第173話

「行くぞ!!」


「ハイッ!!」


 バレリオとエべラルドのにわか仕込みの魔闘術では、ハシントと戦える時間は限られている。

 かと言って、闇雲に戦っては勝つのは難しい。

 ハシントに勝つには、2人の連携による攻撃しかない。

 そのため、短い打ち合わせをして、2人は同時に地を蹴りハシントへと迫ったのだった。


「ハッ!!」


「っ!?」


 接近した2人の内、先に攻撃をしかけたのはエべラルド。

 持っている武器が槍なだけに、リーチを生かした突きを放つ。

 しかし、ハシントはその直線的な攻撃を躱す。


「もらっ……!?」


 攻撃を躱されたエべラルドは、隙だらけの状態になる。

 そこをついてハシントが攻撃をしようとするが、バレリオがそれをさせない。

 剣を袈裟斬りに振り下ろし、ハシントをその場から後退させる。


「なるほど……良い連携だ」


 後退したハシントを追って、エべラルドが追撃をする。

 その後も2人の交互に繰り出される攻撃を、ハシントは剣でいなしながら評価する。

 そんなことができるあたり、余裕があるということだ。


「若い方は延び盛り、おっさんの方は堅実な成長といったところか?」


 バレリオとエべラルドの攻撃を、体さばきと剣によって対処しているハシント。

 だが、それも段々と厳しくなってきていることに気付く。

 2人とも、最初のうちは自分の攻撃に魔力の操作がついてきていなかった。

 しかし、それも少しずつ修正されてきているようだ。

 どうやら、2人はこの戦闘中にも成長しているということなのだろう。


「面倒だな……」


「「っ!?」」


 2人の攻撃の僅かにできた間に合わせるように、ハシントは一気に距離を取る。

 そして、小さく呟くと、左手を上げてエべラルドへ向けた。

 何もさせまいとバレリオたちが距離を詰める時間を利用して、その左手に魔力が集中する。


「火弾!!」


「くっ!!」


 魔力が集められたハシントの左手から、火の球が発射され、エべラルドへ高速で向かって行く。

 その魔法に対し、エべラルドは魔力を集めた槍で防御を計る。


「エべラルド!」


「よそ見していいのか?」


「っ!?」


 何とか魔法の直撃の防御に成功したエべラルドだが、勢いに押されて後方へと吹き飛ばされる。

 勢いよく飛ばされたため、バレリオはエべラルドの安否を気になり、確認するように名前を叫ぶ。

 しかし、それがハシントの狙いだったため、完全な隙となる。

 声が背後から聞こえた時には、ハシントはもう剣を振りかぶっている状態だった。


「ぐあっ!」


「隊長!」


「チッ! 反応の良いおっさんだな……」


 思いっきり脳天目掛けて振り下ろされたハシントの剣を、バレリオは寸での所で剣で防ぐ事に成功する。

 しかし、完全に防ぐ事は出来ず、バレリオは左腕に深い傷を負ってしまった。

 今の一撃で仕留めるつもりでいたこともあり、ハシントは舌打ちと共に愚痴をこぼす。


「おのれっ!!」


「待て! 怒りですぐに行動に移すな!」


 ハシントから距離を取ったバレリオの左腕はザックリと斬られ、その傷からは血が大量に流れ、使い物にならない状態だ。

 しかし、まだ右手は残っているため戦える。

 バレリオが斬られたことで怒りが込み上げたエべラルドは、そのままハシントへ襲い掛かろうとする。

 1人で向かって来るのは、ハシントにとっては好都合でしかない。

 そのため、バレリオはすぐに襲い掛かろうとするエべラルドを止める。


「奴が攻撃に移ったのは、俺たちの連携に手こずり始めたからだ! 奴のように、こちらも魔法も絡めて戦うんだ!」


「分かりました!」


 バレリオの言うように、戦う内に2人の魔闘術は少しずつ上達している。

 魔闘術を使えるようにはなったが、実戦で使うのはこれが初。

 そのため、この状態で魔法も使うという発想は思いつかなかった。

 敵ながら、ハシントの戦い方は今の2人には教科書のようなもの。

 奴ができることは自分たちもできるということに他ならない。

 しかも、こちらは2人だ。

 手数で攻めればきっと隙が生まれるはず。

 その瞬間を作るため、2人はまたも連携しながらの攻撃を開始した。


「くっ!?」


 バレリオの考えは当たり、2人の魔闘術の扱いが少しずつ上手くなるにつれ、ハシントの顔には余裕がなくなり、むしろ懸命に攻撃を防ぐ事に集中しなければならなくなってきていた。

