第165話

「初め!!」


 セベリノの合図により、ケイとバレリオの戦いが始まった。


『さて、魔人の実力はどんなもんかな?』


 セベリノが紹介してくるくらいなのだから、きっとバレリオは魔人の中でもかなりの戦闘力の持ち主のはずだ。

 挑発に乗ったようにして戦う事にしたのも、魔人の実力を知るいい機会になると思ったからでもある。

 そのため、どんなものが飛び出してくるのか、ケイは内心宝箱を開けるように心楽しみにしている。


「ハァッ!!」


 少しのにらみ合いの後、先に動いたのはバレリオだった。

 バレリオの持つ武器は ドワーフ製とのこと。

 どんな仕掛けが施されているのか分からない。

 それにも注意をしなければならない。

 そのため、ケイはまずは様子を見ることにした。


『速い! だが……』


 バレリオの持っている武器は、ぱっと見ると片刃の剣。

 一応ケイに気を使っているのか、峰打ちで打ち込んできている。

 ケイとの距離を一気に詰める瞬発力は速く、なかなか素晴らしい。

 しかし、ケイはその一撃をわざと受けるなんてことはしない。

 ステップを踏むようにして、ケイはバレリオの攻撃を躱した。


「っ!?」


 戦いが始まる前、そして始まってからも、バレリオの内心は乱れていた。

 落ち着こうと思ったが、余裕そうなケイの表情に釣られたように攻撃をしかけてしまった。

 普段ならしないような雑な攻撃だが、それでも落ち着くきっかけにはなると思った。

 しかし、攻撃を躱されたバレリオは更に慌てた。

 躱される可能性は考えていたが、その躱され方が予想外だった。

 ケイが目の前から消えたからだ。


「っ!? っ!?」


 魔人大陸の強力な魔物を相手にしても、このように姿を見失うと言うようなことはなかった。

 信じられないというように、バレリオは首を振ってケイの姿を見つけようとする。


「……こっちだよ」


「っ!?」


 バレリオの視界に入らないように動いていたケイだったが、一向に見つけてもらえないため、背後から声をかけてあげた。

 その声に反応したバレリオは、さっき見た時いなかった場所にケイがいることに目を見開く。


「……その剣の力を見せてもらえるかな?」


 なんとなくだがバレリオの戦い方が分かってきた。

 もしも、これが魔人たちの実力だとしたら、むしろ何で今まで魔物を倒せてきたんだと疑問に思えてくる。

 人族が相手だと言っても、数で不利な魔人たちが勝つには完全に実力不足だ。

 後は、ドワーフ製の武器の性能を見ておきたいため、ケイはバレリオに見せてもらおうとした。


「おのれ!」


 別にケイは挑発したわけではない。

 しかし、言葉を受け取ったバレリオの方はそうではなかった。

 舐められていると判断したらしく、こめかみに青筋を立ててケイを睨みつける。


「ハァー!!」


「……炎?」


 ケイが呟いた通り、バレリオが剣に魔力を流した途端、剣を纏うように炎が沸き上がった。


『……もしかして、マカリオ殿は……』


 それを見て、ケイはセベリノの父であるドワーフ国王の顔を思いだした。


『そう言えば子供の頃の知識しかなかったんだっけ?』


 このことは2人の間だけの秘密になっているが、ケイ同様、ドワーフ国王のマカリオは転生者だ。

 マカリオの場合は、日本の小学5年生までの記憶しかないと言っていた。

 そのことを思いだすと、目の前の剣のことが理解できた。


「いいか! この剣はな……」


「魔剣とでも言いたいのか?」


「魔……えっ?」


 自信満々のどや顔でケイに対して剣のことを話そうとしたバレリオだが、その言葉の途中でケイに正解を言われ、次に言うべき言葉が出て来ずどうしていいか分からないといったような表情になる。

