第143話
まだケイが美花と暮らし始めたころ、美花は色々話してくれた。
その時のアンヘル島には、ケイと美花以外の人間が存在しないと分かったからだろう。
追っ手の恐怖から逃れたことで、安心感から話したのだと思う。
「織牙?」
「そう! それが父の家名」
「母は大陸で言う所の大貴族。それが下級貴族と駆け落ちしちゃったの」
「へ~……」
軽い口調で言うが、両親を思いだしたのか美花は少し悲しげな表情になった。
その時はそれ以上踏み込めなかったが、夫婦になったら時折酔った美花から両親のことは聞いていた。
まさか、美花の両親の駆け落ちが今も尾を引きずっているとは思わなかった。
続柄的に、善貞は美花の従甥に当たる。
善貞も、まさか、大伯父の子がエルフ一族の一員になっているとは思わないだろう。
美花がケイと結婚したことで、織牙家の直系は善貞のみとなる。
ケイとしては美花に出会え、結婚するきっかけを作ってくれた義父母の駆け落ちに感謝していたが、善貞からしたら迷惑な存在なのかもしれない。
会った事もない、義理の父と母がかけた迷惑だ。
ケイとしては、息子の自分がその償いをするべきだろう。
せめて、善貞を死なせないようにしたいと決めた。
「お前魔闘術覚えたいんだったよな?」
「あぁ……」
善貞が織牙の人間だと確定していなかったので、ケイも本気で魔闘術を教えるつもりはなかった。
しかし、確定した今では、身を守るために教え込まなければと思っている。
「とりあえず使えるように指導しよう」
「俺としてはありがたいが、どうして教えてくれる気になったんだ?」
八坂と上重の争いが武力による衝突になるのかは分からないが、とりあえず魔闘術を教えることにした。
しかし、ケイの態度が変わったことに、善貞の方は首を傾げる。
最初に言っていたように、ケイがわざわざ教える義理などなかったはずだ。
「……なんとなくだ」
「…………まぁ、良いか」
善貞の質問に、ケイは本当のことが言えず、適当に答えることになった。
その答えに善貞は訝しむが、魔闘術を教えてもらえるのだから良しとすることにした。
「じゃあ、明朝近くの森に行こうか」
「あぁ」
美稲の町の近くには森があり、動き回ったりするのにはちょうどいいと思ったケイは、善貞を連れてそこへ向かうことにした。
そして、もう夜も遅いことだし、ケイは寝ることにした。
身元がバレてしまったので、善貞も今更逃げることは意味がないと思ったのか、布団に入って眠りについた。
「さてと、まずは魔力のコントロールがどれほどか見せてくれ」
「分かった」
翌朝森に付いたケイたちは、早速訓練を開始した。
魔闘術を使いこなすのは、何といっても魔力のコントロールがものを言う。
ケイが猪の群れと戦う時に見ていたので、善貞もそのことは分かっている。
それからそんなに経ってはいないが、密かに練習しているのは何度か見ていた。
なので、それがどれだけできるようになっているのか見てみることにした。
「ぬんっ!」
『…………まあまあかな?』
善貞が言われた通りに体内の魔力を動かしているのを、キュウとクウを撫でながら見ていたケイは、内心では及第点を付けていた。
ケイの戦う姿を見るまでどういう指導を受けて来たのか、善貞は魔力のコントロールは結構出来ていた方だった。
この数日の練習も合わせて考えると、短時間なら魔闘術を使えるかもしれない土台ができていた。
「お前、武術の訓練は誰に教わったんだ?」
「えっ? 親父に基本だけ教わったくらいかな?」
刀は使わないと言っても、美花を見てきたケイとしては、ある程度実力の程は分かるつもりだ。
魔闘術なしで猪を倒した実力からいって、善貞の剣の実力はある方だと思う。
「そうか……」
質問の答えを聞いたケイは、顎に指を当てて考え込み始めた。
『……美花も島に着いた時はこんな感じだったし、日向の人間はレベルが高いのか?』
亡くなった善貞の親父さんの教え方が美味かったのか、それとも実力が高かったのか、今でも十分な実力だと思う。
ケイの友人である獣人王国のリカルドのような化け物と戦うのでなければ、そう簡単に後れを取ることはないだろう。
しかし、念には念を入れておいた方が良い。
「じゃあ、魔闘術を使って見よう」
「えっ? 俺もう出来るのか?」
いきなりの魔闘術使用発言に、善貞は驚きを隠せない。
