第7話 弁当でドキ!

「お腹が空いたね。お弁当を食べよっか」


「おう」


 俺と優は焚火を囲んで、カバンからそれぞれのお弁当を取り出した。私立、渋川学園高校は基本、お昼はお弁当だから学校へ行くつもりだったのでお弁当は必然、カバンの中にある。


 学食もあるにはあるのだが高い、まずい、遅いの三悪メシなのであまり人気がない。だが量だけはある。今どきハイカロリー重視なんてありえんだろ。戦前かよ!おデブ量産してどないすんねん。


 って、ことで俺は弁当男子になった。母親(おかん)のつくる弁当は手抜きで毎回、夕飯の残り物の詰め合わせで恥ずかしい。


 高一からつくっているので腕前もかなり上達した。今ではネットを使ってレシピを考え、更に自己流アレンジまで加えるから、見た目も味もそれなりだ。


 と内心、こっそり思っている。女子にだって負ける気はしない。が、自慢する相手もいない。


 芸なし、知恵なし、見た目なみの平民男子キャラのさえない俺だが、唯一の得意分野かな。あっ、誇れるとこあるやん、俺。無能じゃないんだ。


 平民男子の高校生活における楽しみは少ない。昼飯の楽しみを失ったらもはや牢獄と変わらない。無能であろうと、この能力は必要が産んだ産物なのだ。


 二段重ねのお弁当を開く。器はネットで買った、こだわりの天然杉の曲げわっぱ。


 余計な水分を飛ばしてくれるので、プラ容器みたいにご飯がベチョペチョになったりしない。


 一年間使って、少し飴色に馴染んできたあたり。愛着もひとしおの自慢の一品。


 クラスの男子にはジジくさいだのなんだのとバカにされるけど。

 こいつの良さを知らずに、アキバ系フィギュアばかり褒める平民男子の気が知れない。


 箸は青黒檀、七角削りの表面磨き仕上げ。なんと一万円。お年玉を使って買った。


 使い込んで黒光りしている。箸だけで飯がうまくなる。やっぱ、道具って大切だよな。


 一段目は白飯(シロメシ)に、タマゴふりかけ。このふりかけだってオカカとゴマ、炒り卵に炙った海苔を使ったお手製だ。その為に、小遣いをはたいてミル付きのミキサーまで買い込んだ。


 二段目は定番の鳥の唐揚げに、だし入り玉子焼きと鮭ハラミ。色づけにブロッコリーと二色のパプリカの炒め物を添えた。


 今日もバッチリうまそうだ。自己満足の完璧な仕事ぶりを眺めて、独りで悦にはいる。


「一哉!」


「なんだ?」


「んっ!」


 優が自分の弁当箱を差しだしてきた。おそそわけか。これも悪友(ワルトモ)の定番。同じ釜の飯を食らう儀式だ。って、熱愛リア充バカップルの定番とも呼べるが・・・。


 人んちの弁当がどうしてもダメと言うデリケート族が増加中の昨今、珍しい。ってか、俺の自慢の弁当はプロにだって負けてないから外食と変わらんけど。へへ。


「どれが欲しい?」


「全部。丸っと交換!」


「へっ?」


「悪友(ワルトモ)弁当交換。これ常識」


「聞いたことないけど」


「一哉と優の悪友(ワルトモ)ルール」


「まさか、弁当目当てで俺を悪友(ワルトモ)認定してないよな」


「一哉の弁当うまそうなんだもん」


 優はクールビューティ神聖女子(アンタッチャブル)にあるまじき、恍惚(こうこつ)の笑顔を差し向けてくる。顔面筋肉がすべて緩みきった無防備な笑顔。おそらく学園の誰一人として見たことない。


 ドキ!


 かわいい。かわいすぎる。赤ちゃん猫みたいだ。ハートが激しくドキュン。って悪友(ワルトモ)であることを忘れてた。


 てか、否定しないんかい。ほんとに弁当目当ての悪友(ワルトモ)じゃんかよー。


 が、抗えない。文句の一つも言えない。こんな彼女の笑顔に対抗できるものがいるなら俺の前にでてこい。神様だって、閻魔様だって無理だ。


 まあ、自己満足の世界を脱却して、喜んでもらえる心の友ができるなら惜しくもないか。俺は渋々の心を『ハイ喜んで!』にかえて自慢作を優に手渡した。


「うまい!」


 嬉しそうに俺のお手製弁当を頬張る優を見ていると心が和む。やっぱ、うまいものって理屈抜きに幸せを運んでくる。


 ドキ!


 美少女が食事する姿ってちょっとエロい。ときめいてんじゃねーよ。危ない。悪友(ワルトモ)でいられなくなる。


 そう、そうだ。目の前にいるのはやんちゃな子猫。やんちゃな子猫。やんちゃな子猫!俺は心の中で呪文を唱えた。


「どったの。私の食べないの?」


「あっ、いや。食べる」


 俺は優の丹塗りのお弁当を見つめる。女の子の弁当って、なんでこんなに小っちゃくてかわいんだろ。学園のアイドルが毎日使っているものが手の上にある。


 こりぁあ、あやかり女子はもとより、平民男子諸君にも殺されかねないわな。恐れ多いお姿をしている。開けるのも怖い。


「早く開けなよ」


「おっ、おうよ」


 ちっ。口が緊張してうまく回らない。ヘタレ感全開の平民男子ってか。フタを掴む手も震える。


「おっ。うまそうだ」


 最近流行のお弁当用の冷凍食品が使われているが種類も多いし、栄養バランスも考えられている。こまこまと色々入っていて賑やかなそれ。


「うん。お父さんが毎朝、早起きして作ってくれる」


「やるな。優の父親(おとん)」


「えへへ」


 そういや優のお母さんは離婚していないんだったっけ。こいつ、もしかして育ててくれる親父(おとん)の影を俺に見てんじゃね?


