第156話

「おいおい、マジかよ……?」「またかよ……」


 魔法を使う蛇であるマノマンバを倒す手助けをしたケイだが、日向の兵たちがマノマンバを倒すと、またも魔法陣が浮かび上がってきた。

 それを見た兵士たちは、いつまで続くのかといったような表情で出てくる魔物を見つめた。


「打ち止めだな……」


 その魔法陣から出てきた魔物を見て、ケイは一言呟く。

 魔法陣から出てきたのは、アスプやマノマンバのような巨大な蛇ではなかった。

 人間よりも少し大きいくらいの蛇の魔物で、どこの地域でもよく見る魔物たちだった。


「そこらにいる蛇の魔物だ! あんなの日向の兵なら相手にならないだろ?」


 魔法陣から出てきた魔物を見て、善貞が反応する。

 マノマンバほどの魔物を見た後だからだろうか、出てきた魔物の落差に興ざめしたような感覚を覚える。

 善貞が言うように、あの程度の魔物が数を増やしたところで、日向の者たちなら魔闘術を使うまでもなく倒せてしまうだろう。


「流石にマノマンバ以上の魔物は手に入れられなかったんだろ?」


「そうか……」


 そもそも、マノマンバ程の魔物が日向の国にいることの方がおかしい。

 ファーブニルもそうだが、どうやって手に入れたのか聞いてみたいところだ。

 どうやら、このまま自分の出番がないことに残念な思いがあるのか、善貞は残念そうに呟いたのだった。






◆◆◆◆◆


「おいっ、上重!! どうなっているんだ!? マノマンバ程の魔物まで殺られてしまったではないか!?」


 奥の手として出したマノマンバが、ケイの攻撃によってあっという間にただの毒蛇に変わってしまい、日向の兵たちによって斬り刻まれてしまった。

 東門も巨大蝮のヴィーボラを倒す寸前だ。

 そこも、もう魔物で対処するのは難しい。


「魔物の数ももう限界だぞ!? どうするんだ!? 貴様のせいだぞ!!」


 折角集めた魔物たちがどんどんと殺られて行き、もうたいして強くない魔物を出すしかなくなっている。

 そうなったら、城の中の兵を出して対応するしかなくなる。

 しかし、所詮は数で劣る身。

 城内の兵も、抵抗するよりも降伏する手段を取る可能性が高い。

 バカでもそれが分かっているのか、佐志峰は上重に喚き散らす。


「五月蠅い!! バカは黙っていろ!!」


「なっ……!?」


 追い込まれているのは上重も一緒だ。

 もう、城内へ攻め込まれるのは必定。

 ならば、どうすれれば生き残れるかを必死に考えているのに、バカが側で喚いたため、おもわず本音が出てしまった。

 上重のその言葉に佐志峰は顔を引きつらせ、一瞬場は凍った。

 バカで忠誠を誓っていなくても、佐志峰の方が立場は上。

 不敬により首を斬られても文句を言えない状況だ。


「貴様!! そこのお前!! こいつを……」


“ザシュ!!”


