第151話

 ケイが坂岡源次郎を倒して八坂を見送っていた頃、八坂の部下である美稲の町の剣士たちは、剣術部隊の者たちと戦闘を行っていた。


「ハァ、ハァ、くっ!?」


 鍔迫り合いの状態に持ち込んだ、八坂の部下である比佐丸。

 時間稼ぎを主としている戦いのためか、実力が上の者を相手にしつつも何とか生き延びていた。

 とは言っても、体の至る所に切り傷が入っており、肩で息をするほど疲労の色が濃い。

 元々勝ち目のない戦いも、そろそろ終わりを覚悟し始めている。


「このっ!! しつこい奴め!!」


「ぐあぁ……!!」


 実力のみならず、体力も相手の方が上らしく、鍔迫り合いの状態からジリジリ押し込まれ、押し負けた比佐丸は、敵の刃がジワジワと右肩へと刺さっていく。 

 肩からは血があふれ出し、服が血で染まり始めた。

 傷が深くなるにつれて手の力も弱まり、敵の刃は更に深く入って行く。


「死ねっ!! がっ!?」


 比佐丸の右腕の力が抜けて来たのを感じ取った敵は、一気に力を込めて比佐丸を仕留めようとした。

 しかし、突如敵の男の頭に風穴が空き、そのまま崩れ落ちた。


「っ!?」


 地面へと横たわり動かなくなった敵の男を見て、比佐丸はポカンとした様子で呆ける。

 自分が死を覚悟していたのに、敵の方が死んでしまったのだからそれも仕方がない。


「間に合った……」


「ケ、ケイどの!?」


 敵の男の頭に風穴を開けたのはケイだった。

 林の中から街道の方へ向かうと少しして、多くの人間が戦っているのが見えた。

 しかし、やはり剣術部隊の者たちの方が実力的には上らしく、一人また一人と美稲の剣士たちが崩れ落ちていっていた。

 いくらケイでも、全員助けるということは難しいため、助けられる人間から助けることにした。

 それがたまたま比佐丸だった。

 目に入った瞬間、比佐丸は完全に斬られる寸前だったため、すぐさま銃の引き金を引いたのだが、どうやら間に合ったようだ。

 助かった比佐丸は、傷の痛みも忘れるようにケイがここにいることに驚きの声をあげる。

 ファーブニルと言う化け物を相手に、自分を犠牲にしてくれたと思っていた。

 疲労と出血もあり、頭が正常に働かないため、彼がここにいる理由が思いつかない。


「話はあとにしよう! みんなを助けないと……」


「あ、あぁ!」


 助かったことも、ケイがここにいることも何だか整理ができないが、今は一人でも多く生き残るために戦うだけだ。

 そう思い、比佐丸は刀を怪我をしていない左手に持った。

 そして、先に動いたケイ同様、近場にいる味方の援護に向かうのだった。


「いい加減諦めろ!!」「死ねっ!!」


「くっ!?」


 これまで懸命に戦い生き延びて来ていた松風も、絶体絶命の状況に追い込まれていた。1対1に持ち込んで何とか戦えて来たが、他の剣士と戦っていた剣術部隊の者が仲間の援護に向かってきた。

