第157話

「んっ? 南門が騒がしくないか?」


 ケイたちがいるのは西門。

 現在は出現した魔物を他の兵が倒しているので、見ているだけですることがない。

 八坂が率いている西の領の者たちは、魔物の脅威も無くなったために数を合わせるための招集へと変わっている。

 アスプへの対処法や、マノマンバへの攻撃をしたケイを連れてきたとことによる功労があるからか、この状況でも八坂たちは特に気にしていないようだ。

 善貞だけは何もすることがないのが不満そうだが、数日前に起きた坂岡との戦いで消耗した兵たちの考えると仕方がないと諦めていた。

 そんな中、することもなく周囲を眺めていた善貞が、いち早く南門の方の騒がしさに気が付いた。


「突入を開始したのかもな……」


 兵たちには、最初に開いた門から城内への突入を開始する手はずになっている。

 そのため、何か動きがあれば報告が来て現場待機に移るはずだ。


「っ!?」


 魔物の数はかなりのもので、突入するにはかなりの時間がかかるとは思ってはいたが、恐らく突入が始まったのだろうとケイも高を括っていた。

 そのため、南門の方には特に探知を広げていなかった。

 しかし、報告が入るよりも先に情報を得ようと、ケイは南門の方へと探知を広げてみた。

 すると、状況を確認した瞬間に目を見開いた。


「どうした? ケイ殿……」


 ケイの反応に気が付いた八坂は、何があったのか分からず問いかける。

 西門では何も起こる気配もないのに、焦った様子をしたのが気になったようだ。


「まずい! 南門で何者かが暴れている!」


「えっ?」


「何っ!? どういうことですか!?」


 ケイとは違って遠くまで探知を広げることができないからか、短い説明だけでは全部を理解できる訳もない。 

 珍しくケイが慌てていることに、善貞は首を傾げ、八坂は驚きつつも問いかけてくる。


「南門で異常事態が発生!! 念のため半数を残し、残りは南門へと向かえ!!」


「どうやら報告が入ったみたいだな?」


 ケイが説明する前に、部隊を仕切る者にも報告が入ったようだ。

 それによって、逃走防止のために残る部隊を残し、他は南門への援護に向かうことになった。


「我々はどうすればいいのですか?」


 八坂率いる西領の者たちは、後からの参加組。

 参加するにあたって、ある程度場面場面の立ち振る舞いの説明を受けていたはず。

 ケイがマノマンバへ攻撃したのは、いわば突発的な行動でしかなかった。

 そのため、ケイはとどめまでは刺さず、魔法を封じただけにとどめたのだ。


「この場合、我々は順位的には逃走防止の役が一番上に来ます。そのため、ここで待機になると思われます」


「……それはまずいな」


 後発組は、城へ攻め込む部隊から上手くすり抜けて逃走しようとする者の捕縛が最大の役割だ。

 南門がどういう状況かは詳しく分からないが、基本その役割は変わらない。

 そのため、この場に残る半数とは、大体が八坂率いる西領の者たちになる。

 八坂からそのことを聞いたケイは、眉間にシワを寄せて思案する表情へと変わる。


「……というと?」


「暴れているのがまともじゃない! マノマンバよりも危険な奴だ!」


 南門で暴れている者の力をしっかりと分析したわけではないので分からないが、簡単に見積もってもマノマンバ以上だ。

