第150話

「くっ!! 無念っ!!」


 善貞のお陰もあって助かった命だったが、坂岡源次郎相手では少しの時間生き永らえたに過ぎなかった。

 自分の命がここでついえるということを悟った八坂は、迫り来る源次郎の刀を目にしながら、最後になるであろう言葉を呟いた。


「っ!?」 


 しかし、八坂時兼の命は、そこで終わるものではなかった。

 美稲の町の方角から、魔力の弾が刀を振り下ろそうとしていた源次郎目掛けて飛んできたのだ。

 その攻撃を躱さなければならず、源次郎は攻撃を中断せざるを得なかった。


「くっ!?」


“キンッ!!”


 攻撃の中断をした源次郎が、弾が飛んできた方向に目をやると、続いて2発の魔力の弾が飛んでくる。

 顏と足に飛んできた魔力の弾のうち、顔に飛んで来たのは刀で弾き、足に向かって来たのはその場から飛び退くことで回避した。


「……誰だ!?」


「避けんなよ! 面倒な奴だな……」


 眉根を寄せ、源次郎が樹の陰から迫り来る弾を飛ばしてきたであろう人物に声をかけると、呟きながら歩いてきたその人物の顔をようやく見ることができた。


「ケイ!?」


「ケイ殿!!」


 この場に現れたのはケイだった。

 ケイの突然の登場に、源次郎だけでなく八坂も驚いた声をあげた。


「き、貴様!! 何で……!?」


 ケイはファーブニルを相手にしていたはず。

 ファーブニルなどと言う化け物を相手に、単独で挑もうなんて無謀も良いところだが、自分を犠牲にして足止めを買って出たのは、源次郎も敵ながら天晴れと思っていた。


「まさか……倒してきたのか?」


「まぁな!」


 一応ファーブニルを捕まえ直すための魔道具は用意していたが、動きを鈍らせるほどに痛めつけなければならない。

 ケイの実力なら、勝てないまでもその手間を省いてくれるほどにファーブニルを弱らせるてくれるだろうと思っていた。

 しかし、ボロボロの服や泥だらけの顔をしているとは言ってもこの場にいるということは、倒してきたということ。

 それを信じられないと言ったような表情で問いかけた源次郎に対し、聞かれたケイの方はどや顔で答えを返した。


「馬鹿な!? あの化け物相手に一人で勝つなんて……」


「……あんなの解き放ってんじゃねえよ!」


 解き放った張本人が化け物と呼ぶような魔物の相手をさせられ、ケイは若干憤りを覚え、台詞の終わりへ向かうにつれて語気が荒くなった。


「…………フッ!」


「んっ?」


 ケイがファーブニルを倒したということが、源次郎はどうしても信じられない。

 もしかしたら、上手く逃げて来たと言う可能性もある。

 だが、それを考えていても今は意味がない。

 そう考え、源次郎は鼻で笑った。

 その笑いに、ケイは首を傾げる。


「見た所、ファーブニルに痛めつけられ……」


「……何だ?」


 左腕が明らかに折れていることに気付き、源次郎は冷静になったらしく、余裕の笑みを浮かべてケイへと話していたのだが、その途中でいきなり中断した。

 それに対し、ケイはまたも首を傾げる。


「ケイ殿……」


「んっ?」


「その耳……」


「………………あっ……?」


 ケイの疑問に答えたのは、八坂の方だった。

 八坂の言葉にケイが手で耳を触ると、偽装用に装着していた右耳のカバーが壊れていて、エルフの特徴である長耳がさらけ出されていた。

 それに気付いたケイは、八坂と源次郎を見て固まった。

