第155話

「おぉ、ケイが言った通りだ! アスプを少しずつ弱らせていってる!」


 南門の方は細かい魔物ばかりなので、どうにかなると思って見るのをやめ、八坂たち西地区の者たちがいる所へ戻ると、怪我を負わせることに成功したのか、アスプの動きが鈍くなってきていた。

 その代わり、犠牲になった兵の数はかなり多い。

 ケイの策を八坂が伝えたことにより、毒や睡眠で動けなくなる者はいなくなった。

 とは言っても、その俊敏性から尾による攻撃はかなり危険だ。

 その攻撃を食らって殺られた者が、アスプの側に何体も転がっている。


「このままいけば倒せるだろうが、まだ気を付けないと……」


「えっ?」


 日向の兵たちが有利なのは、一目瞭然となった。

 それを喜んでいる善貞と違い、ケイはまだ安心できないでいた。

 ケイのその呟きの意味が理解できず、善貞は首を傾げた。


「おっ!?」「あっ!?」


 どうやらアスプの一体を倒すことに成功したらしく、多くの兵が勝鬨かちどきを上げている。


「……まずいな」


「えっ? 何だって?」


 勝利の余韻に浸るのはいいが、どうやら彼らはアスプのことをよく理解していないようだ。

 そのため、喜んでいる彼らが危険だということに気付いていないことに、ケイは小さく呟いた。

 その呟きが聞き取れなかった善貞は、またも首を傾げた。


「ぎゃあ!!」「ぐわっ!!」


「何だ!?」


 呟きが気になった善貞が、ケイに顔を向けている間に、突如悲鳴のようなものが聞こえて来た。

 そちらに目を向けると、もう片方のアスプの様子に変化が起きていた。

 番の片方が殺られ、怒りで暴れ始めたのだ。

 毒の息や睡眠眼が通用しないと分かった為か、尾を使った攻撃を開始し、近寄る兵を吹き飛ばし始めた。

 その尾を振り回すことによって、兵がなかなか近付けなくなった。

 自分の側に群がる兵がいなくなると、先程まで勝鬨を上げていた兵たちの方へ一気に跳躍した。

 そして、勝利に喜んでいた連中は落下してきたアスプの重量に潰され、血を巻き散らした。


「アスプは番で行動する。だから片方がやられると、怒りで暴れ始めるんだ」


「……そうなのか」


 これまでの攻撃でかなり弱まっているはずなのに、アスプの片方はそれが嘘のように暴れ回る。

 その急変に、兵たちも慌てて距離を取ろうとする。


「ガアァーー!!」


 そんな彼らを、体中傷だらけのアスプが追いかける。

 そして、牙や尻尾で兵たちを一人また一人と仕留めて行っている。


「ヤバくないか?」


「大丈夫だ。ろうそくの最後の炎のようなものだ。これまで通り冷静に戦えば何とかなる」


 息を吹き返したようなアスプの暴れっぷりに、善貞は冷や汗を掻きながらその惨状を眺めていた。

 その気持ちも分からなくない。

 勝利を確信していたところで、突如息を吹き返すなど想像もしていなかったのだろう。

 冷静さを失い、兵たちはアスプから逃げ惑う。

 そのせいで、対処を間違えた兵が吹き飛ばされているのだ。

 しかし、それも少しずつ収まっていく。

 ケイが言うように、冷静になった兵がアスプに刀を突き立てる。

 それを見た者が後に続くように、対処できるようになっていったからだ。


「「「「「っ!?」」」」」


 アスプに関してはもう大丈夫だろう。

 わざわざ西地区の者まで呼んだ割には、あっさりと終わった。

 アスプの他に多くの魔物の死骸がある所を見ると、アスプの前に相手にしていたのだろう。

 しかし、アスプをもうすぐ倒せる今、結局ケイたちは何もしないで済みそうだ。

 そう思っていたケイたちだったが、突然大きな魔法陣が浮かび出した。

 そのことに、戦場にいる誰もが固まった。 


「くっ!?」「まただ……!」


 最初から戦っていた兵たちは、その現象に心当たりがあるのだろう。

 ざわざわとするその中から聞こえて来た言葉によると、初めてのことではないようだ。


「…………マノマンバだと?」


 出てきたのはまたも巨大蛇。

 その姿を見たケイは、思わず呟いてしまった。


「マノマンバ? あの蛇がそうなのか?」


 ケイの呟きが耳に入った善貞は、魔法陣から出現した魔物を見て問いかけてくる。


「あぁ……、マンバに手が生えている所からそう言われている」


「へぇ~」


 善貞の質問に答えるケイ。

 その答えに、善貞は納得と言ったような返事をした。

 ケイが言うように、魔法陣から出現した蛇には、小さいが2本の手のような物が生えている。


「クッ!?」「次から次へと……」


「あっ!? バカ!!」


 どうやら他の領から参戦している兵の呟きを聞くと、多くの魔物が魔法陣から出現し、その後アスプが出現、そして今マノマンバが出現したということらしい。

 倒しても倒しても出てくるため、城の中に入れないでいるらしい。

 しかも、日向では見ないような魔物のオンパレード。

 生体が分からないにもかかわらず、勇敢という名の無謀で、兵たちが出現したマノマンバに突っ込んで行った。

 それを見たケイは、最悪の行動だと思い声が出てしまった。


“ボンッ!!”


