第172話
「フンッ!!」
魔人たちの魔法によって有利に運ばれていた戦場で、四方から飛んで来る魔法を、剣で斬り裂き、かき消し、無効化する男が現れた。
「全く……、こんな魔法に手こずるなんて……」
「ハシント様!!」
その男は、地面に転がる仲間の死体を目にしながら、呆れたような表情で呟く。
周囲から飛んで来る魔法によって命を落とした者たちだ。
これまで魔法に手こずっていた者たちは、強力な援護者の登場に安堵したような表情へと変わった。
ハシントと呼ばれた彼からしたら、魔人たちの魔法はまだまだ未熟。
この程度の魔法でやられた仲間に、レベルの低さを感じて仕方がない。
「やっぱり、出て行った方が良かったかな……」
エヌーノ王国として建国される時、大半の同士たちが他国へと避難していった。
元々、しがない農家の4男坊として生まれ、何か仕事をしなくてはと始めた冒険者稼業。
魔物に襲われていた所を運よく有名冒険者パーティーに拾われて、彼らに指導を受けたことによって才能が開花した。
一人立ちしてからは、故郷のエヌーノを拠点にして動いていたのだが、昔と変わらず何も産物のないことに嫌気がさし、仲間と共にハシントも出て行こうかと思っていたが、結構な報酬と地位を与えてくれるという提案を受け、それにつられて残ってしまったが、現状を考えると失敗だったように思えてくる。
「まぁ、勝ってから考えるか……」
そう言うと、ハシントは周囲に探知を広げた。
魔人たちは少しずつ移動しながら攻撃してきているらしく、魔法が飛んで来た方角にはもういなくなっていた。
しかし、それが通じるのは探知の上手くない普通の兵士たちだけだ。
ハシントには、どこに隠れているのかが丸分かりだ。
「そこだっ!!」
ハシントは、探知に反応した方向へ向けて風の魔法を放つ。
それによって樹々が斬り倒され、隠れていた魔人たちの姿が見られてしまった。
「くっ!? 散開!!」
「逃がすか!!」
ハシントのみならず、他の人族たちにも場所を知られてしまい、このままでは集中攻撃を受けてしまう。
すぐに姿を隠せと、1人が指示を出した。
しかし、そんなことはさせまいと、ハシントは魔人たちとの距離を一気に詰める。
「好き勝手やりやがって!!」
「がっ!?」
逃げようとしていた一人に、ハシントは剣を振り下ろす。
それを何とか剣で受け止めた魔人の兵。
しかし、その威力に両手を使わざるを得なく、他がガラ空きになる。
そこへハシントのミドルキックが脇に入り、鈍い音と共に蹴られた魔人兵は吹き飛ばされた。
「このっ!!」「ハッ!!」
仲間をやられたことで、頭に血が上ったのか、側にいた魔人たちは武器を手にハシントへの攻撃に移った。
「フッ!!」
片方は槍、もう片方は剣で攻撃をするが、ハシントは難なく後方へ飛んで攻撃を躱す。
そして、着地する頃には剣を鞘に収め、両手が空いた状態になっていた。
「ヌンッ!!」
「ぐあっ!!」「ぐおっ!!」
空いた両手に魔力を集めると、ハシントはすぐさまそれを先程攻撃してきた二人に向かって放つ。
たいして離れていない距離からの高速の魔力弾に、2人の魔人は反応できずに直撃を食らってしまう。
「止めだ!!」
先程蹴り飛ばした者と、今の二人は痛みで動けない状況。
他の者への攻撃を後回しにし、ハシントはまずこの三人を仕留めに入る。
「放てっ!!」
「ムッ!?」
三人を仕留めにかかったハシントに対し、周囲から無数の魔法が降り注いだ。
しかし、数が増えてもハシントには通用せず、全てを剣で斬られ、弾かれ無傷に終わってしまう。
「……良い判断だ」
しかし、先程の魔法攻撃はハシントを討つためだけの攻撃ではなく、先程攻撃を受けた三人を回収するために時間を作ったというのもある。
魔法が止んだ頃には、蹲っていた三人はいつの間にかハシントの前から姿を消していた。
仲間を助けるために注意を反らした攻撃をしてきた判断の良さに、ハシントは敵ながら褒めたくなった。
「しかし……」
続きとなる言葉を呟くと、ハシントはまたも探知の範囲を広げる。
「そっちか?」
先程の三人を担いで逃げるには時間が足りない。
探知に引っかかり、またもハシントが魔人兵たちに接近をしてきた。
「逃がす訳にはいかないな……」
「くっ!!」
ハシントの剣が届きそうな位置まで追いつかれ、魔人の兵たちは迎撃をすべきか、このまま逃げ回るべきか悩む。
しかし、その考える時間もなく、ハシントの剣が1人の魔人へと迫り来た。
「させん!!」
“キンッ!!”
