第170話
「おいっ! また殺られたらしいぞ」
「またか?」
木の杭を打ちつけただけの壁が周囲に張り巡らされた場所で、魔物の出現に警戒している人族の兵が2人話し合っていた。
魔人大陸へ拠点となる場所を密かに確保すべく送ったエヌーノ王国の第2陣の兵たちは、前回とは違い上手くいっていた。
拠点となる場所を確保し、そこに魔物を寄せ付けないよう簡易的な木の杭による壁を作り上げた。
それにより、本国からは第3次、4次と兵が送り込まれ、侵攻拠点の拡大が順調に進んで行った。
すでに1000人近くの人族兵が住み着き、更なる増員を受け入れる準備にかかっている。
1ヵ月後には、西にあるエナグア王国へ攻め込むことが計画されているのだが、最近彼らの間で異変が起きていた。
どういう訳か、死人の数が増えているのだ。
本国からは十分な分の食料は持ってこられないため、現地調達として食料となる魔物の捕獲に向かう部隊が幾つか編成されている。
その食料調達部隊の者たちが行方不明になり、遺体となって発見されることがここ数日続いていて、今日もそれが起きたそうだ。
「また魔物のようだ」
「あれほど探知に気を配れって言われていたのに……」
この大陸に来て、エヌーノ王国の兵たちは魔物の強さに驚かされた。
強いとは聞いていたが、さすがに高ランク驚異の魔物が頻繁に出現すれば仕方がない。
とは言っても、人数と連携によって戦えば何とか倒せるレベルだったため、作戦は成功に向かった。
中には魔物に深手を負わされた者や死人も出たが、それは極少数。
最近のように、数人が一気に殺されるようなことはなかった。
なかなか帰って来ないことを心配して捜索に向かうと、魔物の死骸と共に調達部隊の者たち数人の遺体と武器や装飾品が発見された。
全員ではなく、数人の遺体しか発見されなかったのは、恐らく魔物に食料として持って行かれたのだろうと判断された。
あまりにも頻繁にこのようなことが起こるので、人数を増やし、警戒を強めるように総員に告げられたのだが、それでも今日も起こり、誰もが言い知れぬ恐怖を感じていた。
「ここの魔物は本当に何が出るか分かんねえな」
「全くだ。警戒を強めないとな」
調査も行っているが、ここの魔物は本当に何が出てくるか分からない。
まだ未知の魔物が潜んでいる可能性が高い。
警備をしている2人も、いつそんな魔物が襲い掛かって来るか分からないため、警戒を強めるのだった。
「あそこですね……」
「ケイ殿の言っていた通りです」
着々と拠点の建築を進める人族たちに眉をひそめながらも、数人の魔人たちがその拠点を密かに眺めていた。
人族の者たちは、食料調達に向かった者たちのことをいまだに魔物のせいだと考えているようだ。
しかし、実のところは魔人の者たちのよる殺害だ。
ある程度の拠点を作り上げるまでは、エナグアの調査は後回しにするだろうとケイが言っていたが、その通りに事が進んでいる。
そっちが調査をしなくても、こっちが調査してくると考えないのだろうか。
たしかにここの魔物は強力だが、探知ができるようになった彼らからしたらそこまでの脅威ではない。
探知のできない時からのデータから、強力な魔物が出現する範囲はある程度分かっている。
その安全ルートを使ってエヌーノ王国の者たちを観察していたら、数人の者たちが定期的な時間に魔物を狩りに出かけることを突き止めた。
「国からの食料が少ないのかもしれないな……」
ケイのいったこの発言がもっともだと、魔人の兵の皆が思った。
捕虜からの情報だと、エヌーノ王国が領土を拡大する目的は、資源だけでなく食料の調達を目的としてのこともあるらしい。
山に囲まれているせいか、日照時間が少なく作物の発育が良くない。
最近では食肉に適した魔物も減り、慢性的な食糧不足に陥り始めている。
このままだと2、3年後には餓死者が多く出てもおかしくないとのことだ。
そんな状態だから、船に乗せて持ってこられる食料も少ないはず。
足りない分は現地調達をするしかない。
こちらとしてはそこが狙い目だ。
「食料調達に出た者たちを密かに仕留める」
バレリオは悩まなかった。
元々上手くいっていると思わせておいて、潰しにかかるという予定だった。
一気に潰すのもいいが、少しでも数を減らしておいた方が危険性が下げられる。
ケイは基本力を貸さないとは言っていたが、最初に上陸してきた斥候の者たちを捕まえて来てくれた。
半年近くの付き合いから、ケイは自分たちに無理なことをさせようとしないということが分かっている。
バレリオが暗殺することを言い出した時、特に何も言わなかったところを見ると、ケイは自分たちならできると踏んでいるのだろう。
それに、この作戦が成功すれば、上陸している人族たちを飢餓状態に貶められる。
ケイの言う一掃作戦もやりやすくなるはずだ。
指導によって、今となってはほとんどの者が探知ができるようになっている。
魔物を避けて人族たちの拠点付近に隠れ、調達に出た者たちを仕留めることは難しくなかった。
「今回も成功だ! このまま続けよう!」
「はい!」
少しづつ調達に出る部隊の人数が増えてきている。
しかし、まともな食事ができていないのか、抵抗力はたいして変わらない。
バレリオはこの作戦の続行を指示した。
「くそっ! 何でこんなことに……」
魔人大陸の侵攻を目指すエヌーノ王国の先兵部隊。
彼らは指示されたように、魔物が比較的生息していない場所に拠点を作ることに成功した。