 2人がかりを相手にするとなると、勝ち目どころか逃げる術もない。 


「うがっ!?」


「っ!?」


 敵が松風を挟むようにして剣を構える。

 しかし、次の瞬間、片方の敵の胸に穴が開き血が噴き出る。

 仲間が急に殺られて、敵の男は驚き固まる。 


「好機!!」


「ぐあっ!?」


 仲間が殺られそちらに目を向けたその一瞬、それは松風にとっては最大のチャンスへと変わった。

 その一瞬にかけて、全力で斬りかかった松風の剣が、敵の男を袈裟懸けに斬り裂いた。


「助かった……って、ケイ殿っ!?」


 思わぬ好機を生かすことができて一息ついた松風は、その好機を生み出してくれた攻撃をしてくれた人間の方に目を向ける。

 すると、少し離れた所で銃を撃っているケイが目に入った。

 まさかの人間の姿に、松風は驚き慌てた。

 そして、ファーブニルと戦っていたケイがここにいるので、もしかしたらと周囲を見渡した。

 ファーブニルから逃げて来たのかと思ったからだ。


「……えっ? 倒したのか?」


 ケイがここにいて、ファーブニルがいないとなると、もしかして倒してきたということなのだろうか。

 信じられないが、その可能性が高い。


「今はそれどころじゃないか……」


 ケイのことが化け物以上の化け物に思えてきたが、今も銃を撃ちまくって美稲の仲間たちを救ってくれている所を見ると、そんなことどうでもよくなってきた。

 それよりも、何故か味方になってくれているケイの姿に、自分もまだ戦わなければという思いが湧いてくる。


「おいっ! 銃使いだ!!」


「何っ!?」


「何故ここに!?」


「ファーブニルはどうした?」


 仲間が体に穴を開けてバタバタと倒れていく姿に、ようやく剣術部隊委の者たちもケイがいることに気付き始めた。

 ファーブニルという化け物の魔物を相手にしていたはずの存在がいることが、まるで伝播するように戦場に広がっていった。


「そろそろいいか?」


 美稲の剣士に目を向けている所を、不意打ちのように殺しまくっていたケイだが、それによって自分の存在が知られるように動き回っていた。

 そして、戦場にいる敵と味方のほとんどが、自分の存在に気付いた様子を見て、ケイは考えていた行動に出ることにした。


「聞け!! 剣術部隊の者たちの長である坂岡源次郎はもう死んだ!! 八坂様はもう美稲の町へ向かっている!!」


「「「「「………………」」」」」


 声拡張の魔法を使ったケイの言葉が戦場に響き渡る。

 敵味方とも、ケイが言ったことがまだ呑み込めないのか、戦うのをやめて静寂が流れた。


「お前ら剣術部隊の者はもう終わりだ!! 降参しろ!!」


「……何だと!?」「信じられるか!?」「嘘を吐くな!!」


 続けられたケイの言葉に、剣術部隊の者たちは反論を口々に述べている。

 それもそうだろう。

 この部隊を取り仕切る程の実力の持ち主が、そう簡単に負けるはずがない。

 その思いがあるから、誰もケイの言葉を信じようとする気配は感じられなかった。


「これが証拠だ!!」


“バッ!!”


「坂岡様の刀……?」「まさか……?」「そんなバカな!?」


 ケイも何の証拠もなしに信じてもらえるとは思っていない。

 源次郎を倒して、戦いを止めようと思った時に、証拠として使えるかもしれないと考えたため、源次郎の亡骸から刀を拾って持って来たのだ。


「武器を収めて逃げるなら追わない!」


「ケ、ケイどの!?」


 ケイのその言葉には比佐丸が反応した。

 上重の命令により動いた坂岡。

 そして坂岡の命令で動いた剣術部隊。

 全員が全員だかは分からないが、明らかに西地区の治安を揺るがす悪行だ。

 これが知られれば、最悪の場合、日向の平穏を脅かす逆賊という烙印を押されるかもしれない。

 他の地域が、大軍を率いて西地区へ攻め込んでくる可能性もある。

 そこまでのことをしたのだから、失敗した者たちを逃がすわけにはいかない。

 全員殲滅、もしくは捕縛し打ち首などの刑で処断しなければ、将軍家への示しがつかない。

 それを知らないであろう大陸人のケイを止めようと思ったのだが、手の合図で制され、逆に言葉を挟むことを止められた。


「さぁ! 選べ!」


「「「「「…………」」」」」


 坂岡の刀を見たことで戦意を失ったのか、この場にいる剣術部隊の者たちは刀を収め始めた。

 そして、全員トボトボと北へ向かい始めた。

 ケイが言うように逃げなければ、生き残る方法は無いだろう。

 そのため、西の山を越えて大陸に向かうつもりなのかもしれない。

 ケイが追わないと言ったことで、美稲の剣士たちも追うことをためらう。


“ニッ!!”


 この瞬間を待っていたかのように笑みを浮かべる者がいた。


“ズダダダダ…………!!”


