第175話
「ナ、ナチョ様!!」
「……何だ? もう殲滅したのか?」
ほぼ全軍による攻撃を開始して数時間。
それ程の時間が経過していないのにもかかわらず、兵が人族の総指揮を取っているエヌーノ王国の王太子であるナチョのもとへ駆け戻ってきた。
傷だらけで慌てながら戻て来たその兵に、後方で魔人たちの殲滅報告を待っていたナチョは、随分早い兵の帰還に、怪訝そうに問いかけた。
「…………いえ、ほとんどの者が殺されました!」
大人数を投入しておいて、ほとんど何もすることも出来ずに逃げ帰って来た事を咎められるという思いもあったのだろう。
問いかけられた兵は、少しの躊躇をした後に結果を正直に報告した。
「…………な、何の冗談だ!?」
その報告を受けたナチョからしたら、正直理解が追い付かない。
この島に連れてきた多くの兵を投入しておいて、手こずるならまだしも、負けて帰ってくるということが起きるなんて思ってもいなかったからだ。
「冗談などではありません! ドワーフ製の大量の大砲の集中砲火を受け、我々は城壁に触れることすらなく敗走を余儀なくされました!」
「バカな!! 数ならこちらが上だったはずだ!! そもそもどうしてドワーフが……!?」
兵による更なる報告に、ナチョは次第に嫌な汗が噴き出てきた。
ドワーフ族は、国の場所から獣人と魔人の両種族と良好な関係を築いているということは分かっていたが、まさかそこまでこの戦いに関わってくるとは思ってもいなかった。
大砲を相手に戦うのだとしたら、それなりの対策をしないと勝てないのは当たり前だ。
原始人のような魔人を相手にするなら、対策なんて必要ないと考えていたのが仇となった。
「逃走を計ろうにも、後方に回り込まれた魔人たちに包囲され、兵たちは散り散りに逃げることを余儀なくされました。そして、魔人から逃げた先は魔物の生息地であり、あっという間に兵の数は減っていってしまいました」
「なっ…………!?」
砲撃によって一時撤退は仕方がない。
しかし、それを見越したような戦いをされたということは、あちらの方がこちらの戦力をキッチリと分析しているということになる。
つまりは、指揮官の分析能力の差が顕著に出たということだ。
それをさすがのナチョでも理解したのか、続きの言葉が出てこなかった。
「うっ……」「ぐっ……」
「っ!?」
ここまでのやり取りをしている間に、少しずつ兵たちが戻ってきた。
とは言っても、無傷の者は片手で数えられる程度。
他は大なり小なりどこかに怪我を負っている状況だ。
生き残って戻って来ただけまだいい方かもしれない。
「……じい!」
「ハッ!」
どんどん増えてくる怪我人に、ナチョもあることを決断することにした。
そのため、世話役らしき老齢の男性を側に呼び寄せた。
「生き残った者たちを連れて逃げるぞ!」
「……了解しました!」
このままここにいたら、魔人か魔物に今度こそ全員殺されてしまう。
多くの兵を預かっておいてこのような結果になってしまったのは、完全に自分の失策によるものだ。
このまま国に帰ったら、王太子はもちろんのこと、王族としての地位すらも失うことになるかもしれない。
もう完全に指揮官としては無能だということが決定したが、生き残った兵たちをこれ以上無駄に死なせてさらに無能を晒すわけにはいかない。
治療班の者たちと共に、怪我をした者たちを船へ戻し、国に帰ることを決定したのだった。
“ドン!!”
「っ!? 何だ!?」
生き残った兵たちを船に戻している所で、突如大きな音が鳴り響いてきた。
そのため、ナチョは何事かと思い周囲を見渡してその音の原因を探った。
「なっ!?」
その音の原因は、すぐに分かることができた。
ナチョたちがいる海岸から離れた崖の上から、魔人たちが大砲を設置して砲撃を開始していたのだ。
「ま、まさか、船を……」
大砲が向いているのは、ナチョたちが乗って来た巨大な帆船に向いている。
船を落とすために砲撃を行なっていることは間違いない。
「ここから逃がさないと言いたいのか!?」
船にはもうすでに多くの怪我人が乗せられている。
ここで潰されては、乗っている者たちは海の魔物の餌食になりかねない。
「くそっ!! 魔人どもめ……!!」
そもそも、この島に勝手に侵略来たくせに、自分たちが追い込まれたら文句を言うなんて愚の骨頂だ。
そんなこと分かっていたとしても、魔人たちによる容赦のないやり口に、ナチョは思わず歯噛みするしかなかった。
「ナチョ様! お早く!」
「しかし……」
砲撃が始まり、ナチョにジイと呼ばれた男が怪我人よりも先に帆船に向かうように促す。
海岸にはまだ多くの怪我人が残っている。
彼らを置いて自分だけ先に船へ向かうのは、今さらだが躊躇われる。
「これ以上は仕方がありません!」
「く、くそっ!!」
たしかに、これ以上ここに自分が残っていても怪我人を助けることなんてできる訳がない。
船に乗せた者たちのこともあるので、ナチョはジイの言うことに従うしかなかった。
“ズガンッ!!”