ケイには助言を少しされたりしていたが、ほとんど一人で練習していただけだったからだ。
「親父さんに感謝しろよ。基本を叩きこまれていたのが功を奏したのか、短時間ならお前も魔闘術を使えるかもしれない」
「本当か?」
「あぁ」
自分が魔闘術を使える可能性があると聞いて、善貞は喜ぶ。
そして、早速体内の魔力を全身に纏うようにコントロールしていく。
「ぐっ!? ハァ、ハァ、ハァ……」
『遅いし短かいな……』
たしかに、魔力のコントロールによって、善貞の全身に薄い膜のような魔力を纏うことができた。
拡大解釈すれば、善貞は一応魔闘術を使えたということにはなる。
しかし、ケイの内心からすると、実戦では使えるレベルではなかった。
魔力が全身を覆うまでの速度が数秒かかっているうえに、それを維持するのが1分ほどしかできなかった。
これでは魔闘術を使う前に敵に襲い掛かられるし、1分以内に敵を倒さなければならないことになる。
使えるとは言っても、それでは話にならない。
しかも、それは止まった状態での速度と時間だ。
敵が向かって来るのを数秒待ってもらえるわけもないし、動きながら維持するのはかなり難しいため、1分も維持できないだろう。
「まだまだだな……」
「……これ以上はどうしたらいいんだ?」
切れた息を整え、ようやく口が利けるようになった善貞も、ケイの言っていた意味が分かり、まがりなりにも魔闘術を使えたことを喜びはしなかった。
実戦で使える程でなければ、自信を持って使えると口にはできないと思っているのだろう。
「う~ん、ちょっと無茶するか……」
「えっ?」
ケイの口から出た不穏な言葉に、善貞はわずかにたじろぐ。
「これから俺がお前の魔力をコントロールする。その感覚を覚えろ!」
「分かった! ……けど、そんなことできるのか?」
魔闘術が早く上達するのなら、善貞からしたら断わる理由はない。
しかし、自分の魔力をコントロールするのも難しいのに、他人の魔力をコントロールするなんて、そんなことができるのか信じられない。
そのため、思わずケイに問いかけてしまった。
「俺を舐めんなよ。そんなの朝飯前だ」
「そ、そうか……」
朝飯前は言い過ぎだが、魔力のコントロールの才はエルフは全人種の中で一番だ。
つまり、ケイほどの才能の持ち主なら、この程度できないことはない。
「言っておくけど、これやった後だと、さっきよりもひどい疲労が襲って来ると思うから、気をしっかり持てよ」
「えっ? あ、あぁ……」
自分の実力以上に魔力を動かすとなると、血管のように体中を流れる魔力の通り道に、かなりの負荷をかけるということになる。
体内の魔力を自分でコントロールしようとすると、無意識にブレーキをかけてしまって速度が出なくなる。
これは反復練習によって次第に速度を上げていけばいいことなのだが、八坂と上重の争いがいつ武力衝突になるか分からない。
間に合いませんでしたでは話にならないため、体で覚えてもらうことにした。
「行くぞ? ハッ!」
正面に立ち、ケイは善貞の胸に手を当てると、一気に体内の魔力を掌握する。
そして、強制的に魔闘術の状態へと持って行った。
「ぐあっ!?」
ケイが自分で魔闘術をかける速度よりかは遅いが、それでも実戦で使えるレベルの速度で発動したことで、善貞の体内にはかなりの負荷がかかったのだろう。
その負荷に思わず善貞は呻き声をもらす。
「これが実戦で使える速度だ。これをまずは止まった状態で出来るようにならないとな……って、聞こえてないか?」
ケイが善貞の魔力への干渉をやめると、善貞はゆっくりと地面に座り込み、そのまま俯いて動かなくなっていた。
恐らく気を失ってしまったのだろう。
説明をしていたケイだったが、それに気付いたため、話すのを中断することになった。
「さてと……」
気を失った善貞を横にし、立ち上がったケイはある方向に視線を向ける。
「そろそろ出て来いよ!」
視線の先は、森の中なので樹々が生い茂っているが、人の姿はない。
しかし、ケイが何か勘違いした恥ずかしい人という訳ではない。
「んっ? バレてないと思ってるのか?」
同じ方向を見ながら、再度ケイは樹々に向かって声をかける。
いつまでも出て来ないので、独り言を言っているかのような空気になっているのが恥ずかしくなってきたケイは、もう力尽くで行こうかと考える。
“スッ!”