 エルフの国であるアンヘル島から遠く離れた日向の国に、エルフのことなど伝わっていないのかと思っていたが、2人の反応を見る限りどうやら気付かれているようだ。


「貴様……エルフだったのか!?」


「ったく、ファーブニルの奴と戦ったから壊れちまったか……」


 バレてしまったのなら仕方がない。

 それに、バレた所でたいした問題ではない。


「まぁ、別にいいか……。気付いてるのもここにいる人間だけのようだし……」


 八坂は一応今の所仲間だし、口止めを頼めば黙っていてくれるだろう。

 他の敵も仲間も、ここからは離れているし、戦っている状況ではケイの耳に気付くとは思えない。

 そうなると、 


「お前だけ仕留めりゃ大丈夫だろ?」


「……舐めるなよ。ファーブニルとの戦いで魔力も相当消費しているだろう? しかも手負いの貴様になど負けはせん!!」


 まるで自分を倒すことは簡単だと言うような態度のケイに、源次郎はこめかみに青筋を立てる。


「冷静な判断だが、お間も手負いじゃねえか……」


 怒りの感情が高まっているように見えるが、言っていることは的を射ている。

 たしかにファーブニルの相手をしたことで、魔力をかなり消費している。

 しかし、このような状態だからといって、ケイに戦う術がないわけではない。

 さらに、片腕というなら源次郎も同じ状況。

 ケイは右手に銃を持って戦闘態勢に入った。


「「………………」」


 お互い静かに相手の挙動に注視する。


「「ハッ!!」」


 まるで、お互いに敵の動きを読むかのように動かない時間が過ぎ、意を決したように同時に動き出す。


“パンッ!!”


「ぐっ!!」


 お互い一直線に距離を詰めようと敵に向かって突き進む。

 その途中で、ケイは源次郎へ銃を撃つ。

 それに対し、この攻撃でケイが自分の動きを止め、蹴り技で仕留めに来ると読んだ源次郎は、少し体を傾けて躱そうとする。

 だが、躱しきる事などできず、右肩に弾が当たる。

 そのまま、迫り来るケイに対し、被弾した源次郎もそのままの速度で直進した。


「っ!?」


「被弾は覚悟! ならば、当たり所を自分で決めれば我慢もできる!!」


 被弾しても動きを止めないで済んだのは、このことからだった。

 少しのにらみ合いの時間で、お互いこの戦いを長引かせることを良しとしなかった。

 ケイは八坂の他の仲間を救いに行かなければならないし、源次郎の方は八坂を一刻も早く殺したい。

 そのため、意見が一致したのか、この一合で勝負を決めることにした。

 実力的にはほぼ互角だと思っている源次郎は、接近中にケイに攻撃をされれば躱しきれないと判断した。

 それなら、攻撃を受けても我慢すればいい。

 エリートの剣術部隊といっても、その長の地位に付くまでに色々と修羅場を潜り抜けてきた。

 なので、強烈な一撃を食らうにしても、耐えられないことはないと思った。

 後は当たりどころの問題。

 そして、選んだのは今は使い物にならない右腕側。

 思った通りのケイの攻撃に、速度を落とさず急所への攻撃をずらす。

 そして、幸運にも攻撃が当たった場所は浅かった。

 そのため、速度を落とさずに済んだ源次郎は、勝利を確信してケイへと刀を振り下ろした。


「死ねーー!!」


「…………お前がな!!」


 呟きと共にケイの姿が消え失せる。

 そして、二人が交差すると、お互い動きが止まる。


「フッ!」


 そして、源次郎が笑みを浮かべた。











“ドサッ!!”


