第174話
「待ちやがれ! 魔人共が!」
ハシントが殺られたとも知らず、人族兵たちはエナグア王国の魔人たちを追いかけていた。
魔人の者たちは、そんな人族たちを嘲笑うかのように樹々に身を潜めて後退をしていた。
しかし、ただ後退している訳ではない。
“ボンッ!!”
「うぐっ!! がっ!!」
苛立ちから単独で追いかけてくる者が現れ、魔人の1人がもう少しで捕まりそうになる。
だが、それも魔人たちにとってはただの罠で、1人になった敵をまるで良い的ができたと言うように無数の魔法を浴びせかける。
的になった人族兵は、飛んできた魔法を何発も食らって吹き飛ばされる。
魔法の水球が当たった手足はおかしな方向に曲がっていて、小刻みに動いている所を見ると、どうやら骨折させただけで仕留めるまでは至らなかったみたいだ。
「おのれ!! くら……」
少し遅れて追いついてきた人族兵たちは、仲間をやられた怒りと共に魔人たちへ魔法を放とうと手に魔力を溜める。
しかし、その瞬間、人族兵たちの前に一人の魔人が姿を現した。
「ハッ!」
「ぐあっ!!」「がっ!!」
その魔人の槍によって、数人の人族兵が魔法を放つことなく地に叩き伏せられることになった。
「エベラルド!?」
魔人族の男が叫んだ通り、突如現れた魔人はエべラルドだった。
後退しつつ人族の兵を減らすのが魔人たちの役割だが、後退速度が鈍くなっている。
予定ではもう少しでエナグアの城壁が見える所まできているはずだったのだが、人族たちが思いのほか慎重に追いかけてきているせいだからかもしれない。
追いかけてきている人族兵は、ここにいる者たちだけではない。
行動を見る限り、何組かに分かれて移動している。
もしかしたらこの速度の遅さは、他の隊が魔人たちの背後に回り込むための時間稼ぎをしているのかもしれない。
そうならないためにも、後退速度を上げた方が良い。
それを促すために、エべラルドは援護に来たのだ。
「あっちにいた魔闘術使いは仕留めた。後退速度を上げろ!」
「おぉ!」「流石!」
エべラルドの言葉を聞いて、魔人たちは喜びの声をあげる。
実戦で使うには、バリレオとエべラルドの2人しかケイから許可が出されなかった。
しかも、敵に魔闘術使いがいたら、2人がかりで勝てるかは微妙なレベルと言われていたが、どうやら勝つことができたようだ。
魔人たちにとって一番脅威となるのは、敵の魔闘術の使い手。
それが取り除かれたということは、この戦いもかなり楽になること間違いない。
「隊長は?」
援護に来たのがエべラルドだけということが不思議に思ったらしく、魔人の一人が隊長であるバレリオのことを問いかけてきた。
「隊長は怪我を負って動ける状態ではない。だが、今は傷も治って国に戻った。出血量からしばらくは動けないだろう」
「何っ!?」
「大丈夫なのか?」
バレリオは地道に訓練をして強くなってきた。
その背中を見てきたからか、魔人の兵たちからはかなり慕われている。
そのバレリオが怪我をしたと聞いて、みんな慌てたように反応する。
「大丈夫だ! 先にエナグアに戻っているはずだ!」
「そうか……」
エべラルドの表情と言葉からすると、どうやら命に別状はないようなため、魔人たちはみんなホッとしたようだ。
バレリオがいない状況で戦わなければならないことには不安が残るが、怪我人は出ていてもまだ死人は出ていない。
どうにかこのまま有利に戦いを進めていきたいところだ。
「みんな、速度を上げるぞ!」
「「「「「おうっ!」」」」」
エべラルドの忠告の通り、後退の速度が鈍っている。
このままではたしかに敵に回り込まれることになりかねない。
そのため、エべラルドを殿にして、魔人たちは後退速度を上げることにしたのだった。
「ナチョ様!!」
「どうした? 魔人どもを大量に仕留めたか?」
エヌーノ王国の兵たちが上陸した海岸付近では、この上陸作戦の総指揮を任されている王太子のナチョが陣を築いていた。
本来なら、先に送り込んだ兵たちによって基地が造られているはずだったが、そこから大砲が撃ち込まれたということは、どうやら魔人たちに占領されてしまったようだ。
なので、仕方なくこの場に簡易的な基地を造ることにした。
