第166話

「これはなかなか……」


 魔人族の訓練を頼まれたケイは、バレリオに連れられて魔人大陸に足を踏み入れていた。

 上陸直後から、魔人大陸が過酷だと言われる一端を見た気がする。

 まずは魔素。

 魔素は空気中に含まれているものなので見ることはできないが、島に入った時から何となく肌で感じるものがある。

 森の空気のマイナスイオンとは違う、何かジワッとした感覚といった感じだろうか。

 それと、何といっても魔物の雰囲気が違う。

 ケイたちの気配を感じ取ったのか、今も一体の魔物が襲い掛かってきたばかりだった。

 トグと呼ばれるヒキガエルの頭部をしていて毒の職種を持ち、全身ゼリー状の結構危険な魔物だ。


「……流石ですね」


 突如出現したトグをあっという間に倒してしまったケイに、バレリオは驚きつつも感心したような声をあげる。

 それもそのはず、


「我々ならこいつを倒すのにかなりの人間を集めないといけないのに……」


 これまで、バレリオたち魔人たちは、このトグを倒すのに苦労をさせられてきた。

 全身がゼリー状ということで、打撃系は通用しない。

 ドワーフ製の武器の中でも、冷却系の武器でないと倒しにくい。

 その武器の持ち主を援護する役目の人間も必要になり、たった一体を大人数で討伐しなければならなかった。

 それをケイは魔法一発で瞬間冷凍させ、簡単そうに倒してしまった。

 ドワーフ王国の訓練場で手合わせした時、自分をあしらったのも納得できる。

 あの後、気絶から目を覚ましたバレリオは、すぐさまケイへの無礼を謝罪。

 深々と頭を下げ、指導を頼むといった行動に出たのだった。


「ケイ殿! こちらです!」


「あっ、うん」


 ケイの方からすると、最初の態度から180度変わったと言って良いようなバレリオの態度に、何だか慣れないで困惑している感じだ。

 人によって踏み固められたであろう道が一直線に続いているので、案内も別にいらないくらいなのだが、低姿勢で案内してくる大袈裟なバレエリオに若干引き気味だ。


「こちらが私どもが住むエナグア王国です」


「おぉ……?」


 上陸し、しばらく街道を歩いていた頃から見えてはいたが、近付いてみるとかなり高い防御壁が気付かれている。

 しかも強固にするために、2重になっているようだ。

 中もさぞかし賑わっているのかと思ったが、そうでもなかった。

 国と呼ぶには家は少なく、王城らしきものもたいした大きさをしていない。

 村とは言わないが、普通の町といった程度だ。


「……あんな魔物が蔓延ってるんだもんな」


 立派な防御壁から賑わっている町を想像していたが、そうでもない街並みにケイは少し拍子抜けしていた。

 しかし、よく考えてみれば強力な魔物の宝庫であるこの大陸に住むのだから、中より外が重要なのも当然なのかもしれない。

 ケイは小さく納得の言葉を呟いた。


「ケイ殿。お願いします」


「はい」


 国に到着したのは午後。

 エナグア国王との謁見は翌日ということになった。

 しかし、時間が惜しいため、ケイはバレリオに言って、訓練を受ける者を集められるだけ集めてくれと頼んだ。

 王城隣にある建物は訓練所らしく、そこに30人くらいの兵が集まった。

 彼らにも色々と仕事があるので、急な召集で集まるのは少ないと思っていたが、ケイが思っていた以上にかなり少ない。

 しかし、とりあえず集まった者から始めるしかないと、バレリオに促されたケイは、集まって列を作っている兵たちの前に立った。


「どうもケイです。皆さんにこれから訓練を任された者です」


「「「「「…………」」」」」


 軽く挨拶をするが、案の定バレリオの初対面の時同様に歓迎ムードではないようだ。

 挨拶をしたケイに、兵たちは渋々頭を下げたといった態度をしていた。


「まず始めに、ドワーフ製の武器は置いておいてください」


「えっ?」「何でだよ?」「じゃあ、どうやって訓練するんだ?」


 魔人たちの態度は想定内。

 そんなことをいちいち気にしていたら先に進めない。

 そのため、ケイはさっさと話しを進める。

 しかし、ケイの言葉に兵たちはざわつき始める。

 日向人が、刀をまるで自分の命とでも言うような扱いをするのと同様。

 魔人の彼らは、ドワーフの武器を持ってこそ一人前に思われるところがある。

 それを使わずに訓練なんて、基礎体力の強化以外することがない。

 今更基礎体力を鍛えて何になるのかと、内心イラつき始めていた。


「了解しました!」


「……隊長!?」


 ざわつく兵たちとは反対に、バレリオの方はあっさりとケイの指示に従う。

 兵たちの側に立つ自分たちの隊長であるバレリオが、素直に従ったことに兵たちは驚きが隠せない。

 バレリオは何といっても隊長だ。

 この国の魔人の中では抜きんでた実力の持ち主で、多くの民や兵を魔物から救ってきた過去がある。

 兵の多くが尊敬している存在だ。

 そのバレリオが従っているのに、自分たちが文句を言っている訳にはいかない。

 納得は行かないが、兵たちは自分たちの武器を足下に置いたのだった。


「まず皆さんには魔力操作を練習してもらいます。地味でつまらない訓練だけど毎日続けてください」


「「「「「魔力操作?」」」」」


 ケイの言葉に、またも兵たちは首を傾げる。

 魔人の彼らも、体内の魔力は感じ取れているし、操作もできている。

 体力向上でないのは良かったが、それと同等に意味が無いような訓練をしなければならないことが理解できないからだ。


「ケイ……殿! 何故今更魔力操作の訓練なのでしょうか?」


 我慢できなかったらしく、兵の一人が手を上げてケイに質問してきた。

 バレリオが敬称を付けているため、仕方なく同様に扱うような口ぶりだ。


「皆さんは数は少ない。ですが個の力を見れば人族には勝っています。しかし、特に勝っている魔力をまったく使いこなせていない」


 ケイの直球の答えに、兵たちはムッとする。

 魔力は武器に流して使う物。

 我々はそれができている。

 何も知らないエルフとか言う種族が、好き勝手なことを言うなと、それぞれが反論しようとする。

 しかし、それも口に出せなくなる。

 何故なら、


“パンッ!!!”


