第12話 豪勢な料理でドキ!

 俺は温泉旅館の殿方用大露天風呂に浸かっていた。大きな庭石が周りをとり囲み滝のようになっているところもある。


 優は向かいの女性用大露天風呂にいっている。今日一日で、初めて優と離れた。


 計算されつくした日本庭園と、微かに漂う硫黄の香りが心を癒やしてくれる。広々としたお風呂はそれだけで気持ちがいい。


「家のお風呂とは大違いだ」


 大きな岩肌に背中を預けて脚を伸ばす。白濁したお湯を手ですくってみる。少しヌルっとした感覚がなんとも心地いい。


「ふうー」


 思わずため息がこぼれた。


 なんだったんだろうか、あれは。シャワーを浴びる優のシルエットが女神にみえた。肌から目に見えない輝きを放っているような気がした。


 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドル、佐伯優(さえき ゆう)。アイドル顔負けのお姿は確かに神々しい。


 だけど、俺の感じたものはそんなレベルじゃなかった。人知を超えた神秘的なものとでも言いたくなる。神聖女子(アンタッチャブル)。その言葉の奥深さを知った。


 これからどうしたものか。


 こんなヘタレ平民男子の俺が優の側にいていいのだろうか。


 次から次に疑問が湧いてでる。


 優の言葉通り、美少女が美男子を求めるとは限らないなら、今はムリでもいつかはどうにか・・・?


 悪友(ワルトモ)の先に恋が芽生えるなんてことも、あるんじゃないか?


 美少女といえども過ごす時間が長くなれは、普通に接することが出来るようになるんじゃないか?


 そんな期待がなかったかと言えば嘘になる。


 だけど・・・。


 あの神聖なる姿に俺は魅了されてしまった。シルエットだけで神を感じた。大切に敬うべき存在。こんなことってあるのか?


 触れ得ざる者。


 神聖女子(アンタッチャブル)。


 どうしたものか。


「あー、もう」


 言葉にだして頭を掻きむしっても答えはでない。


 今日一日を振り返ってみる。


 色々なイベントがあった。生まれてからこれまでの十六年間で楽しかったイベントをすべて足しても、今日一日のイベントの方が多いんじゃないか。ってくらい『ドキ!』がたくさんつまっている。


 しかも、今日はまだ終わっていない。これからまだ、優と二人っきりで過ごさなくてはならない。


 うーん。ヘタレ平民男子の貧しい頭脳で考えたって仕方ない。もう、なるようになるだろう。相手は女神。素直に手の平のうえで踊らされよう。


 お湯の中に頭を沈めて気持ちを切り替えた。


 部屋に戻ると湯上り姿の優が待っていた。ショートカットの襟元にほんのり汗が浮いている。ほのかな甘い香りが漂う。女子力全開だ。


「ねえ一哉、どうしたの。浮かない顔して」


 子猫みたいに屈託なく俺の隣に寄ってくる。


 ドキ!


 でも、今までと少しばかり違う。


 優が欲しているのは心を認めあえる人だし、俺が求めているものも案外と同じなのかもしれない。それが、たまたま男と女で優が神レベルに美しいというだけだ。


「いや。なんでもない」


 そう、なんでもない。優の心配そうな顔を見て悟った気がする。


「優さ。おまえ、美しすぎるんだよな」


「よく言われる」


 ここまで美人だと否定もしてこないんだな。まあ、当然か。


「だろ。俺、今、凄く素直な気分なんだ」


「お風呂で頭でも打ったの」


 優は小首を傾げて考えるふりをする。この姿がまたなんとも可愛らしい。思わずギュッと抱きしめたくなる。伸びかけた手を無理やりひっこめる。


「うーん。打ってないけどお湯には潜った」


「私は泳いだよ」


 今度は目を見開いでニコニコ顔かい。チョーラブリーじゃんかよー。が、やっていることは小学生のそれと変わらない。


「泳ぐなバカ」


「せっかく広いんだから、温泉は泳ぐもんだ」


「ほんとに優は小学生みたいだな」


「気持ちよかった」


「勝手にせい。だけど自分が周りに注目される美人だってことは忘れんなよ」


「好きでなった訳じゃない」


 無邪気すぎる。俺はとうとう抑えきれなくなって手を伸ばした。優の頬に触れる。


「この顔、まとまり過ぎ」


 中指で小さな鼻を押し上げる。いわゆる豚鼻。


「なにすんのよ」


 優は顔を左右に振って逃れた。


「ほらな。変顔にしてもかわいい」


 視線が交わったまま目を逸らせなくなった。


 ドキ!


