第154話

 西の領地を任されている綱泉家。

 その有名な大名家が住んでいるのが、奧電の町の北にある同竜城と呼ばれる城だ。

 その周囲を、現在多くの兵が囲っている。

 どこの兵も出世目当てで我先にと城へ攻め込もうとしたのだが、城から解き放たれた魔物に多くの兵が散っていった。

 招集された八坂が仲間の兵と共に戦場へ向かうと、他領の兵たちが城の周りにいる数体の魔物と戦っていた。


「……アスプか?」


 連合軍の兵が戦う姿を、離れた場所からケイは見つめた。

 ケイが呟いたように、兵たちが戦っているのはアスプといわれているコブラに似た蛇だ。


「このっ!!」「おりゃー!!」


 数人の兵士が、魔力を纏って魔物へと斬りかかる。


「クッ!!」「速いっ!!」


 兵たちが刀で斬りかかるが、その攻撃は空を斬る。

 その魔物は俊敏で、跳ぶように戦場を動き回っている。

 その動きに付いて行けない兵たちは、必死に魔物の姿を追いかける。


「シャッ!!」


“カッ!!”


 動き回っていた魔物は、一旦止まると兵たちに視線を向ける。

 そして、その魔物は気合のような声と共に、兵士たちへ向けた眼が一瞬光る。


「くっ!?」「何……を……」


 魔物が動きを止めたのを好機と思い、距離を一気に詰めていたのだが、その眼を見てしまった兵たちは何故か動きが鈍っていく。

 そして、そのまま兵たちはバタバタと倒れ、そのまま眠りについてしまった。


「睡眠眼か!?」


 仲間が急に眠りについてしまったことで、蛇が何かしたことに気付いた。

 魔物の中には特殊な眼を持つ者がいて、その中には視線だけで眠らせてしまう場合がある。

 この魔物は、その特殊な眼を持っているようだ。


「この野郎!!」


「あっ!?」「おいっ!!」


 魔物のすぐ側で眠りについてしまった仲間を救い出そうと、血気に逸った者がいる。

 それを止めようと、数人が続くように追いかける。


“ボカンッ!!”


「「「「「っ!?」」」」」


 アスプは、尻尾を振って眠りについた兵を、駆け寄る集団に向かって吹き飛ばす。

 飛んで来る仲間をそのまま避ける訳にはいかないため、兵たちは受け止めようとするが、人間ほどの物体が高速で飛んで来た時の衝撃はとんでもなく、受け止めた者たちもそのまま吹き飛ばされる。

 そして、飛んできた者を救おうとした兵たちを巻き沿いにして、2、3人下敷きになった。

 全員が衝撃によって気を失ってしまい、そのまま動かない。


「くそっ!!」


“ボワッ!!”