「「「「「っ!?」」」」」


 ケイが指先を離れた所に立つ的に向けたと思ったら、小さな火球が高速で放たれ、的の中心に穴をあけたからだ。

 アンヘル島では結構見慣れた光景だが、魔人の彼らはそうではない。

 ドワーフ製の武器を使ったのならともかく、何も使わずそれと同等の速度で魔力を火に変えたということに驚いたのだ。

 そんなことを試すという発想がなかったため、皆、青天の霹靂と言っても良いくらいの衝撃を受けている。


「まずはこれぐらいができるくらいにはなってもらいたい」


 驚き過ぎな兵たちの反応に、ケイはちょっと笑ってしまいそうになる。

 しかし、さすがに馬鹿にしたようになってしまうので、何とか堪えて話を続けた。


「では、皆。各々自分にとって楽な姿勢を取って、体内の魔力を動かす練習を開始してください」


「「「「「……は、はい!」」」」」


 目の前で見せられたことがまだ信じられないが、ドワーフ製の武器と同じことができるようになるのかもしれない。

 そう感じた兵たちは、誰よりも先に座禅を組んだバレリオに遅れながらも、それぞれが思う自然体へと体制をとっていったのだった。






「そう簡単には行かないか……」


 魔人の国のエナグアの国王の謁見は、すんなり円満に終わった。

 ドワーフ王国皇太子のセベリノから細かく説明を受けていたのか、国王はすんなりケイを受け入れ、助力を感謝されたほどだ。

 その後、昨日に引き続き魔人族たちに魔力の使い方を教え始めたケイだったが、いまいちな進歩具合に思わず愚痴る。

 思った通り、魔人のみんなは魔力操作の訓練をたいしてしてこなかったせいか、なかなか上手くならない。

 それに、指導を受けているのは20代、30代の大人の者たちばかり。

 魔人は人数が少ないため、若いうちに10代は魔物と戦わせたりしないらしい。

 その代わり訓練はさせているのだそうだが、出来れば彼らの方を鍛えたいくらいだ。

 というのも、ケイの勝手な感覚だが、魔力操作の向上は若いうちの方が適しているからだ。

 今でもケイは時間を見て魔力操作の上達を計っているが、若い時ほどのような急激な向上は見受けられなくなってきた。

 それもあって若い子たちの指導をしたいけど、彼らの言い分も分かるので強く言えない。


「フッ!! ……まだ少し遅いな?」


 ケイの指導を一番熱心に受けているのはバレリオだ。

 初対面でケイと戦ったことが功を奏したのか、完全にケイの指導を信頼しているかのようだ。

 今も進展具合を確認するように、小さい魔力を火に変換する速度を計っている。

 しかし、他の兵たちはケイの強さを実際に見ていないし体験していないせいか、いまいち指導を本気に受けていない気がする。

 隊長であるバレリオが素直に従っているから、自分たちも従っているという姿勢が見え隠れしている。

 それも成長がいまいちな理由になっているのかもしれない。


「これができたからって何になるんだよ?」


 魔力操作の訓練が上手くいっていない者の一人が、小さく呟く。

 30代後半の彼は、最初から自分のことを良く思っていないと、ケイは目付きで分かっていた。

 若い者程の上達が期待できない年齢の上に、訓練を真剣にやっていないのが分かる態度。

 上達をしないのは当然のことだ。

 しかも、30代中盤のバレリオよりも年齢は上だ。

 バレリオが真面目に従っているのもどこか不愉快に思っているかもしれない。


「これができれば遠距離にいる敵への攻撃が可能になる」


「っ!?」


 その呟きが聞こえたケイは、彼に近付いて行き説明を始める。

 彼だけでなく、他の兵たちもメリットが分からない迷いが邪魔をしている可能性がある。

 それは良くないと思ったため、全員に聞こえるように話す。

 そんな中、独り言を聞かれているとは思わなかったのか、その兵は一瞬驚きの表情を浮かべた。


