第153話

「次に、ケイ殿にお聞きしてよろしいでしょうか?」


 善貞が織牙家の生き残りで、姫の駆け落ち事件は決して織牙家の不義理によるものではなかったということが分かった。

 その話が一先ず終わった後、八坂は次にケイのことへと話題を変えることにした。


「……う~ん」


「んっ?」


 聞かれたケイは、唸りながら善貞の顔を見つめる。

 目の合った善貞は、何故見られているのか分からず首を傾げる。


「……善貞には退室してもらいますか?」


「えっ?」


 たまたまとは言え、八坂はケイがエルフだと知っている。

 そして、ケイの反応から善貞へ身分を明かしていないのだと察したため、退室をさせるべきか提案する。


「……いや、このままでいいです」


 先程の織牙家のことを聞いて、別に善貞に聞かれても問題ないと判断した。

 そのため、ケイはこのまま話をすることにした。

 そして、八坂へ質問をどうぞと手のひらを向けたのだった。


「単刀直入にお聞きします。ケイ殿の奥方のお名前は?」


「……美花です」


 その質問で、ケイはエルフということだけでなく、美花のこともバレているのだと理解した。

 しかし、せめてもの抵抗として、言葉少なに答えを返す。


「家名は?」


 誤魔化しは効かないようで、八坂は追撃のように聞いてきた。

 完全に分かってて聞いてきているような気がする。


「…………織牙です」


「っ!?」


 生前の美花から聞いた話だと、両親は駆け落ちして、母は織牙の名字になったという話だった。

 なので、美花の正式な名前は織牙美花。

 織牙の嫡男と綱泉の姫君の間に生まれた一人娘だ。

 ケイから発せられたその家名に、善貞が目を見開いて驚く。

 まさか、たまたま知り合ったケイと深い縁があるとは思ってもいなかったからだろう。


「彼女とご両親は先代の綱泉殿に追っ手を送られていたらしいので、家名は名乗らないようにしてましたが……」


「そうですか……」


 綱泉の先代が追っ手を送っていたのは、八坂の先代も知っていた。

 しかし、その追っ手も帰らずじまいとなり、姫たちの行方はとうとう分からなくなってしまった。

 そのため、それ以降の捜索は諦めざるを得なくなってしまった。


「じゃあ! 織牙の血を引く者が俺の他にもいるのか!?」


 ケイと八坂の話を聞いていた善貞は、まさか問題の大叔父が生きていたとは思ってもいなかったし、子供がいるなんて思わなかったため強く反応した。

 織牙家の生き残りはもう自分しかいないと思っていたからだ。


「いるよ。俺の子や孫が……」


「孫? お前何言ってんだ?」


 ケイの奥さんということで、美花の年齢を計算していなかったか、孫という言葉を聞いて、善貞の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。

 見た目がどう考えても20代のケイに、孫がいるなんて想像できなかったらしい。


「俺はエルフだ。見た目はこうでも年齢は50を越えている」


「えっ? 50? エルフ?」


 妻の美花と同じ織牙の一族である善貞なら構わないだろうと、ケイは自分がエルフだということを告白する。

 そして、普通の人族に見えるように横着している耳のカバーを外して、自分がちょっと違う人種だということを見せた。

 善貞からすると、見た目が20代だというのに、年齢が50過ぎているということだけでも理解できないというのに、エルフという聞いたことがない言葉に、クエスチョンマークは増える一方だ。


