第141話

「……聞いていた通り、でっかい町だな」


【そうだね!】「ワンッ!」


「…………」


 奧電の町はかなり発展しており、多くの人でごった返している。

 賑わう人の群れを見つつ、ケイと従魔たちは観光を楽しみ始めた。

 そんな中、善貞だけが浮かない表情をしている。


 坂岡源次郎の誘いを受け、奧電へと辿り着いたケイたち一行。

 馬が引く荷車に乗っているだけで、道中はずいぶん楽をさせてもらった。

 過酷な山越えという話はどこへ行ったのやら。


「そろそろ我々はお暇したいのですが……」


 奧電の番所のようなところへ連れていかれ、一部屋与えられたケイたち。

 待遇としてはありがたいのだが、裏の狙いを知っているだけにあまり居心地がいいとは言えない。

 一応名目としては、事後処理にケイたちの証言を加えたいからと言っていたが、そんなのがいつまでも通用する訳ない。

 数日この邸内で過ごしていたが、証言なんて聞いてくることもなく、全くもって居る意味がない。

 流石に飽きたので出て行きこうと思ったケイは、たまたま目通り叶って源次郎に会うことができたため、その旨を伝えた。


「いや、すまんな。今回の事件の報告をしたら、お主たちへの褒美を用意するとのお達しが出てな」


『そう来たか……』


 目通り出来たのも、ケイにこれを言うためだったのかもしれない。

 いつまでも事件の証言者で引っ張れるわけがない。

 新たに理由をでっちあげて、ケイたちをここにとどめておきたいのだろう。


「上もどれだけ出すかで揉めて、なかなか決まらないらしい。だからもう少しだけいてもらえるとありがたい」


 「褒美なんていらない!」と言いたいところだが、何か日向に来た記念に貰っておきたい気もする。

 なので、もう少しいてもいいかなとケイは悩む。


「じゃあ、いつまでもお世話になる訳にもいかないので、せめて宿へ……」


「それには及ばん。ここに泊まっていればいい」


 泊っている宿を伝え、褒美が出てからそこから受け取りに来ればいいだけの話。

 だから、この町から出なければいいだろうと、宿への移動を進言しようとしたのだが、話が終わる前に源次郎は言葉を被せて来た。


「宜しいのですか?」


「それほど長期間になる訳ではないからな。お主たちは気にする事無くここにいてくれればいい」


 つまり、何か起きるにしても、そう遠くない時期だということなのだろうか。


『なんか必死だな……』


 よっぽど相手が面倒なのだろう。

 何だか源次郎の言葉や態度に、必死さが見え隠れしている。


「じゃあ、お世話になります」


「おぉ、ありがたい!」


 好待遇なのに断ると、源次郎たちの現状を察しているということがバレるかもしれない。

 日向に来てまだたいして日数も経っていないのに、大陸横断時のように追われる立場になるのは嫌だ。

 なので、ケイはもう少しここにいることにした。


「しかし、せっかく奧電に来たのですから、町の観光に行ってもいいですか?」


「何っ?」


 ここにまだいるというのは受け入れてもいいが、何もせずにじっとしているのもつまらないので、町の中を見て回りたい。

 この邸に向かう途中で、うなぎ屋のいい匂いがしていた。

 ケイも島で釣ったウツボを使って蒲焼もどきを作ったりしたが、匂いを嗅いでしまうとやっぱり鰻のかば焼きが食べたくた。

 それが頭から離れないため、観光もかねて行ってみたい。


「そうか……、ケイは異国から観光に来たのだったな?」


「えぇ」


 源次郎からしたらケイにはここにいてもらいたいのだろうが、四六時中何もせずにいれば外出をしたいと言い出すのは当然のことだ。

 ここで寝泊まりするのは了承しているのだから、流石にこれは断れないはず。


「この者を付ける。案内役に使うと言い」


「……ありがとうございます」


 源次郎の紹介によって、1人の男がケイに頭を下げる。

 たしか貴晴たかはるとか言われていた男だ。

 態度の悪かった義尚でなかったため、ケイは胸をなで下ろすが、案内役とはいっても要するに見張り役ということだろう。

 断ってもいいのだが、これ以上余計なやり取りをして外出できなくなったらつまらない。

 ケイは内心渋々貴晴の動向を受け入れた。






「何で奴の思い通りに動くんだ?」


 浮かない表情の善貞は、少し前を歩く貴晴に聞こえないような大きさの声でケイに問いかける。 

 無駄にしゃべって自分のことがバレないように、善貞はあった時とは反対に喋らなくなっていた。

 恐らく、源次郎側とは何かあったのかもしれない。

 ケイもそのことは分かっているので、理由を聞かないでいる。


「あんま気にすんなって! まだ何も命令されていない状況なんだから……」


 善貞の問いに、ケイは軽い口調で返す。

 宿も食事もほぼタダ。

 こんな状況はケイとしても楽でいい。

 お金はあるが、少しの間暮らせるくらいだ。

 魔物を狩れば、資金はすぐに手に入れることはできるが、近隣の魔物はなかなか金になりそうにないものばかり。

 無駄な手間がかからないので、今はこのままでも構わないと思っている。


