第10話 花火の後でドキ!
優が集めた貝殻やシーグラスで、俺のポケットがザクザクしている。こんなもんでも喜んでいる優がなんか愛(いと)おしい。無意識にショートヘアの頭をクニクニしてしまいそうだ。
海岸沿いを戻る優の後ろを歩きながら思う。女子の悪友(ワルトモ)って、けっこうきついものがあるな。
向こうのスキンシップは、確かに悪友(ワルトモ)の範疇(はんちゅう)かもしれん。でも、こっちから手を出したらセクハラだもんな。
あっちは幼児モードまで使ってやりたい放題。こっちは、手かせ足かせ、身動きがとれない。こういうのって不公平だよな。
って、もてるものすべてを持っている神聖女子(アンタッチャブル)と、武器一つない平民男子だから、最初から戦いになんないんだけどさ。
「うぎゃー」
ドキ!
抱きつかれても手がだせない・・・。って、抱きつくなよ!もう、俺のノミの心臓がもたんわ。
「どった」
「なっ、生首!」
「あー、あれね。美容室の練習用のマネキン。水に浮くからよく流れつくんだ」
「バラバラ死体かと思った」
「まー、そういうのも流れつくと聞いたことあるけど。世の中不景気だから」
「怖い」
更にギュッとされた。
これは本格的に身体改造しないといかんな。イケメンは無理としても、筋肉バカくらいは努力すればなれそうだ。筋肉は裏切らんってテレビで言ってたし、心臓の機能も高まってくれるかな。
引っつかれたまま歩くはめになった。あちこち当たって落ち着かない。細っこいのに色々とやわらかい。女子ってこんななんだ。
美人も一緒にいればすぐに慣れるっていうけど、優の場合、一生慣れる気がしない。平民男子じゃなくてイケメンのモテ男くんだったらこんな時、どんな行動をとるのだろうか。
心臓(ハート)は鍛えられても心(ハート)はどうすれば・・・。
アホなこと考えてると思うだろ!こうでもしないと気がまぎれないんだよ。脅(おび)えさせて、くっつかせた原因は俺だし・・・。
ウォー。ガルル。全身から毛を生やした理性なんてこれっぽっちも無い野獣になってしまいたい。ついでに心臓も毛むくじゃら。毛の生えた心臓っていうやつ。
おお、そういや悪友(ワルトモ)の定番ギアがまだ残っていた。花火!火遊びだ。久しぶりだ。心が躍る。元気がでてきた。
「優!早く戻って焚火の準備をしよう」
「?」
「寒くなるから夜までまてんけど昼間の花火も面白いぞ。やったことないだろ!」
「うん。やったことない」
「だろ」
よし、よし。昼間の花火にロマンティックな要素なし。純粋に悪友(ワルトモ)ライフを満喫できる。ちと子供っぽいけど。
俺は急いでもときた場所に戻って焚火の準備をした。
ムラムラ対策には、体を動かすのが一番だ。変な悩みも消える。
薪を集め、優との共同作業で再び火が灯った。砂だらけの手足を海で洗い、火にあてて乾かす。すこし落ち着いた。
「やるか」
俺は、掘り出した花火の袋をつかんで宣言した。
「うん」
キリリとした男勝りの顔で答える優。戦場に向かう友を得た気分だ。悪友(ワルトモ)にはやっぱ花火だわ。ガキ大将時代の心が疼くぜ。
シュー。
竹棒のついた手で持つ花火から始める。
昼間の花火は美しさに欠けるが火薬の匂いと立ち込める煙に心が躍る。炎の色が移りゆくさまも武器っぽい。相手に当たらない程度に、互いに距離を取ってふり回す。
「次はロケット花火だ!」
「ねっ、ねっ!私にやらせて。ロケット花火って、男子が独占して女子はやらせてもらえなかったんだよね」
「OK。砂に刺して海に向ける。けっこうあるから、惜しまず連発でいこう」
「準備はこれでいいかな」
「じょうできだ。焚火の炎を適当な束にした枯れ草に移して、導火線に火をつける。やってみて」
俺は乾いて良く燃えそうな草の茎を何本か束にして優に渡した。
優はおっかなびっくりだけど言われた通り作業を進めている。
真剣な表情に見惚れてしまう。やっぱ、きれいだわ。こいつ。
ビシュ、ビシュ、ビシュ、ビシュ、ビシュ。
ヒューン。ヒューン。ヒューン。ヒューン。ヒューン。
ロケット花火が連続して飛び立つ。カッコイイ。心が躍る。優も楽しんでいるようだ。
俺は打ちあげ式の連発花火に火をつけて手に持ち、支援する。本来は手に持っちゃいけないんだけと悪友(ワルトモ)流。
ボフ。ボフ。ボフ。ボフ。ボフ。
火球が連なって発射される。
「ズルい。優もやる!」
「しょうがねえなー。ほれ」
俺はもう一本に火をつけて優に手渡す。花火を持った優の手を外側から包み込むように握る。安全のためだ。
ドキ!