 いくら多くの兵を集めているとは言っても、かなり危険な相手のように思える。

 場合によっては、全滅させられてしまうのではないかと不安になって来る。

 ケイが敵と味方の戦力を考え、勝てるかどうかの計算をするが、確信持って勝つと言いきれない。


まことですかっ!? …………ならば、ケイ殿だけでも向かってください!」


 ケイの言葉に、八坂は事の重大さに気が付いた。

 そして、僅かに逡巡した後、ケイだけを南門へと向かうことを勧めてきた。


「……宜しいのですか?」


 ケイは八坂の食客としての参戦という形になっている。

 本来なら、八坂同様この場に待機するのが筋なのだが、八坂は南門へ向かうことを許している。

 そうなると、これまでここの指揮を執っていた男との係わりが問題になって来る。

 逃走防止に集めただけの八坂たちに、勝手をされては不快に思われる可能性がある。

 今後のことを考えれば、勝手をして余計な軋轢を作るようなことはしない方が良いかもしれない。

 そう思って、ケイは確認の問いをした。


「大丈夫です! 隊長の男は知り合いですので、すぐに伝えてきます!」


 どうやら、聞いていた通り八坂は顔が広いのかもしれない。

 隊長の男と知り合いだというなら大した問題はないだろう。

 ケイへ答えを返すと、八坂はすぐさま隊長の男の所へと走って行った。


「ケイ……」


「流石にお前は連れていけない。それ程の相手だ。キュウたちとここにいろ!」


「わ、分かった!」


 自分の実戦での戦闘を見せて何か感じてもらえればいいと思って連れてきたが、南門の敵のことを考えると、善貞を連れて行くのは躊躇われる。

 そのため、ケイは自分の従魔であるキュウとクウを側に置いて、善貞をこの場に置いて行くことにした。


「ケイ殿! 話は付けました。隊長の西厚にしあつには簡単ながら説明して了承を得ました。彼に付いて行ってください!」


「了解した!」


 伝えに行っていた八坂が走って戻ってくると、捲し立てるように説明をした。

 どうやら、八坂が指さした西厚とか言う男に付いて行けば良いらしい。

 それを受けたケイは、西厚とやらの方へ向かって走り出した。


「よく相手の方は受け入れてくれましたね?」


 ケイを見送った所で、善貞が八坂へ問いかける。

 知り合いだったとしても、戦場では勝手な行動は味方を危険にさせる可能性が高いため、ケイの同行を断られる可能性は十分にあった。

 八坂の言って戻ってくる時間の短さを考えると、それが結構すんなり通ったように思われる。

 善貞がそう思うのも仕方がないことだ。


「マノマンバの件があったからすんなりいったのだ。結局はケイ殿自身のお陰だ」


 善貞の問いに、八坂は答えを返す。

 アスプの時の戦闘方法の提案や、マノマンバの魔法を封じた件があり、西厚の中で八坂の意見は聞くべきものだと判断していた。

 そのため、意見がすんなりと通ったのだ。

 しかし、その裏で八坂の説得の仕方も良かったのかもしれない。


「ケイ殿を連れて行けば必ず役に立つ! それどころか、多大なる功労を手に入れることができるはずだ! 何なら最初から西方殿の食客ということにしてもらってもいい。だから彼を連れて行ってくれないか?」

 

