第6話 コーラでドキ!

 少しばかり冷静になってみると、海水でズボンが濡れて気持ち悪い。ふと優の姿を眺めると同じように制服のスカートを濡らしている。


「ちょっと乾かさないとな。濡れているから砂が余計にくっつく」


 辺りを見回すと、どこかのバカの焚火の後が残っていた。砂から顔をのぞかしている不自然な丸石。黒くなった木片。


 海岸で春キャンプでもしたのだろうか。季節外れの花火の残骸を見てうらやましくなる。盛り上がったんだろうなー。


 花火といえば悪友(ワルトモ)達の定番アイテム。ふり回したり仲間に向けたり。つき添いの大人たちに怒られたものだ。


 懐かしい。思い出すこともないくらい記憶の奥底に沈んでしまった思い出の一コマだ。


「一哉はバカばっかりやってたもんな」


 優が花火の消しかすを摘まみあげる。ロケット花火の赤い棒と黄色いプラスチック。わりと新しいじゃないか。春に花火を持ち込むなんてかなりの強者とみた。


「オオッ」


 っと声が漏れた。なんて懐かしい。悪友(ワルトモ)花火大会の最高ギア、ロケット花火。炎を引き連れて飛び立つ姿はミサイルそのものだった。テンションがあがる。


 暗闇で花火をするとあげ忘れがあるんだよね。あと買い過ぎてまとめて捨ててあったりとか。小さい時はお金がないからよく探したもんだ。


 高校生になるとリア充の男女はみんなプールにいく。設備も整っているし、なにより塩水でベタベタしない。


 海辺でキャンプするなんてのは男ばかりの悪友(ワルトモ)の集まりだ。マナーもなんもあったもんじゃない。


 わずかばかりこんもりと盛り上がった砂の山。注意して見ると見たことあるビーニールの端っこが飛び出している。子供の頃と全然、変わっていない。


 間違いない。幼い時に培った野生が目覚める。俺はビニールの角を摘まんで、思いっきり引っ張った。


「ラッキィー」


 砂をまき散らして、中から未開封の花火セットがでてきた。ご都合主義と笑いたくなるくらい、乾いたマッチまでセットされている完璧なお姿。ツイている。


「優!俺達、悪友(ワルトモ)だよな」


 俺の言葉に優が目を輝かせて、言葉の先を継ぐ。


「火遊びするんだ」


 火遊びは悪友(ワルトモ)のロマン。良い感じに心がシンクロしている。優のやつ、意外に頼もしい。


「あったりー」


 砂浜の入り口に『海岸での焚火・花火厳禁』の立て看板を見かけたがかまうものか。春の海には誰もいない。怒って駆けつけるライフセイバーもいなければ、海の家だって閉鎖されたままだ。


「俺、バケツ代わりになるもの拾ってくる。一応、後始末はちゃんとしないとな。優は近くにある燃えそうな流木とか枯草を集めてくれ」


 久しぶりに他人に対する主導権を握ったような気がする。冬の荒波に流されたポリタンクがどこかに絶対ある。俺は海岸線をワクワクしながら歩き回った。


 灯油用のポリタンクを見つけて海水をタップリ汲んで戻る。ポケットには、ついでに拾ったサプライズが隠してある。


「おお、結構よさそうな木が集まってんな。優って才能あるんだな。これなら大災害が起きても、天変地異が起きても、生き残れるな」


 ちょっと大げさだけど悪友(ワルトモ)流に褒め称える。すげえだろって自慢げに目を輝かす優。俺は悪友(ワルトモ)の先輩らしく、誰かの焚火後の砂をほり、木炭化した木を集める。


 風邪に飛ばされないように石を組み直して、優が集めた枯草、炭化した木、流木と順に積んだ。小さなキャンプファイヤーの元ができあがる。


 こういうのってなん年たっても覚えているものだ。誇らしげに優を見ると、頼もしそうに見守ってくれている。やっぱかわいいわ。


 火を起こすための乾いた新聞紙もゲットしてある。なんどか雨に濡れて、くっついているがまったく問題ない。


 こいつは火種にも使えるし、丸めて筒にして吹けば、ふいご代わりにだってなる。程なくしてすべての準備が整う。


「やるか」


「なんか、ドキドキするね」


 頭がぶつかるくらいの距離でしゃがみ込み、組みあげた木を覗き込む。体を風よけがわりにしているから、くっつかざるおえない。


 マッチをこする。


 シュッ。


 先端に小さな炎がともる。くぅーう。興奮するわ。


 消えないようにそっと枯れ葉に火をうつす。ポワっと赤い炎が燃え広がる。俺はそれを丸めて潰した新聞紙に乗せて薪の奥に突っ込んだ。


 もう一つ丸めた新聞紙を吹いて空気を送る。途端に白い煙がもうもうと立ちあがり、やがて組み上げた木片の間から炎が噴きだした。


 成功だ。後は勝手に燃え広がってくれる。俺は優と顔を突き合わせて二人でニタニタと笑い、成功を祝った。


 達成感を共有して心が一つになったのを感じる。共同作業っていいよな。


 一人でやる勉強とは大違いだ。こういうのってイケメンだろうがブサ男だろうが関係ない。炎は人類の文明の礎(いしずえ)なのだ。


「一哉!サバイバル力、高いじゃん」


 誉め言葉も素直に受け入れられる。俺達は二人並んで屈み、濡れた制服と足を乾かした。良い感じだ。これなら悪友(ワルトモ)も悪くない。


「乾いてきたね。ほら、パンパンすると砂が簡単に落ちる」


 優が楽しそうにスカートを叩いた。ヤバ。彼女がアイドル並みの美少女だってことをすっかり忘れていた。無防備すぎる。太ももの奥に白いものが一瞬、チラリと見えた。


 ドキ!