 しかも、時折放たれる魔法にも気を遣わなければならなくなり、2人の攻撃は僅かに掠り、ハシントの防具や衣服に傷が入り始めた。


「ぐっ!?」


「ウッ!?」


 2人の攻撃はハシントを追い詰め始めたが、決定的な傷を負わせるまでにはいかない。

 反対に、時折カウンターで合わせられる攻撃に少しずつ切り傷が増えていっている。

 こうなったらもう根競べの状態だ。

 先に深手を負うのがバレリオたちか、それともハシントか。


「がっ!?」


 先に攻撃を食らったのはバレリオの方だった。

 左腕の傷から流れる血により貧血の状態になってきたせいか、攻撃の切れが鈍ってしまった。

 そこを的確に狙われ、バレリオの右太ももにハシントの剣が突き刺さった。


「もらった!!」


 足をやられ、バレリオは片膝をついてその場から動けなくなった。

 そのチャンスを逃すまいと、ハシントはバレリオに止めを刺しにかかる。


“バッ!!”


「っ!?」


 仕留めるために近付いたハシントに対し、バレリオは剣を捨てて抱きつきにかかった。

 剣に注意を向けていたが、その予想外の行動に反応できず、ハシントは抱き着かれて身動きが上手くできなくなった。


「今だ!! 殺れ!!」


「なっ!? まさか……」


 ハシントの身動きを止めたバレリオは、すぐさま大きな声で叫ぶ。

 魔闘術を使えるのも、もう残り僅かな時間しかない。

 ここで仕留めないと、ハシントを止めることはもうできないあろう。


「くっ!! 隊長!! すいません!!」

 

「ぐはっ!!」「ぐふっ!!」


 最後の手段に出るしかないと悟ったバレリオの覚悟を、ここで無にする訳にはいかない。

 言われていた通り、エべラルドはバレリオと共にハシントへ槍を突き刺した。

 エべラルドの槍により、体に穴を開けたバレリオとハシントは地面へと崩れ落ちる。

 2人ともうつぶせの状態で動く気配がない。

 傷口からは血が溢れ出ており、地面の土に染み込んで行っている。


「すいません。隊長……」


 倒れて動かないバレリオに近付き、エべラルドは涙を流しながら謝罪の言葉を口にする。

 ハシントに勝つためには仕方が無いと割り切っていたつもりでいたが、やはり手に残る感触は後味が悪い。

 自分の実力・経験不足も改めて浮き彫りになった。

 訓練を怠ってきたつもりはないが、もっとしていればと悔しい気持ちが尽きない。


「…………ぐっ!」


「っ!?」


 バレリオのことを思って涙を流して下を向いていたエべラルドだったが、少し離れた所から僅かに聞こえた音に驚き、顔を上げる。

 そして、その音がした方へ目を向けると、目を見開いた。


「ぐっ!! おのれ!!」


「なっ!?」


 バレリオと共に仕留めたはずのハシントが、剣を支えにした状態でふらつきながらも立ち上がっていたのだ。

 綺麗な顔をしていたのに、血が混じった泥で顔が汚れており、怒りで満ち溢れているような表情をしている。

 その表情を見る限り、まだ生き残ることを諦めていないように見える。


「浅かったか!?」


 ハシントの腹からは血が流れ出てはいるが、急所を外れていたのかまだ戦う力が残っていそうな足取りだ。

 バレリオが命を投げ出して掴んだと思った勝利が、一気に水の泡になったような気分だ。


「……まさか……こんな策で来るなんて……」


「っ!?」


 ふらつく足取りのハシントは、口から血を流しながら左手をポケットの中へと伸ばす。

 体を壁にして、エべラルドからは陰になるようにした行動で見ることはできないが、何をしようとしているかはエベラルドにはすぐに理解できた。


「させるか!」


「ぐっ!? くっ!!」


 理解したと同時にエべラルドは攻撃にかかる。

 狙いはポケットに突っ込んだ左手。

 案の定、エべラルドが思っていた通り、ハシントの左手には回復薬のビンがあり、エべラルドの攻撃をあわてて躱したことによって、その瓶は地面へと落ちて割れ、中身の回復薬は地面へと流れでた。