「「「「「っ!?」」」」」


 マノマンバの手が突っ込んでくる兵に向くと、強力な火炎が放出された。

 その炎によって、兵たちはあっという間に燃えて炭へと変えられる。

 それを見た兵たちは、みんな顔面が蒼白へと変わっていった。


「マノマンバは大陸の中でも強力な魔物だ。ついている手は飾りなんかじゃない。恐らく人間の魔法に対抗するために、自身の肉体を進化させたんだろう」


「その結果があの魔法?」


 ケイの説明を受けた善貞も、先程の魔法には引いている。

 魔闘術を使っているからといっても、あんなの至近距離でまともに食らえば、あっという間に原形のない炭へと変わるだろう。

 それが分かっていても至近距離で戦う以外の方法がないことに、日向の戦いには大きな欠点があると分かったことだろう。


「魔法には魔法。頭が良いのか、恐らくそう判断したんだろ……」


「あんなのどうしたらいいんだ?」


 これまでの魔物は至近距離でもなんとか戦う方法があったが、マノマンバに関しては近付くとそのまま死ぬことになる。

 それを覚悟で攻め込むなどと言う程、日向の人間は馬鹿ではない。

 みんな先程の魔法によって腰が引け、誰も近付こうとしなくなっている。


「遠距離には遠距離だ。かと言って、大砲で攻撃するにしても何十発と放たなければ怪我を負わせるなんてことは不可能だろう」


「じゃあ……」


 いくつもの大砲を使って、タイミングを計って攻撃すれば怪我を負わせることは可能だ。

 しかし、それでマノマンバを倒すとなると、弾が幾つあっても足りない。

 そうなると、包囲している軍の方が完全に手詰まりの状況になってしまった。

 この状況に、善貞は逃げた方が良いのではないかと言おうとした。


「俺が行くしかないな……」


「えっ?」


 逃げるしか生き延びる方法がないと思った善貞とは違い、ケイはどうしたら勝てるか考えていた。

 しかし、この国で遠距離戦闘となると大砲ぐらいしかない。

 それでも大ダメージを与えられないのだから、魔法が得意なケイが出て行くしかない。


「八坂殿! 俺が奴を何とかするので、話を通してもらえませんか?」


「ケイ殿!? 策がお有りか?」


 ケイもマノマンバなんて強力な魔物を相手になんてしたくないが、西地区の平定のためには倒さなくてはならない。

 自分なら何とか出来ると思ったケイは、八坂へと声をかけた。

 勝手に行動すると死人が増えるだけなので、先に他の兵に行動を控えるようにしてもらう。

 そうするには八坂に頼むのが早い。

 策があるようなケイの口ぶりに、八坂は喜色を浮かべた。


「えぇ……。ですので、誰も動かないように伝えてもらえますか?」


「了解した!!」


 はっきり言って、マノマンバ相手に日向の兵は何もできない。

 策があるなら飛びつくしかない。

 八坂もそれが分かっているのか、前の時と同様に隊長らしき者のいる所へと走っていった。


「誰だ?」「異人?」


 1人戦場を歩くケイに、日向の剣士たちは何をするのかと呟く。

 突如現れたマノマンバと呼ばれる魔法を使う蛇の相手に、成す術がない日向の兵たち。

 日向に来て分かったことだが、日向の剣士たちは魔法に弱い。

 美学だか何だか知らないが、それが今顕著な欠点として表れている。

 このままでは、いつまで経っても城にいる綱泉と上重を捕えることができない。

 仕方がないので、ケイは一肌脱ぐことにした。