拠点完成を本国へ知らせる少し前から、事態は少しずつ変化を迎え始めた。
ここでの総合指揮を任された隊長の男は、自身も顔色が悪い中、不可解な思いで拠点内の現状を見ている。
「うぅ…………」「……あぁ………」「…………うっ」
呻き声を漏らしながら、多くの兵が寝たきりの状態になっている。
病によるものなのか顔色が悪く、元々は屈強な者ばかりだった兵たちは、全員がやせ細っている。
「ここを選んだのが失敗だったのか?」
今思うと、拠点制作は順調でも、食料調達の方が上手くいかなくなりだしたのがこうなることへの始まりだった。
拠点となる場所の捜索をする時、この周辺の魔物の調査はしっかりとした。
しかし、拠点がある程度出来上がり始めると、食料調達の部隊の者たちが次々と戻らなくなるという問題が起き始めた。
ここの魔物は強く危険ではあるが、訓練を積んだ兵が隊を築いて当たれば、何とか狩ることができるものばかりだったはずだ。
だが、調達部隊が戻らないことが気になり捜索に出ると、魔物の死骸と共に調達部隊の兵たちの遺体や遺品が発見された。
そのことから、魔物の仕業によるものだと分かり、部隊の人数を増やしてことに当たるようにしたのだが、それでも魔物によって潰されてしまうことが続いた。
本国から持って来た食料は少ないとは言っても、切り詰めればしばらくはもったが、さすがに兵たちは空腹に耐えられなくなり出した。
とは言っても、未確認の魔物によって食料調達に出ることは危険すぎるため、遠くに探しに出かける訳にはいかない。
これ以上の兵の損失は、エナグア王国を攻める際に人手不足となりかねないため、仕方がないので何とか近場で小物の魔物を狩り食い繋ぐしかなくなった。
正にジリ貧状態だ。
こうなってくると、隊長の男はここを拠点に選んだことが間違いだったと思えてくる。
「隊長! ほとんどの者が原因不明の病にかかっております。このままでは……」
全滅もあり得る。
比較的症状の軽い者が隊長に進言する。
しかし、兵たちが暮らすための簡易的な小屋の作成を担当している彼も痩せており顔色が悪い。
拠点の外で行動する訳でもない彼らすらそうだということは、どうやら病に感染していない者はいないようだ。
「我慢だ! 我慢するしかない。もう少しでエヌーノから本隊が来る」
拠点の完成は、伝所用の従魔によって本国へ知らせてある。
恐らくは、もうここへ向けての出発準備はできていることだろう。
本体が到着すれば治療薬によって全員助かるし、食料の方も周辺の魔物の一掃狩りでどうにかなる。
今の状態で下手に外へ狩りに出るよりも、これから来る健康な兵に任せた方が確実なはず。
自分も苦しい状況だが、それまで我慢することが最善だと選択したのだった。
「予定通りだな……」
人族たちの拠点内を、離れた地点から見ながらバレリオは笑みを浮かべた。
最初の食料調達班の襲撃は成功が続いた。
しかし、いつまでも続けていては、魔物のせいなどではないということがバレるかもしれない。
そのため、次の策を開始することにした。
「弱っているから、多少の異変も気付かないかもな……」
このように、ケイが少しわざとらしく呟いたことによって始めることにした策だ。
最初何を言っているのかと思ったが、数人がすぐに気づくことができた。
人族の者たちが積み上げた物を一気に崩すと言っても、もっと弱らせた方が苦も無く崩せる。
そのためには、空腹で判断力が鈍っている今、もっと弱らせる方法がある。
「元々弱い毒だから気付きにくいうえに、腹が減っていては無理だろう」
バレリオたちが行ったのは、弱い毒を人族の拠点に振りまく事だった。
ケイが世話になっている家の兄弟の弟であるラファエルが従魔を手に入れたことによって、兵の中にも従魔を手に入れる方法を求める者たちがいた。
人族は愛玩用として持つことが多く、獣人はそもそも従魔を持とうとしない。
そういったところで、魔人は従魔については寛容なようだ。
魔物を従魔にするには、数人で痛めつけて無理やり契約するという方法もあるが、その場合なかなか言うことを聞かないことが多い。
最初から言うことを聞く魔物となると、1対1で実力差を見せつけるなり、生まれたばかりの魔物を育てて契約するという方法がある。
ここの大陸の魔物となると強力な魔物が多いので、どの方法でもなかなか難しい。
なので、強くなくてもいいのならという理由で、ケイもその者たちと一緒に魔物の捕獲に同行した。
そして手に入れたのが蝙蝠の魔物が数匹だった。
しかし、それがあったから、この作戦を決行することができたと言ってもいい。
この大陸には、フリオ・オンゴと呼ばれるキノコが生息している。
そのキノコは、ちゃんと処理すれば食用として使用できるのだが、そのままだと胞子に弱い毒がある。
その胞子を嗅ぎ続けると、抵抗力の弱い者は風邪に似た症状に襲われ苦しめられる。
従魔にした蝙蝠に指示を出し、人族の拠点の上空で集めた胞子を撒かせまくった。
空腹で抵抗力の落ちていた人族たちには効果てきめん、しかも毎日のようにやったからほぼ全員が毒によって行動不能にすることができた。
「そろそろ攻め込む頃合いだな……」
これで好きなように奴らを始末できる。
バレリオたちは、当初の予定通り掃討作戦へと移行することにしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます