第11話 地上の女神にドキ!

 悪だくみは予想外にとんとん拍子に進む。平日とあって旅館の予約はスルッと取れた。


 優の演技力もあって、うちの母親(おかん)なんて、俺に泊まり込みで遊ぶような親友ができたと大喜び。


 寂しい奴だと、母親(おかん)に思われていたことにちょっと引いた。外泊なんてしたら、般若みたいな顔して怒り出すんじゃないかと心配して損したわ。


 友達の所に泊まりにいくのが親孝行だったとは・・・。親という生き物って不思議だな。昔は絶対ダメと怒ったくせして高校生になったらOKなのか。覚えておこう。


 それにも増して、意外だったのは優の父親(おとん)が喜んでいたことだ。あやかり女子に年中取り囲まれているのだから、お泊りし合う位の親友の一人や二人、優なら当然いると思っていた。


 あの喜びようは、娘にやっと心を許せる友達ができたのかという親の思いがつまっていた。複雑な気分だ。作戦成功は大いに嬉しい。


 でも、俺の母親(おかん)は良しとして、優の父親(おとん)を騙したと思うと良心の呵責(かしゃく)ににさいなまれる。


 こうなったら、俺が優の大親友になるしかない。悪友(ワルトモ)だけんど。


「ねっ、一哉。うまくいったでしょ」


「おう。さすが学園きっての秀才。悪だくみも抜かりない」


 学園トップの成績を誇る優秀な頭脳持ち主だもんな。平民男子はちゃう。ハー。つり合わんよなー。


「えへへ。褒められて嬉しいなんて久しぶりだ」


 まあ、褒められすぎて鈍感になってんじゃねえのか。俺なんて褒められた記憶すら思い出せない。羨ましいかぎりだ。


「そうなのか」


「私を褒める人はうわべばっかだから。下心ありあり」


「俺も下心ありありだぞ」


 冗談めいて言っているが、心の中ですべてを否定できないのも事実なんだけど。男の欲求というものは困ったものだ。


「誰かー。助けてー。一哉に襲われるー」


 優が笑っている。いい顔してるぜ、こいつ。


「叫ぶなよ。言って見ただけだ」


「知っている」


「男子力ゼロだな、俺」


「不憫(ふびん)ね」


「不憫(ふびん)って言うなって。逆切れして本当に襲うぞ」


「やれるもんならやってみろ」


「分かった。やれん」


「うん。良い弟だ」


 ぐっ。旅館での俺の役回りを持ち出したか。同い年なのに、完全にいいように使われてる、俺ってどよ。ヘタレ平民男子はいつになったら返上できるんだ。


 電話を終えて、旅館に向かう田舎道を二人で歩く。


 角を曲がるたびに、道が少しずつ太くなって、温泉街らしい装いになってくる。温泉饅頭屋の店先を覗き込んでいた浴衣姿のカップルが優の姿を認めて、ため息を漏らした。


 やばい。こいつ、アイドル顔負けの美少女だった。注目されている。よく見ると彼らだけでなく、通りを歩く人たちや外をうかがう店員たちがチラチラとこちらを見ている。俺は数歩、歩みを遅らせた。


「一哉、なんで後ろにつくの」


「いや、この方が弟らしいかと・・・」


「余計に目立つよ」


「そっ、そうか」


「ビクついて、後ろについてこられると訳ありっぽいじゃん」


「しかし・・・」


「もう、どうせ二度と会わない人達ばっかなんだから気にしない」


 優は俺の手を取って指を絡ませてくる。


 ドキ!