「ぐあっ!?」「なっ!?」「毒……!?」


 戦っているアスプは一匹ではない。

 基本アスプは、番で行動する魔物だ。

 つまり、もう一匹が近くで他の兵と戦っている。

 どっちが雄だか雌だか分からないが、それは別に関係ない。

 睡眠眼を使った方とは別のアスプが、口から緑色した息を吐きだす。

 至近距離で戦うしかない日向の兵たちは、危険を感じたのかそれを躱そうとするが僅かに吸ってしまう。

 そして、それを吸ってしまった者たちは、血を吐き出して崩れ落ちていった。

 その結果から分かるように、緑色の息は毒の息だった。







「あれの相手はきついな……」


 日向の兵士たちが戦っているのを遠くから眺めていたケイは、独り言のように呟く。

 斬りかかっている兵の実力は低くない。

 それは魔闘術を使える時点で分かっていることだが、やはり遠距離攻撃をできる者がいないようだ。

 出来ないというより、やらないという方が近いのかもしれないが、睡眠眼なんて使う相手に戦うのはかなりきつい。


「ケイ殿ならどう戦いますか?」


 ケイが呟いたのを隣で聞いていた八坂は、アスプと戦うための方法をご教授願おうとした。

 自分たちも、今戦っている兵士と大差がない実力の持ち主たちだ。

 同じような末路になる映像が頭をよぎった。


「睡眠眼と毒の息は危険ですね。しかし、魔闘術を使える日向の剣士たちなら、対処法はあります」


「左様ですか!?」


 至近距離で戦うしかない日向の兵では、死地へ飛び込まなくてはならないことになる。

 息を止めて一瞬だけ迫り、攻撃をして退くという戦法もあるが、あのアスプの俊敏性では捕まえきれないだろう。

 そうなると、誰かを犠牲にして他の者が攻撃をするという手段しかない。

 八坂も恐らくそのような方法を考えたのだが、実行に移すには非情にならなければならない。

 その決断ができるか悩ましく感じた所に、対処法があると言ったケイに強く反応した。


「顔を布一枚纏うようにして魔力の壁を作ります。そうすればあの程度の睡眠眼と毒は防げるでしょう」


「それはかなり難しいのでは?」


 もっと言えば、魔力を眼鏡とマスクのようにして毒と睡眠を防ぐのだが、イメージが重要なので、ケイは顔全体に魔力を多目に覆うことを勧めた。

 しかし、どちらにしてもかなりの魔力コントロールが必要になって来る。

 魔闘術の上に、更にもう一枚魔力を覆うとなると、言われてすぐにという訳にはいかない。

 そのため、八坂は全員がそれをやるのは難しいと判断した。


「かなりの練度が必要かもしれませんね。しかし、練習している時間はありません」


 魔闘術を使えるということは、魔力コントロールがかなりのものということ。

 それでも難しいのは、言っているケイも承知の上だ。

 だが、魔力を体から離すことを練習不足……というか全然していない日向の兵たちでも、もう一枚自分の身に纏うということはできるはずだ。


「ゆっくりでも魔力膜を覆ってから戦うのが最適でしょう」


 魔闘術が使えても難しいだろうが、多少の時間をかければ恐らく日向の人間は使える。

 体から離す訳ではないので、維持することの方は難しくはないはずだ。

 数人が遠くからアスプの気を引いているうちに、顔に魔力を覆い。

 それができた者から攻めかかっていけば、なんとかできるかもしれない。


「それも、アスプに追いつける者を優先した方が良いでしょう」


「なるほど……」


 年齢的には近いが、八坂とケイでは魔物と戦っている経験が確実に違う。

 ケイの魔物を見抜く目とその対策方法に、八坂は感心したように頷いた。


「ケイ殿の策を他に伝えてきてもよろしいでしょうか?」


「いいですけど……どちらへ?」


「兵を指揮している者の所へ」


 自分の所の兵を減らさないようにしたいのは、他の領地の者たちも一緒だろう。

 だから、きっとこの方法を聞けば喜ぶはず。

 他領の兵だからといって、黙っていて犠牲者を量産する訳にはいかない。

 八坂はケイから了承を得て、そのまま指揮をとっている者がいると思わしい集団の方へと向かって行ったのだった。


「甘いな……」


 ケイは、策を教えずにいても犠牲になるのは他領の兵なのだから、放って置いて手柄を横取りできる機会を窺うのも有りだという思いがあった。