「っ!?」
一人の魔人兵まであと少しと言う所で、ハシントの剣は左から接近してきた魔人の剣によって弾かれた。
その魔人の迫り来る速度がかなりのものであったために、ハシントは意外な表情をして襲撃者の顔を眺めた。
「…………魔人が魔闘術だと?」
半年前までは魔法も使えないただの原始人たちという印象があったからか、魔法のみならず魔闘術を使っている者が現れたことに驚きが隠せない。
魔法だけなら、半年も練習すれば多少なりとも使いこなせるようになるかもいしれないが、魔闘術までとなると信じられない。
ハシント自身、魔闘術を使えるようになるまで相当な時間を要したものだ。
それが半年となると、どれだけ効率よく訓練をしたのか逆に興味が湧いてくる。
「しかも二人とは……」
ハシントの呟きの通り、目の前にいるのは先程剣を弾いた者だけでなく、もう一人いた。
両人とも魔力を纏った状態でハシントと対峙している。
「やるぞ! エべラルド!」
「はいっ! 隊長!」
魔闘術の使い手である二人とは、バレリオとエべラルドのことだった。
二人は、人族の中にいるであろう魔闘術の使い手が出現した時、対応するために行動していた。
そして、ハシントが現れたことにより、すぐさまここへ向かって来たのだった。
バレリオは剣を、エべラルドは槍を手にハシントへ向けて構えを取った。
「ここは俺1人で良い。あちらの方角に集まっている魔人たちの相手をしろ!」
「了解しました。ハシント様!」
魔人のバレリオとエべラルドと対峙したまま、ハシントは遅れてついてきた部下たちに指示を出す。
最初姿が見えない所から飛んで来る魔法に人族軍は苦労していたが、集団で固まって対処をするようにしたからか、魔人たちの魔法攻撃にも対応できるようになってきた。
後は敵の居場所さえ分かれば、彼らも攻撃に移れるだろう。
この2人は一般の兵に任せる訳にはいかないため自分が請け負い、探知に反応した魔人たちの位置を指さし、ハシントはそちらへ部下たちに行かせることにした。
「行かせ……」
「待て!!」
的確に位置を把握しているハシントの指示に従い、人族の兵たちが仲間の所へ向かおうとしているのを黙っていかせるわけにはいかない。
そのため、エべラルドは人族の兵を追おうとしたが、それをバレリオが制止する。
「隊長?」
「動けばこいつに斬られるぞ!」
何故止めるのか分からず、エべラルドは不思議そうにバレリオを見つめる。
それに対し、バレリオは冷静に理由を述べた。
「……そっちの若いのと違って、あんたは良い判断してるな」
バレリオが言った通り、ハシントはエべラルドが動いた時の隙を狙っていたらしく、剣に魔力を集めていた。
いつでも魔法を放って、攻撃をしかけることができる体勢だ。
もしも、バレリオが止めていなければ、エべラルドは大怪我を負っていただろう。
「しかし……」
「あっちはあっちの人間に任せればいい。仲間を信用するんだ」
自分が危険な状態だったことに気付いたエべラルドは、顔を青ざめる。
しかし、このままでは人族の兵に仲間がやられてしまうかもしれないため、それを黙って見過ごせない。
エべラルドのその気持ちもわかるが、今目の前の男から目を離すわけにはいかない。
仲間の方へ向かって行った人族の兵よりも、この男を放っておくほうが仲間にとっては危険極まりないからだ。
そのため、バレリオはエベラルドをこちらの方に集中させようとした。
「……分かりました」
たしかに、あっちへ向かえばこの危険な人族の男をバレリオ1人では止め切れない。
そのため、この状況では仲間を信用するしかないため、エべラルドは頷きを返したのだった。
「1つ聞きたいのだが……、どうやって魔闘術を使えるようになったんだ?」
「「………………」」
半年という短期間で、ゼロから魔法を使いこなせるようになった魔人たちには脅威すら感じる。
しかも、2人も魔闘術まで使えるようになっている。
エヌーノ王国には、ハシントしか魔闘術を使える者はいない。