「パンツ見たな!」


 優は意地悪そうな顔を差しむけてくる。


「見てない!」


 くっ。目ざといやつ。見つかったか?


「絶対見た!」


 優は小学生みたいに口をとんがらしている。ショートヘアでこういう顔されると、途端に幼く見える。高校生には思えない。


「だれがそんなもん!」


 俺も意地を張る。おこちゃまのケンカみたいだ。


「そんなもんなのか?」


「そんなもんだ!」


 完全に小学生同士の会話だ。スカートめくりが流行った頃の気分。悪友(ワルトモ)の定番だったっけ。不思議といやらしい気持ちが起こらない。


「一哉なら、まいっか。パンツくらい。減るもんじゃないし」


「なにが、まいっかだ。慎(つつし)め」


「やっぱ、見たんじゃん」


 優がニヒヒと笑う。美少女だいなしだけど、今はこの方がいい。


「ごめん。見た。白」


 俺は小学生気分で正直に答える。


「殺す!」


「だからー。やめようよ。俺の頭を抱えてグリグリすんな。お胸様は子供のまんまじゃないんだから」


 自分の胸に俺の頭が食い込んでいることにハッとして、プイっとそっぽをむくアイドル級美少女、佐伯優。可愛いというか、愛(いと)おしくなってくる。


 シートカットの女の子。久しぶりの悪友(ワルトモ)にハラハラ、ドキドキさせられた。


「事故だからね。今の!」


「ああ。もちろんだ」


「じぁあ、飲む。コーラ」


 優は自分のカバンを引き寄せてチャックを開けると、ペットボトル入りのコーラを取りだした。


 コーラといえば、その成分は天然とは程遠い人工物のオンパレード。母親たちが考える最強、最悪の毒ドリンク。


 で、悪友(ワルトモ)を象徴する神アイテムにあげられる。黒くて弾けるそのお姿。幼い時は憧れたものだ。


 小学生仲間で回し飲みして、初めて飲んだ時は、くそマズくて全員ふきだしたっけ。懐かしい思い出だ。


 日の光を浴び続けて、程よく温まった炭酸飲料。キャップをひねると炭酸が勢いよくふきだして俺の顔を直撃する。


「うおっ」


 ワザとだよな。こいつ。仕返しが子供じみている。顔が濡れてベタベタする。


 そんな俺を無視して、優はペットボトルに口をつけてコーラを飲み始めた。白い喉がトクトクと動くさまが艶っぽい。


 ドキ!


 CMで見るあれだ。ショートカットだからよく見えるのね。


「んっ!」


 優が飲みかけのコーラを差しだしてくる。んがっ!マシかよ。これって、間接キスだよな。受け取っていいのか?


 変な気持ちを抱いていたら心がゆらぐ。一本のコーラの回し飲みは悪友(ワルトモ)界の定番。ヤクザが酌み交わす盃と同じ意味を持っている。


 悪友(ワルトモ)かどうか試しているのか?俺の事。


「んっ?飲まないならぜんぶ飲んじゃうよ」


 俺はやけくそで、優の手からコーラをひったくり、無言でゴクゴクと喉を鳴らした。


「ばっ、バカ。ぜんぶ飲まないでよ」


 慌てて奪い返される。弾みで飛びだしたコーラがベタベタの俺の顔に追い打ちをかける。


「バッカでやんの」


 俺が口をつけたそれを、優はためらいもなく口にくわえた。ニヤリとこちらをうかがう。


 ドキ!


 これはもう事故じゃない。優は俺の下心を見抜いて試している。間違いない。


 まいっか。優のような別世界の住人とは、この先、どこまでいってもつり合わない。男だからドキドキするのはしょうがないけど、こいつ、けっこう面白いし悪友(ワルトモ)で十分だ。


 変な気持ちを抱いて、先々、傷つくくらいなら今の距離感を保とう。俺は自分に言い聞かせるのだった。


「顔がベタベタだ。洗ってくる」


 海水で洗ったらパリパリになりそうだが、少し距離を取らないと恋の魔力にハマりそうだ。優の無邪気さは、今の俺には一番キツイ。


 海の水の冷たさが俺に冷静さを取り戻してくれる。女神様にこれ以上求めたら罰が当たる。俺の人生に一時でも変化を与えてもらえるなら、これで満足だ。


 浜辺を見れば、春の日差しの下で、優が笑っている。天真爛漫な笑みは学校で見せるクールな笑みとはまるで違う。


 そして、その笑みをつくりだしたのはヘタレ平民男子の俺だ。すごいじゃないか。心が和む。


 優の悪魔的な微笑みに、俺の心臓がトクンと鳴った。

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