 斬り裂かれた場所から大量の出血をし、そのまま横倒しに倒れて動かなくなった。


「危ねえ、危ねえ……」


 立っているのはケイ。

 そして、銃を持っていたはずの右手にはいつの間にか刀が握られていた。

 その刀は、妻である美花の形見の刀だ。

 銃しか使わないで戦っていると、崖の上から見ていた源次郎は気付いていただろう。

 日向土産の飾りで、ケイが刀を使えるとは思っていなかっただろう。

 剣術ならば、美花と手合わせしている数が多いので、ケイも多少は刀を使える。

 当然、美花や日向の人間に比べれば落ちるかもしれないが、それでもかなりのレベルには達しているつもりだ。

 警戒していない攻撃なら、源次郎が相手でも十分通じる。

 後は、一ヵ所に魔力を集中させることで瞬間的に速度を上げれば、必然の勝利といったところだろうか。

 銃を撃ったのも、ギリギリまで銃しかないと印象付けるためのものだ。

 撃った次の瞬間、ホルスターにしまい、そのまま腰に差した美花の刀で源次郎の腹を掻っ捌いたのだった。

 勝利したとは言っても、源次郎の刀がギリギリを通った時はヒヤッとした。


「助かったぜ! 美花……」


 勝ったというのに少し寂しそうな表情に変わったケイは、勝利を得る決定打になった美花の刀に感謝の言葉をかけたのだった。






「……まさか、最後にそれを抜くとは思わなかったですな……」


「そうですか?」


 坂岡源次郎との戦いに勝利したケイの所へ、八坂が近寄って話しかけてきた。

 ケイが持つ刀を見て、意外そうに言う。

 源次郎と同じく、銃を使う以外に武器は使用しないのかと思っていたようだ。

 もしも刀を警戒していたとしても、最後の移動速度に源次郎が付いてこれるとは思わなかったので、ケイとしては勝利は揺るぎないものだった。


「てっきり飾りかと……」


「あぁ~……、そう言えば反倉に売ってましたっけ?」


 飾りと言われて、ケイは納得した。

 日向に入った時、その港町反倉には外国人向け(大陸人)向けの模造刀が販売されていた。

 ケイ以外の観光に来ていた大陸人は、日向のイメージといったら刀という部分が強いのか、ワイワイ模造刀を買っていたのを思いだした。

 前世でも、土産物屋で外国人がやたらと木刀に興味を持っていたのを見る機会が多かった。

 いまだに忍者や侍がいるとでも思っているのだろうかと、いつも思っていたが、それと同じように、ケイが日向の文化に興味を持って模造刀を下げていると思われていたようだ。


「まぁ、なるべくなら使いたくなかったんですが……」


「何ゆえ?」


 ケイがどこか寂しそうな表情で刀を見つめているため、八坂は思わず理由を尋ねた。

 刀に付いた源次郎の血を魔法でキレイにして、優しく刀を鞘へ収める仕草を見ると玄人に近い。

 銃ばかりで戦うよりも、敵との距離によって使い分けた方が戦いやすいのではないかと思ったためだ。


「妻の形見なもので……」


「……ということは、奥方は日向の……?」


「えぇ……」


 それを聞いて、八坂はケイが寂しそうな表情をした理由に納得した。

 そして、ケイが妻の死を完全に吹っ切れていないということもなんとなく感じた。 


「それは、失礼した」


「いいえ、お気になさらず……」


 悲しいことを聞いてしまったことに、八坂は軽く頭を下げる。

 それに対し、ケイは首を横に振って対応した。


「ところでケイ殿……」


「はい?」


 重い空気を変えようとしてくれたのか、八坂は遠慮深げに話しかけてくる。

 それにケイが反応すると、


「その耳を……」


「あ、あぁ! そう言えば、予備があったような……」


 ケイが八坂に目を向けると、ケイの右耳の部分を指さして言いにくそうにしている。

 それだけで、ケイは自分の右耳が丸出しになっているのを思いだした。

 そして、魔法の指輪の中に偽装用の予備の耳パッドを入れていたのを思いだした。


「改善前で獣臭いが我慢するか……」


 予備の耳パッドは魔物の皮から作ったのだが、魔物特有の獣臭がするのと、長時間着けていると肌触りが気になって来るので、改良したものを付けるようになっていた。

 改良といっても、錬金術で作る時の素材に自分の血を混ぜただけだ。

 ケイの肉体の情報になる者を入れれば、完全にフィットしたものを作れると思って試してみたら、思った通りに上手くいき、感触はかなり良くなった。

 獣臭の方は、素材とする皮を消臭効果のある薬草に浸け、しばらく放置することで消すことができた。

 その二つの改良をする前の耳パッドに、ケイは若干顔をしかめるが、旅の安全のためにも多くの者にエルフとバレる訳にはいかない。

 なので、仕方なく耳パッドを装着した。


「これでいいでしょうか?」


「…………何とも面妖な……」


 長い耳を収めて普通の丸い耳に変わったのを確認したケイが八坂に問いかけると、聞かれた方の本人は作り物の耳に見えなくて少し戸惑って居るようだった。


「自分は旅の途中です。正体を知られたくはないので……」


「大丈夫! 命の恩人の秘密だ。拙者の内に秘めておきましょう!」


「ありがとうございます」


 自分がエルフだということを黙っていてもらおうと頼もうとしたケイに、八坂は先んじて返答をする。

 後で知ることだが、八坂はエルフという人種のことを知っていたが、生き残りがいたという情報を噂で聞いていただけで、そもそも日向ではエルフの価値なんか分からないとのことだった。