 この場にいるのは佐志峰と上重。

 そして、若い伝令役が1人いるだけだ。

 暴言を吐かれた佐志峰が、この場で上重を斬り殺そうと、その伝令役に斬首の命を告げようとした時、上重の刀が佐志峰の腹を斬り裂いていた。


「ぐはっ!! き、貴様……」


 腹を掻っ捌かれ、佐志峰は血を吐き出して床へと倒れ伏す。

 大量の出血を見る限り、もう長くはないだろう。

 部下による不意の一撃が信じられず、佐志峰は上重へ恨みがましい目を向ける。

 血だまりが広がる中、視線以外は動かなくなっていった。


「……殿は切腹なさった。首を斬り落とせ!」


「了解しました!」


 残り僅かの命であろう佐志峰に、上重は冷酷にその言葉を伝令役の者に告げた。

 それを聞いて、佐志峰は分かった。

 もう捕まるのは仕方がないこと。

 ならば、全ては佐志峰の指示に従ったことだと、上重は言い逃れるつもりなのかもしれない。

 伝令役の者もそれが分かったのか、腰の刀を抜いて倒れている佐志峰の側へと足を動かした。


「クックック……」


「……しぶといな。……気味が悪い、殺れ!」


 伝令役の男が首を斬り落とそうと構えた時、動かなくなった佐志峰が急に笑い出した。

 上重たちは一瞬驚いたが、所詮腹は斬り裂かれている。

 最期に恨みごとでも言おうとしているのかと、上重は伝令役にさっさと首を斬るように指示する。


「っ!? なっ!?」


「な、何だとっ!?」


 刀を振り下ろす前に、どこから現れたのか分からない蛇たちに、伝令兵は全身を包まれていた。

 とても首を斬り落とせる状況ではない。

 それに気付いた上重も、いつの間にかうじゃうじゃと集まって来た蛇たちに、足下から絡みつかれて動けなくなっていった。


「これまで懸命に馬鹿を演じてきたが、それもここまでのようだな……」


「「っ!?」」


 蛇たちに絡みつかれ、動けなくなっている上重と伝令兵が悶えていると、急に聞いたことも無いような声色の言葉が聞こえて来た。

 2人がその声の聞こえた方に目を向けると、ありえない現象が起きていた。


「…………と、…………の?」


「バ、バカな……!?」


 首を斬り落とす、落とさないの問題ではなく、もう死ぬはずの佐志峰がいつの間にか立ち上がっていたのだ。

 腹を斬った上重も、それを見ていた伝令兵も、あまりの出来事に信じられないといった表情に変わる。

 そして、立っている佐志峰の顔を見る限り、まるで斬られたことがなんてことないような顔をしていることに、異形の者を見ている気分になり、顔を青くして全身から冷や汗を流す。


「フッ! お前に斬られるまでもなく、佐志峰ならこの世にはもういない」


 そう言って、佐志峰は蛇のせいで動けなくなっている伝令兵の手から、刀をすんなりと奪い取る。


「この城に来た時から……な!」


「ぐふっ!!」


 言葉を吐きながら、佐志峰は奪った刀で伝令兵の心臓を刺し貫く。

 その一突きで、伝令兵は血を吐き出して絶命する。


「……食っていいぞ!」


 伝令兵の男が死んだの確認した佐志峰は、まとわりついている蛇たちに指示を出す。

 すると、その指示を待っていたかのように、蛇たちは伝令兵の死体に群がり貪り始めた。


「き、貴様が佐志峰様ではないというなら、何故影武者など……」


 城に来た時からとなると、何十年もの間影武者として過ごしてきたと言うことになる。

 たしかに佐志峰の顔を知っていた者は誰もいなかったが、まさか騙されていたとは思いもしなかった。

 例えそうだとして、何故長い間バカを演じて来たのか分からない。

 そう思い、上重は問いかけた。


「簡単だ。この国を潰そうと思ったからだ」


 この言葉を聞いたのを最後に、上重はこの世から消え去った。


「さてと、数はだいぶ減ったし、行ってみるか……」


 背後で蛇たちが食事をしているのを気にせず、佐志峰はそのまま城内を歩き出した。






“ゴゴゴゴッ……!!”


「んっ?」「何だ?」


 同竜城の門は、東西南の3方にあり、ケイたちがいるのは西門。

 東西の門は、大きさ的には大したことがなく、囲んでいる兵も逃走防止の意味合いが強い。

 普段は市民や商人が使うことが多い門であり、今の状況だと逃走用に使われる可能性がある。

 北は岩壁地帯になっているため、逃げるなどと言う行為はできない。

 他領からくる客人などを受け入れるのは一番大きい南門。

 ケイたちが見た時、南門は城内への侵入を阻止するために魔物の数ばかり目立っていた。

 他の門と比べると何倍もの数だが、兵たちの努力もあって、何とか全てを倒し終えることに成功する。

 そのため、他の門よりもいち早く城内へと侵入を試みようとしていたのだが、突如その城門が開きだした。


「兵でも出てくるのか?」


「いや…………」


 城門前にいる兵たちが城内にいる兵が突撃して来るのかと身構えるが、すぐに違うということに気が付く。

 

「一人? しかもあれは……」


 呟きの通り、城門が開いて立っているのは一人。

 身なりや聞かされていた顔の特徴を考えると、この男が城主の綱泉佐志峰であるということに兵たちが気付く。


「降伏か?」


「これだけ魔物を仕向けといてか?」


 一人で出て来たにしては、刀を帯刀している所を見ると降伏をしてきているようには見えない。

 しかも、多くの魔物を仕向けたことにより、兵士たちの被害はかなり甚大なものだ。

 降伏するような思いが少しでもある人間が、こんなことをするとは思えない。

 まさか、将軍家の血を引いているから、命だけは救ってもらえるとでも思っているのだろうか。


「綱泉佐志峰!! 神妙にその場にとどまれ!」


 開いた城門の前で何故か仁王立ちしている佐志峰に、部隊を指揮する隊長の男が声をかける。

 どういう理由だかは分からないが、出てきたのなら捕縛するだけのこと。

 情報では、佐志峰の剣の腕は大したことがないと聞いている。

 刀を差しているからと言って、魔物に比べれば何の脅威にもならない。


「捕縛しろ!」


「はっ!」


 こちらの指示に従っているのか、佐志峰は動く気配がない。

 そのため、隊長の男は部下数人に指示をして、佐志峰の捕縛に向かわせた。


「フッ!!」


 佐志峰を捕縛しようとしに向かった者も魔闘術の使い手のため、別に弱いという訳ではない。

 抵抗をしてこようと、佐志峰一人では何もできないと思っているのか、油断がなかったとは言えない。

 しかし、数歩手前と行ったところまで近付いた時、佐志峰が笑みを浮かべた。


“シャッ!!”


「ギャッ!!」「ぐあっ!!」「ぐへっ!!」


「「「「「なっ!?」」」」」


 一瞬の居合斬り。

 あまりにも見事な剣技になすすべなく、捕縛に向かった兵たちは血しぶきを巻き上げてその場へ崩れ落ちた。

 その光景を見た他の兵たちは、佐志峰の一撃に驚愕の表情へと変わる。

 日向の兵たちは、何年にも渡る訓練により剣技を磨いてきた。

 それによって、接近戦なら並ぶ者無しと言い切れるだけの実力を有している。

 その者たちから見ても、佐志峰の一刀は敵ながら見事というしかないほどのものだった。

 見ただけで、その実力が並ではないということが理解できる。


「貴様……!!」


 情報では酒と女、それに魔物集めという特殊な趣味に溺れ、ほぼ飾りの領主だと聞いていた。

 だが、先程の一刀は一朝一夕で手に入れられる物ではないと言う事が分かる。

 斯く言う隊長の男も、見ほれるほどの一撃に冷たい汗が一気に噴き出て止まらない。


「た、たった一人だ!! かかれ!!」


「「「「「お、おぉっ!!」」」」」


 佐志峰があれほどの実力を隠していたとは思わなかったが、所詮は一人。

 兵士たちに囲まれれば、成すすべなく斬り捨てることができるはず。

 そう判断した隊長の男は、捕縛ではなく佐志峰を斬ることを兵たちに指示した。

 兵たちも、先程の剣技で同じことを考えたのか、周囲を囲むように佐志峰へと走り出した。


「っ!? 何だ!?」


「と、止まれ!!」


 先頭を走っていた兵たちは異変を察知し、手指示によって後方の者たちに止まるように指示を出す。

 何があったのかは分からないが、それによって兵たちはその場に立ち止まった。


「……蛇?」


 気になったのは、佐志峰の背後だ。

 城内にはまだ多くの兵が残っていると思われるのに、何の声も息遣いも聞こえない。

 しかし、何か小さい物音だけは聞こえてくる。

 その違和感に戸惑って居ると、佐志峰の足下には一匹の蛇が近付いてきていた。


“ズ…………ズ………ズ……ズ…ズッ!!”


「……な、何だ!?」


 城の方から聞こえていた小さい音も、段々と大きくなってきている。

 何かが蠢くようなその音に、兵たちはその場から動けず、ただ何が起きているのか様子を窺うことしかできないでいた。


「行け!!」


“ドンッ!!”


「「「「「っ!?」」」」」


 佐志峰の小さい一言を合図にするように、城の内部から大量の蛇が噴き出してきた。

 数匹で集まった蛇たちは、まるで巨大な一頭の蛇のように蠢くと、上空へと跳び上がり、止まっていた兵たちへ向かってバラバラと降り注いでいった。


「うわっ!!「くっ!?」「このっ!!」


 まるで雨のように降り注ぐ蛇に、兵たちは撃退しようと刀を振り回す。

 しかし、数が多すぎるために全部の蛇を弾くことができず、何人もの兵が蛇の牙の餌食へと変わる。


「なっ!?」


 蛇たちの落下が治まると、数人の兵が毒にやられて動けなくなり、命を落とした。

 それだけなら、残念だが仕方なしと思えるところだが、動けなくなった者たちはそのまま蛇の集団に埋もれ、姿が見えなくなる。

 そして、兵たちを包み込んだ蛇たちは、そのまま佐志峰の側へと戻って行った。


「いいぞ!!」


“バリッ!! ボリッ!! グチャッ!!”


「…………く、食って……る?」


 佐志峰の言葉を聞いた蛇たちは、包んで持って来た兵たちのことを貪り始めた。

 その音だけで、兵たちがどうなっていっているのか想像できる。


「…………がっ………」「…………た……すっ…………」


 意識のないものはまだしも、中にはまだ息のある者もいたためか、小さいながらも悲鳴のような物が聞こえてくる。


「くっ!?」


「佐志峰!! 貴様!!」


 仲間が生きたまま食われている様を見せられ、兵たちは怒りが沸き上がる。

 しかし、近付けば自分も同じ目に遭うという悪夢が湧いて、一歩を踏み出すことがためらわれる。


「どうした? かかって来いよ!」


「「「「「おのれっ!!」」」」」


 兵たちが二の足を踏んでいるのが分かっていながら、佐志峰は手でクイッ、クイッと手招きをして挑発をする。

 それに怒り心頭に発した兵たちは、最悪刺し違えてでもと全力で佐志峰へと斬りかかって行ったのだった。


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