第167話
「止まれ!」
「「「「「っ!?」」」」」
エナグアの町の周囲にそびえるように立っている防壁。
ケイは数人の兵を連れて、その城壁の外へと来ていた。
バレリオ以外の希望者だけということにしたのが良くなかったのか、5人しかいないとは思わなかった。
まだまだケイを信用していないというのが、これだけで分かる。
10日立ったというのに、魔人たちの魔力操作の訓練の成果はいまいち。
言葉で説明を受けても、本当に強くなれるのかまだ納得できない者がいるからかもしれない。
バレリオの時のように全員相手の手合わせというのも考えたが、どうせ魔物相手の実戦で見せるのだからと、予定を少し早めて今日やることにした。
町から少し離れれば魔物が隠れていそうな森がある。
森の奥にはなるべくなら関わりたくない強力なのが多いらしいが、ここの魔物は、まだ彼らが少数集団で戦えるレベルらしい。
その森を進んでいると、先頭を歩いていたケイが急に足を止めて小声で後方の兵たちに合図を送る。
兵たちはその指示に従い、木や草の陰に身を隠した。
「……本当だ」「マジかよ……」
「魔力操作の訓練をちゃんとしていればこれ位は簡単だ」
身をひそめながらケイが指さした方角を見ると、そこには一体の魔物が佇んでいた。
その姿を見た瞬間、兵たちは小さく呟く。
自分たちならもっと接近しないと気付きもしないのに、ケイの察知能力に驚いたからだ。
これが訓練の時に言っていた魔力による察知なのだと、改めて思い知った。
「あれを狩ろう!」
「「「「「っ!?」」」」」
ココドゥリロとは、体長が8m近い大きさのワニの魔物だ。
見つけたのも、人間を一飲み出来そうなほどの大きさをしている。
事前の説明で、森の浅い部分で見つけるのは珍しいとのことだ。
その時の説明で、ケイは良いことを聞いていた。
そのことを思いだしたため、早速ココドゥリロを狩ることにした。
魔人の彼らが多くの集団で戦う相手だというのに、ケイがあっさり戦うと決めたことに、付いて来た兵たちは驚きが隠せない。
「ココドゥリロです! もっと人数が必要です!」
「大丈夫だ。こっちに気付いていない」
見つけたことはすごいと思ったが、ココドゥリロは危険な魔物とはちゃんと説明していた。
とてもここにいる少数で戦える相手ではない。
兵の1人が注意をするが、ケイは軽い口調でココドゥリロに向かって得歩き出す。
「ハッ!!」
“ボゴッ!!”
「「「「「っ!!」」」」」
魔闘術を発動し、一瞬のうちにココドゥリロへと接近する。
たしかにココドゥリロは危険だが、普通のワニ同様危険なのは顎だ。
噛まれたらあっという間に喰われてしまうだろうが、喰われなければいいだけのこと。
上からの攻撃が苦手というのは聞いていたので、接近した速度をそのままに、ケイは思いっきり頭部へ踵落としを放った。
まるで巨石でも落ちたかのような衝撃音と共に、ココドゥリロの頭部は地面にめり込んだ。
そして、そのまま動かなくなったのを見て、ケイについてきていた兵たちは驚き、アゴが外れたかのように口を開けて固まっていた。
「一撃? ココドゥリロの固い鱗を……」
信じられない光景に、付いてきた兵の1人であるエべラルドは戸惑っていた。
ココドゥリロは鱗が硬く、集団で囲み、ドワーフ製の武器で何度も攻撃することで倒せる魔物。
それを、ただの踵落とし一発でなんて、これまでの苦労が何だったのかとすら思えてくる。
自分たちの隊長であるバレリオが、ケイの指示に素直に従っている意味がようやく理解できた気がする。
希望者だけという条件で今回のケイへの同行になったのだが、付いてきたのは正解だった。
自分以外の4人も同じ考えらしく、町から出てきた時とは目の色が変わっている。
「8mくらいだな」
頭蓋骨が粉砕されて全く動かなくなったココドゥリロを眺めながら、ケイは大体の大きさを計る。
これだけの大きさなら、さぞ食べ甲斐があるだろう。
ココドゥリロを狩ると決めたケイの理由は、とても単純なことだ。
「肉が美味い」ただそれだけの言葉に、ケイは見つけたら狩ろうと決めていたのだ。
かなりの大きさから重さもあるため、樹に吊るしての血抜きは不可能。
なので、水を操作するように魔力で体内の血を抜いて行く。
「……たしかエべラルドだったか? 収納頼む」
「は、はい!」
血抜きが終わったケイは、驚き佇み、何もできないでいる兵たちの1人に声をかける。