「まさか、お前は奴らに付くのか?」


「そんなわけないだろ」


 源次郎のことは別に嫌いではないが、別に好きでもない。

 世話になっているので、少しくらいは何かしてやってもいいが、キュウを使って盗み聞きした内容から察するに何かお家騒動のようなことが起きているように思える。

 そんなのに関わり合うのは勘弁だ。


「お前はどっちなんだ?」


「……………」


 ケイに自分がした質問を返され、善貞は無言でうつむいた。

 源次郎たちとの関わり合い方から、恐らく善貞も関係しているのだろう。

 家名を隠しているし、豪華な拵えの鞘やかなりの容量を内包できる魔法の指輪なんかを合わせて考え、ケイはそう判断していた。


「確か八坂家とか言ったか?」


「…………………」


 ケイが源次郎が言っていたという家の名前を言うと、善貞は渋い顔をして更に黙りこんだ。

 そんな反応したら、肯定しているのも同然でしかないではないか。


「まぁ、俺はどっちでもねえな。ただの旅行者だし」


 軽い口調で言うが、これはケイの本心だ。

 今の所、どっちがどうという訳も知らない。

 善貞から密かに聞いた話だと、市民には八坂の方が人気があるとかという話だが、人気があるから正しいという多数決という名の暴力に従うつもりはない。

 関わるならどっちがどういう理由で動いているのか、理由を知った上で動くつもりだ。


「……バケモンみたいな奴が「ただの」なもんか!」


「失礼な……」


 ケイの出した答えに、善貞も納得した。

 彼は別に関わらないという選択もできる。

 善貞からしたら、関わりたくても関われないという事情があるため、ケイの自由さが羨ましく感じた。


「着きましたよ!」


 小声で話していたため2人の会話が聞こえていない貴晴は、ケイの要望だった鰻屋に案内してくれた。


「ぐふっ! 食った食った!」


 案内された鰻屋を出て、ケイは腹をさする。

 転生してから50年以上経ち、ようやく本物のうな重を食べた気がする。

 ケイも似たような物を作ったが、タレの深みのような物がやっぱり違った。


「鰻は秋から冬が旬です。ですから丁度いい時期に来ましたね」


 貴晴の説明に、ケイは納得する。

 タレはもちろん美味かったが、脂の乗った鰻があってこそだ。

 この世界では、前世のように平賀源内が作ったキャッチコピーがないからか、旬でもない夏にこぞって食べられることがないらしい。

 金額は安くもないが、高くもないといった感じで、前世を知るケイからするとありがたいところだ。

 ケイが次はどこへ行こうかと言おうとした時、


「泥棒!」


「何っ?」


 少し離れた所から急に叫ぶ声が聞こえて来た。

 声がした方を見ると、おばちゃんが逃げて行く男のことを指さして叫んでいた。


「お侍さん何してるんだい!? 追わないか!」


「チッ! ケイ殿! そこを動かないでくださいね!」


 そのおばちゃんは、ケイたちの側にいた高晴へ加勢を求めた。

 剣術部隊は基本魔物の相手をするものなのだが、市民を守る仕事でもある。

 羽織っている服で剣術部隊の人間だと分かるが、市民からしたら町奉行同様警察のような扱いになっているのかもしれない。

 泥棒を見つけて何もしないのは、市民の心証が悪くなる。

 仕方がないので、貴晴はケイに動かないように言って逃げていく泥棒を追いかけていった。


「…………いなくなりましたよ?」


「気付いておいででしたか……」


「っ!?」


 貴晴が遠く離れて行ったところで、ケイは小さく呟く。

 善貞がそれを訝しんでいると、背後から声がかけられてきた。

 ケイの先程の言葉からするに、尾行されていたらしい。

 それに気付いた善貞は、驚きが隠せなかった。


「……ついて来ていただけますか?」


「こいつらも一緒でいいなら……」


 彼らが何を思っているのかは分からないが、素性は少し予想が付く。

 そうでなくても、この程度の尾行しかできないならケイの相手にはならない。

 そのため、ついて行くのは構わないが、ここにはキュウとクウ、そして善貞も一緒にいる。

 なので、ケイは彼らの同行も求めた。


「…………どうぞ、こちらへ」


 ケイに言われて、なるほどと言った感じでキュウたちを見る男。

 そして、すぐに道案内を開始し始めた。







「それで? 俺に用事というのは何ですか?」


 着いたのはある料亭。

 その一室に案内されたケイは、その部屋にいる3人に向かって問いかけた。

 3人とも刀を横に置き、座布団の上で正座をしている。

 ケイも一応それに倣って正座をする。


「まずは、この度は不躾なお誘いをして申し訳ありませんでした」


「いえ、お気になさらず」


 ケイたちを案内した男は、丁寧に挨拶してきた。

 そのため、ケイも軽く頭を下げる。


「我々は八坂家家臣の者で、私は比佐丸ひさまる。この2人は松風まつかぜ永越ながえつと申します」


「……どうも」


 ケイたちの正面に座るのが案内をしてきた比佐丸。

 その左右に座るのが松風と永越という者らしく、2人は比佐丸に紹介されるとケイに頭を下げた。