「っ!? くそがー!!」
小舟から帆船にたどり着いた時、側に停泊していた一隻に、大砲の一撃が直撃した。
乗組員や怪我を負った兵たちを包み込んで炎上をした帆船は、そのまま崩れるように海へと沈んで行った。
それをただ見ていることしかできず、ナチョは自分への怒りから大きな声をあげるしかなかった。
◆◆◆◆◆
「そうか……人族たちは去っていったか?」
「はい!」
怪我人の回復も一段落した所で、エべラルドがケイのもとへ報告に来てくれた。
人族との戦いは、エナグア王国側の勝利に終わった。
ドワーフから譲り受けた大量の大砲を相手に、彼らは成すすべなく逃げて行き、王都に被害は全くなく終わった事に、多くの民が喜びの声をあげていた。
「これで一先ず安心だな……」
「そうですね」
城の前から散り散りに逃げた人族たちを始末するために奮闘したエべラルドが、人族たちが上陸した海岸へ着いた時には、大砲の砲弾も届かない場所まで人族の船は離れて行ってしまっていた。
後々のことを考えると、全滅させてしまいたかったところだ。
しかし、元々魔人たちはドワーフの武器の性能に完全に頼っていた状態。
もしも、ケイの指導がなかったとしたら、成すすべなく籠城戦を行うしかなかっただろう。
その場合、ドワーフたちも大砲の提供をここまですることは無かっただろう。
負ける戦いに手を貸すのが嫌だから、ドワーフ王国の王太子であるセベリノがケイを送ったという面も垣間見える。
ケイを送ったことによる成果が良かったから、大砲もあれだけ送る決心をしたのだろう。
とりあえず自分の役割は果たせたと、ケイは安心したように呟いた。
「所詮は魔人たちのことを舐めたことによる判断ミスだな」
ほとんどの者が指揮官の顔を見ていない所を見ると、上陸してその場からたいして動いていなかったのだろう。
たしかに、ここの大陸の魔物は危険なため、総指揮を取る者が危険な目に遭う訳にはいかない。
だからと言って、海岸から動いていないということは、魔人たちがいまだにドワーフ製の武器に頼っていると思って舐めていたということだろう。
攻め込んで来た人族たちは、魔法が飛んで来るとは思わず、大量の死人を出す結果になった。
その時点で意識を変えていれば、もう少し慎重に行動していたはずだろう。
何の方針転換もせずにそのまま突っ込んだから、おめおめ逃げ帰ることになったと言って良い。
「それもケイ殿による訓練の賜物です」
「魔人に向いた戦い方を教えただけだ。この結果は、訓練を頑張った魔人たち全員による勝利だよ」
褒めてもらえるのは嬉しいが、ケイが言ったようにこの勝利は魔人たち自身によるところが大きい。
ケイ自身、ここまで魔人たちが成長するとは思っておらず、更には2人も魔闘術を使える人間が生まれるなんて思いもしなかった。
他の魔人たちも、この半年で魔法を使いこなせるようになっただけでも大したものだ。
このままいけば、後は熱意と才能次第で他にも数人が魔闘術を使えるようになるはずだ。
「さてと、休憩もここまでにして回復役に徹しないと……」
「お疲れ様です」
今回の戦いは、エナグア王国の者たちの大勝利に終わったが、中には人族の攻撃を受けて大怪我をした者や、命を落とした者も何人かいる。
勝利を喜びたいところだが、ケイの中では怪我人は出ても死人は出さないのが最高の勝利の形だ。
理想が高いというのは分かっているが、やはり亡くなった者の家族のことを考えると、表情が暗くなってしまう。
もうケイの役割は終わっているのでいつでも帰って良いところだが、指導した身としては、せめて怪我人を治してから帰りたい。
そのため、エべラルドの報告も終わった事から、休憩を終えたケイは残りの怪我人の治療に向かうことにした。
◆◆◆◆◆
「これで最後の治癒が終わりだな?」
「ありがとうございました!」
ケイの治療が終わり、男性は頭を下げて治療室から退室する。
人族のエヌーノ王国の襲撃から10日ほど経った頃、戦いで大怪我を負った者の全てが完治に向かい、ようやくケイの治療がいらなくなった。
