第171話
「おいっ!? あの方角は……」
「はい、我々が向かう拠点がある方角です!」
魔人大陸が遠くに見える海上で、エヌーノ王国の兵たちが慌てている。
何故なら、先に送った兵から受けた拠点の位置らしき場所から煙が上がっているからだ。
「どうなっているんだ!?」
「分かりません!」
「この距離では何が起きているのか確認できません!」
隊長らしき者の問いに部下たちも答えを返すが、魔人大陸はまだ遥か遠くに見えているだけで、詳細を知る術がない。
そのため、現状では何が起きているのか分からないというしかない。
「くそっ!」
拠点があるとされる場所から上がる煙を眺めなら、隊長の男は欄干を叩いて何も出来ない状況を耐えるしかなかったのだった。
「とんでもなく楽でしたね?」
「あれだけ弱った者たちならもっと少なくてもよかったかもしれないな……」
その煙が上がる場所にいるのは、バレリオたちエナグアの魔人たちだ。
空腹に毒、弱った所にドワーフから譲り受けた大砲を数台並べての集中砲火。
木を打ちつけただけの壁はあっさりと破壊され、動ける者が半分もいなくなったエヌーノの人族兵たちは、抵抗らしき抵抗をすることもなく全滅を余儀なくされた。
弱っているとは言っても、1000人近くの兵がいるという調査から、同数程度の人数を集めて万全を期したのだが、完全にオーバーキル状態。
大砲を使わず、半分の人数で事に当たっても余裕で倒せるような手応えだった。
誰も怪我をすることもなく、まさに完全勝利といったところだ。
「魔法を使えるだけでずいぶん楽になったものだ」
「本当ですね」
これまで魔人の者たちは、弓以外の武器で離れた距離から攻撃する術はなかった。
魔力は人族よりも魔力を持っているというのに、それをたいして使うことをして来なかった。
それが、剣ばかり振ってきたバレリオがケイの指導によって魔法を使えるようになり、戦う時の幅が大きく広がった。
流石に弱って碌に抵抗できない者へ魔法を放つのは躊躇う気持ちもあったが、相手はこれまで好き勝手してきた人族の者たちだ。
これまでの怒りをぶつけるように魔法の集中砲火を食らわし、あっという間に数を減らせた時は緊張が弛みそうになった。
「今回は楽だったのはいいが、これから来るであろう本隊の方には気を付けないとな……」
「ここの兵とは比べられないほどの強さの者が来るかもしれないとのことですからね」
ケイからは魔力操作が一流になると、肉体を魔力で強化しながら戦うことができるようになるとのことだった。
それを使いこなせるようになれば、一騎当千とまでは行かなくても、1人で多くの兵と同じだけの戦果が得られるとのことだった。
「隊長でもまだ長時間使えませんか?」
「ケイ殿からは、後は慣れだと言われた」
バレリオも挑戦をしているが、魔力の操作に気を遣えば戦うことができず、戦いに集中すれば魔力の操作が曖昧になる。
今の状況では、とても戦場で使えるとは言えない状況だ。
「俺よりもエべラルドの方が先に長時間使えるようになるかもしれないとのことだ」
「若い時から指導を受けた方が良いとケイ殿も言ってましたからね……」
ケイの魔物討伐に同行したことにより、バレリオ同様に訓練に真剣に取り込み始めたエべラルドという若者。
元々、彼は若手の中では有望な部類に入っていたが、訓練によって魔力操作はバレリオに次ぐほどに上手くなっていった。
最近ではほぼ同レベルの魔力操作力といったところで、魔闘術の訓練に入ると僅かながらバレリオを越えたかもしれない。
「若いということをこれほど羨ましいと思ったことはないな……」
ケイの経験上から、若いうちの方が魔力操作の上達は速いと皆には伝えられていた。
誰よりも早くそのことを聞かされていたバレリオは、ならば若者よりも訓練すればいいと懸命に頑張ってきたが、そのアドバンテージもなくなってしまった。
魔力は様々なことに使えるということを知った今だと、何故若い内から有用性に気付かなかったのだろうと悔しさが湧いてくる。
「しかし、魔闘術が使えるだけで戦う前から勝敗が決まる訳ではないと言っていたではないですか」
「あぁ……」
恐らく、ケイの言う通り魔闘術を長時間使えるようになるのはエべラルドの方だ。
だが、バレリオもそれほど遠くないうちに長時間使いこなせるようになるだろう。
魔闘術を使える者同士になれば、次に勝敗を決めるのは様々な要素によって変わってくる。
中でも、経験という物はかなり勝敗を分けることになるだろう。
バレリオとエべラルドでは、その経験値がかなり違う。
それを使えば、まだまだバレリオの方が戦闘においては上にいられるはずだ。
「どうせいつかは若手に抜かれるものだ。とは言っても、まだしばらくは引っ張っていかないとな……」
自分たちも上の世代を抜いて今の地位にいる。
それはどこの国でも起きることだが、魔力の有用性を知るまでは相当先の事だと思っていた。
まさかそれがいきなり迫ってくるなどとは思っていなかった分、焦りが生まれてきた。
しかし、この国の発展のためになるのだから仕方がないことだ。
それでも、それを素直に受け入れて若手に受け渡すほど、自分は器の大きな人間ではない。
このままでは人族との戦いで、エべラルドへの負担が大きくなる。
そうなると、まだ戦闘経験の少ないエべラルドでは人族に潰されるかもしれない。
せめて今回の人族との戦いにおいては自分が中心として引っ張っていかなくてはいけないと思うバレリオだった。
「準備は良いか?」
「「「「「はい!」」」」」
潜ませた声で問いかけるバレリオ。
その問いに、魔人の兵たちも返事をし、導線に火をつけた。
彼らの目の前には数台の大砲があり、その砲口は海上へ浮かぶ船へ向けられている。
ドワーフ王国より貸し与えられた大砲だ。
「撃て!!」
“ドドドドドンッ……!!”