「八坂様。ケイはどうするのでしょう?」


「う~む……、私にも分からないが、ケイ殿なら何とかしてくれるだろう」


 ケイがいなくなったため、ケイの従魔のキュウとクウと共に後方で控える善貞。

 見たこともなく、どう対処しなければならないかも分からない魔物に1人で挑むなんて馬鹿げているが、ケイがとんでもない強さだということは、善貞は知っている。

 それに、魔物の対処法の説明は、分かりやすく的確だった。

 マノマンバとか言う魔物を相手にするのにも、きっと何か策があるのだろうと内心考えていた。

 それは八坂も同じらしく、とりあえずは黙って見ているつもりのようだ。


「マノマンバは魔法を使う魔物……」


 対処法が見つからない日向の兵たちを下げ、1人マノマンバへと近付くケイ。

 その歩を進めている途中、頭の中で浮かべたマノマンバの特徴を小さく口に出す。


「他の蛇の魔物と同じく、牙や尻尾の攻撃が危険。それ以上に、巨体に似合わず発達した手のような物から繰り出される魔法が危険……だったかな?」


「シャーー!!」


 特徴を呟きながら歩いていたケイは、先程放った魔法の射程距離ギリギリの所で足を止め、マノマンバの顔を見上げる。

 先程の魔法で焼いた兵を食していたマノマンバは、新たな獲物に威嚇の声をあげる。


「シャーー!!」


「っと!?」


 威嚇に対して何の反応を示さず、ずっと自分を見上げているだけのケイに、ジッとしていることが我慢できなかったのか、マノマンバの方が先に動き出した。

 尻尾を振って叩き潰そうとしてくるマノマンバの攻撃に、ケイは余裕を持って横へと回避する。


「シャー!!」


「こっちが狙いか?」


 尻尾の攻撃を躱したケイだったが、そこにはマノマンバの牙が迫っていた。

 どうやら尻尾を躱されることを見越していたようだ。

 だが、ケイはその攻撃にも慌てる事無く対処する。

 マノマンバの毒は神経毒。

 食らったら、ケイでもあっという間に行動不能に陥ってしまう。

 そのため、迫り来る牙から逃れるように、ケイは後方へと飛び退いた。


「なるほど……コンボ攻撃ってわけか?」


 躱したケイが見たのは、マノマンバについている手に魔力が集まっている姿だ。

 尻尾で潰せればそれでよし、躱されたなら牙で仕留める。

 それもダメなら魔法で攻撃。

 尻尾と牙の攻撃で、いつの間にか距離が縮まっていたのも計算通りなのかもしれない。

 魔法を放てる頃には射程圏内に入っていた。


「流石にこのコンボは載ってなかったな……」


 先程の神経毒の情報も、先程も呟いていたマノマンバの特徴も、全部エルフの魔物図鑑に描かれていた情報だ。

 エルフはどういう訳だか非殺生を掲げていた。

 ケイにはそれが馬鹿げたルールにしか思えなかったため速攻で無視することにしたが、弱いなら弱いなりに工夫を凝らしてきたのかもしれないと今では思っている。

 それが魔物の図鑑だ。

 アンヘルが持っていた物だが、色々な魔物が描き記されていた。

 噂から仕入れた特徴を記したものも混じっていたが、大体書かれていたのと特徴は同じだった。

 情報は力。

 前世の情報社会のことを思いだし、自然とその言葉が浮かんできた。

 そう考えると、自分たちの厳しい境遇に陥りながらもここまでの情報を仕入れた昔のエルフたちには、称賛したい気持ちになる。