仕方がないので動こうとしたケイが一歩を踏み出す前に、樹の陰から1人の男が姿を現した。
「だれだっけ?」
「っ!?」
上重派の剣術部隊である隊長の坂岡源次郎。
ケイの前に現れたのは、その部下で上から目線なうえに、カッとなって刀を抜いてきたから打ちのめした義尚という男だ。
そんなに時間も経っていないので顔も名前も憶えているが、気に入らない奴だというのはまだ変わっていない。
なので、ケイはわざと馬鹿にしたようなことを告げる。
すると、自分のことを打ちのめしたのにも関わらず、名前を憶えてもらえていないことに怒りが沸き上がり、目つきが完全に血走っている。
「…………」
「何か用か?」
姿を現した義尚は何を考えているのか分からず、ただ黙ってケイを睨みつける。
用がなければこんなことする訳がないとは分かっているが、義尚が口を開かないのでケイは仕方なく問いかけた。
「俺たちを見つけたことを上に伝えなくて良いのか?」
剣術部隊の下から姿を消した形になるケイたち。
元々、彼らは八坂への対抗のためにケイの戦闘力を利用しようとしていた。
口ぶりなどからいって、恐らく何か策を考えていたようだが、ケイが急にいなくなって中止したのかもしれない。
両方の様子を見たので、なんとなくだがそれぞれの色のようなものは分かった。
八坂を潰したい上重。
難癖付けて地位を落としたのにもかかわらず、八坂の方が市民からの人気が高い。
いつまで経っても目障りな八坂を、ケイたちのような係わりが無いような者たちの手によって密かに始末しようとしていたのかもしれない。
剣術部隊の邸内で、隊員とは思えないような人間を見かけたが、恐らく彼らも何らかの理由を付けて連れて来られた者たちだと思う。
パッと見たが、たいしたレベルの人間はいなかったようには思えるが。
「……確かに居なくなったお前たちを探して来いと言われてきた」
「どっちにも与さないから見逃せってのは通じないのか?」
思った通り、いなくなったケイたちを探しに来たようだ。
ケイたちがいなくなって一番困るのは、八坂側に付かれることだろう。
なので、ケイは揉め事に関わらないから見逃すように言ってみる。
「見つけてこいとは言われたが、生死の如何は言われていない。つまり、見つけた者の自由だ」
「……まさかやられた仕返しをするとか言うつもりか?」
刀を抜いたところを見ると、どうやら見逃してくれる気はないようだ。
町を出てから視線を感じ、そこで声をかける訳でもなく、森に入って行くのも黙って見ていた。
そして、姿を現した時からはビンビンに殺気を飛ばしていたのだから、その選択を取るというのはわかりきっていた。
「抜け!」
「実力差も分からないのか? お前なんて素手で大丈夫だっての……」
ちょっと前にワンパンでやられたことで、エリートと呼ばれる剣術部隊の人間ならケイとの実力差があることぐらいわかり切っているはずだ。
にもかかわらず、武器を構える時間を与えるなんて馬鹿としか言いようがない。
もしかして、ワンパンでやられた時は、魔闘術を発動していなかったからやられたとでも思っているのだろうか。
「貴様!」
刀を抜いて魔闘術を発動しているのなら、さっさと斬りかかってくればいいのにと思って、ケイが挑発がてら手招きすると、義尚は刀を構えてケイへ斬りかかった。
「チッ!」
殺気がこもった義尚の初撃を、ケイは難なく躱す。
近くには善貞が気を失って寝ているので、ここで戦ってると巻き込んでしまうかもしれない。
なので、ケイはキュウとクウに善貞を任せ、義尚を少しずつ別の方向へ誘導していく。
斬りかかった時には魔闘術を発動していなかったのに、一瞬で発動して攻撃を避けられたことに、義尚は舌打をする。
はっきり言って、それだけで実力差を分かるべきだ。
たしかに以前、不意打ちのように義尚を殴ったが、殴られる瞬間に魔闘術を発動できないような人間が実戦で通用する訳がない。
それだけで、剣術部隊のエリートと言っても義尚は下っ端の方なのだろうと分かる。
「どうした? 逃げるのはおしまいか?」
反撃をしないケイに対して、義尚は笑みの混じった表情をする。
ここまで来ると完全にピエロだ。
善貞のことを考えて離れる必要もなかったのかもしれない。
「馬鹿言ってんじゃ……」
“スッ!!”