バレリオの指示により、一気に砲弾が発射された。
彼らから見て左、つまりは北側を進む船へ発射された弾が飛んで行く。
それが数隻の船に着弾し、多くの人族兵が海へと放りだされた。
「なっ!?」
「急襲!! 急襲!!」
いきなりの急襲に、船上のエヌーノ王国陣は大慌てだ。
数隻の船に着弾して船体に穴が空き、多くの兵が海に投げ出された。
「大砲だと!? 魔人かドワーフどもの仕業か!?」
「恐らく……!!」
先に送った兵たちが作った拠点がどうなっているか確かめる意味でも、当初の予定通りに進んでいた船団だったが、魔人たちによる急襲は想定していなかった。
エナグア王国のある場所は、ドワーフ王国に近い。
そのことからドワーフの協力を得ているかもしれないという報告は受けていたが、自分たちが上陸した後におこなう決戦の時に関わってくると思っていた。
武器に魔力を流して戦うことしかできない原始人のような魔人どもが、先に送った兵たちを見つけることも倒すことも出来ないだろう。
なのにも関わらず、味方の拠点があるはずの場所から攻撃してくるということは、ドワーフが相当な協力をしているということになる。
「海に落ちた者を拾え! 船はともかく兵は戦力になる!」
「「「「「はい!」」」」」
砲撃により数人が殺されたが、ほとんどは大した怪我もせず海に落ちただけだ。
多少の怪我ならまだ戦うことができる。
そのため、指揮をとる男は、海に落ちた兵の救助を指示した。
「南へ迂回しろ!! 離れた所からなら大砲の攻撃を受けずに上陸できるはずだ!!」
風の影響か、敵の砲弾は北側へ飛んで行っている。
大砲はその重量から、そう簡単に移動させることはできない。
ならば、南へ進路を変えて上陸を果たすことにした。
「あそこだ!! あそこの海岸から上陸をするんだ!」
南へ進路を変えると、上陸できそうな海岸が発見できた。
そこから上陸すれば、拠点の場所にいるであろう敵へ一気に攻め込むことができるだろう。
船上の兵たちは小舟に分散して乗り込み、その海岸目指して進み始めた。
“ドドドドドンッ……!!”
「ぐわっ!?」「くっ!?」
海岸へ向かう小舟へ向かって、大きな音と共にまたも砲弾が飛んできた。
砲弾は直撃しないが、小舟の近くの海面に落ち、強い波を起こす。
その波によって、小舟は何隻か横転し、その舟に乗った兵たちは海に放り出された。
「馬鹿な!? どれだけの数の大砲を仕込んでいるというのだ!?」
拠点だけでなく、ここにも大砲が置かれていたことに驚きの声をあげる。
どうやら、ドワーフから多くの大砲が貸し与えられているようだ。
「大丈夫だ! 小舟ではピンポイントでなければ当たらない! このまま上陸し、奴らを皆殺しにしろ!!」
「「「「「おぉっ!!」」」」」
砲弾によって邪魔をされたが、最初に出発した小舟の中で上陸を果たす兵が現れ始めた。
上官の指示の通り、兵たちは海岸を駆けて魔人たちの姿を探し始めた。
「「「「「グアァァーー!!」」」」」
「っ!? 何だ、何が起きた!?」
海岸に上陸し、内陸へ向かった兵たちの悲鳴のようなものが、まだ少し離れた海上の上にいる者たちにまで聞こえて来た。
明らかに何かあったようだ。
内が起きたか分からず問いかけると、怪我を負いつつ戻ってきた兵が答えを返した。
「包囲されての集中砲火です! 奴ら魔法を使えるようになっているようです!!」
「そんなバカなっ!! 半年前の報告では武器に魔力を流すだけの雑魚だっただろうが!?」
宰相から侵攻する兵には、魔人の戦闘方法や実力などが説明された。
魔人大陸に向かったことのある冒険者からも似たような報告を受けていた。
なので、報告の通りドワーフ特製の武器に魔力を流して戦うということしかしてこないはずだ。
もしも魔法という存在を知って使いこなせるようになろうとしても、相当な訓練を毎日やらないと、半年でできるようになるなんて考えられない。
しかし、攻撃を受けたものが嘘を言う訳がない。
本当に多くの魔人が魔法を使って攻撃してきたのだろう。
「ナチョ王太子様!!」
「ハシント!!」
ハシントと呼ばれた者が指揮を出していた者に声をかける。
どうやら指揮をしていた者は、エヌーノ王国の王太子でナチョと言うらしい。
少し背が高く、サラサラの金髪をたなびかせた貴公子といったようなハシントは、ナチョの前へと進んで片膝をついた。
「私が奴らの包囲を崩しにかかります!」
ここまでの用意周到な様子からいうと、魔人たちはこの海岸へ誘導したかったのだろう。
奴らの計画を崩すには、強力な力によって打ち崩すのが手っ取り早い。
そのため、ハシントはナチョへ進言したのだった。
「む~……、お前はこちらの最大戦力。やられることはあってはならないぞ!?」
「お任せください!!」
ナチョが言うように、ハシントはエヌーノの最大戦力だ。
それがやられるとなったら、こちらの士気は完全に消沈する。
それだけは決してあってはならないこと。
ハシントの強さは知っているが、ナチョは念を押した。
それに対し、ハシントは自信満々の表情で頷きを返したのだった。
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