「しつこい奴め! くらえ!!」


 エべラルドの攻撃を、フラフラしながらも何とか躱したハシント。

 出血からか顔色も良くなく、脂汗のようなものを掻いており、呼吸も乱れて苦しそうにしている。

 もう一押しと言う所まで追いつめていると判断したエべラルドは、一気にハシントへ迫り、止めとばかりに槍を上段に構えて振り下ろした。


「ニヤッ!」


「なっ!?」


 予想通りのエべラルドの攻撃に、ハシントは笑みを浮かべる。

 この一撃で仕留めることに意識が向いていたせいか、エべラルドの攻撃は大振りになっていた。

 ハシントは動けない訳ではない。

 もちろん怪我を負っているので、広範囲に移動できるという訳ではないが、少しの距離なら我慢すれば何とか動くことができる。

 動かないでいたのは、エべラルドがこのように大振りしてくると予想していたからだ。

 エべラルドでなく、バレリオが生き残っていればこんなことをしてくるとは考えなかっただろう。

 予想通りに大振りで攻撃をしてくれたエべラルドに、感謝の思いすら湧きながら、ハシントは降り落とされた槍を横に動いて回避した。


「だから青いんだよ!!」


「がっ!? うごっ!!」


 攻撃を躱したハシントは、そのままエべラルドを斬りつけようとした。

 しかし、腹の傷が足を思うように動かさない。

 仕方がないので、そのまま突きで首の動脈を狙う。

 その攻撃に、エべラルドは驚異的な反応を示す。

 右肩を上げて犠牲にすることで、首へと迫るハシントの剣を受け止めたのだ。

 痛みで顔が歪んだエべラルドに、ハシントは追撃を用意していた。

 その場で回転することで蹴りを放ち、エべラルドの脇腹を思いっきり蹴り飛ばしたのだ


「……くそっ!! 上手くカウンターを狙ったというのに、仕留められなかったか……」


 エべラルドに大ダメージを与えたというのに、ハシントの中では満足できなかった。

 この攻撃でエべラルドを倒すつもりでいたからだ。

 これ以上長引けば、本当に自分も出欠多量で死んでしまう。

 それが故の博打のような攻防だったのだ。


「だが、これで貴様の有利は失った」


「ぐっ!!」


 右手は肩をやられて動かない。

 蹴られたことにより、アバラは何本か完全に折れている。

 傷と骨折で違いはあるが、有利だった動きが体の痛みで鈍くなったのは、確かにハシントの言う通りだ。


「折角そのおっさんを犠牲にしたっていうのに……魔人族はお前のせいで負けるのだ!!」


「……俺のせい?」


「そうだ!!」


 もしかしたら、ハシントの言う通りかもしれない。

 自分が生き残らず、バレリオが生き残っていれば、焦った攻撃なんてすることは無かったはず。

 それどころか、迷いを持ったまま仕留めようとした自分とは違い、自分ごとしっかりと仕留めていたはずだ。

 やはり生き残るべきはバレリオだった。

 自分が殺され、ハシントが回復したら魔人の多くの仲間たちの命が失われるだろう。

 そうなるのは、彼をきちんと仕留めなかった自分のせいだ。

 それを理解した途端、エべラルドの戦うという気力がしぼみ始めた。


「ハッ!!」


「クッ!! 負けるか!! このまま何もせずに死んだら隊長に申し訳がない!!」


 気力の萎んだエべラルドにゆっくりと近付いたハシントは、跪いたままのエべラルドの脳天目掛けて剣を振り下ろした。

 剣が迫り来る中、エべラルドの脳裏にはバレリオの顔がよぎった。

 その瞬間、気力が元に戻り、左手で持った槍で必死に受け止めた。


「ぐっ!?」


「くっ!!」


 上から押しつぶすように力を加えるハシント。

 利き腕とは反対の手で、何とか剣が迫るのを我慢するエべラルド。

 どう考えてもハシントの方が有利。

 体重もかけて押し始めたハシントの剣が、ジワジワとエべラルドの首へと迫っていった。


「おのれ!! 大人しく斬られろ!!」


 さっき一度諦めたというのに、エべラルドがしぶとく耐えていることに腹が立ってきたハシントは、大きな声を吐き出す。

 そして、更に体重をかけ、剣が刺さるまであとほんの数センチという所まで迫った。


「貴様がな……」


「っ!?」


 この周辺に魔人も人族もいなかったはず。

