第9話 お宝さがしでドキ!

「ところで一哉!こんなのどこで拾ってきたの?」


 優は手紙の入っていた小瓶を俺に示した。


「浜辺を歩けば色んなもんが流れ着いているよ」


「へー。面白そうだね」


「まあな。ボールとか、わりと落ちているし、食後の運動に遊ぶか」


 太陽が真上にのぼり、陽射しも程よいかげんだ。夏のように砂も焼けてないし。


「宝探しの方がいいなー」


「そうか。綺麗な貝殻とかあるぞ。シーグラスといって波に削られたガラスは結構きれいだぞ」


「そうなんだー。ふふ、楽しそうだね」


 春の海は、冬の荒波に運ばれた漂流物が片付けられていないので、宝探しにはもってこいだ。小さい時は、よく父親(おとん)にせがんで遊びにきたっけ。なっかしい。


「よし、優。じぁあ、宝探しに行くぞ。俺に続け」


「はい、一哉船長」


 海賊ごっこ遊びかよ。俺達、高校生だぜ。でも、まいっか。だれも見ていないし。なにより、楽しいし。


「では、焚火を消せ」


「はい、一哉船長」


 優はポリタンクを持って、燃え盛る流木にズバッと水をかけた。


 バシュー。


 白煙が立ちのぼり、燃え残りの木が割れてはじけ飛んだ。


「あちっ!バカ、一気にかけるな」


「ごめんであります。一哉船長」


「いちいち船長をつけるな」


「ダメ?」


 ドキ!


 下を向いて悲しそうにすねる、優。まじ、かわいい。神聖女子(アンタッチャブル)モード違ってトゲトゲしてない。


 子猫みたいだ。頭をナデナデしたくなるだろが。できんけど。


「いや。わかった、許す。次は、貴重品を持って、カバンは、そこの草かげに隠そう」


「はい、一哉船長」


 すっかり笑顔に戻っている。ほんと、表情がコロコロ変わるな、こいつ。


 俺達はカバンと、せっかくだから靴も隠して裸足で波打ち際を歩き出した。濡れた砂の感触が心地いい。


 スカートの下に伸びる優の細く長い脚が目に飛び込んでくる。


 ドキ!


 女子のふくらはぎって丸くてエロい。産毛が日の光を受けて黄金色に輝く。小さくてかわいい足の指とか、いろいろと目が離せない。


 って、変態かよ、俺。情けない。


「おっ。ボール、見っけ。野球やろうぜ」


「一哉船長。了解しました。これをバットにします」


 優は側に落ちていた竹棒を拾いあげる。あんな細っこい棒で打てっかよ。と思いつつも、空振りする優の姿を見たくて黙ってボールを投げた。


 スパーン。


 竹棒はボールの芯をとらえ、ボールは海の彼方へ飛んでいく。


 忘れていた。優はスポーツ万能女子でもあったのだ。せっかく拾ったボールを一個、ロストした。


「一哉船長。ゴメン」


「気にするな!どうせ漂流物だし」


 こんな具合で、砂浜に流れついたものをあちこち見て回る。


 優は主に貝殻やシーグラスなどのキレイ小物担当。俺はボールやがらくたなどの大物担当だ。


「一哉船長。貝塚を発見しました」


 大量にかたまって漂着した貝殻に目をキラキラさせている。やばい。神聖女子(アンタッチャブル)モードになって歴史の講義とか初めたりしないよな。


「残念。アサリの殻ばかりです」


 よかった。脱線してない。


「一哉船長!サッカーボールを発見しました。うりゃー」


 待てと言う間もなく、優は思いっきり白と黒がハッキリしなくなったボールを蹴った。


 ブシュー。


「足がつき刺さったであります。一哉船長」


 ものの見事に、ボールのど真ん中に優の足指が入り込んでいる。


 ・・・。腐っているのね。穴から悪臭を放つ得体のしれない黒い液体がドロリと流れ出ている。


 大型のボールは中に海水が入って腐っていることが多いのだ。注意するのが間に合わなかった。


「臭いです。一哉船長!」


「や、止めろ!俺に引っつくな。臭せー。足をからめんな。ズボンに擦りつけるな」


 もう、大騒ぎだ。おれも昔、悪友にやったことある。懐かしいけどほんと臭せえ。


 二人で膝下まで海に入って汚れを落とす。ズボンのすそを洗う。


「優。そっちは大丈夫か?」


 足を洗うのに熱心で聞こえなかったらしい。スカートをたくし上げている。白い太ももが・・・。


 ドキ!