 その笑みを浮かべたのはケイ。

 そして、いつの間にかマシンガン型の銃を手に持っていた。

 そのマシンガンで、威力最大にした弾丸を無防備な剣術部隊の者たちに向かって連射した。


「ぎゃあっ!!」「ぐあっ!!」「ひぐっ!!」


 ケイの弾丸に、剣術部隊の者たちは様々な悲鳴を上げながらハチの巣になり、バタバタと死体が増えていった。


「…………ケイ殿? 何を……?」


 追わないと言ったのにもかかわらず、剣術部隊の者たちを皆殺しにしたケイに、美稲の剣士たちが青い顔をしている。

 そして、側にいて何とか口を開くことができた比佐丸は、ケイにこの所業をした理由を問いかけた。


「追わないとは言ったが、攻撃しないとは言っていないだろ?」


「「「「「……………」」」」」


 屁理屈ともいえるケイの発言に、美稲の者たちは何も言えずに佇む事しか出来なかった。






◆◆◆◆◆


「フゥ、フゥ……」


「下りてこい毛玉!!」


 上空で浮遊しながら、息を切らすキュウ。

 その体は所々腫れ上がり、出血をしている。

 上空で多少の上下動をして調節しながら戦っていたが、何発かの投石に被弾してしまった。 

 殿を務めることになったキュウは、身体的特徴を生かし、空中浮遊することで近接戦闘をしないように戦っていた。

 それによって、美稲の剣士たちを追いかける剣術部隊の者たちの足止めを成功していた。

 しかし、剣で戦えないとすぐに気づいた彼らは、そこら辺に落ちている石を投げて応戦していた。

 遠くから見ていると、小さい魔物相手に石を投げて戦っている様がとても見苦しい。

 しかし、それしか戦う方法がないのだからしょうがない。

 ただの投石でも、多くの人数に投げつけられれば危険な状況になる。

 更に上空へと行ってしまえば、投石攻撃を受けることなど無くなるが、そうなると今度は離れすぎてキュウの攻撃が当たらなくなる。

 調節によって何とか足止めするのに丁度いい高さを保っていたが、まずいことにキュウの魔力もそろそろ切れかけてきた。


「くらえ!!」


「っ!?」


 魔法の連発で足止めをしてきたが、それによって魔力がなくなり、かなりの疲労が溜まって来た。

 そのせいか、キュウの集中力も切れてきて、高度を少し下げ過ぎた。

 そこを見逃さず、剣術部隊の者たちはいっせいに投石を開始する。

 避ける場所もなく、上空へ逃げようにも間に合わない。

 魔闘術で身体強化した者たちによる高速の投石は、キュウがいくら魔闘術を使えると言っても、その防御力ではそう何発も耐えられない。

 しかも、魔力が減ってきて纏う魔力も弱まってきている。

 当たり所によっては即死もあり得る。


「っ!!」


 懸命に躱そうとするキュウだが、それができたのも数発。

 弾幕のように飛んで来る石に逃げ道はなくなった。

 そのことに気付いたキュウは、襲い来る痛みに耐えるべく目を瞑った。


“ガガガガ……!!”


「っ!?」【しゅじん!?】


 覚悟したのに痛みが来ず、石が何かに当たる音が鳴り響いた。

 不思議に思ってキュウが目を開くと、目の前には魔力で出来た壁ができていた。

 こんなことができる者の心当たりは、キュウには一人しかいない。


「人の従魔に怪我させやがって……」


 怪我をしている上空のキュウを見て、ケイは眉根を寄せる。

 キュウたちケセランパサランは、主人のためとなったら命を惜しまないという悪い癖があるので、ケイは心配をしていた。

 普通、ケセランパサランは、人の目にはそう滅多にお目にかかれない。

 というのも、魔物の餌と呼ばれ、生まれてから魔物に襲われず生き残れるのは、長くて1ヵ月といったところらしい。 

 ケイのように誕生の瞬間に会うと言うような事でもない限り、捕まえることすら困難だろう。

 それ程に弱いということをキュウたちも分かっているのか、保護してくれて、美味しい食事と安全な住処を与えてくれる主人たちに感謝する気持ちが強いのかもしれない。

 ケイからしたら、キュウたち従魔も家族のようなものなので、自分のために命を懸けるのはできればしてほしくない。

 

「銃使い?」「何故ここに?」「いつ我々を抜いたんだ?」


 キュウを怪我させたことにケイが腹を立てている中、敵である剣術部隊の者たちは、それぞれ疑問の声を発していた。

 彼らはケイが転移魔法を使えるとは知らない。

 それどころか、転移という魔法があるということすら知らないかもしれない。

 そんな彼らの考えとしては、そもそもファーブニルと戦っていたはずのケイがここにいること、それを置いておくにしても、いつの間に自分たちを追い越していたのかということが疑問に思う所なのだろう。