 ともかく、八坂はケイがエルフだということを黙っていてくれるようだ。


「そうだ! 命の恩人といえば、太助とかいった彼も……」


「……むっ!?」「…………あっ!?」


 ケイの前にも自分を救ってくれた者がいた。

 源次郎にやられ、気を失っている善貞の所へ八坂は駆け寄る。

 そして、八坂が体を起こして樹にもたれかけさせると、少し遅れて近寄ってきたケイと共に目を見開いた。


「…………この者も姿を?」


「すいません。こいつも色々あって……」


 驚いた理由は、源次郎の蹴りによってケイが被らせていた偽装マスクが破け、善貞の素顔がさらけ出されていたためだ。

 耳だけのケイと違い、善貞が素顔を隠していたことに八坂が訝しげな表情をする。

 それに対し、何と言って良いか分からなかったケイは、言葉を濁すようにして誤魔化そうとした。


「……まぁ、彼のことも一先ず黙っていましょう」


「すいません」『あれっ? もしかして、善貞の顔で織牙だとバレていないのか?』


 あっさりと八坂が善貞のことも黙っていてくれるような感じになったので、ケイは少し疑問に思った。

 八坂陣営も上重陣営も、織牙の生き残りがいるとか言っていたから、善貞のために顔と名前をでっち上げたのだが、八坂の反応を見る限り、もしかしたら顔を知らないのかもしれない。


『心配して損したかな?』


 生き残りがいるというのはただの噂で、もしかしたら名前も知らないんじゃないかとすら思えてきた。

 家名だけ黙っていれば、もしかしたら大丈夫だったのではないかという思いがしてきたケイは、取り越し苦労だった気がしてため息が漏れた。


「面がないので、とりあえずこれで隠しておきましょう」


 そう言って、ケイは善貞の顔を包帯を巻いて隠した。

 顏の形が違うと気になる者もいるかもしれないが、蹴られたことで腫れているとでも言っておけば大丈夫だろう。


「では、みんなを助けないと……」


「それは俺がやります。あなたは町に向かった方がいい」


 とりあえず、この場は何とか治まった。

 しかし、八坂の部下たちがまだ源次郎の部下たちと戦っている最中だ。

 源次郎が死んだ今、奴の部下たちも引き下がるかもしれない。

 そう思って、仲間を助けに行こうとした八坂だが、ケイによって止められた。


「しかし……」


「あなたの部下が命をかけているんだ。あなたは一刻も早く敵の悪行を将軍家へ知らせた方が良いのでは?」


 先程と違い源次郎が死んだことで救えるかもしれないのに、仲間を置いて自分だけ行くのがためらわれるのだろう。

 しかし、また追っ手が来るという可能性もなくはない。

 もしそうなったら、善貞に申し訳ないが、ケイはキュウとクウと善貞を連れて逃げるつもりだ。

 死んだ八坂の部下たちのことを考えたら、上重のことを他へ知らせて罪を償わせる事しか報いることはできないだろう。

 そのためにも、八坂はすぐに美稲の町へ向かった方が良い。


「……お主の言う通りだな」


「あっ! すいませんがこいつも連れてってもらえますか? こいつに死なれると俺が困るので……」


「……了解した」


 ケイの説得に納得したのか、八坂は踵を返して美稲の町の方へ体を向ける。

 しかし、それにケイが待ったをかける。

 少し離れているとは言っても、ここは戦場に近い。

 善貞をこのままにしておく訳にはいかないので、ついでに連れて行ってもらうことにを頼んだ。

 死なれると困ると言うからには、彼はケイと何かあるのかも知れない。

 興味があるが、今は聞かないことにして、八坂は善貞を背負った。


「ケイ殿!」


「はいっ?」


「よろしく頼む!」


「任せて下さい!」


 ケイと短い会話を交わすと、善貞を背負った八坂は、美稲の町へと走り出した。


「クウ、2人を守ってくれ!」


「ワンッ!」


 少し離れた所に、丁度兵の一人を倒したクウがいたので、もしも町までの短距離で敵に襲われては困るため、ケイは八坂と善貞の護衛を任せることにした。

 主人に頼まれては断るわけにはいかない。

 クウは元気よく返事をすると、八坂の後を追いかけて行った。


「じゃあ、行くか!」


 護衛も付けたことで安心したケイは、敵と戦う八坂の部下たちの援護へと、気合を入れて向かうことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る