第142話

「八坂時兼と申す。よしなに……」


「大陸からきたケイです。こちらこそよろしくお願いします」


 比佐丸たちの案内で奧電の町から美稲の町へと移ったケイたちは、そのまま領主邸にしてはやや小ぶりな邸へと案内された。

 そこには、話で聞いていた八坂家の当主がいて、ケイたちに挨拶をしたいと言って来てくれた。

 異国の平民に対して、随分丁寧な対応をしてくれる人だなという印象だ。

 会ってみると、その醸し出す空気は、剣術部隊の坂岡源次郎よりも上な気がする。

 大名家の側近だったと言うから、もっと頭脳派なイメージを持っていたが、武人と言った方が正しいのではないかと思えてしまう。

 しっかりとした骨格で、日向の人間にしては堀が深め、髭も生やしていて、なんとなく熊を連想させるような御仁だった。

 時兼の挨拶に対し、ケイは頭を下げて挨拶をした。

 正確にはエルフの国から来たのだが、直接言うのはためらわれたので、言い方は変えた。

 大陸のから来たのはたしかなのだから、嘘ではない。


「従魔のキュウとクウ。それと日向の案内役に雇った浪人の太助です」


“ピョン!”「ワフッ!」


「どうも……」


 ケイの少し後ろにいるキュウたちを紹介すると、キュウはその場を弾み、クウは軽く吠え、太助こと善貞は小声で挨拶をする。


「今回は迷惑をかけて申し訳ない」


「いえ、他国の問題に関わるのは私も本心ではないので……」


 時貞の謝罪の言葉に、ケイは本心で答える。

 砕けた言い方をすれば、面倒には関わりたくない。

 しかし、この争いには関係ないでは済みそうにない気がする。


「猪の群れを単独で倒すような人間を、奴らが抱え込んだと聞いた時は肝を冷やしたが、関わらないと言っていただけるのはのであれば、こちらとしてはありがたい」


 時兼の横に座る比佐丸は、ここまでケイを連れて来れたことに安堵しているようだ。

 たしかに、急に敵方へ強力な戦力がついたとなると、慌てる気持ちも分からなくない。

 そのため、早々に接触を計って来たのだろう。


「本音としてはこちらにご助力願いたいのですが……」


「ご助力頂いても、こちらは差し出せる何かがある訳でもないもので……」


 松風と永越も同じく笑顔で話す。

 こちら側の人間ならそう思うのも当然だろう。

 どちらかというと、追い込まれているのはこちら側。

 ケイが助力したとして、勝ってもタダ働き、負けたら最悪処刑されるかもしれない。

 そんな中、助力しますとは言いずらい。


「しかし、今奴らは慌てているでしょうな? ケイ殿が連れ去られてしまったとなっては……」


 そう言って、比佐丸はわざといやらしい笑みを浮かべる。

 現在の立場に追いやられたことへのうっぷんが溜まっていたからなのか、ざまあという思いが隠せないのだろう。


「褒美を与えるとか言っていたようだが、ケチな上重が異国の平民に出すとは思えない」


 松風も比佐丸の言葉に乗り、上重の悪口を言い出した。

 思わず言ったと言う所なのだろう。

 異国の平民と、取りようによっては若干ケイを下に見るような発言に聞こえる。


「おいっ!」


「っと、し、失礼失礼しました」


 ケイの機嫌を悪くしかねない発言に、永越が松風のことを戒める。

 すぐに自分の発言が失言だったと理解した松風は、ケイに対して深く頭を下げる。


「構いませんよ。彼らが我々を利用しようとしているのは気付いていましたから……」


 キュウの能力で会話を盗み聞きしたので、源次郎たちがケイたちをこの騒動に巻き込もうとしていたのは分かっていた。

 だが、彼らは少し油断していたのかもしれない。

 ケイたちが、あっさりと八坂の者たちに連れていかれるとは思ってもいなかったようだ。

 正確にはケイたちも全く抵抗しなかったのもあるのだが。


「そもそも、我々がこうなったのは織牙家の者が姫を連れ去ったからだ!」


「「…………」」


 比佐丸の言葉を、ケイと善貞は黙って聞く。


「しかも、今さら生き残りがいたなんてありえないだろ?」


「奴らが言うように、織牙の生き残りは本当に要るのか?」


「匿っているとかいう奴か?」


 時兼以外の者たちは、剣術部隊の者たちと同様に、織牙家のことを憎んでいるようだ。

 下の地位の織牙家の息子が、大名家の姫と駆け落ちなんて、どう考えてもただで済むはずない。

 織牙家は取り潰し、部下の不始末を受け、八坂家も大名家から突き放される形になった。

