第140話
「……部下が迷惑をかけた。私は今回の魔物討伐の任を受けた坂岡源次郎と申す」
不愉快な態度だった男を伸して、部隊の者たちはケイを睨みつけてくる。
しかし、そんな彼らを止めて、1人の男性がケイのいる所へ歩み寄ってきた。
かなりの美丈夫で、身に着けている細かい装飾品から他の者たちとは立場が違うように思える。
そして、ケイと目が合うと男は礼儀正しく自己紹介をしてきた。
「ケイ……です。大陸からきた冒険者です」
ケイも、名ばかりとは言っても一国の王という立場。
アンヘルの名を言うか悩み、変な間ができる。
しかし、敬語を使うことを悩んだようにして何とか誤魔化そうとする。
流石に慇懃な態度で来た者に対し、無礼な態度で返すわけにはいかない。
ケイも源次郎に対して、丁寧な言葉で自己紹介した。
「この子たちは従魔のキュウとクウです」
「随分可愛らしい従魔だな」
ケイの側にいるキュウたち従魔を紹介すると、源次郎は笑顔でキュウたちを見つめた。
手入れは結構頻繁にしているのでキュウたちの毛並みはケイにとって自慢でもある。
そんなキュウたちを褒められ、ケイは内心源次郎への好感度が上がった。
「彼は? 日向の者に見えるが?」
「あぁ、彼はたまたま知り合い、道案内を頼んだ太助という者です」
「……太助です」
源次郎は当然残りの善貞へ目を向け、ケイに問いかける。
そして、ケイは何故か善貞を太助という名で紹介した。
そのやり取りを、善貞は僅かに焦っていた。
ケイ特製のマスクをしているお陰でバレるとは思わないが、出来ればこの者たちに素性をバレたくない。
バレる可能性を少しでも減らすためにの打ち合わせをケイとする時間もなく、どうするべきか悩んで来たのだが、ケイがしれっと別の名で紹介された。
それに乗っかり、善貞は自分を太助と名乗った。
「……帯刀している所を見ると浪人か?」
「はい」
あとで善貞に聞いた話だと、この国で帯刀しているのは大名などに仕えている武士の者たちと、そう言った職につけず、魔物を狩って小遣いを稼いでいる者に別れるそうだ。
浪人とは、大陸で言う所の冒険者に近いが、結局は職につけなかった者のため、先行きが暗いまま生きているに過ぎない。
そのため、嫁になろうとする者もおらず、はっきり言ってはみ出し者というレッテルを張られた者のことをいうらしい。
それはさておき、源次郎の問いに善貞は短い返事をする。
「それにしてもお主なかなかやるな。義尚をあっさり静めるとは……」
「腕っぷしには多少の自身があるもので……」
態度が悪く、腹を立てて刀を抜いたため、ケイに攻撃されて気を失った男は、どうやら義尚というらしい。
源次郎も義尚の態度が少々良くないと思っていたので、いい薬になったと思っている。
しかし、態度が良くないとは言っても、この剣術部隊に入るほどの実力の持ち主。
一応精鋭の一人を一撃で倒したことを源次郎が褒めると、ケイは大したことないように返答する。
「さて、挨拶も済んだし、改めて魔物のことを聞いていいか?」
「えぇ……」
ここまで来て、ケイたちを引き留めたのも任務のことがあってのことだ。
ケイとしては、元々聞かれれば答えるつもりはあったので別に構わない。
そもそも、仲間に介抱されている義尚が、最初からちゃんと聞いていれば無駄な手間をかけずに済んだのだが、その愚痴は源次郎に免じて言わない。
そして、ケイは猪の群れの討伐をしたことを説明したのだった。
「なるほど……、信じられんがその猪の群れをお主が倒したのか……」
「はい」
ケイの説明を受け、源次郎は納得したように頷いた。
「嘘だ! 源次郎様、いくら何でも大繁殖した群れを1人で倒せるわけがありません!」
話している最中に目を覚ましたのか、義尚がケイの話を否定してくる。
たしかに信じられないのも仕方がないが、またも勝手に決めつけて来たのには、学習しない男だと思う。
「これが一応証拠になります」
「……これは?」
義尚のツッコミを無視し、ケイは魔法の指輪から黒焦げのうり坊を取り出した。
見た目は焦げたうり坊だが、どことなく形が違う。
そのため、源次郎はケイにこの物体の説明を求める。
「大繁殖の元凶となった猪です。見た目はうり坊ですが、これが念話を使っていたのを確認しました」
「ほう……」
出されたうり坊は、たしかに普通のとは形が微妙に違うが、死んでしまっていては、確認するためにちゃんとした所へ持って行って調べてもらわないと分からない。
「持って行っていただいて構いません」