 セベリノからは、ケイが自分たちが使う武器のことをまだ説明していないと聞いていた。

 なので、見せびらかすという思いもあったバレリオだったが、何だか恥ずかしいことになってしまった。


『まぁ、思いつくよな……』


 この世界において魔道具開発のスペシャリスト。

 そのドワーフの中でマカリオが周りから天才と言われるようになったのが、この武器の開発によるところが大きい。

 魔力を炎や水に変換するということは当たり前のことだ。

 生活魔法と呼ばれるように、竈に火を入れる時に指先の魔力を火に変えて着火するなんて、大人になれば当たり前のように瞬時にできる。

 しかし、魔力を火に変えて戦うことにしようする時は、少しの間ができる。

 それも訓練次第で素早くできるようになるのだが、その訓練が地味で面倒なため根気がいる。

 剣術の技術はあるのに、その変換が苦手な人間も中にはいる。

 それはかなりもったいない。

 ならば、魔力を流すだけで火に変換してくれる武器を作ればいいという発想にたどり着く。


『小学生なら魔剣に憧れても仕方ないよな……』


 マカリオの場合、その発想にたどり着く以前に、魔剣という物の存在への憧れが先にあったのではないかとケイは思う。

 ケイも同じくらいの年齢の時に同じような考えをしたことがあったからだ。

 そんな小学生が、本当に魔法がある世界に来たら作ってみたくなっても仕方ない。

 ただ、


『もしかして、黒歴史になってるんじゃないか?』


 この世界で、魔剣なんて初めて見た。

 性能を考えたら、世界にもう少し広まっていても良いような気がする。

 それが、魔人だけしか使っていないとなると、マカリオが大人になり、キラキラした目で魔剣を使う魔人を見た時、何だか恥ずかしい思いに駆られたのではないかと予想できた。

 だから、魔人だけにしか使わせないようにしたのだろう。

 何故そう思うかと言ったら、ケイも同じ立場なら同じ対応をしていたと思うからだ。


「ハァ!!」


 変な空気が流れたのもつかの間。

 バレリオは炎を纏った魔剣(笑)で、ケイへと攻撃をしかけてきた。


「良し! もういいよ」


「っ!?」


 念のために銃を抜いたのは無意味だった。

 剣の性能も見れたことだし、バレリオの大体の実力は分かったつもりだ。

 これ以上の戦いは無意味になるので、ケイはこの戦いを終わらせることにした。

 別にこのまま何もしなくて引き分けのような終わりでも構わないのだが、そうはしない。

 ケイは、戦う前のバレリオの挑発には何とも思っていない。

 何とも思ってはいないのだが、完全に受け流す程人間ができていない。

 前世とこの世界でもう70年くらい生きているが、エルフの肉体は20代前半のまま変わらない。

 肉体につられるのか、精神もそこまで変わっていないように感じる。

 つまり、何が言いたいかというと、


“ドガッ!!”