 上重の方は八坂が大名家に疎まれたことは良いことだが、婚約者に逃げられて恥をかかされた将軍家に、睨まれることになったのは最悪としか言いようがない。

 どちらの陣営も、全ては織牙家のせいだと思うのも仕方がない。


「でもいたらどうする?」


「こっちにとってもあっちにとっても迷惑だろ?」


「………………」


 比佐丸たちの会話に、善貞の表情が曇っていく。

 俯いたままでいるが、ケイはどんな顔をしているのか雰囲気で分かる。


「やめよ! もう織牙家のことは何も言うな……」


「八坂様……」


 これまで黙っていた時兼がヒートアップする比佐丸たちの会話を止める。

 比佐丸たちは、客人の前で軽口を利いたことを咎められたと思っているらしいが、その言葉には、部下たちのように織牙家を非難するような感情は感じ取れない。


「………………」


 善貞もケイと同じように感じたのか、意外そうな表情をして時兼をチラッと見た。


「そろそろ我々はお暇しようと思います。宿も探さないと……」


「いや、わざわざ宿に泊まらずとも……」


 どちらにも与さない。

 それをはっきり言っておけば、八坂の方は面倒をかけてくることはないだろう。

 それに、ケイは日向の他の地域にも行くつもりのため、早々に距離を置いた方が良い気がする。

 なので、宿探しをするために、ケイたちはこの邸から出て行こうとする。


「いや、ここに泊まって頂いていたら、奴らと同じくケイ殿たちを巻き込みかねない。ケイ殿たちを宿屋へお送りしろ」


「なるほど! 了解しました」


 時兼は源次郎のようにするつもりがなく、本当にケイを巻き込みたくないようだ。

 そのため、松風に宿屋の案内までしてくれた。


「我々は少しの間ここの町にいるので、御用の際は宿の店主に伝言をしてください」


「分かりました。では……」


 ここから離れるにしても、どこへ向かうべきなのかなど情報を集めたい。

 善貞の旅道具も用意するのを合わせると、2、3日ほどで出ていくつもりだ。

 それまでに用事があれば、話くらいは聞くつもりだ。

 そのため、松風に連絡方法を簡単に説明して、ケイたちは宿屋へと入って行ったのだった。






 その日の夜のこと、


「…………どこ行くんだ?」


「っ!? あぁ、ちょっと厠へ……」


 夜中に部屋から出た善貞が、忍び足で宿の裏庭から出て行こ言うとしていた。

 それをケイが背後から止めると、善貞は声を出さずに驚いて、ゆっくりと背後へ振り返ったのだった。

 そして、明らかに嘘としか思えない言い訳で誤魔化そうとしてきた。


「身を隠す必要なんてないぞ………………織牙善貞君!」


「っ!?」


 ケイのその言葉に、振り返った善貞は目を見開く。

 そして、ケイの方を見て固まった。


「気付いてたのか?」


 驚きからようやく解放されたのか、善貞はケイに尋ねる。

 彼からしたら、ケイから渡された仮面をつけてほぼ別人のような顔になっているので、名乗らなければ誰にもバレないと思っていたのだろう。


「……逆に気づいていないと思ったのか?」


 善貞の問いに、ケイは呆れたように返事をする。

 たしかに覆面をしているので、顔から織牙家の人間だとバレることはないだろう。

 しかし、長い期間ではないが、側にいたケイには分かりやすかった。

 八坂側も上重側も織牙家の生き残りの話をしていたが、どうやら根拠のない話ではなかったようだ。

 

「反応でバレバレだ」


「そ、そうか?」


 最初に会った時から、何か訳ありだというのは分かっていたし、他にも色々あるが、織牙の名前が出るたびに顔や態度に出ていたので、はっきり言って簡単だった。

 正直者というのか、馬鹿と言ったらいいのか迷うところだ。


「どっちの勢力も言っていたが、正確には織牙家の生き残りの息子が俺だ。話を聞いていたのだから分かるだろ? 俺といたらお前も巻き込んでしまうかもしれない」


「もうすぐここを離れるんだ。それまでバレなけりゃ大丈夫だろ?」


 たしかに善貞が織牙家の生き残りの子だと知られれば、ただでは済まないだろう。

 もしかしたら、隠していたケイも巻き込まれるかもしれない。

 しかし、善貞はケイが作った覆面で顔バレすることはないだろう。

 そもそも、人相書きがある訳でもないようなので、顔を見られたからといっても織牙家の人間とバレるかは分からない。

 