「いいのか?」
「えぇ」
猪の群れの討伐というかなり危険なことをやってのけたのに、その元凶を渡すなんて手柄を放棄するようなものだ。
それをあっさりと渡されたことに、源次郎は意外そうに問いかけてきた。
立ち寄った月和村で、討伐依頼を源次郎たちに出したのは聞いていた。
そのため、猪の群れを倒してから討伐部隊が来てしまった時の事を考えて、ケイは念のため取って置いたに過ぎない。
奧電に着いた時にまだ討伐部隊が出発していなかったなら、出発をしなくていいと伝えるためにどこかに提出するつもりでいたため、渡してしまっても全然構わない。
源次郎の問いに返事をしたケイは、そのままうり坊の死骸を源次郎に渡したのだった。
「そこの2人! 確認に行って来てくれ!」
「「ハッ!!」」
義尚ではまたおかしなことになるかもしれないと思ったのか、源次郎は近くにいた2人に指示を出し、ケイが倒した猪の群れのあった所へ確認に行かせた。
その指示を受けた2人は、了解したように頭を下げた後、馬に乗って走り出した。
「嘘を言っているとは思わぬが、きちんと確認しないとならぬのでな」
「大丈夫です。理解してます」
確認に行かせたからと言って、義尚のように全く信じていないという訳ではない。
討伐完了の報告をする上でも、群れがいた場所などの情報の確認が必要になって来る。
そのことを告げる源次郎だが、立場上色々あるのだろうと、ケイはちゃんと理解しているつもりだ。
「坂岡様! その者の言う通り猪の骨が大量に埋められた場所が確認できました」
「そうか」
確認に行った2人は、ケイたちがとどまっていた場所へと戻ってきた。
そして、ケイの言ったことが本当だったことを源次郎へ報告したのだった。
「本来は我々の仕事だったのだが、お主のお陰で危険な手間が省けた。感謝する!」
「いえ、当然のことをしたまでです」
報告を受けた源次郎は、感謝の言葉と共にケイに握手を求めて手を出してきた。
感謝されて断るのもおかしいので、ケイは源次郎の手を握り、握手をする。
「これからお主たちはどうするのだ?」
「奧電へ向かうつもりです」
事も済んだことだし、源次郎たちは奧電に戻ることにした。
馬たちの休息も十分済み、これまで来た道から反転させて出発といったところで、ケイたちに行き先を尋ねてきた。
それに対して、ケイは正直に答える。
「ならば、我らと共に行こう!」
「「…………えっ?」」
その源次郎の誘いに、ケイだけでなく善貞も驚きの声が思わず出た。
「では、行こうか?」
「あっ、はい……」
剣術部隊の坂岡源次郎の誘われ、奧電の町へ向かうケイたちは同行することになったのだが、馬は人数分しかおらず、ケイたちが乗る用の分はない。
そう思っていると、隊員の一人が魔法の指輪から荷車を出してきた。
その荷車に乗るように言われて仕方なしに乗ると、馬に繋ぎ始めた。
どうやら馬に轢かせるつもりらしい。
乗り心地はあまり良さそうではない上に、荷物扱いをされているようにも思える。
義尚とかいう奴を伸した腹いせを、今してきたのかと疑いたくなる。
「気分悪いな……」
善貞もケイと同じ思いらしく、小さく文句を言う。
彼らが現れてから、善貞の様子が微妙に変になった。
何故か彼が身分を隠していることに関係しているのかもしれない。
そう思ったケイは、源次郎たちに善貞のことを偽名で紹介したのだ。
どうやらその選択は正解だったかもしれない。
善貞の小さい呟きは、何だか棘のある感じだ。
「そう言うなよ。ずっと変わらない坂道を上るよりは楽でいいだろ?」
「…………」
荷車での移動に、BGMでドナドナでも流れてくるような感覚になるが、変わらない樹々の景色の坂道を登っているよりかは気が楽だ。
あまり機嫌が良さそうでない善貞をなだめ、荷車に座ったケイはキュウとクウを撫で始めた。
魔物が出ても源次郎の部下が勝手に倒してくれるため、ケイたちは特に何もせずのんびりしながら緒伝山の山を越えて行った。
「源次郎様」
「んっ? 何だ?」
「なぜ奴らを連れて行こうとなさったのですか?」
一行は緒伝山からすぐに
そこで、いい意味でも悪い意味でも思ったことを行動に移す義尚は、上官の源次郎にケイたちを連れて行く理由を尋ねた。
隊の他の者たちも聞きたかったことなので、本来は上官へ許可なく質問する義尚を咎める所なのだが、源次郎も機嫌を悪くしたように見えないのでそのまま流した。
「あのケイという男はかなり強い」
「……そのようですね」