 なんだかなー。俺は、優と違って注目されるのには慣れていないだ。


 顔、熱いし。手汗かくし。風景を楽しむ余裕すらない。


 俺は顔を下にして、引きずられるように歩くしかなかった。


 多少高くついたが、部屋での食事を頼んでおいてよかった。皆(みんな)と一緒の大広間なんかじゃ、おちおちと食事がとれる気がしない。


 しっかし、優の家って本当に金持ちだな。けっこう高いランクの部屋を予約してたし。


「いらっしゃいませー」


「・・・」


「お待ちしておりました。佐伯様のご姉弟ですね。お父様から承っております」


 俺の演技もまんざらでもないな。それなりに信用されたようだ。ちょっと得意げな気分になってくる。


「一哉、そこ座っていて。私、手続してくる」


 男子として、初めてのお泊りであるこを考えると、女子に任せるなんて微妙に情けない。


 けど、電話と違って対面でどうどうと嘘をつくのはワンランクうえの強靭な心臓が必要なのだ。今の俺ではボロがでそうだ。


 ここは美少女のヘタレな弟を演じるしかない。てか、元からヘタレ平民男子か。入り口の椅子にちょこんと座って、うつむく。


「一哉、カバン」


 顔を上げると優が立っていた。横には仲居(なかい)さんが優のカバンを持っている。渡せということか。


 仲居さんとはいえ、細っこい体のかなり若い女性。俺のカバン、教科書とかつまっているからけっこう重い。男子ならここは自分で持つべきか。


 意外だが紙って木よりも重い。カバンの中に丸太が入っていると考えれば、そりゃー重いわさ。


「お仕事の内ですから」


 ぐっ。あんまりジロジロと見たから悟られてしまった。迷っている俺の手から仲居さんがカバンを奪った。


 優が気にする素振りを見せないということは、そういうものか。こんな高級な旅館に縁のない俺にとっては、なんもかんも戸惑うばかりだ。


「それでは、お客様。お部屋にご案内します」


 情けないやら恥ずかしいやら。勝手がわからずオドオドしながら二人の後に続く。


 仲居さん。俺の顔見て目を逸らしたよな。あれ、絶対に美少女の弟に期待してたよな。イケメンじゃなくてガッカリしてた。


 ドアを開けて、部屋に入る。ようやく落ち着ける場所についた。


 って、部屋デカ!こんに高級な部屋だとは。テンションがあがって表情筋がゆるみまくる。


 仲居さんが、田舎者のレッテルを俺の顔に貼りつけたように感じる。仕方ねーだろ。こんな贅沢三昧の部屋、知らんし。


 仲居さんは荷物を置き、慣れた所作(しょさ)で辺りを整える。畳に座って優に挨拶した。説明を始めるが、もはや俺は眼中にないらしい。


 ヘタレ平民男子は相手にされている感じがしない。始終、優に向かって話しを進めている。俺はただ「はー」とか「ほー」とか、間の抜けた言葉を差し込むがかりだ。


「こちらが当館自慢の雅(みやび)の間でございます。大浴場はいつでも入れますが、こちらのお部屋には専用露天風呂をご用意しておりますので是非ともお楽しみください」


 マジかよ!露天風呂つきかよ。有り得ない。ってか、悪友(ワルトモ)の危機。さすがに使ったりしないよな・・・。


「一哉、久しぶりに一緒に入るか。二人でも十分な大きさみたいだし」


「優!あっ、優姉、ふざけんなよ。一緒になんか入ってないだろ」


「中学にあがるまで引っ付いてきたじゃん。背中ながしてやるよ」


 ぐっ。完全に弄(もてあそ)ばれている。


「仲がよろしいんですね」


「はい。二人っきりの姉弟ですから」


「羨ましいです」


 社交辞令でも、仲居さんに下心を見透かされたようで胃が痛い。

 仲居さんは笑顔を貼りつけて説明の続きをした。が、俺の耳にはもう届くことはない。部屋つきの専用露天風呂・・・。


 仲居さんは、部屋の間取りや避難ルートなどの連絡事項を告げて、最後にお茶をたててから退散した。


 姉弟じゃないってバレてないよな。


「ふー。やっといってくれたか」


 俺は膝を崩して脱力した。


 優と二人っきり。


 窓から見える広い庭は手入れがゆきとどいている。その向こうには太平洋。大海原が夕暮れの光を受けて輝いている。まるで風景画を見ているようだ。


 学校の美術なんて、まるで興味がなかったけど、この美しさは理解できる。


 優と丸一日遊んだ場所。ここはきっと俺にとって人生で一番大切な思い出の地になるんだろうな。


 十六年しか生きていないけど、ヘタレ平民男子の未来にこんなイベントはそうそう訪れない。俺はしっかりと目に焼きつけておこうと思った。


 ヒノキ造りの露天風呂から湯気がのぼっている。・・・。マジかよ。


 ドキ!


 思わず二人で温泉に浸かっている姿を想像してしまった。


「ねっ、一哉。制服だと落ち着かないし、せっかくだから浴衣に着替えようよ」


 優が二人分の浴衣を持ちだしてくる。


「おう。浴衣か。温泉気分があがるな」


「脚とか腕とか塩水でベタベタだから先にシャワーを浴びてくるね」


「おう」


 浴衣を持って歩きだす優の足元を目で追った。やっぱきれいな脚してるわ。優の脚がとまって顔をあげる。シャワールームをみて俺の心臓は弾け飛んだ。


 ドキ!


「が、が、ガラス張りかよ!」


「海外のホテルとかでよくあるパターンね。オシャレだけど、シャワーが固定式だから使いにくいんだよね」


「ポイント違うし。ほ、ほら、トイレまで丸見えじゃんかよ」


「一哉さー。高級ホテルとかは、こういうの多いよ」


 さも、さも当たり前のように服を脱ぎ始める優。嬉しいけど死ぬ。悪友(ワルトモ)の危機とかいうレベルじゃない。


「残念でした。スイッチ入れると曇りガラスになるんだな。ここのの旅館は。わっ。一哉、顔真っ赤だね。ふふ」


 楽しそうに扉を開いて優は中に消えた。同時に曇りガラスモードになる。してやられた。


 シャワーの艶めかしい音。ガラスにぼんやりうつる美少女のシルエット。


 美しすぎる体のラインが丸わかりじんかよー。見てはいけないと思っても目が離せない。しばし、凝視してしまう。


 興奮して当たり前の状況なのに心が澄んでいく。俺がヘタレ平民男子というだけが理由じゃない。邪心が浄化されていく。


 もういいわ。あんな美しいものに手がだせるか。こいつ、本当に女神様なんじゃないか。人間とは思えない。俺はとんでもないものに捕まったのかも知れない。


 神聖女子(アンタッチャブル)。優はその名で呼ばれるのを嫌うが、俺はその名の本当の意味を知った様な気がする。


 地上に降り立った女神様に、俺の心臓がトクンと鳴った。

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