小国とは言っても魔闘術の使い手が大勢いれば、大国を相手にしても勝利を治めることができる。
そうなるためには、魔人たちがここまで成長する理由に興味が湧いた。
そのため、ハシントはバレリオに剣を向けて問いかけた。
しかし、当然のようにバレリオとエべラルドはその質問に答えない。
それもそのはず、ケイというエルフのお陰だなどと答えたら、人族がケイに迷惑をかけることが目に見えているからだ。
ドワーフ同様、ケイもエナグア王国にとって恩人となっている。
そんなことになると分かっていて、答える訳がない。
「そりゃ答えないか……だが、所詮はにわか仕込み、そう長い時間の使用はできないだろう?」
「………………」「っ!?」
半年で魔闘術を使えるようになったこの2人は天才と言ってもいい。
しかし、いくら天才とは言っても、半年で自由に使いこなせるようになる訳がない。
ハッタリ代わりにハシントが問いかけた。
「ハハ、そっちの奴は読みやすいな。顔に出ているぞ」
経験の差だろうか、バレリオはその問いに反応することはない。
しかし、エべラルドはそうはいかず、僅かに表情に出てしまった。
予想通り、この2人は完全に魔闘術を使いこなせるわけではない。
このまま、睨み合っているだけでも自分の方が勝てる可能性が高い。
エべラルドの反応だけで、ハシントは勝利を確信し笑みを浮かべた。
「このっ!!」
自分のせいで、不利の状況を悪化させてしまった。
そのことで焦ってしまったのか、エべラルドはハシントへ襲い掛かった。
「青いな……。むっ!?」
エべラルドの槍による突きを読んでいたかのように、ハシントは回避する。
そして、回避と同時にすぐさま剣で斬りかかった。
その剣がエべラルドを斬り裂く前に、バレリオがハシントへと攻撃を放ってきた。
仕方がないため、ハシントはエべラルドへの攻撃を中断して、バレリオの攻撃を防ぐことにした。
「あまりうかつに攻め込むな! エべラルド」
「すいません! 隊長……」
もしもバレリオがハシントへ攻撃をしていなかったら、剣で斬られて致命傷をっていたかもしれない。
先程と合わせて2度目の危機に、エべラルドはバレリオに申し訳なさそうに謝る。
「2対1で互角……といったところか?」
「………………」
先程の攻防で、ハシントはお互いの戦力を分析した結果を呟く。
それを聞いたバレリオは、声と表情に出さずに内心でそれを否定する。
たしかに、バレリオの経験値でエべラルドの未熟な部分を補えば、ハシントともいい勝負ができるかもしれない。
しかし、ハシントと違い、こちらは魔闘術を維持できる時間が限られている。
とても互角といえる状況ではない。
「……エべラルド。もしもの時は俺ごとあいつを仕留めろ!」
「っ!? なっ、何を!?」
戦いはどのようなことが状況を変えるか分からない。
しかし、それでこちらが有利になる機会が来るのを期待するのは虫が良すぎる。
そうなると、最終手段は刺し違えるということ。
そのことも覚悟しておかないと、とてもではないがこちらが勝つことはできない。
そのため、バレリオはエべラルドに近付き小声で呟いたのだが、経験不足からそこまでの覚悟がなかったのか、その言葉に慌てたような声をあげる。
「それなら、俺が……」
「馬鹿言うな! 年功序列で俺が犠牲になるべきだ!」
目の前の敵を倒しても、他にも人族を大量に相手にしなければならない。
そうなったら、自分より指揮をとれるバレリオが生き残った方が良い。
それを提案しようとしたエべラルドの言葉を遮るように、バレリオが強めに声を出す。
「それ程の相手だ! 分かったな?」
「……わ、分かりました」
自分1人で戦っていたら、もうやられていたかもしれないような人間が相手だ。
何かを犠牲にするくらいの覚悟は必要かもしれない。
自分とバレリオのどちらが生き残る方が良いのか、エべラルドには吹っ切れない部分があるが、今はバレリオの指示に従うことにした。
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