みんなが聞き耳立てているのが分かり、列の前の方にいて離れているケイには聞こえないと思った源次郎は、仕方なく部下たちに聞かせるように説明を始めた。
「猪の群れを1人で潰せるような者がこの中にいるか?」
「我々では無理ですが、源次郎様なら……」
猪の大群なんて、準備をして集団で連携を取りながら戦うのが基本だ。
それを1人で倒しきってしまうなんて、とてもではないがまともじゃない。
そんなことができる人間は、恐らくこの隊の中にはいない。
だが、源次郎なら出来るのではないかと、義尚は思ったことを口にする。
「俺でも厳しいかもしれないな……」
「そんな……」
この隊の誰も源次郎の全力を見たことがない。
それゆえ、源次郎の言葉を聞いた義尚が、信じられないと言ったような表情へと変わる。
源次郎自身、本当に自分ができるかはいまいち分からない。
日向の国は、刀と魔力で戦うことを美徳としている部分がある。
源次郎たちもそのように育ってきているため、魔力を使っても魔法を使うことはない。
そのため、接近戦しか選択肢がないため、猪の群れの相手なんて危険でしかない。
「最近魔物の動きがおかしいのは知ってるか?」
「北の地で魔物による事件が起こったという噂ですか?」
魔物の大繁殖は最近他の地でもあった。
この西の地のように、山や森が多い場所には魔素が溜まりやすい。
とは言っても、こう見事に時期が重なるなんて、珍しいというよりおかしく思える。
「一つの村が壊滅寸前になったとか?」
「そうだ」
先週、北の地で魔物の手によって一つの村が潰れかかった。
北の大名の指示によって、その配下の剣術部隊が始動。
その者たちの力で何とか死人を少なく抑えることに成功したらしい。
「この西の地は今不安定だ」
「……ハイ」
半世紀近く前に起こった事件によって、この西の地は少し荒れた。
前の大名家が世継ぎがいなくなり、養子を迎えることでとりあえず繋いだというのが現状だ。
その養子、つまりは源次郎たちの主人は頭が悪く、色々と面倒なことを起こし、市民からの信頼は薄い。
現領主の代わりに市民からの信頼が高いのが、前領主の側近だった家だ。
「彼を上手く使ってそれを解消する」
「奴を利用して、八坂家を抑え込むということでしょうか?」
「言い方が悪いが、その通りだ」
たまたま知り合った異国の者を使うのは、微妙に気が引けるところだが、背に腹は代えられない。
自分たちの地位のことを考えると、人気者の八坂家を潰さなければ、いつ寝首を掻かれるか分かったものではない。
いざという時のためにケイたちと交流を計り、仲間に引き入れておくに越したことはない。
それを遠回しに言っていたのだが、義尚の真っすぐな物言いに、源次郎は苦笑した。
【……って、いってるよ】
列の先頭の方で、馬に轢かれた荷車に乗っているケイたち。
源次郎の所までは距離があるが、そんなこと関係なく、キュウは源次郎たちが話す内容をケイに教えた。
魔物の餌と言われるほど弱小魔物のケセランパサラン。
そのケセランパサランであるキュウは、危険察知をするために耳が良い。
とは言っても、普通のケセランパサランならこの距離で聞こえることはないが、魔力を使えるキュウは、魔力を使って集中すれば聞こえない距離ではない。
義尚が源次郎に近付いて行ったのを確認したケイが、暇つぶしがてら盗み聞きをするようにキュウに頼んだのだ。
源次郎の狙いが聞くことができたのは僥倖だった。
「ありがとなキュウ」
【えへへ……】
いい話を盗み聞きしてくれたキュウへ、ケイはお礼として撫でまわしてあげた。
ケイに褒められて撫でられたことで、キュウは嬉しい気持ちで一杯になったのだった。
「俺たちを利用しようってわけか……」
善貞にも小声で話したので、機嫌がさらに悪くなったように思える。
「まぁ、状況を見て適当に相手してやろう」
利用しようとしているなら、それはそれでケイとしては構わない。
こちらはこちらで、源次郎たちを利用させてもらうつもりだ。
この国のことは、この国でどうにかするのが当たり前。
ケイとしては関わり合うつもりはない。
場合によっては、転移魔法を使うことも辞さないつもりだ。
20代に見えても、もうかなり年食ったおっさんだ。
源次郎程度の若造に使われるほど馬鹿ではない。
奧電に着いたら、色々調べることに決めたケイだった。
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