 八坂のこの言葉と、ケイがマノマンバの腕を吹き飛ばした印象が強かったからか、西厚はすぐに受け入れることにしたのだ。

 あれほどの実力の食客なら、南門の方でもきっと役に立つのは目に見えている。

 八坂とは仲はいいが、異人に頼るのはどうかという思いも僅かにあった。

 だが、功を全て譲ってくれるとまで八坂に言われたら、断る理由もない。

 そのため、西厚があっさりとケイを受け入れることにした。

 しかし、この事をケイたちが知るのは、後になってのことだった。






「何だ? これは……」


 八坂の配慮もあって、西厚率いる他の隊と共にケイは南門へと向かった。

 そして、たどり着いた時には、多くの日向兵が蛇に纏わりつかれていた所だった。

 その様子に、ケイと共に来た兵たちは疑問の声をあげる。


「あいつが操っているのか……?」


 まだこの場に着いたばかりのため、現状を理解できない西厚の兵たち。

 ケイも分かっている訳ではないが、誰がこの状況を作り上げているのかはすぐに分かった。

 城の内部から、ゾロゾロと溢れるように蛇が出現しているのにもかかわらず、1人の人間の周りには綺麗な円を描くように蛇が近付かないでいる。

 その者が、蛇を使って近寄る兵に差し向けているのだと予想できた。


「っ!? 奴が綱泉佐志峰です!!」


「奴が!?」


 この城の周囲に集まった兵たちは、元をただせば綱泉と上重を捕縛するのが目的である。

 たったそれだけのために大量の軍が城を包囲をしたのだが、降伏をするどころか魔物を使った徹底抗戦をしかけてきた。

 異常な種と数の魔物によって侵入を困難にさせられたが、その捕縛対象の1人が姿を現したということになる。

 だが、それも解せない。

 話だとバカ大名と密かに言われている綱泉佐志峰が、何故1人で現れ、何故大量の魔物を操っているのか疑問に思えてくる。


「蛇が……」


 佐志峰に操られている蛇の魔物たちは、近付く兵に纏わりつくと、噛みつき・締め付け、捕まえた兵をすぐに戦闘不能へと追い込んで行っている。

 しかも、


「く、食っているのか?」


 蛇によって戦闘不能に追い込まれた兵は、そのまま纏わりついたままの蛇たちに襲い掛かられている。

 そして、小さな悲鳴のような物が聞こえると、蛇たちの隙間から血が噴き出し、食い散らかされていった。

 まだ意識があるのにもかかわらず食われていく悲惨な姿に、他の日向の兵たちは顔を青くする。

 佐志峰に斬りかかりたいが、近付く前に蛇に止められて自分も同じようになるのではと、映像が頭に浮かんでいるのだろう。

 攻めかからなければならないのは分かっていても、二の足を踏んでしまっている。


「どうした? かかって来ないのか?」


 段々と近付こうとする兵がいなくなり、佐志峰はヘラヘラとした笑みを浮かべて挑発するような発言をしてくる。

 思いを逆撫でするようなその態度に、誰もが怒りを覚える。

 しかし、一気に攻めかかるならまだしも、バラバラに行こうものならあっという間に蛇たちの餌食になりかねない。

 それを考えると、どうしても攻めかかることができいない。


「おのれー!!」


「あっ!」「おいっ!」


 佐志峰の先程の態度やの、仲間が生きたまま食われていくことが耐えられないのか、中には無謀にも斬りかかって行く者もいる。

 今も仲間たちが止めるのも聞かずに佐志峰へと1人の兵士が向かって行った。


「「「「「シャーー!!」」」」」


「くっ!? くそっ!!」


 飛び出した兵は、寄って来る蛇を斬りながら佐志峰へと迫る。

 しかし、佐志峰に近付けば近付くほどに寄って来る蛇の数は増えてくる。

 一旦引き、勢いを付けてもう一度斬りかかろうとするが、その時には周囲を蛇に囲まれており、もうその場で刀を振り回して対応する以外出来なくなっていた。


「ぐっ、ぐあっ!? ぐあーー……!!」


 その場から動けなくなると、もう蛇たちが纏わりついてくるのを止められず、ジワジワと蛇たちが集まって来て兵を動けなくしていった。

 そして、その兵はそのまま悲鳴と共に蛇に喰われて行った。


「勇敢と無謀は違うものだよ。君!」


 顏の部分だけ埋もれず、悲鳴を上げながら喰われて行っている兵に対し、佐志峰は目を向けて忠告するように言葉をかける。


「調子に乗ってるな……」


「おのれ!! 佐志峰ー!!」


 その様子を見ていたケイは、余裕の態度で囲んでいる兵を眺めている佐志峰の態度に、イラつきを覚える。

 側にいる西厚は、八坂とは違い激情家のきらいがあるようだ。

 先程の兵のように、感情に任せてツッコんで行くかもしれない様子に、ケイもちょっと不安に思えてくる。


「「んっ?」」


 佐志峰の前で何もできずにいる日向の兵たち。

 しかし、このまま睨み合っていても事態は進まない。

 どうするべきかと誰もが考えていたところ、数人の人間が軍の一歩前へ出てきた。


「んっ? ほぅ……異人か?」


 その出てきた者たちを見て、佐志峰は意外そうな表情に変わる。

 元々、日向は日本の江戸時代のように閉鎖している訳ではない。

 しかし、港町があまりないため入ってくる大陸の人間は少なく、来るといえば大陸とは違う異文化を味わうくらいの感覚の者が多い。

 商人も、日向内で出来上がっているネットワークに入って行くには、かなりの時間と労力がかかると踏んでいるため、港間で取引をすることでウィンウィンの関係を保つようにしているようだ。

 つまり、日向内で大陸の人間に会うことは少ないが、全く皆無という訳でもない。

 日向の要人とかかわりのある大陸の冒険者もいない訳ではない。


「恐らく、彼らは大陸の冒険者です」


「冒険者……」


 彼らの姿を見たケイは、すぐにそうだと分かった。

 姿や装備している武器を見れば、大陸の人間ならだれでも判断できる。

 しかし、日向の人間だと顔立ちの違いに目が行き、異人ということ以外見ただけでは分からないのかもしれない。

 西厚も同じらしく、ケイの説明に小さく呟いた。


「行くぞ!!」


「「「「おうっ!!」」」」


 佐志峰だけでなく、他の日向の人間も見つめる中、その冒険者たちは一気に走り出した。


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