残りは、この国の回復師に任せてもいい頃だろう。
この戦いで、大怪我を負った者は少なからずいたが、彼らは斬られた自分の手足を持ち帰ってきた。
ケイなら再生魔法で治すということも出来るが、時間と労力を必要とする。
再生するよりもくっ付ける方が断然速く治すことができるということから、斬り飛ばされても、出来ればちゃんと持って帰るように言っておいたのが良かったのかもしれない。
「お疲れ様です」
「バレリオか……」
出て行った男性と入れ替わるようにバレリオが入って来た。
一息つこうとしたケイへ、暖かいお茶を持ってきてくれたようだ。
「人族を追い払ったばかりだって言うのに、きつい訓練してるんだってな?」
バレリオが持って来たコップを手に、ケイは世間話を始めた。
今回の戦いで、エべラルドと共に魔闘術の使い手と戦い大怪我を負ったバレリオ。
その傷をケイが治したのだが、怪我を負って翌日まで目が覚めなかったバレリオは、勝利の報告を受けてもあまり嬉しそうにしていなく、治ったばかりで貧血気味だというのに訓練を開始していた。
それを聞いたケイは、もう数日の休息をさせるためにバレリオを
貧血が治ると、またも訓練を始めたと他の魔人兵から聞いていた。
「ケイ殿に教わったことしかしておりませんが?」
「あれは、短期間に無理やりみんなを鍛えたという所があるから、もう少し抑え気味にやらないと皆潰れるぞ」
「分かりました」
ケイの問いに、バレリオは答える。
とは言っても、教わったことをしているだけなので、きついという感覚ではないようだ。
ドワーフのセベリノの依頼だったし、魔人たちのことを考えたらオーバーワーク気味の訓練をケイは課していた。
あんなのをずっと続けたら、成長の前に体が持たなくなるかもしれない。
そのため、ケイはバレリオに練習を抑えるように指示したのだった。
「……今回死にかけたことを気にしているのか?」
「…………、いえ……」
ケイの指示に素直に返事をしたバレリオだが、どことなく表情が曇っているように思える。
責任感の強い男だから、今回の戦いのことで自分ことを不甲斐ないと思っているのではないかと、ケイは読み取った。
言葉では否定しているが、どうやら図星のようだ。
「俺からすると、2対1でもよく勝てたと言いたいところだ」
「……そうですか?」
数の有利があったとはいっても、実力的には勝つのは難しかった。
ケイが言うように、勝つには相当苦労すると考えていた。
「あぁ、魔闘術の練度に差がある相手にしたんだ。生きているだけラッキーだと思っていろよ」
「……分かりました!」
そもそも、にわか仕込みの魔闘術で、魔闘術をきちんと習得している者に勝とうとするのも厳しい。
一歩間違えればバレリオが命を落としていた可能性もあるが、今の状態を考えると結果オーライといったところだ。
2人ともやられた場合のことを考えると、それほど気にする事でもない。
ケイの慰めにも似た言葉に、バレリオも気持ちを切り替えたようで、納得して頷いた。
「それでは……」
「あぁ……」
少しの間これからのエナグアについて話をしていると、いつの間にか時間が経っていた。
いつまでも話している訳にもいかないので、バレリオは治療室から王城へ戻ろうと立ち上がった。
「そうだ!」
「はい?」
出て行こうとするバレリオの背中に、何かを思いだしたケイは声をかける。
その声に反応したバレリオは、ドアノブに手をかけた状態でケイに体を向けた。
「エナグア王への謁見を取り付けてもらえるか?」
「……分かりました」
その言葉に、バレリオは少し間をおいて了承した。
ケイが王への謁見をするということの意味を理解しているため、少し残念に思ったのだろう。
「……お帰りになるのですね?」
「あぁ……」
王への謁見。
つまりは、ケイが自国へ帰るということを意味している。
バレリオの問いに、ケイは柔らかな微笑みと共に頷きを返した。
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