「坂岡源次郎は死んだ! お前たちがこれ以上戦っても無駄だ!」


 ついちょっと前にだまし討ちした方法を、ケイはまた行うことにした。

 キュウが足止めを頑張ってくれたのは分かるが、ここにいる生き残りが少々多い。

 まともに戦うとなったら、全員を屠ることは難しいかもしれない。

 それほどに、ケイの魔力の残量は少ない。


「これが証拠だ!」


「そんな!?」「馬鹿な!?」


 案の定、また証拠だなんだとという反応が返ってきたので、ケイは源次郎の刀を取り出して彼らに見せつけた。

 効果はあり、その刀を見た敵たちは一気に戦意を失っていった。


「刀を収めて逃げるなら追わない。大陸にでも逃げるんだな……」


 これで、あとは背中を見せた彼らを背後からハチの巣にするだけでいい。

 数が数なだけに、運よく攻撃を逃れてケイに斬りかかって来る者もいるかもしれないが、それも対した数にはならないだろう。

 そう思ってマシンガンを取り出す用意をしようとしたケイだったが、


「んっ? ……追わないけれど、攻撃しないとは言ってない気が……」


「チッ!!」


 こんな時に妙に敏い者がいるようで、みんなが刀を収めた時に1人の男が呟いた。

 さっきの場合は人数もそれほど多くなかったことだし、他に比佐丸たちがいて、彼らも刀を収めていたところから騙せたのかもしれない。

 しかし、キュウが心配ですぐにこちらに来たため、ここにはケイしか存在しない。

 ケイが銃を使って遠くから戦うという戦闘スタイルを取るということは、ここにいるメンバーは嫌という程身をもって知っている。

 そうなると、背を見せたらズドンとやられるというイメージがふと沸いた者がいても仕方がない。


“ズダダダ……!!”


 背中からハチの巣は無理だが、ほとんどの者が刀を収めている。

 これを逃すまいと、ケイは舌打ちしつつも慌ててマシンガンを出してブッ放つ。


「貴様!!」「卑怯な!!」「恥を知れ!!」


 昔の日本のように、正々堂々と戦うのが暗黙のルールとしてあるのかもしれないが、勝つためには卑怯な手でも使えるものは何でも使うのが、幼少期からの無人島暮らしで培った考えだ。

 罵詈雑言が飛んで来ても、ケイは気にすることなく弾丸を連射する。


「くたばれ!!」


「くっ!?」


 刀を収めていたこともあり、対応できずに多くの者を仕留めることができたが、やはり全員は無理。

 ケイの攻撃の範囲外から大回りをするように、数人の男が斬りかかってきた。

 その攻撃を躱すために、ケイは一旦攻撃を中断するしかなかった。


「あっ!?」


 ケイの攻撃が途中で止み、生き残った者たちは二手に分かれた。

 だまし討ちをしたケイを許すまじと斬りかかってくる者と、先程ケイが言ったように、もうこの国で生き残る術がないと察して、西に逃げるために山の方向へ走り出す者。

 向かってくる者も面倒だが、より面倒なのは、山へ逃げ込もうとしている者たちの方だ。

 全員殺すか捕まえるかしないと、八坂たちの将軍家への心証が変わってくるかもしれない。

 ケイにしてみれば関係ないで済ませることも出来るが、八坂たちに迷惑をかけるのは美花の両親のこともあるケイとしては看過できない。


「こんなことなら、比佐丸さんたちを連れてきて、キュウだけ助けていればよかった」


 斬りかかって来る敵たちのことを相手にしながら、ケイは反省の言葉を呟いた。


【しゅじん! キュウがおう!】


「駄目だ! キュウは安全な所に避難していろ!」


 数人が逃げることにケイが困った顔をしたのを察知したのか、上空でフラフラしているキュウが追いかけようとしていた。

 しかし、追って仕留めるほどキュウの魔力はもう残っていないだろう。

 むしろ、ケイからすると、キュウにはもう休んでいてもらいたい。


「ケイ殿! 逃げたのを追って下され!」


「っ!? 比佐丸さん!? どうして……?」


 何も言わずにキュウの所に来てしまったため、比佐丸たちはそのまま美稲の町へ向かっていると思っていた。

 それなのに、大怪我を負わなかった者たちみんなが、こちらへ向かて走って来ていた。

 敵の残りと比べれば人数が足りない気がするが、今なら、まだケイが逃げた敵を追って仕留めてくるくらいの時間は持つだろう。


「頼んだ!」


「了解した!」


 来てくれたのはかなりありがたい。

 敵の攻撃を躱したケイは、向かって来る敵を比佐丸たちに任せ、逃げた者たちを追うことにした。


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