「長命でこのように耳が長いのが特徴の一族のことだ。元々少数民族だったのだが大陸の人間に迫害を受けて、一族といっても純粋なエルフはもう俺だけだがな……」


「……………………」


 説明を受けても、善貞は全てを理解できなかった。

 しかし、なんとなく分かった事がある。 

 自分は日向の西地区の人間という小さい範囲内のことだが、ケイは大陸という大きな範囲という規模で、自分と同じように厳しい環境の中を一人で生き抜いてきたのだと。


「そのエルフの住み着いた島が獣人の国との同盟によって、国として認められたと聞いております」


「……よくその情報を手に入れましたね?」


 補足のように付けたした八坂の言葉に、ケイは意外に感じた。

 日向の国からしたら、大陸のさらに西にできた小さな島国のことだ。

 そんな情報を仕入れても、何の関わりも持たないはずなのに、八坂がそんな離れた国の情報を仕入れているとは思わなかった。

 色々と目聡いところが見え隠れしていて、八坂を只者でないという印象をしていたが、その思いは更に深くなった。


「噂を聞いて、実は織牙の生き残りの保護のために、数人ほど大陸に送っておりました」


「なるほど……」


 どうやってケイたちの国のことを知ったのかと思ったら、八坂の説明で納得いった。

 どうやら、八坂は情報が重要だということをよく分かっているらしい。

 織牙の生き残りがもしかしたらいるかもしれないという可能性は、八坂は誰よりも知っていた。

 上重派の方にもその噂が出てきた出どころまでは分からないが、その者が八坂以外の者に見つかってしまった時の事を考えたら、危険にさらされてしまうかもしれない。

 そうならないように、先代綱泉公が昔送った追っ手の報告を元に、再捜索をさせていたらしい。

 その過程で、エルフの生き残りの存在と、そのエルフに潰されたという国があるという噂を聞いたという報告も受けていたらしい。


「大陸ではなく、まさかこんな近くにいるとは思いませんでしたが……」


 八坂の中で織牙の生き残りの心当たりは、美花のことだったのかもしれない。

 そのため、大陸に情報収集に行かせたのだろうが、日向の国にその生き残りがいるとは思わなかったため、日向国内の捜索はしなかったらしい。


「灯台下暗しとはこの事ですね」


「全くです」


 まさにその通りの言葉をケイにいわれ、八坂は笑みを浮かべたのだった。






「ところで、ケイ殿はこれからどうなさるのですか?」


 聞きたい話も聞き終わったため、八坂はケイの今後のことが気になった。

 小国とはいえ一国の王であるケイが、1人で動き回られるというのは気が気でない。

 ケイの実力は知っているので、余程のことでもない限りは大丈夫だとは思うが、この世には何があるか分からない。

 外交的な問題になるようなことには避けたいというのが八坂の考えなのだろう。


「とりあえず、この西地区の行く末を見てから他の地域を見て回りたいと思っています」


「1人でですか?」


 案の定、1人で動くつもりでいるケイに、八坂は少し困ったように問いかける。


「こいつらがいますよ」


 もともとケイは、アンヘル島から自分は一人だと思っていない。

 八坂の問いに答えるように、ケイの側でおとなしくしているキュウとクウを撫でて答えを返す。


「従魔だけでも心配なのですが……」


 たしかにキュウとクウというケイの従魔も、かなりの戦闘力を持っていることは分かっているが、所詮は魔物。

 どうしても不安に思ってしまう。


「あのっ!」


「「んっ?」」


 ケイは一人でも大丈夫だと思っているが、八坂は一人で動かれることにどうしても不安が生じている。

 そんな二人の様子に、善貞が手を上げて会話に入って来た。


「俺が付いて行くのではどうでしょうか?」


「何で?」


 織牙の家の裏事情が分かり、これから善貞は八坂に保護してもらえばいい。

 そうすれば織牙の名前はともかく、一族の復興はできるかもしれない。

 ここで分かれるのが善貞には一番いいことだと思ったのだが、ケイの観光に付いてくるなんて何か意味があるのだろうか。


「お前、俺に魔闘術教えてくれるって言っただろ?」


「……あぁ、でも別に……」


 たしかに魔闘術を教えるようなことを言ったが、それは織牙家の縁を感じてのことでしかなかった。

 八坂に保護してもらえば稽古などできるだろうし、その内魔闘術も使えるようになるはずだ。

 実際数秒くらいなら使えるようにはなったのだから、もうケイに教わる必要もないだろう。


「……お前でいいか」


「何だよそれ!」


 そう思って断ろかとも思ったのだが、同じ織牙なのだから、どうせなら美花が使っていた剣技を教えるのもいいかと思い、善貞を連れて行くことを了承した。






◆◆◆◆◆


「えっ? 連合軍が押されている?」


「えぇ……」


 ケイたちが坂岡たちを倒してから1週間が経った。

 八坂の報告を受け、西地区には将軍家の指示によって他領から続々と兵が送られてきた。

 早々に同竜城は包囲され、佐志峰や上重たちは逃げることも出来ずに城に立てこもった。

 日が経つにつれて更に兵は増えていき、城は完全に孤立した状態になり籠城戦になった。

 集まった兵数を考えれば、どう考えても上重たちは終わりだ。

 後は潔く切腹するくらいしかないと思われていたのだが、


「何でそうなるのですか?」


 蓋を開けてみたら、連合軍の方が押されているという八坂の報告を受け、ケイは意外に思って問いかける。

 数も質も揃っている連合軍の方が押されているなんて、信じられなかったからだ。

 分からないのは、どれだけ上重らが籠城戦を耐えられるか分からないくらいのものでしかなかったはずだ。