「できれば俺は、このまま八坂様の方に参加したい」


「……なんでだ? バレたら終わりだし、危険を冒して何になる?」


 どっちについても善貞には利益のないこと。

 それなのに、自分から関わっていったとして、正体がバレるリスクを高めるだけでしかない。


「とりあえず、部屋に戻れ。中で話をしよう」


「あぁ……」


 このままここで話していたら、他の人間に聞かれるかもしれない。

 探知で近くに誰もいないことは確認しているが、物音を聞いて従業員なりが起きてくるかもしれない。

 なので、どうせ込み入った話になるだろうし、ケイは部屋で話を聞くことにした。

 善貞も、もう素性もバレているのだからと、ケイの指示に従って部屋に戻ることにした。






「織牙家の者が姫と駆け落ちしたのは聞いただろ?」


「あぁ……」


 部屋に戻った2人は、眠っているキュウとクウを余所に話の続きをすることにした。

 そして、善貞は順を追って説明し始めた。


「それは織牙家の嫡男で、俺の祖父の兄だそうだ。そして、姫を唆したとして一族は処刑されたんだが、実はちょっとした裏があった」


「裏?」


 単純な駆け落ちではないということだろうか。

 ケイはそれに少し反応したが、善貞に続きを促す。


「確かに2人は両思いだったが、身分が違い過ぎた。大伯父もそれが分かっていたので、身を引くのが当然だと思っていた。そして、八坂家の先代によって将軍家との縁組が決まったのだが、その頃から姫の周辺で異変が起きる」


「異変?」


「姫の食事に毒が仕込まれた。体調が悪くなり始め、ようやく気付き犯人を捜すとなった時、毒見役の女が死んだ。その者の遺書には自分が毒を盛ったとあったが、誰の指示によるものなのかは書かれていなかった。結局、主犯がそのままうやむやになったが、姫の命を脅かすような事件や事故が続いた。どれも犯人は死亡したが、首謀者は終ぞ見つからなかった」


「上重か?」


「あぁ、それも決定的な証拠がなかった。ただ、八坂が組んだ縁組を潰そうとしてのことだとは思う。このままでは姫の命が危ういとなり、大伯父は姫を連れて逃げ出したらしい」


「その大伯父のことを恨んでいるのか?」


「それは分からない。大伯父に姫を助けるように言ったのは織牙家の総意だったらしいし、それにその大伯父もどうなったか分からないしな……」


 善貞が話し、ケイは聞き役に徹していた。

 どうやら姫の命を救うための駆け落ちでもあったようだ。


「……ところで、どうしてお前の親は助かったんだ?」


 理由はともかく、一族は処刑されたと言っていた。

 しかし、善貞がいるということは、生き残りがいたのは確かだ。

 ケイはその理由が気になった。


「祖父は未婚となっていたが、実は結婚を約束していた者がいて、その女性……祖母は身籠っていた。祖父は処刑されたが、祖母は結婚していなかったから処刑はまぬがれ、処刑後に父が生まれたから上手く誤魔化せたらしい」


「なるほど……」


 どうやら、結婚していない女性まで処刑の対象には入っていなかったのだろう。

 結婚前に身籠っていたというのは、この国では良くないことだったと思うが、一族の血を絶やさなかったということになるのだから、結果的に良かったのかもしれない。


「それで? どうして八坂方に与するんだ?」


「総意とはいえ、一族は上役たる八坂家へ多大なるご迷惑をおかけした。一族の生き残りとして、その汚名を返上するためにも、今回のことで何かご助力できないかと思ってな……」


 母は幼いころに亡くし、先日生き残りである父も亡くなった。

 そこに猪の大繁殖のうわさを聞き、それをきっかけに、善貞は動き出したらしい。

 父の遺品である大容量の魔法の指輪に、拵えの良い刀。

 教育はされてはいたが、常識はあまり教わっていなかったらしく、ケイにバレるきっかけになったようだ。

 流れで八坂に会うことになり、その不遇の原因が織牙家が発端と聞き、善貞は何かせずにはいられなくなったようだ。


「じゃあ、俺も手伝ってやるか……」


「っ!?」


 ケイの言葉に、善貞は目を見開く。


「俺の一族とお前には関係ないだろ?」


 ケイとは道中に知り合っただけの関係でしかない。

 それなのに、善貞を手伝う理由なんてどこにもない。


「面倒に巻き込まれる前にお前は逃げた方が良い!」


「ほらっ! お前は一応魔闘術を教えている弟子なわけだし、最後まで面倒見てやらないと……」


 善貞の忠告に、ケイは取ってつけたような理由を述べる。

 もちろん、本当はそんなことのために手伝うという訳ではない。


「関係ないわけでもないし……」


「んっ? なんか言ったか?」


「いやっ、何でもない……」


 ケイが小声で呟いた言葉は、善貞には聞こえなかったようだ。

 はっきり言って、聞かれなくて良かった。

 話を聞く前から分かっていたことだが、この騒動には実はケイも関係ない訳ではない。

 善貞がこのままここから離れるというのであれば、一緒に離れるつもりでいた。

 しかし、善貞が残るというのであればケイも残るしかない。

 何故なら、善貞の織牙家のことは断片的ながら聞いていたからだ。





 ケイの妻である…………織牙・・美花から……


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