 他領の者よりも、ケイとしては妻とのつながりのある西の領地。

 そこを重視した戦いを考えてしまうが、八坂はそうではないようだ。

 ここの領地のことも気になるが、他領の兵でも命は大切だという思いが強いのかもしれない。

 そんな八坂が、自分には利がないことをしに行ったのを見て、ケイは仕方がないと言うかのように笑みを浮かべた。






◆◆◆◆◆


「ハーハッハッハ……!!」


 他領から来た兵たちが懸命に城へと進入を試みているが、魔物たちによって押し返されている。

 それを、城の主である綱泉佐志峰が、天守閣から眺めながら高笑いをしていた。


「見ろ上重! 俺が集めた魔物たちに何もできずにおるわ!!」


「左様でございますね」


 傍らに控えている上重も、佐志峰と同じく今の現状に満足している。

 上重の予想以上に、佐志峰が集めた魔物たちは役に立っていた。

 金ばかりかかる余計な趣味だと、佐志峰がいない所で愚痴ってばかりいたが、こんな時に役に立つとは思ってもいなかった。

 つい数日前は、


「セルピエンテだけでなくファーブニルも殺されただと? 貸せと言うから貸してやったというのに、おのれ上重!!」


 このように珍しく立腹していた。

 いつもは女たちと共にバカ騒ぎをしているだけのお飾り殿様だが、やはり魔物のこととなると話が違うようだ。

 今にも上重に切腹を申し付けそうな勢いだ。


「しかも、俺が首謀者ということになっているではないか!?」


 将軍家からの書状には、この事件を起こした沙汰を下すため、都へ参じるようにとの命令が書かれていた。

 そこには首謀者の綱泉、そして共犯として上重の名前が書き記されていた。

 それも腹を立てている原因だ。

 趣味で集めた魔物を貸しただけなのに、何故か首謀者ということになってしまっていて、しかも、弁解をすることもさせてもらえないようだ。


「おのれ!!」


「お待ちください!」


 あまりの怒りで、佐志峰は刀に手をかけた。

 この場で上重を斬り殺して、鬱憤でも晴らそうという考えなのかもしれない。

 しかし、その短絡的な発想をした佐志峰へ、上重は待ったをかける。


「殿と私が生き残る方法がまだあります!」


「何っ!?」


 これまで訓練をしたこともない癖に刀を抜きかけた佐志峰に対し、上重は必ず食いついてくるだろうと言葉を発する。

 案の定、佐志峰は刀を抜くのをやめて、上重の話を聞く気になった。


「これから我々は籠城いたします!」


 上重は佐志峰のことを良く知っているので、端的に答えた。

 佐志峰には長く説明しても頭に入らないと分かっているからだ。

 地位は下でも、内心では完全に上から見ているのだ。


「……籠城してどうなる? それよりも、大陸へ逃げた方が良いのではないか?」


「八坂のことです。もう反倉の町へも手配が回っているでしょう。町に入った時には捕まってお終いです」


 城の外は、もう兵により包囲・監視されている。

 普段出入りしている者も、中には当然入れず、外に出ようにも身分を確認されて出にくい状況になっている。

 強行突破という手もあるが、それが成功しても反倉の町で捕まってしまうだろう。


「大人数で行けば……」


「その場合、この城を出た時点で外の兵が動きます」


 大人数で城から出ようとすれば、敵兵たちに違和感を覚えられる。

 そして、いざ脱出となったら西への通行は阻止されるだろう。


「ぐ、ぐう……、ではどうするのだ!?」


 城から出ての逃走は、もう完全に不可能という状況。

 それすらも説明しなければならないことに、上重は内心面倒に思いつつも、一つ一つ説明していく。

 そして、その説明によって、むしろ都へ行く以外に城から出る術がないということに歯噛みするが、上重は籠城すると言っていた。

 恐らく何か策があるのだろうと、やけ気味に策を聞くことにした。


「籠城すれば、将軍様は他領からこの城へ軍を攻め込ませるでしょう」


「どうしようもないではないか?」


 他領からの軍。

 それを聞いてだけで佐志峰は腰が引ける。

 好き勝手に生きてきたため、佐志峰にとって戦いというものとはとてつもなく縁遠い。

 それでも、どこの領の軍もレベルの高さはかなりのものだということは分かっている。