 ちょっと腹いせに、ケイは強めの一撃をバレリオに食らわしたのだった。

 拳で顎を撃ち抜かれたバレリオは、あっさり目を回して前のめりに倒れた。

 糸が切れた操り人形のように崩れ落ちたバレリオに、やり過ぎたかなと思う反面、ちょっとスッキリしたケイだった。






「いかがでしたか?」


 バレリオとの手合わせを終えたケイに、セベリノが近付きながら問いかける。

 ケイが、魔人の実力がどんなものかと判断するために挑発に乗ったのが分かっているので、その結果を聞きたいのだ。


「彼が頂点だとするとまずいですね」


「……でしょうね」


 ケイが率直にバレリオの実力の感想を述べると、予想通りの感想だったのか、同意するように呟いた。

 手合わせを開始して、ケイはすぐに魔闘術を発動したが、バレリオは発動しなかった。

 もしかしたら、瞬間的に魔力を使うタイプなのかとも思ったが、それもしなかった。

 魔力を使わず、単純な身体能力でケイに向かって攻撃をしかけてきたのだ。


「そもそも、魔力の使い方がなってないですね」


 ケイに対して手加減しているのかとも思い、瞬間的に魔力を使って移動する方法も試してみたのだが、ついてくるどころか完全に姿を見失っていた。

 姿を見失っても、魔力を使って探知をする訳でもない。

 武器の性能を使う時だけにしか魔力を使っていない状況だった。

 せめて牽制に魔法を放ってくるくらいのことをしていたら良かったのだが、それすら無いとなると、人族よりも魔力があっても何の意味も成さない。

 完全に宝の持ち腐れといったところだ。


「ただ、身体能力はすごいですね」


 良い所をあげるとすれば、開始後の突進はちょっと良かった。

 魔力を使っていないのにあれほどの速度が出せるのは、ケイとしては羨ましいところだ。

 エルフは、魔力の量は莫大だが、身体能力が乏しい。

 生物を倒すことによるレベルアップも、エルフは魔力以外は大したことがない。

 それでもケイは人族の平民よりかは上まで持って来たが、戦闘を生業としている兵や冒険者に比べたら話にならないレベルだ。

 だが、バレリオは高ランクの冒険者たちと同等レベルの速度を出していた。

 魔人大陸の魔物は強力だとよく言われるが、相当な質と数の魔物を倒してきたのだろう。

 それだけに惜しい。


「俺に頼んだ理由はこれですか?」


「はい。武器を与えたのは良かったのですが、それに頼ってしまい、折角の魔力を使うという考えがなくなってしまっているのです」


 魔物が出た場合、魔人たちは多くの人間で囲んで、ドワーフ製の武器で弱らせていき、倒すという方法を取っているらしい。

 魔力を使うことによって攻撃力の上がった武器なら、たしかに強い魔物にも傷を付けられるだろう。

 魔人と人族は元々は同じ先祖を持つというのに、生まれ育った土地柄なのか魔人は人族と比べて魔力が多い。

 なのに、その魔力を全然利用できていない。

 まるで昔のエルフたちと似ているようにも思えた。

 非戦闘なのは良しとしても、魔力を使って逃走を計るくらいのことをしていれば、もう少し生き残りがいたかもしれない。

 恐らく、セベリノはこのことが分かって自分に頼んだのだろうとケイは思い至った。

 案の定、ケイの問いにセベリノは頷いた。


「魔闘術を使える人間がいるのといないのとではかなり話が変わってくる。少しでも使える人間を増やさないと……」


 ケイとの手合わせでも分かったように、折角の魔力を使わないのでは、攻め込んでくる人族に対抗するのは極めて難しい。

 人族の兵の中には、魔闘術を使える人間も少数ながらいるはずだ。

 そんな者を相手に、身体能力で戦おうなんて危険すぎる。

 魔闘術は使えるようになるまでは時間がかかため、一先ず置いておくとして、せめて魔力を使った戦闘方法を教えないといけないようだ。


「彼らには他にも武器を渡すつもりですが、このままだと人族に搾取されるままではないかと……」


「何故そこまで魔人を助けるのですか?」


 ドワーフ王国は、魔人たち……特に近いエナグア王国のために、武器を渡すというボランティアに近いことをしている。

 それだけでも十分なのに、ケイに訓練を頼んだり、更なる武器の譲渡を考えているなど、随分肩を持っている。

 いくら何でもと疑問に思うのは、ケイじゃなくても当然のことだ。


「……ぶっちゃけると、魔人大陸で取れる金属や多くの魔物の素材が魔道具開発に必要だからです」


「なるほど」


 地球でもそうだが、国によって取れる金属などはまちまちだ。

 魔人大陸には、ドワーフの魔道具開発に必要なレアアースがよく取れるのだろう。

 魔道具開発で名高いドワーフ王国からすると、人族にそれを奪われるのは何としても止めたいと思うのは当然だ。

 それならば、たしかに助力するのも納得できる。


「半年以内で魔闘術を使える者が生まれるかはきついですね」


 日向の国で、善貞が短時間でもあっさりと魔闘術を使えるようになった。

 しかし、あれは日向の文化や善貞自身の努力によるところが大きい。

 魔闘術という物があるということを知っていて訓練した者と違い、魔人たちは魔力に対して全く見識がない。

 ほとんど出来上がっていた善貞と違い、いわばゼロからのスタートだ。

 半年で使える人間を生み出すのは、いくらケイでも難しい。


「頼んでおいて申し訳ないのですが……できますか?」


「……難しいですがやってみます」


 セベリノ自身も、頼んでおいてなんだが難しいのは分かっている。

 ケイに頼むというのも、僅かな可能性に縋る思いだ。

 ドワーフの武器と兵を送り、協力して人族の侵攻を防ごうと考えていたが、出来ることはしておこうと、ケイに無茶ぶりしたのは分かっている。

 それが分かっているので、申し訳なさそうに言うセベリノに、協力を承諾してしまったケイは、悩ましく思いつつもやることにした。


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