「他領から多くの兵が来ているのではないのですか?」


「その通りなのですが……」


 ケイに問いかけられた八坂も、少し困ったような表情をする。

 日向の兵はそんなに弱いのかと、他の国の人間であるケイに思われているのではないかと考えたのかもしれない。

 たしかに、包囲を開始した頃の話であればなんてことないのだが、大軍による完全包囲の状態から押されるなんて、どうしたらそんな風になるのかが知りたくなる。


「元々、軍同士の連携はよくはないのですが、想定外のことが起こりまして……」


「想定外?」


 八坂に聞いた話だと、どこも自分の領地を重視していて、他領よりも地位的に上に行きたがる関係にあるらしい。

 戦争をし合うような関係ではないが、仲良くし合う関係でもないといったところだろう。

 しかし、こんな時にそれで足を引っ張り合うほど、どこの兵も愚かではない。

 多少の協力はしてはいるが、それとは関係ないことで問題が起きたのだ。


「綱泉の殿が手に入れていた魔物を解き放ちまして……」


「人選ミスでも?」


 起きた想定外の問題というのは、どうやらこの事らしい。

 日向の剣術は、魔物よりも人相手といった方が向いている。

 美花も、島に流れ着いた時はそんな風な印象が強かった。

 だからだろうか、魔物の相手をするには苦手な種族という印象が強い。

 そのため、人を相手にする事ばかり考えていたどこの領の兵たちも、人選をミスったということなのだろうかと思った。


「人選ミスというか、その解き放った魔物がどれも強力なのです」


「……以前の巨大蛇やファーブニルもその殿さまが?」


「恐らく……」


 ケイたちが1週間前に相手にした巨大蛇やファーブニルも、かなりの強力な魔物だった。

 巨大蛇はケイが結構あっさり倒したようだが、あれはケイの特性武器があったからというのもある。

 それも1発きりで壊れてしまったので、もしもまた巨大蛇が出たらケイもファーブニルと戦うなんてしないで逃げているかもしれない。

 そんな化け物のような魔物をいくつも持っているなんて、とんでもなくいかれた殿さまだとしか思えない。


「本当にどうやって手に入れたんでしょう? ファーブニルなんてかなりの化け物ですよ!」


 この事を、ケイはこの1週間ずっと気になっていた。

 ファーブニルを手に入れるなんて、金を積んだからってどうにかなるような物でもないような気がする。

 大陸でも、SSS(トリプル)ランクの冒険者とパイプでもない限り、手に入れるなんてことは不可能だろう。

 自由人の中でも、さらに自由に生きるのがSSSランクの冒険者だ。

 そのSSSランクでも、金で動くようなものがいるとは考えにくいところがある。


「その化け物に勝ったケイ殿もすごいですが……」


「勝てはしたけど、負ける可能性もありました」


 ファーブニルの攻撃を受けた時は、本当に死ぬかと思った。

 謙遜でもなく、負けて死んでしまっていた可能性もあったかもしれない。


「それで? 私に頼みとは?」


 今日ケイたちが八坂に会いに来たのは、頼み事があると比佐丸から聞いてきたからだ。


「連合の要請により、我々も参加をすることになったのですが……」


「……俺にも協力をしてほしいということでしょうか?」


 西地区の人間は、前の戦いで疲弊しているのは分かっているはず。

 それでも参加を要請するなんて、よっぽど魔物に手こずっているのかもしれない。

 八坂としてもそれが分かっていても、その要請を断ることができないらしい。

 西地区は、やはり自分たちで守りたいという気持ちがあるからだ。

 その西地区の食客として、戦闘力の高いケイに参加してもらいたいのだろう。


「厚かましいとお思いでしょうが、お願いできないでしょうか?」


「……八坂殿には世話になっているので、断れないですね」


 先週の戦いの礼として、八坂には宿代や食費を出して貰っていた。

 別にそれを特別感謝している訳ではないが、この西地区は美花の両親にとっても重要な地。

 どんな魔物がいるのか分からないが、ケイはとりあえず参加を了承した。


「かたじけない」


 ケイはたしかに綱泉や織牙の関係者だが、それは妻の美花にとってであって、別にケイが関わる必要はない。

 それなのにもかかわらず了承してもらえた八坂は、感謝の言葉と共にケイに頭を下げたのだった。


「ケイ! 俺も行くぞ!」


「……善貞、お前では……」


 八坂の手前、黙って聞いていた善貞が話に入って来た。

 しかし、それを八坂が止めようとする。

 善貞が魔闘術を完全に使いこなせていないということを知っているからだろう。


「キュウとクウの側にいるなら良いぞ」


「っ!? ケイ殿?」


 止めようとした八坂とは裏腹に、ケイは善貞の同行を条件付きで了承した。

 それに八坂は意外そうな表情で問いかける。


「実戦を見るのも重要です。それに、キュウとクウが付いてれば、もしもの時には逃げるくらいできるでしょう?」


 1週間善貞の面倒を見てきたが、少しずつ魔闘術を持続する時間が増えてきた。

 それでも、完璧というほどではないが、戦場に来ている兵は恐らくほとんどが魔闘術の使い手なはずだ。

 他の人間を見ていれば、自分の良くない所が分かるかもしれない。

 そのため、ケイは善貞の同行を認めたのだ。


「ケイ殿が良いと仰るなら……」


「よっしゃ!」


 善貞は、今はケイの弟子のような存在になっている。

 師匠に当たるケイが認めたので、八坂は渋々認めることにした。

 参加できることになった善貞は、嬉しそうにガッツポーズをした。


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