 だが、戦うよりも逃げることを優先していた先代たちからすると、尻尾の攻撃で殺られる可能性が高いので、コンボなんて関係なかったのかもしれない。

 図鑑のマノマンバの説明の欄にも、コンボのことなんて記されていなかった。

 そのことを、ケイは愚痴るように呟いた。


「でも……十分有益な情報ばかりだ」


 先代たちの記した図鑑には、ケイも何度か助けられた。

 特に、転生したての頃、アンヘル島にいる魔物の情報は役に立った。

 情報から対策を練って戦うことも出来たし、毒の有無なんて、毒消しが無いような当初の状況では、厳重警戒するべきことが分かっているだけでも貴重だった。

 そのような恩恵から考えると、このようなコンボが書かれていない事位、今のケイにはなんてことないことだ。


「特に……」


 マノマンバは魔法を放つ寸前。

 それに対し、ケイはいつもの2丁拳銃を抜いて構える。

 魔法勝負になったら、エルフの自分に勝てる者などいない。

 それくらいの自信が持てるくらいに、訓練を重ねてきたつもりだ。

 魔物で魔法を使う種類は結構多い。

 当然その魔法の威力に強弱はあるが、大体が似たような特徴がある。

 それが魔力コントロールの速度だ。

 マノマンバを例に挙げるならば、威力ある魔法を放つのに、手に集まる魔力速度がかなり遅い。

 尻尾や牙の攻撃をしてきたのも、その魔力が集まる時間を稼ぐのが目的な部分もあるのかもしれない。


「手を欠損したマノマンバは、魔法が使えなくなったという一文には……」


 先程の独り言の続きを呟きながら、ケイは銃に魔力を集める。

 マノマンバとは違い、ケイが魔力を集める速度はあっという間だ。


「ねっ!」


“ドンッ!!”


 台詞の最後の言葉と共に、ケイはマノマンバよりも速く魔法を放つ。

 2丁の拳銃から同時に放たれた巨大で高威力の魔力弾は、一気にマノマンバへと飛んで行った。


「っ!?」


 魔法を放つ寸前に飛んできた魔力弾に、マノマンバは驚き目を見開く。


「っっっっ!!」


 予想外の反撃に対応できなかったマンバは、ケイが放った魔力弾の直撃を食らって血を噴き出す。

 その痛みに、マノマンバは声にならない悲鳴のようなものを漏らした。

 怪我を負わせたのは2本の手の部分。

 胴体に付いた根元の部分に直撃を受けて、見事に2本とも吹き飛んで行った。 


「これで魔法は使えないだろ?」


 図鑑通りであるならば、マノマンバはあの手があるから魔法が使えるのだ。

 人間についているあの形状の物が付いていれば、自分たちも魔法を使えると思ったのだろう。

 恐らく、魔法を使う人間を参考にしてそのように進化したのかもしれない。

 魔法はイメージが大切。

 手があるから魔法が使えるというイメージがあるから、手がなければ魔法は使えないとマノマンバは思ってしまうのだ。


「後は、牙と尻尾に気を付けて皆さんにお任せします」


「「「「「お、おぉー!!」」」」」


 戻ってきたケイによって、マノマンバが魔法が使えなくなっと知った日向の兵たちは、これで怖い物はないと言うかのように、気合の声をあげると共にマノマンバへと攻めかかって行った。

 魔法を失ったマノマンバなら、このままケイでも倒せるが、異人の自分が手柄の独り占めは後々面倒になるかもしれない。

 そのため、後は彼らに任せ、ケイは善貞たちの下へ戻って行った。


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