームであっても、ちょっと嬉しい。手を取って駒の種類と動かし方を教えたときは、ちとドキドキしたけど。


「王手!」


 あれ、逃げ場がないやん。嘘だろー。優のやつ、上達スピードが半端ない。俺、小学校の頃からやっているのにあっと言う間に追いつかれた。これが天才と凡人の違いなのか。


「負けました」


 俺は正座したまま頭を下げた。ぐやしいー。これで、また一つ勝てるものがなくなった。なんでも直ぐにマスターしてしまうあたりは、天才が天才である所以か。人間の作りが違うのだろうか。


 その後、腹立たしいので二回ほど戦ったが、もはや俺は優の敵ではなくなってしまったようだ。勝負の世界はなんて非情な世界なんだろう。


 例え遊びでも負け続けると凹む。まして相手は超初心者だったはず。


 むぐぐぐぐ。


 将棋盤をひっくり返すおっさんどもの気持ちが良くわかる。


 怒りの持っていき場がない。ちぇっ、平民男子を相手に本気をだすなよ。神聖女子(アンタッチャブル)の実力をマザマザと見せつけられて、スペックの違いを思い知る俺だった。


「お布団の準備にまいりました」


 ドアの所に、お馴染みの仲居さんが立っている。仲居さんは微笑ましそうに俺たち二人を見ていた。ほんと、姉弟じゃないってバレバレだけどこの人なら信頼が置けそうだ。


 作業の合間、どいて欲しいと言われ、ロビーの横にピンポン場があることを教えてもらった。


 俺は優を引き連れて、将棋の不名誉を晴らすべく第二勝負場へと向かった。


 ピンポン。これぞ正に温泉場の基本。庶民の娯楽なのだ。


「はい、私の勝ち!」


「あのー。優さん。卓球の選手みたいに本気をださんといて」


「勝負事は常に真剣勝負がもっとう。手を抜いたら相手に失礼でしょ」


 優は凛々しい顔で答える。この顔もとてもいい。バカをしている時も真面目な時も、優に敵う美少女はいないと実感する。


 集まったおっさん、おばちゃんのギャラリーが、冷ややかな目で俺を見つめている。


 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドル。伊達じゃない。俺って男としてメチャクチャ、情けない。凹むわ。


 てか、温泉でのピンポン。男子は絶対に女子には勝てん。確信した。


 なにぜに温泉地にピンポンがあるのか不思議に思っていたが、こんな秘密があろうとは・・・。


 ゲームに集中して激しく動くと浴衣が乱れてあられもない姿に。内ももとか胸元とか女子の武器がチラチラのぞくではないか。


 ドキ!


 目の毒だ。こんなものに惑わされて男子が勝てるはずがない。だが、負け前提でもやる価値はある。


 ヘタレ平民男子諸君。グループで温泉にいったらピンポンです。


 あと、今だから明かすが、将棋も実は!正座して前かがみになると・・・。胸元とか、太ももとか・・・。真っ白な肌。


 ドキ!


「優。本気、出すと、色々と見えるんだけど・・・」


「一哉のバカ」


 ようやく優も気づいたらしい。顔を真っ赤にしてうつむいた。


「バカって言われても・・・」


 こうして夜の勝負は、優の知力と身体能力、加えて圧倒的な女子力に負けて惨敗だった。


 くそー。悔しさだけじゃなく、色んな意味で今晩は眠れる気がしない。


「もう、良い頃合いだろ。部屋に戻っか」


「わふ、モグラ叩き」


 優はピンポン脇に置いてあった古っちいゲーム機を見つけた。これは・・・。悪友(ワルトモ)の定番アイテムではないか。小学校の時にさんざん鍛えたので負ける気がしない。


「やるか」


「うん。憧れてた」


「たかがモグラ叩きにか」


「男子が楽しそうにしてたけど、女子にはやらせてくれなかった」


「そうか?優がドンくさかったからじゃないか」


 俺達は三ゲームほど本気で戦った。ゲームの結果は俺の名誉のためにふせておこう。


「汗かいた」


 ドキ!


「優、お前、美少女の自覚あんのか?」


「またそれ?」


「その、うなじとか・・・。最後まで言わさんでくれ」


 困り顔を向けると、意地悪そうに追い込んでくる。


「ふーん。シャワーとか平気だったじゃん」


「あっけらかんとされると割と平静でいられるって言うか。無意識って怖いわ」


「ふーん。男子ってデリケートだね」


 こんな会話をしながら部屋へと戻る。ドアを開けると・・・。


 ドキ!


 広い畳部屋の中央に、二組のお布団がこれでもかってピッチリとくっつけて敷いてある。


 やば!


 これでは、まじ、一睡もできんわ。


「わー、お布団。気持ちよさそう」


 だ、ダイブすなっ!無邪気すぎるだろ。


 さっき注意したばかりなのに・・・。おみ足とか・・・。


 温泉宿の浴衣は悩殺アイテムだったのね。世の女子諸君。浴衣の時は行動に注意しましょう。


「優、せっかく部屋が広いし。布団、少し離そうか」


「ヤダ!」


「なんでよ」


「枕のぶつけ合いができない」


 はー。そのイベントをやる気でいたのね。


「そんなの子供しかしないぞ」


 いや。子供以外も絶対する。ピンポンであれだけ、女子の浴衣が乱れるなら、世の中の元気な思春期男子は好んでするに違いない。


 修学旅行での男子と女子のグループ交際には欠かせない夜遊びの定番、枕のぶつけ合い。


 女子の部屋に呼ばれることのないヘタレ平民男子に分類される俺には、今一つなにが楽しいのか不明だった。が、浴衣の魔力を身をもって知った今なら納得なのだ。


 そうは思うが俺の場合、心臓が幾つあってももたない。本当に天国行きになってしまう。恐るべき美少女パワー。


「悪友(ワルトモ)の定番。楽しみだったのに」


 くっ。そんなに残念そうな顔をされると、軟弱な俺の意志なんて簡単にぶっ飛んでしまうだろ。


「目をつむってぶつけ合うというのはどうだ。相手が見えずに面白くないか」


 うん。これならおかしな気持ちも芽生えない。


 ざまあみろ。俺は、長年にわたって人類を翻弄してきた浴衣の魔力を打ち破る手段を見つけたのだ。


「じゃ、やろ。第四戦も負けないから」


 こうして、俺と優の枕を使った叩き合いの勝負が始まった。


 くそ。手加減なしか。頭をタコ殴りしてくんじゃねーよ。


 枕とはいえ、衝撃がけっこう襲ってくる。目をつむっているから応戦もままならない。


「一哉、トランクスとか、おへそとか丸見えだ」


「ずる!」


「優、お前、目を開けてんだろ」


「ギャハハ」


 屈託なくバカ笑いしてんじゃねーよ。真面目にやっていた俺が愚かだった。どおりで正確に頭を打たれるわけだ。


「優、男子だってデリケートなんだぞ」


「そうなんだ。でも、一哉だって優のを見たじゃん」


 ぐっ。返す言葉がない。てか、あれは温泉街の長年の歴史によって仕込まれた罠だ。不可抗力と言っていい。


「女子が男子の見て楽しいのか」


「一哉なら楽しい」


「あのな」


「私だって、年頃の普通の女の子だよ。興味くらいある」


「だからって・・・」


 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドルがポンコツ美少女に見えてくる。


 結局、布団はくっついたまま。優との心の距離が縮んだことは好ましいが、布団の距離まで縮まるとは。


 運動したたせいで暑いのか、浴衣の裾をパタパタさせる優。


 女神様の無防備なお姿に、俺の心臓がトクンと鳴った。

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