彼には容量のある魔法の指輪がバレリオから渡されていて、今回は荷物持ちの役割を担っている。
そのため、血抜きが終わったココドゥリロの収納を頼んだ。
ケイの指輪では収納できそうにないからだ。
ココドゥリロはそれ以降見なかったが、ケイたちは森の中を歩き回って他の魔物を倒していった。
全部ケイ1人が倒したのだが、エべラルドの魔法の指輪は魔物の遺体で満杯近い。
「帰ろうか?」
「「「「「は、はい……」」」」」
倒したのはココドゥリロ程でないとは言っても、どれも魔人たちにとっては危険な魔物たち。
それを、ケイはどれも一発で沈めていた。
驚き過ぎたのか、付いてきた兵たちは魔物と戦ったわけでもないのに疲れているように見えた。
これ以上は倒しても収納できないので、ケイは彼らと共に町へ帰ることにした。
その5人から話を聞いたからか、それ以降の兵たちが訓練する姿は一気に好転した。
みんなバレリオのように素直に訓練に勤しんでいる。
「まさに百聞は一見に如かずだな……」
この光景に、ケイは1人しみじみと呟いたのだった。
「ケイしゃま! おかえりなしゃい!」
「おぉっ! ただいま、ラファエル」
訓練を終えて、ケイは当面の寝床として与えられた家へと戻った。
その家にはある兄弟も暮らしていて、ケイの身の回りの世話係を任されている。
その弟の方であるラファエルが、ケイを見つけて駆け寄ってきた。
側まで来たラファエルは、ニコニコしながらケイを見上げる。
まだ3歳らしく、とても小さく可愛らしい。
その笑顔を見ていると、どの種族も関係なく子供は元気が一番だと年寄り臭く思ってしまう。
【おかえり~!】「ワフッ!」
「御苦労様」
どこの子供も似たようなものらしく、ケイの従魔であるキュウとクウは人気者だ。
みんなキュウたちに群がって撫でたりしていた。
ケイが帰って来てお開きになったことで、やっと解放されたキュウたちは、どことなく疲れたような表情でケイを迎えた。
子供の相手は疲れるものだ。
ケイはキュウたちを褒め、優しく撫でてあげたのだった。
最初は、このラファエル以外どことなく避けるような目線を向けていた魔人たちも、狩ってきた魔物の肉を切り分けて配ったのが良かったのか、魔人たちがケイに向ける視線は改善された。
何とも現金な感じがするが、それでも気が楽になったのは事実だ。
「ケイ様! 俺にも訓練をつけてください!」
「えっ?」
家に帰ってケイが休んでいると、料理を作っていた兄のオシアスの方が、いきなり頭を下げてきた。
突然の申し出に、ケイは面食らった。
「いや、お前まだ15だろ? この国では10代は戦いに出さないって話なのはお前の方が分かっているだろ?」
「それは……」
色々あったらしく、この兄弟の両親はもう亡くなっている。
ケイの世話係の仕事も、弟と暮らしていくための資金稼ぎに手を上げたと言う所がある。
そのため、最初のうちはケイに対して何の感情も見せていなかったように感じる。
弟のラファエルとは違い、ただ仕事として割り切っていたようだが、ケイの実力を聞いて何かが変わったようだ。
ケイとしても、魔力操作技術が上達しやすい若いうちから指導をしたいところだ。
しかし、最初に10代の若者を戦いに参加せないと言われているので、教えるのは躊躇われる。
ケイにやんわり断られたオシアスは、それ以上言い返すことができずに俯いた。
「まさか、親父さんの敵討ちがしたいとか思っているんじゃないだろうな?」
「……聞いたのですか?」
ラファエルを産んで少しして彼らの母は亡くなった。
そして、1人で兄弟を育てていた父は、魔人の誘拐を企てた人族によって殺害された。
簡単に聞いた話だとそういうことらしい。
人族との戦いが近い今、何としても強くなって父の仇討ちに人族を殺したいと考えているのではないかとケイは思った。
自分の家のことをケイが知っているとは思わなかったため、オシアスは質問で返す。
「世話になるんだ、少しは知っておこうと思ってな……」
実際の所は、ケイが聞くより先にバレリオが話してくれたというのが正しい。
兄弟二人きりの所に要人であるケイを頼むなんて、失礼に当たる気がした。
しかし、ケイがどこか空き家でも貸してもらえたらいいと言っていたので、訓練場から近いところを探していたらオシアスが立候補した。
ケイもそこで良いと了承したとは言っても、その家のことを説明しない訳にはいかない。