ちっちぇー手だな。それにすべすべしている。かわいい。
程なくして炎が火薬にまわり火球が発射される。
ボフ。ボフ。ボフ。ボフ。ボフ。
優のワクワクしている顔が近くにある。けっこういいかも、優の悪友(ワルトモ)関係。スマホゲームとPCの二次元ライフにどっぷり浸かった、クラスの平民男子と過ごすよりぜんぜん楽しい。
そういや、中学辺りから外で遊ぶ仲間がいなくなった。俺がヘタレになっていったのは、あの頃からかも知れない。
ちと、ムリがあるがショートカットだし、美形男子とでも思って優と過ごすのもよいんじゃないか。
キラキラしている優の横顔。俺もなんだか童心に戻る。
最後の落下傘花火を二人で打ちあげる。
ドシュー、パン。
風に吹かれてゆらゆらと落ちてくる落下傘。俺と優は、どっちがキャッチするかを競って砂の上を走った。
「やったね。優の勝ち」
落下傘を持った手を振り上げて、誇らし気に笑う優。無邪気で微笑ましい。
が、全力で走って女子に負ける俺って男子として如何(いかが)なものか。対等に動けるくらいは体を鍛える必要があるな。ヘタレ平民男子らしからぬ思いが過(よぎ)った。
「花火も尽きたし、日が暮れる前に帰るか。けっこう遠くまできたし」
「無断外泊!」
ドキ!
「それはヤバいだろ」
「ふふっ。悪友(ワルトモ)の究極儀式」
「そうだけど。そこまで、俺もしたことないぞ」
「なら、しょっ!初体験」
はっ、初体験?美少女の口からそんなことを言われると、別の意味に取っちまうだろ。悪友(ワルトモ)の究極儀式じゃなくて、リア充カップルの最終儀式といいうか。鼻血がでそうだ。
女子が軽々しく口にする言葉じゃない。指摘しようと思ったが止めておく。せっかくのいい雰囲気に水を差しそうだ。
「いくらなんでも。母親(おかん)が心配するし、優だって父親(おとん)が心配するだろ」
「じぁあ。私が一哉の友達のお母さんのふりして電話するから、一哉は私の友達のお父さんのふりして電話して」
「マジかよ」
「でも泊まるとないぞ。四月に野宿はさすがにムリだ」
「少し歩くと温泉街がある」
「でもなー。制服の二人じゃ、泊めてくんないだろ」
「一哉が親のふりして予約取って、子供たちが先に着いたことにする。んで、後でもう一度電話して、急な出張が入って子供たち二人でお願いしますと頼むのはどう」
「優、おまえ悪い奴だな。俺たち兄妹に見えるかな」
「うーん。一哉は弟!私がお姉ちゃん」
「それ、微妙に傷つくな」
「その方が旅館も安心する」
「なるほど。細かい心理戦だな。やっぱ、優は賢いわ」
「悪友(ワルトモ)の悪知恵」
ここまで言われてしまうと、行かないとは言えなくなった。
無断外泊かー。確かに悪友(ワルトモ)の究極イベント。メチャ憧れたよなー。なんど、考えたことか。
でも、後で、怒られるのを考えると恐ろしくて決行できなかった。こんな、うまい手があるとは。
待てよ。上手に乗せられた気がする。花火ですっかり悪友(ワルトモ)感が盛りあがってたけど、これって女子と二人っきりで一夜を過ごすことだよな。しかも、相手はアイドル級美少女。問題、有ありじゃんか!
「俺、金ないわ」
どうだ。これなら無理だろ。だいたいにして、高校生の財布の中に温泉旅館に泊まるような大金があるはずがない。これであきらめてくれるはずた。
「私、もってる。優んち、ちょっと裕福だし」
優は財布の中からクレジットカードを取り出した。プラチナ色に輝いている。あきらめさせる手だては、あえなく尽きた。
「父親(おとん)のカードかよ」
「えへへ」
「とことん悪いやつ」
「決まりね」
悪友(ワルトモ)としてはここで引いたら男が廃る。
が、優は間違いなく女子。姉弟をよそおっても、一部屋に年頃の男女が二人っきりってのは。たとえ手をだしていなくても、バレたら退学だってありうる。
ズル休みから無断外泊、無断外泊から不純異性交遊、んで退学。
俺の頭の中で不良男子に落ちていく図式が想い描かれる。母親(おかん)、泣くよなー。一瞬にして心が萎(な)える。ここまできて、あきらめさせる手段をさぐってしまう。
「怖くないんか」
「なにが?」
「いや、その俺、健康な思春期男子だし」
ここまで言えばさすがに意識するだろ。
「信頼しているから」
ぐっ。その言葉は悪友(ワルトモ)以上にキツイ。これで、手が出せないうえに、断ることもできない。王手って感じだ。
今日一日、ずっと楽しかった。このまま帰りたくない。人生一度っきり。ここで帰ったら一生後悔する。この楽しみ、いや試練に耐えられたら優の本当の悪友(ワルトモ)でいられる気がする。
悪友(ワルトモ)の究極イベント!乗ろうじゃないか。ヘタレ平民男子を返上だ。
とんでもない展開に、俺の心臓がトクンと鳴った。
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