 それに対し、またもケイは頭を下げる。

 3人ともちょっとボサボサな髪をしており、無精ひげを生やしている。

 そのせいか粗野な印象を受けるが、礼儀正しい人たちのようだ。

 いきなり上から目線だった剣術部隊の義尚とはえらい違いだ。


「あなた方のことは僅かながら聞き及んでおります。数千の猪を退治したとの話だとか?」


「ええ、まぁ……」


 それを知っている人間はそれ程多くないはず。

 剣術部隊の人間と源次郎、後は報告していれば大名家の人間くらいではないだろうか。

 その情報を知っているということは、八坂家の情報網はなかなかといったところだ。


「単刀直入に申し上げる! しばらくの間この町から離れてもらえないだろうか?」


「……どういった理由で?」


 比佐丸が言ったように、本当に単刀直入だ。

 ゆえに理由が分からない。


「説明させていただきます」


 ケイが説明を求めるのを待っていたように、比佐丸は話し始める。


「現在、八坂家にはある疑いがかけられております」


「疑い?」


「それを説明する前に、この西地方のことをお話いたします。まず、西地方を治めていた大名家は、一度潰れかけました。理由はその時の領主である貞満公の姫にあります」


「貞満様の一人娘である姫に将軍家から婿を取り、太いつながりを作るはずだったのですが、ある武家の男と駆け落ちをしてしまいまして……」


「……あっ、そう……」


 その話を聞いて、ケイは何だか変な汗が流れる。

 どこかで聞いたことがあるような話だったからだ。


「それによって将軍家から睨まれまして、大名家は将軍家から言われるがまま養子受け入れざるを得なくなりました。そして、あてがわれたかったのが現当主の信親のぶちかとなります」


「その信親が、いわゆる将軍家の落ちこぼれと言われる男でして……、しかし、問題は信親ではなく、その筆頭家老の上重うえしげにあります」


「前領主の貞満様の側近だった八坂家の人間を陥れ、完全に実権を握っている状況です」


 関係図が描かれた紙をケイたちの前に広げ、比佐丸・松風・永越が順番に説明してくる。

 分かりやすいが、ケイの頭には他のことがちょっとチラついている。


「八坂家は遡れば将軍家の血を引く一族です。そのため、本来は現当主の時兼様が引き継ぐべきでした。しかし……」


「……そこでかけられた疑いですか?」


「その通りです」


 姫がいなくなり、将軍家とのわだかまりをなくそうと八坂と上重はぞれぞれ動いていたのだが、なかなかうまくいかなかった。

 特に八坂家は、その姫を連れ去った織牙家の上役。

 下っ端の部下だったからと言って関係ないでは済まされない。

 それを負い目を使い、上重は八坂から筆頭家老の地位を奪い取った。

 前当主の貞満が亡くなる1年前に将軍家とのつながりを得るとの名目で、上重は信親を養子に入れることを進言した。

 信親は将軍家の落ちこぼれと言われ、酒と女にだらしがなかった。

 そんな信親を首都から西の端へと遠ざけられる提案に、将軍家は乗っかり、どうにか将軍家との関係が改善された。

 しかし、そんな人間を連れて来なくても、八坂家が西地区の当主になり、領地を発展させることで将軍家の怒りを鎮めるという手もあった。

 時間がかかるが、問題児を連れて来るよりかはマシに思えた。

 市民からもそう言った声が多かったのだが、そこで上重が動いた。


「姫を奪ったその武家は取り潰し、一族郎党処刑になりました。しかし、その織牙家には生き残りが1人いたらしいのです。その生き残りを八坂家が匿っているという話が広がっています」


“ピクッ!”


 比佐丸の言葉に、黙って聞いていた善貞が僅かに反応する。

 しかし、それに気付いた者はいない。


「織牙家の生き残りがいるということすら噂でしかないのに、その生き残りを匿っているなどと言う事はありません。その嫌疑をもとに、上重は八坂家を潰そうというつもりなのだと思います」


「なるほど……」


 薄いとは言っても将軍家の血を引く八坂家。

 そんなのにいつまでもいられたら、折角将軍家から馬鹿を引き抜いてきた意味がなくなる。

 さっさと八坂家を潰し、馬鹿を傀儡にして上重家を発展させるのが狙いなのだろう。


「我々は戦ってでも断固抵抗します!」


 比佐丸は拳を強く握って、熱く語る。


「……戦ってでも?」


「はい!」


 源次郎の坂岡家はその上重家の傘下。

 軍部を握られているのはかなり痛く、戦うにしても勝ち目が薄いところだ。

 彼らはそのうえで戦う気なようだ。


「ところで、この町を離れるのはいいですが、どこへ行けば良いのですか?」


「ここから南へ行くと美稲という小さな町があります。そちらは八坂家の所領地、あなた方を迎える用意はちゃんとさせますので安心して下され」


 比佐丸たちの提案に乗るのは、八坂家の当主がどのような男なのかということが、単純に興味があったからだ。

 1日もあれば着くというその美稲という町に、ケイたちは早々に向かうことになった。


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