 艶めかしい。一瞬にして悩殺された。


「どったの一哉船長。呆けた顔して」


 言えっかよ!この魔女が・・・。


「いや・・・。なんでも・・・」


「よっしゃー!宝探しを続けるぞ」


 なんで、こいつ、これほどまでに無防備なんだろ。学園では清楚さが売りの神聖女子(アンタッチャブル)。太ももはおろか、膝小僧さえ見せない完璧ブロックのオーラさえ放っとるというのに。


 お宝画像が脳裏に焼きついて頭から離れない。神聖女子(アンタッチャブル)の信者達に知れたら磔の刑にされてもおかしくない。

 くっ、宝探しどころじゃない。


 優が普通の平民男子の悪友(ワルトモ)だったら、こっちも無邪気になれるのに・・・。細っこい首がえりからのぞいて見える。


 ドキ!


 やっぱ男子じゃねーなー。ショートカットの後ろ姿を眺めて思う。


 嬉々として貝殻やシーグラスを探し集める優。一個、見つける度に俺の所に駆け戻ってくる。子犬かこいつ。


「ねえ、きれいでしょ」


「おう」


 シーグラスを空にむけて、太陽にかざしてのぞきこむ姿は微笑ましい。


 学園で神聖女子(アンタッチャブル)と呼ばれている佐伯優と同一人物なのかと疑いたくなる。双子の姉妹でもいるんちゃうか。


 学園でのキュッとした微笑みと、今、見せているふにっやっとした笑顔。どっちも優なのかもしれないが、断然こっちの方が好きかな。子犬モードのほうが和(なご)むわ。


「ねえ、ポケットがいっぱいでもう入んない」


「いいのを選んで残りは捨てなよ」


「やだ」


 だだっ子かよ。頬を大きく膨らませて、ふくれっ面をする、優。


 ドキ!


 くっそー。これもかわいい。こんな顔を学園でしたら死人が山と出るぞ。心臓発作ものだ。


「一哉船長のポケットかして」


 シーグラスを握った手を、俺の制服の上着のポケットに突っ込んでくる。


 こそばゆい。てか、恥ずかしい。


 女子に免疫のない平民男子に、その行為はレッドカードものだ。頭の中に笛が鳴った。


「くすぐたっいからやめろ」


「いいじゃん!ケチ。悪友(ワルトモ)なら普通に貸すぞ」


「あのさー。ポケットは貸すけど、勝手に手を突っ込むなよ」


「だってね。ポケットって温(ぬく)いの代表!共有すべし。女子の制服ポケット、小っさい」


 そうなんだ。知らなかった。確かに小さそう。オマケみたいだ。女子の制服なんて、まじまじと観察してたら変態扱いされるもんな。


 そういうのに一々驚くのは、女子との接触がまるっきり欠落した人生を過ごしてきたためだ。ヘタレ平民男子の誇りと言いたいが、素直に凹むわな。


「男子は良いよなー。ズボンのポッケに手を入れられて。悪って感じがするもん。悪友(ワルトモ)なのに優だけできないなんて不公平だ。一哉の制服を今度、貸してよ」


 ドキ!


 美少女の男装を思い浮かべてもた。優ならなにを着たって似合う。ヘタレ平民男子の着こなしとは違うよな。ショートカット女子だからカッコイイかも。


 が、悪いが制服は共有できない。いろいろとモヤモヤした気持ちになるだろ。答えに詰まる。思春期男子の気持ちになってみろってんだ。


 ドキ!


「ばっ、バカ、なにやってんだよ」


 神業的スピードで俺のズボンのポケットに右手を突っ込んでくる、優。ヤバすぎる。


 ズボンのポッケの中の生地は薄い。ざわってした。初めての感覚にパニックを起こしそうだ。


「きゃはっ。やっぱ、こっちの方がもっと温(ぬく)い!」


 俺は優の手首をつかんで無理やり引き出した。無邪気さのむこうに悪意さえ感じる。ほんと、こいつ・・・。


「今度、許可なくこんなことしたら絶交だかんな!」


 シュンとする、優。怒られた子犬の表情。


 俺が悪者なのか?いや、この際、悪者だろうが、悪魔だろうが関係ない。言い聞かせておかないと俺の心臓がいくつあってももたない。


 優の意識は小学生のレベルにぶっ飛んでいる。確かにあの頃なら、男子同士で相手のポケットに手を入れるなんて日常茶飯事だったけど、今はそうはいかない。


 こんな幼稚な悪戯を許していたら、限りなく増長するに決まっている。俺は本気で怒ってみせた。


「うん。一哉船長!」


 船長?この期に及んで、まだ、海賊ゴッコ遊びモードなのか!幼児のふりして逃げ切るつもりか。


「うんじゃない。ハイだ」


 父親(おとん)に、さんざん言われ続けているフレーズを投げかける。


「ハイ。一哉船長!」


「それと、海賊ゴッコはお終い」


 そんなこんなで、宝探しもお終い。春なのにギラギラついた太陽。どこまでも続く開放的な青い海と空。


 ポケットの中に残る美少女の微かな手の感触に、俺の心臓がトクンと鳴った。

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