「私さ。一哉のことが好きだ」


 とんでもないことをサラリと言ってくる。勘違いするだろが。


「俺も、優のことが好きだ。悪友(ワルトモ)だもんな」


 オドオドせずに自然に返すことができた。


「悪友(ワルトモ)だね」


「おう」


 悪友(ワルトモ)って、恋人以上の存在なのかもしれないと言おうと思ったがやめておく。言わなくても優も理解している。


「ありがとう。一哉」


 優が俺の隣に座り、肩に頭を乗せてくる。小さいな。優の頭。髪の毛からシャンプーの爽やかな香りが漂う。


「こちらこそ、あんがとな。優」


「えへへ。一哉の側にいると和(なご)むね」


「そうか。俺もようやく落ち着くようになった」


 なにもすることなく二人でそのままの姿勢でしばらく過ごした。言葉も要らない。


「お食事の準備をさせていただき・・・」


 いつの間にか扉が開かれ、出迎えてくれた仲居さんが立っていた。目を見開いて固まる仲居さん。


 ドキ!


 見られた。


「お願いします」


 優は慌てることなく、静かな笑みを湛えて答える。頭は俺の肩に預けたままだ。


「はい。失礼します」


 仲居さんはなに事もなかったかのように動き出し、料理を次々と運んで四角い机に乗せていく。


 俺はその作業を、ただ黙って目で追った。


「準備ができました。ごゆっくりどうぞ」


 仲居さんは微笑みながら去っていた。


 いい人だ。だぶん彼女には俺達が姉弟じゃないってバレた。


「うまそうだ」


 俺はお品書きを見ながら机に乗った料理を見まわす。



 食前ドリンク:搾りたて自家製いちごジュース


 前菜五種:白海老雲丹和え、

      ごま豆腐、

      新筍旨煮、

      蕗の薹素揚げ、

      サーモンにぎり


 煮物:甘鯛と里芋の煮つけ


 造里:本鮪、かんぱち、甘海老、あおりいかの四種盛り


 焼物:あまご焼き串刺し、籠盛


 蒸物:白身魚と大和芋の冬瓜巻き


 油物:わかさぎの天麩羅他


 鍋物:和牛のすき焼き


 お食事:ご飯、香の物


 フルーツ:いちご


 なんて豪勢なんだ。我が家の日帰り温泉での食事と大違いだ。


 我が家は日帰り温泉では一食、千円以下というルールがある。しかも、お風呂上がりのドリンクを含めてだ。


 必然、選べるメニューは絞られてくる。親子丼、ラーメン、カレーしか頼んだことない。


 ぐっ、興奮せずにはいられない。自然に口の中に唾が湧き出てくる。


「食べるか」


「うん」


「あれっ。ちょっと多くね。お箸、三膳あるし・・・」


 ドキ!


 俺と優は顔を見合わせる。


「優の父親(おとん)のぶんキャンセルするの忘れてた!」


「いいよ。どうせ当日じゃあ、お金は帰ってこないし。おり込み済み」


 俺はスマホからフロントに電話を入れて、優の父親(おとん)のふりをして、急用で行けなくなった旨を告げた。


 これで今晩は優と二人っきりで夜を過ごすことが確定した。だれにも邪魔されずに。


 初めての無断外泊。しかも、相手は学園を代表する美少女。朝目覚めた時には、想像してすらいなかった事態。ほんと、ビックリだわ。


 優と二人、美味しい料理に舌鼓を打ちつつ笑い合う。


「ね、新婚ゴッコ、しょっか。はい一哉、あーん」


 優はお箸で里芋を摘まんで俺の口元にもってくる。


「こんな、バカ甘夫婦いるか」


 うちのデレデレの父親(おとん)と母親(おかん)でもしないよな。


「いらないの?」


 少し寂しそうな表情を浮かべる優。そっか。優の父親(おとん)と母親(おかん)は別れちゃってんだっけ。優は家庭のあったかさを求めているのかもしれない。


「あーん」


 俺は大きく口を開けて里芋に食らいついた。美味しい。


「私にも・・・」


 優は遠慮がちに口を開けて待っている。俺は料理を眺めて甘鯛の煮物を箸で取り分けて優の口に押し込んだ。


「ふふっ。美味しいよ。一哉の味がする」


「変わんねえよ。そんなの」


「変わるの。愛情一つで美味しくなるんだから」


「そっか」


 俺たちはお互いの箸で料理を食べさせ合った。満面に笑みを浮かべて俺の箸に食らいつく優を見ていると、俺も自然に笑みがこぼれる。バカっぽいけど幸せを感じる。


 甘々でゆるゆるの女神様に、俺の心臓がトクンと鳴った。

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