義尚の笑みには自分の勝利を感じてのものかもしれないが、何を考えているかはケイの手の平の上だ。
挑発のようなもの言いをしてきた義尚へ話をしている最中、ケイの背後から男が静かに斬りかかって来る。
「……ねえよ」
「「っ!?」」
気配を消して待ち伏せしていたのかもしれないが、そんなのケイの探知からしたら見つけられない訳がない。
背後からの斬りつけも、ケイは軽く横に跳ぶだけで回避した。
「くそっ!」
「気付いていやがったか!?」
背後から斬りかかった男は、不意打ち攻撃の失敗に歯噛みし、義尚の方は上手く誘導できていたとでも思っていたのだろうか。
ケイの方からすると、味方が潜んでいる所へ義尚が誘導しているのが分かりやすい攻撃だった。
内心、笑いそうになるのを我慢していたぐらいだ。
「……貴晴とか言ったっけ?」
奇襲をかけて来たのは、ケイたちを見張っているように言われていた貴晴という男だ。
ケイの中では、美味い鰻屋を紹介してくれた兄ちゃんというイメージが強いが、まんまと逃げられた貴晴は義尚と同様に面目ない状況に陥った。
その汚名を返上しようと、義尚と画策したのかもしれないが、相手が悪すぎる。
こんな下っ端2人が組んだところで、ケイに一撃加えることなんて出来る訳がない。
「おのれっ!」「この野郎っ!」
不意打ちに失敗した2人は、もう策がないのか、正面からケイへと斬りかかっていった。
相手がケイだからかもしれないが、はっきり言って、魔闘術をしているのに動きが遅い。
もしかしたら、魔闘術を使えるようになって間もないのかもしれない。
「遅っ!」
「ぐっ!?」「ごはっ!?」
こんなの相手に時間をかけているのがもったいないので、ケイは早々に終わらせることにした。
向かって来る義尚、貴晴の順に懐に入り、腹に一撃入れて離脱する。
2人とも、なすすべなく一撃を食らい、腹を抑えてその場に蹲る。
「返り討ちも想定して来たんだろ?」
「や、やめ……」「ひ、ひぃ~……」
“パンッ!”“パンッ!”
別に殴り殺すことも出来るが、手が汚れたら嫌なので、武器を使わないといったさっきの言葉を無視して、ケイは銃を抜いて2人の脳天に風穴を開けた。
【おかえり~!】「ワウッ!」
気を失って寝ている善貞の所に戻ると、従魔の2匹がケイに飛びついた。
「見張りご苦労さん」
飛びついてきた2匹を、ケイは撫でまわすことで労う。
【それは?】
「奴らが身に着けていたものだ。売れるかと思ってな……」
撫でられて気分が良くなったキュウは、ケイが片手に持った袋が気になった。
それに対して、ケイは簡単に答えを返す。
袋の中には義尚と貴晴が身に着けていた服と刀、それに財布が入っていた。
【……しゅじん、とうぞくみたい】
「酷いな。命を狙ってきた代償をもらっただけだ」
身ぐるみを剥いできたケイに、キュウは思ったことを口にする。
たしかにやってることが盗賊染みている。
そのツッコミに対し、ケイは平然としたように話す。
【したいは?】
「そこいらの魔物が処理してくれるだろ?」
ゾンビなどにならないように死体処理をしてきたにしては早すぎる。
そう思ってキュウが問いかけると、ケイは何でもないように答える。
本当はケイもいつも通りに火葬して処理しようと思ったが、森の中で魔物がちょこちょこ潜んでいるのが分かったので、そのまま放置してきた。
死んでまで雑な扱いをされ、可愛そうな2人組だった。
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