なので、本当に最低限教えてもらったといったところだ。
「たしかに父の仇を討ちたい気持ちはあります。しかし、それ以上に今のままではラファエルを守れないと思ったのです」
彼らの両親のこともそうだが、彼らのことも少しは聞いている。
10代の若者に実戦はさせないが、訓練はさせている。
その中でオシアスは普通といった成績。
魔物の討伐という、この国では花形の仕事ができるとは思えない。
恐らくは、何かの商売をして働くしかない所だろう。
そうなると、オシアスの場合はどこかで雇われて働くことになるだろうが、はっきり言ってどこで働こうと裕福な暮らしは不可能だろう。
何せ人がいないから、物を買う人間も少ないのだから。
そうなると、確かにまだ小さいラファエルを育てるのは苦しくなる。
言い分としては正しい。
「……とりあえず、バレリオに聞いてみるよ」
「はい。お願いします!」
どうせバレリオが止めるだろうという思いがあったため、ケイは打診するだけ打診してみることをオシアスに約束した。
まだ望みがあるからだろうか、ケイの言葉にオシアスは嬉しそうに頭を下げ、夕食の準備を始めたのだった。
「構いませんよ」
翌日、いつものように訓練場に行くと、バレリオが一番乗りで自主練をしていた。
30代前半くらいの年齢をしているバレリオ。
魔力操作の技術向上の速度は、どうしても若者よりも鈍い。
しかし、その分真剣に取り組んでいるからか、誰よりも上達しているように思える。
そんなバレリオに昨日のことを尋ねてみたら、帰ってきた答えはこれだった。
「……随分あっさりだな」
昨日ケイが悩んだのが何だったのかと思いたくなるほど、バレリオはあっさりと許可をした。
元々、10代は戦闘訓練を週に何回かしている。
それなのに、わざわざ止めるようなことは意味がない。
だから許可を出すと言ったことらしい。
「どんなに強くなろうとも、参加させるつもりはないですから」
「なるほど……」
ケイが意外そうな顔をしているのを感じ取ったのか、バレリオは続いてこんなことを言った。
その言葉にケイは納得する。
10代は実戦に参加させない。
このルールは明文化されている訳ではなく、暗黙のルールと言っていい。
だが、そのルールはかなり強固な物らしい。
それもそのはず、貴重な若者を死なせるのは、国の衰退に直結しているからだ。
「……という訳で、訓練するだけなら良いんだとさ」
「本当ですか!? ありがとうございます」
バレリオの許可を得たことを伝えると、オシアスは嬉しそうに頭を下げた。
まるで強くなることが約束されたかのようだ。
「じゃあ、早速……」
「その前に……」
「?」
日も暮れて暗くなりだす時刻だというのに、オシアスは稽古用の木剣を持ってケイに稽古をつけてもらおうと外に出ようとする。
それをケイは手で止めた。
その意図が分からず、オシアスは首を傾げる。
「俺が教えることと言っても、かなり地味な練習だぞ? 飽きたり、つまらないといった文句は受け付けないからな?」
「は、はい」
念を押してくるくらいの訓練とはどんなものなのかと、若干押されつつもケイの問いにオシアスは頷く。
そして、バレリオたちがやっていることと同じように、オシアスは魔力操作の訓練に入ったのだった。
「ケイしゃま! これでいいでしゅか?」
「……天才発見!」
オシアスの訓練も始まり5日が過ぎたころ、兄と一緒になって遊んでいただけのようなラファエルが、魔力の操作をケイに見せてきた。
幼児なので魔力は少ないが、指先に集めて火に変換する速度は懸命に頑張っている兄を抜き、バレリオに追いつきそうなほど速かった。
きちんと教えてもいないのにこの速さとなると、ケイの孫たちを思い起こさせるほどだ。
エルフの血が薄くなるにつれ、魔力操作の才能も落ちていく。
ケイの孫世代になるとそれも顕著に表れ始め、息子のレイナルドやカルロスの子供の時と比べると成長が速くない。
それでも人族の中では天才レベルの速度だが、その天才がここにいた。
「これはこれで困ったな……」
オシアスの訓練許可は取ったが、まさかラファエルにこんな才があるとは思わなかった。
きちんと教えないと、これから先の性格が心配になる。
仕方がないので、ケイはバレリオに話してラファエルの指導もさせてもらうことを頼むことになった。
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