 城内にいる500にも満たない兵しかいない自分たちが、何千、何万という軍を相手に勝てるわけがない。


「その全軍を叩き潰し、殿こそが将軍の座にふさわしいと日向全土へ知らしめるのです!」


「…………そんなことができるのか?」


 数で完全に負けているのに、上重は自信満々の顔で話してくる。

 佐志峰は、自分よりも何倍も頭の良い上重がそんな表情をしているため、何か理由があるのだと思い、それを尋ねることにした。


「アスプとヴィーボラ、その他、殿のコレクションを犠牲にする許可を頂きたい」


「何っ!? あれらは……」


 犠牲にする。

 つまりは、軍に魔物をぶつけるということ。

 折角集めた魔物を、これ以上殺されるなんて忸怩たるものだ。

 しかし、その策をよくよく考えると、たしかに勝てる可能性があると思えてきた。


「………………やれ」


「はい?」


 そう思うと、魔物をぶつけるという策しか、もう生き残る方法はない。

 そう考えた佐志峰は小さい声を漏らした。

 その声が小さすぎて、上重は確認のためもう一度聞き返した。


「やれ!! 全軍叩き潰し、我が征夷大将軍になるのだ!!」


「了解しました」


 思った通り、自分の策に乗った佐志峰に、上重は頭を下げて笑みを浮かべたのだった。 






◆◆◆◆◆


 城の天守閣で佐志峰が調子に乗っていることなど知らず、日向の兵たちはアスプに手こずっていた。

 しかも、城の外にいるのはアスプの一種類ではない。


「あっちはヴィーボラか?」


 ヴィーボラという魔物は巨大な姿をしている蝮のことだ。


「どう戦ったらいいんだ?」


 魔物の勉強もかねて、ケイはキュウとクウを伴った善貞と共にヴィーボラと戦う兵たちの様子を眺めに城の南側へ来た。

 西側と同じく、魔物の相手に手こずっているようだ。 

 アスプの時同様、善貞はケイに戦い方を教わることにした。


「毒が危険だな……」


 蝮の毒はかなり強力だ。

 ただの蝮なら体が小さいために量が少ないが、毒の強さで言えばハブよりも強力な毒を持っている。

 それが魔物化して何倍もの大きさになっているのだから、毒を受けたら人間なんてひとたまりもないだろう。

 噛まれれば数時間後に急性腎不全、もしくは全身の体内出血によるショック死を起こすだろう。

 この世界には毒を出す魔法や解毒剤があるが、噛まれたらすぐさま処理にかからないといけないため、戦闘に復帰するなんてことはできないだろう。

 かと言って、日向の戦いは近接戦のみ。

 牙から離れた所で戦うというのは難しいところだ。


「簡単なのは牙を防ぐために盾を持つことだな」


「……日向は刀のみで戦う種族だ」


 大陸ならタンク役が牙を防ぎ、その間に他が攻撃を加えるという策を取れるため、対処するのは簡単だ。

 しかし、善貞が言うように、日向は刀のみで戦うことを誇りとしている所がある。

 「そんな凝り固まった考えだから苦戦するんだよ!」と怒鳴りたいところだが、一応元日本人の考えからか、何故か否定できない自分がいる。


「なら、役割を決めるしかないな。牙を刀で防ぐことをする班と、仲間が牙を防いでいる間に斬りかかる班に」


「ふ~ん」


 刀しか使わないというなら、それで防ぐしかない。

 かなり危険だが、それでなんとか勝てるようになるとは思う。

 ケイの説明に、善貞は納得したように声をあげる。


「あっ!」


「とは言うものの……」


 丁度その時、ケイが説明したような戦い方にたまたまなった。

 牙の攻撃を何とか防いだ人間がおり、その隙に尾の方から斬りかかる者が出た。

 それを見て、攻撃が入ると善貞が思って声を出すが、ケイは表情を変えないでいた。


「ぐあっ!?」


「尻尾にも気を付けないとだめだけどな……」


「……なるほど」


 ヴィーボラの視線が他に向いているから、その兵は無防備に斬りかかった。

 それが災いした。

 視線は向けずとも、勘か何かで反応した蛇の尾が、その兵士を思いっきりぶっ飛ばした。

 その悲惨な姿に、ケイが付けたしたように説明すると、善貞も納得したように頷いた。


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