 それなら納得できそうだ。でなければ平民男子の俺なんかを相手にするはずがない。


 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、神聖女子(アンタッチャブル)の佐伯優(さえき ゆう)はファザコンに違いない。


「優の父親(おとん)はどんな人」


「うーん。普通かな」


 ほらきた。俺の読みに間違いない。


「弁護士してるよ」


 あう。普通じゃないだろ。それ。バリバリ優秀じゃんか。優の頭が良いのは親譲りか。ネット婆を撃退した知識はそこからきていた事を知る。


 なら、容姿だな。ドンくさデブの三島優(みしま ゆう)を考えれば妥当か。どんなに賢くてもイケメン以外は平民男子認定される。運動能力と頭脳は基本要素ではあるがおまけでしかない。


 それがビジュアル優位のネット系時代のルールだ。顔さえ良ければ、例えバカだろうが運動音痴だろうが、それなりに持てはやされる。


 バカは天然系、運動音痴はずばりビジュアル系。置き換えてしまえばいい。つまり、イケメンはリア充男子の王道なのだ。


「そうか。イケメンとかじゃないよな」


「うーん。学生時代はアルバイトの代わりにメンズ雑誌の読者モデルをしてた」


「・・・」


 さらっと軽く流しやがって、これもハズレか。


「そうだ、高校生の時に陸上で国体に出たんだって」


 ぐっ。ダメ押しまで。だよな。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組の神聖男子(アンタッチャブル)じゃねーかよ。


 親子そろって神様のちょう愛ってか。つくづく世の中、不公平だ。神は呪われこそすれ、敬(うやま)われるものちゃうわ。


 人間の平等をうたう教師は間違っている。天賦の才能は努力したって手に入らないんだよ。やっぱり俺とは未来永劫つり合わない。


 てか、将来、優と結婚する奴は大変だな。父親(おとん)と比べられても引けをとらない奴か。優を女神ともてはやす平民男子連中は全員不合格。こりゃあ私立、渋川学園高校の生徒じゃ無理か?


 神聖女子(アンタッチャブル)である優にとって、私立、渋川学園高校の生徒の中から恋人を見つけだすのは難しい。


 かくして、ヘタレ平民男子の俺に、悪友(ワルトモ)と言う名の白羽の矢が飛んできたのかも知れない。


 話はそれるが、恋を運ぶキューピッドが持つ矢は金の矢と鉛の矢。金の矢を心臓に受けた者は目の前の異性に恋情を抱くらしい。そして、鉛の矢を受けた者は恋愛に嫌悪感を持つらしい。


 おっちょこちょいのキューピッドが間違って俺に金の矢を撃ち込んでいたとすれば・・・。これは望み薄。悪友(ワルトモ)認定がそれを示している。


 だとすると学園内で優に鉛の矢を撃ち込んだ?恋愛に嫌悪感と言うフレーズが俺の頭を過(よぎ)った。


 俺は優の父親が作ったという弁当を食べながら、あれこれ考えを巡らせた。それにしてもこの弁当、冷凍食品ばかりなのにうまい。これも、神聖男子(アンタッチャブル)の技か?


「私の見込んだ通り、一哉のお弁当って凄いよ。こんな、おいしいお弁当は今まで食べたことない。一哉の奥さんになる人って幸せだよね」


「そういう事を言うなよ。勘違いするだろ!優の父親(おとん)が悲しむぞ」


 忘れてはいけない。神聖女子(アンタッチャブル)には神聖男子(アンタッチャブル)の父親(おとん)がついてくる。


 ハードルたけえぞ。平民男子諸君。俺は悪友(ワルトモ)認定で済んで良かったと安堵する。


「一哉、料理うまいし、優しいし。お父さん喜ぶと思うよ」


 悪友(ワルトモ)認定しときながら、一々、俺を惑(まど)わすな。一般論が個人の意見に聞こえる。


 俺は弁当に気持ちを集中することにした。おいしいものは裏切らないし、平民男子にだって平等にやさしい。


「一哉、私のだとたりなかったね。はい、アーン」


 鳥の唐揚げを箸でつまんで差しだしてくる。コーラで無理やり間接キスを済ましていたとはいえ、これは別物だ。さっきまで、優の口に入っていた箸。やべえだろ。


「悪友(ワルトモ)はそんなことしないから」


「一哉、お腹減るでしょ。はい、アーン」


 あまーい言葉。鶏の唐揚げのむこうに美少女。たえがたいシチュエーション。俺の理性に反して、口が勝手に箸へと伸びる。


 パク。


 うまっ、口いっぱいに幸せが広がる。


 幸せ堕ちてしまった。しょうがねえだろ。野獣を目覚めさせる焚火の炎が目の前で揺れてんだから。


 いや。なにかが違う。優に餌づけされているような気がする。飼いならされちゃうんじゃない、俺。しかも、自分でつくった弁当で。


 バカヤローと叫びたくなって、俺の心臓がトクンと鳴った。

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