「ドワーフ製の武器は確かに楽だ。けど、その性能は自分の訓練次第で会得できる技術に過ぎない。弓の武器以外に中・遠距離から攻撃できる手段がかなり乏しい。これができれば、ドワーフ製の武器が無くても同じことができ、戦略にも幅が出る」


 これができるだけでも色々と戦闘が楽になるということが、みんな分かっていないようだ。

 こう言っては何だが、魔人たちは教育が行き届いていないようだ。

 それも仕方ないかもしれない。

 大昔に、人族の間に生まれ、赤ん坊の時だったり、物心つくかつかないかくらいでこの大陸に捨てられた子供が魔人族の先祖になる。

 言葉は何とか受け継がれてきたのかもしれないが、教育という考えが浸透するまで国として成長していないのだろう。

 ドワーフとの交流から計算なども入って来たようだが、それを専門に扱う者以外、覚える意味がないと思っている部分もあるようだ。

 勉強などによって先を読むという感覚を鍛えることがないため、発想力が鈍い。

 ケイとしてはそのように考えている。


「そもそも、これができれば身体強化もできるようになってくる。そうすれば、離れた魔物を探知できるようになるし、上手ければ魔物を素手で倒せるようになる」


「探知? それに素手で?」「冗談だろ?」「ここの魔物の強さを知らないのか?」


 ケイの言葉に、またも兵たちはざわめく。

 魔人にとって人族とのことも大変だが、強力な魔物に囲まれている状況の方が困っている。

 それは、ここに住む以上ずっと続くことだからだ。

 これまではいきなり現れた魔物を相手にするという後手を踏んでいたが、探知ができるということは周辺の魔物をこちらから減らしに行けるということになる。

 当面の安全は確保できることになり、安心して夜に眠りに浸けるようになるということだ。

 ケイの言葉が本当なら、ここでの生活がだいぶ楽になり、子供も増え、人口の増加も期待できる。

 良いことずくめだ。

 だが、話がうますぎると感じたの者もおり、その内容に疑問を持つ者もいた。


「本当だ。ケイ殿はカスアリオを素手で倒した」


「えっ!?」「まさか……」「本当ですか? 隊長!」


 兵たちの疑問は、バレリオが取ってくれた。

 カスアリオとは、別名ヒクイドリと呼ばれる鳥型の魔物のことだ。

 飛べない鳥が魔物化したことにより、強力な脚力を手に入れたという話だ。

 自慢の脚力を使用した移動速度と、蹴りの威力が強力で、その名の由来となる火を使い、吐き出すように火の球を放って攻撃してくることもある。

 その蹴りを食らえば、人なんて無力。

 何人もの魔人が、カスアリオの蹴りを食らって吹き飛ばされ即死してきた。

 移動速度も速く、逃げるのも苦労させられる魔物を、目の前の優男が素手で倒したなんて驚き以外の何物でもない。


「恐らくみんなの中でそれが使えるようになるのは一握りだ。だけど、魔力が多い君たちが使えるようになれば、人族に遅れをとることはないだろう」


 人族侵攻まで早くて半年。

 そうなると、かなり優秀な人間でないと魔闘術の会得は困難だ。

 色々と基礎があればそうでもないが、普通は何年もかかるのが普通だ。

 もしも、出来るようになったとしたら、天才といってもいい。

 なので、1人でもいいから使えるようにしたいと思っている。

 バレリオのいうことなのだから本当なのだろうと、兵たちは先程より真剣に訓練に励むようになった。


「まずは目の前の目標をクリアしてもらう。ドワーフ兵との連携もあるし、問題は山積みだ……」


 魔力操作、それによる魔法の訓練、ドワーフ族の兵も参戦するらしいので、その兵たちとの連携、考えなければならないことのオンパレードだ。

 そう考えると、悩みが尽きないケイだった。


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