魔人たちの殺害は兵たちに任せ、魔導士たちには土魔法による突貫工事をさせることにした。
それもあってか、とりあえずナチョ用の休息所くらいは作ることができ上った。
イスとテーブルを用意し、一息ついていたナチョの下に一人の兵が報告に走ってきた。
「そ、それが……」
「んっ? どうした?」
てっきり大量の魔人たちの捕縛なり、殺害なりがされたと思っていたナチョだが、その兵の様子を見るにどうやら違うような感じだ。
慌てたようなその表情にナチョが疑問を感じていると、
「……ハ、ハシント様が殺られました」
「………………は?」
自分の耳が誤作動を起こしたのかと思うような言葉が報告された。
あまりの内容に、ナチョは思わず聞き返した。
「何の冗談を言っている? ハシントは魔闘術の使い手だぞ! 魔人ごときに殺られる訳がないだろ!」
「本当のことです! もうすぐ亡骸が届きます!」
後から上陸した者たちが、先に魔人たちを追いかけている仲間に追いつこうと森の中を進んで行っていると、樹々が少し開かれた場所に一人の人間の遺体が転がっていた。
その遺体の服装には、エヌーノ王国の紋章が入っていたため、誰がやられたのか顔を確認して兵たちは驚きで言葉を失った。
その遺体が魔闘術の使い手であるハシントだったからだ。
「…………バ、バカな……」
「どうなさいますか? 魔人たちの成長はおかしいです。撤退も検討した方が宜しいのではないでしょうか?」
報告に来た兵は、魔人たちの魔法を食らい、右手を火傷していた。
その魔法を見たからこそ、魔人たちの脅威を感じ取り、ナチョに撤退の案を進言した。
「えぇい!! このまま帰れるか!? 何としても魔人どもの死体の山を作れ!!」
「りょ、了解しました!」
ナチョには父である国王から直々に任されたという意地がある。
それゆえに、魔人相手におめおめと逃げ帰るわけにはいかないため、兵の忠告に耳を貸すことなく叱責した。
それに反論することができない兵は、急いで仲間にこのまま魔人の追跡をするよう伝えに向かった。
「宜しかったのでしょうか?」
「何がだ?」
ナチョのすぐ側で使えていた老齢の執事らしきものが話しかける。
「あの者の言う通り、魔人どもの戦闘力の向上は異常です。ドワーフの武器で戦っていた昔の面影が全くと言って良いほどなくなっております。まだ何か隠しているとしたら、こちらの被害は甚大なものになるかもしれません」
「……じい!」
「はい!」
「もしもの時のために、船の一隻に逃走準備を計って置くように言っておいてくれ!」
「かしこまりました!」
この執事は、小さい頃からナチョの面倒を見てきた者だ。
信頼しているからかナチョも耳を貸さない訳にはいかない。
そのため、ナチョは言われるまま、念のため逃走の指示を出しておいた。
「ナチョ様! 魔人たちが住んでいる町を発見しました!」
エヌーノ王国の王太子であるナチョのもとへ、1人の兵士がまた報告に来た。
兵士たちが魔人たちの魔法に注意しつつ追いかけて行ったところ、高い城壁に覆われた町らしき場所へと行き当たった。
魔人たちが中に入って行ったところを見る限り、ここが魔人たちが暮らしている町になっているようだ。
それを発見した人族兵たちは、一斉に侵入を計るために一度一ヵ所に集まり、ナチョから侵入開始の命令を待つことにした。
「よしっ! すぐにでも総攻撃をしかけろ!」
「っ!? ナチョ様! 早計な判断は危険です!」
命令待ちということを報告に来た者が伝えると、ナチョはすぐさま了承して攻撃の指示を出した。
ハシントが死んだので余裕をなくしているらしく、魔人たちの行動を深く考えようとしていない。
そんなナチョを諫めるように、傍に仕えている老齢の男性が止める。
魔人たちの成長は、どう考えても異常だ。
ハシントが死んだ時点で、こちらは逃げるか時間をかけて慎重に事を進めるかの2択しかない。
それなのにこれまで通りのゴリ押しでは、兵数がいくら多かろうとひっくり返される可能性がある。
逃げるという選択肢を取らないなら、せめて慎重に行動をするべきだ。
「一旦兵を引かせ、しっかりとした拠点を得るなり、もう少し体制を整えるべきです!」
「そんな悠長なことなど言っていられるか! 拠点なら、魔人たちを始末した跡地を利用すればいいではないか!?」
ハシントをはじめとして、もうすでに多くの兵が命を落としている。
重傷者も多く出ている。
これ以上は、勝てたとしてもその後の色々な方面の立て直しが難しくなる。
それを見越して老齢の男性が忠告するのだが、ナチョの耳には入らない。
先の事どころか、今のことすら把握できているのか疑問に思える。
「攻撃開始だ!! 行けっ!!」
「かしこまりました!!」
結局、老齢の男性の忠告を無視し、ナチョは報告に来た兵に向かって攻撃開始の合図を出した。
それを受けた兵は、すぐさま仲間のもとへと走り出した。
「ナチョ様から突入の指示があった」
「了解! いくぞ!」
ナチョから指示を受けた兵は、いつでも攻め込めるよう体制を整えながら指示を待っていた仲間たちのもとへと辿り着いた。
そして、ナチョからの指示があることを伝えられた人族兵たちは、ハンドサインを出し合って連携を取った後、一気に隠れていた樹々から飛び出し、魔人たちの住む城壁へと走り始めた。
「来たぞっ!! 用意っ!!」
「なっ!? 奴らどれだけ大砲を用意しているんだ?」
大軍でエナグアの城壁へと迫り来る人族兵を見て、城壁にいた魔人の一人が大きな声で指示を出した。
その声が発せられたことが合図になって、城壁の一部に穴のような物が開けられた。
取り外せる窓のようになっていたらしく、その窓からは大砲の筒が飛び出してきた。
しかも、その窓は城壁の至る所にあり、そのすべてから大砲の砲口が人族たちへ向けられている。
その大砲の数に、人族兵たちは怯み、攻め込む足が僅かに鈍る。
「撃てっ!!」
“ドドドド…………!!”
合図と共に発射され、人族兵たちへ向かって砲弾が降り注いだ。
雨のように落ちてくる砲弾に、大量の人族兵が物言わぬ肉片へと変えられていく。
ここまで何発も飛んで来たら、ケイでも防御に全力にならないと大怪我を負うこと間違いない。
魔闘術を使えない者たちでは、全力で逃げ帰るしかないだろう。
「このままでは全滅する! 引け!」
案の定、このままではただ死にに行くようなものと判断したらしく、人族たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
強くなったと言っても、魔人相手なら魔法に気を付けさえすればたいしたことではないと思っていたところがあり、逃げるということを想定していなかったようだ。
「逃がさん!」
「バカな!?」
散り散りになる人族たちが森の中へ身を隠そうとするが、そうすることを予想していた魔人たちは待ち受けるように人族たちの前に姿を現す。
大軍で攻められれば勝ち目がないかもしれないが、今のようにバラバラの状態になってしまえば、後はただの個人戦だ。
ビビッて逃げてきた精神状態で、まともに戦える者が少ない人族に対し、予想通りに待ち受けていた魔人たちは鍛え上げた戦闘技術を如何なく発揮できる。
慌てる人族たちは、潜んでいた魔人たちによってバッタバッタと斬り倒されて行った。
「くそっ!」
魔人たちから逃れた者たちは、そのまま森の中へと入って行く。
何とか逃げきり、国へと逃げるしかない。
「ハァ、ハァ……。ここまでくれば……」
森に逃げ込んだ兵は、周囲に魔人や仲間の姿が見えなくなり、何とか逃げ切ったと安堵する。
「……あっ!?」
「ガァァーー!!」
安堵した兵が、このままナチョのもとへと向かおうとすると、兵の目の前には巨大な熊が立ちはだかっていた。
熊の咆哮を聞いたすぐ後、その兵は何が起きたかも分からずに命を落とした。
その場を去った後に残ったのは、数か所を食われてバラバラに散らばった骨や肉片が残っているだけだった。
「おのれ! 魔物人間どもが!!」
「死ねっ!」
多くの仲間が必死に逃げているのを見ながら、ひとりの兵が恨み節のように魔人を侮辱する。
その言葉を聞いたからという訳ではないだろうが、その兵の背後には剣を振り上げているエべラルドが迫っていた。
そして、一言呟くと共に、その兵の首を斬り飛ばした。
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