 それなのに背後から聞こえた言葉に、ハシントは驚きと共に顔を向ける。

 そこには、顔を真っ青にした状態のバレリオが立ち上がって、剣を構えていた。

 しかも、もう攻撃の態勢に入っている。


「や、やめっ……」


 バレリオの剣が心臓を狙って突き進んでくる。

 それをやめろと言い切る前に、バレリオの剣はハシントの胸を刺し貫いた。

 剣が刺さったままのハシントからは力が抜け、そのままエべラルドの側へ崩れるように倒れて行った。

 刺した方のバレリオも、そのまま剣から手を放してうつ伏せに倒れた。


「……隊長!?」


「エべ……ラル…ド! 後は…任せた……」


 絶体絶命のピンチに、まさかバレリオに助けられるとは思ってもいなかったエべラルドは、2人が倒れたのを一瞬呆けてみてしまった。

 ハシントのことも気になるが、それよりもバレリオがまだ生きているということが大切だ。

 エべラルドがバレリオに声をかけると、バレリオは焦点の合わない状態で一言呟いて目を瞑った。


「隊長ーーー!!」


「はい! 退いた!」


 今度こそバレリオの命が尽きたと思ったエべラルドは、起こすようにバレリオの体を揺らそうと手を伸ばした。

 しかし、その瞬間首根っこを引かれ、動きが止まる。

 急に誰かが割って入って来たのだ。


「えっ? ケイ殿!?」


 その人間の顔を見て、エべラルドは驚きで涙が止まった。

 この付近にいるはずのないケイが、いつの間にか横に立っているのだ。


「戦いに参加をしないのでは?」


「戦いはしない。……が、回復役としては協力している」


 この戦いは魔人が人族を追い返すことが重要となっている。

 そのため、上陸してきた人族の者たちを倒すのが魔人たちの役割だ。

 エルフのケイが殲滅しても、他の国が魔人大陸への侵攻をしてくるかもしれない。

 他国の人族の侵攻をためらわせるためにも、魔人も強いということを示さないといけないのだ。

 なので、戦いに参戦するようなことはしない。

 かと言って、戦いの結果を見ずにエルフの国に帰る訳にもいかない。

 だったら、回復役をすることにしたのだ。

 これなら直接戦う訳でもないので、構わないだろうという考えだ。


「バリレオのことは任せておけ。お前は他の者と共に敵を1人でも倒せ」


「分かりました!!」


 エべラルドが泣き止むころには、回復薬とケイの魔法でバレリオの顔色が良くなり始めていた。

 一応傷も塞がっているので、出血死はギリギリまぬがれたといったところだろう。

 傷を負っているのはエべラルドも同じ。

 回復薬を幾つか渡し、肋骨の骨折を魔法で回復してやる。

 これでエべラルドはまだ戦うことができるだろう。

 にわか仕込みの魔闘術の使い手とは言っても、戦場では必要な存在。

 もうたいした時間使えるとは思わないが、きっとエべラルドが必要になるだろう。

 そのため、ケイは回復したエべラルドを、他の仲間の下へ向かわせたのだった。


「うっ…………おの……………れ……」


「……………………」


 ケイにけしかけられてこの場から駆け出していったエベラルドを見送り、治っても出血量からしばらく戦えないだろうと、バレリオを担いだケイは、転移をしてエナグアへ戻ろうとした。

 しかし、胸に剣が刺さっているというのに、ハシントが僅かに息をしていた。

 それを見て、ケイは無言で周囲をキョロキョロと眺める。


「っ!?」


 そして、周囲に誰もいないことを確認したケイは、ハシントの胸に刺さった剣を一気に引き抜いた。

 その瞬間、ハシントの胸からは一気に血が噴き出し、それが治まるのと同時にハシントの息も感じなくなった。


「さて、エナグアに戻ってバレリオを治さないと」


 さっきの周囲の確認は、エべラルドに参戦しないと言ってしまった手前、自分が止めを刺したら嘘を吐いた感じになりそうだと思ったからだ。

 そのため、誰も見ていないか確認したのだ。

 完全にハシントが死んだことを確認したケイは、担いだバレリオと共に今度こそその場から転移したのだった。


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