第139話

「お~い! 終わったぞ!」


【わ~い!】「ワウッ!」


 猪の群れを壊滅させたケイは、善貞を守っているキュウたちの下へと戻ってきた。

 手には、大繁殖の元凶だと思われるうり坊の死骸を持っている。

 戻ってきたことに喜び、キュウとクウはケイの周りを走り回る。


「んっ? どうした?」


 キュウたちがはしゃいでいる中、善貞はボーッとした様子でケイを見つめながら立ち尽くしていた。

 その様子に気付いたケイは、善貞へ向かって問いかけた。


「す、すげ~!」


 善貞から返って来たのは感嘆の声だった。


「お前、めちゃめちゃ強ぇんだな!?」


 善貞は、まるで感動したようにケイを見つめる。

 ケイの戦いに何か感じることがあったらしく、かなりテンションが上がっている。


「見てて何か掴めたか?」


 魔闘術を覚えたいと言っていた善貞へ、別に何か教えるために戦ったわけではないが、少しでも何か感じる所でもあればそれでいい。

 そう思い、ケイは善貞へ問いかける。


「…………何かよく分かんないけど、魔力を操るのが上手くないといけなさそうだな?」


「まぁ、それが分かれば十分だ」


 魔闘術は、善貞が言うように魔力の操作が最も重要な技術だ。

 それを行なうためには、体内の魔力を自由自在に動かせるようにならなければならない。

 好きに動かせるようになれば、魔闘術も使えるようになる。

 取りあえずそれが分かるだけで十分だろう。


「こいつが原因だったのか?」


「あぁ」


 ケイが手に持つうり坊を見て、善貞は意外そうに問いかけてくる。

 ケイはそれに頷きを返す。


「こんな姿だが、知能と魔力の使い方が他より優れていたようだ。それに繁殖力も高かったんじゃないか? 魔物も動物も、繁殖力の高い雄に自然と惹きつけられるものだし」


 魔物も動物同様、次世代へと繋いでいくということが本能的に備わっている。

 そうなると、魔物の種類によって見た目や強さなどを求める場合もあるが、一番は繁殖力を優先する傾向が強い。

 このうり坊は恐らく突然変異のような個体で、知能と繁殖力で群れを作っていたのだろう。


「……念話が使えただけで女を侍らせられるなんて、なんだか羨ましいな……」


「……確かにな」


 顔立ちはなかなか整っているため、善貞もモテないようには見えない。

 しかし、ケイの話を聞いた善貞は、まともな男なら1度は想像するあろう状況に、もっともな感想を述べる。

 ちょっと頭が良いだけの奴に女性が群がるなんて、男の立場からしたらこんな羨ましいことはない。


「善貞、まだ魔法の指輪に入るんだったら選別して解体するぞ?」


「おぉ、頼む。どっかの肉屋に持って行けば金になる」


 大半の猪が焼けて消し炭のようになっているが、銃殺したのは解体すればかなりの量の肉が取れる。

 大容量の魔法の指輪を持つ善貞へ、ケイは持って行くのか尋ねる。

 すると、装備品も買えないほどに資金不足な善貞は、あっさりと猪の解体を頼んで来た。


「……………………」


「んっ? どうした?」


 短いやり取りをして黙ったケイを、善貞は疑問に思った。

 何か困った事があったのだろうか。


「お前、それだけの容量の魔法の指輪なんて、まともな身分じゃ手に入らないぞ」


「…………あっ!」


 ケイに言われて、善貞はようやく自分の失敗に気付いたようだ。

 日向最初の町である反倉の港町でも、魔法の指輪は販売されていた。

 しかし、そこで売られていたのは、ケイが今装着しているのと同じくらいの量しか入らないような魔法の指輪だった。

 それ以上の容量の魔法の指輪を手に入れようとする場合、かなりの大金を積み、信頼できる商人を大陸まで行かせるしかなくなってくる。

 積むための大金も所持していなければならないし、商人に動いてもらうとなると、身分が高くないとできることではない。

 そうやって手に入れなければならない魔法の指輪を持っていて、平民と言うのは通用しない。


「……………………」


「……まぁ、お前がどんな身分だか俺は知らないし、知るつもりもない」


 失敗をやらかしたことで、顔をうつ向かせる善貞。

 そんな善貞に対して、ケイは興味なさげに話す。

 善貞の身分を知っても別にケイには関係ないが、抱えている面倒事の規模が気にかかる。

 この国に来て間もないのにもかかわらず、国に追われるようなことになったら話にならない。


「身分隠すんだったら、しっかり隠せよ。俺にまで被害が及ぶだろ」


「わ、分かった」


 流石にこんな若者のことで、国に追われるようになるとは思わないが、相手次第では見捨ててしまおうかとケイは思っている。

 身分を隠していると気付いたのにもかかわらず、興味無さそうなケイの様子に善貞は安堵したように返事をする。


「魔法の指輪だけじゃないぞ。刀の拵えがそんなに見事なら誰だって気付くと思うぞ」


「そ、そうか!」


 そして、ケイはそのあと善貞が身分バレバレな原因を伝えた。

 刀の拵えは、身分が高い程豪華にしがちだ。

 見栄や威厳を示すためだろうが、善貞の物は下級の武士とは思えない程の豪華さだ。

 ケイでも目が行くような物に、他の者が気付かなはずがない。


「そっちは仕舞って、この鞘でも使え!」


「あぁ、分かった」


 他に持っていないようなので、ケイは錬金術を使ってそこら辺に落ちている木を使った鞘を作り出す。

 そして、打刀用と脇差用の鞘を受け取った善貞は、早速言われたように鞘を入れ替える。


「もしかして、顔が知られているってことはないよな?」


「…………多分」


 これだけバレバレなことを平気でしていた善貞だ。

 顏が知られているという可能性もある。

 そう思ってケイが尋ねると、善貞からは曖昧な返事が来た。


「……しょうがない」


 大陸横断中、追われる立場なために変装技術がレベルアップしたケイ。

 その経験を利用して、ケイは善貞の顔を変えるために、錬金術でマスクを作り出す。


「な、何だこれ!?」


「それを付ければ、あら不思議! 見た目全くの別人へと変われる仮面のような物だ」


 即席で作ったマスクだが、結構な出来だ。

 しかし、こんなものを見たことがない善貞は、渡されたマスクに戸惑う。

 そんな善貞に、ケイは簡単にマスクの使用法を説明する。


「やっぱお前スゲエな……」


「だろ?」


 こんなものをあっさり作れるなんて、善貞は改めてケイの凄さを感じる。

 そして、ふと出た感想に対して、ケイは軽口で答える。


「それを外すな……とは言い過ぎだが、寝る時と俺以外の人間がいる所では外さないようにしろよ」


「分かった!」


 1日中マスクを着けていると、少し蒸れて不快な気分になる時がある。

 それはケイ自身の経験談だ。

 なので、他の人間がいる時は当然だめだが、寝る時ぐらいは外してもいいだろう。


「早速着けろよ」


「あぁ…………」


 これから東へ向けて山越えを目指すのだが、街道でだれと会うかも分からない。

 バレても困るので、ケイは早速マスクを装着してもらうことにした。


「どうした?」


 マスクの装着を促したのにもかかわらず、善貞はなかなか着けようとしない。

 その様子に疑問を持ったケイは、理由を尋ねる。


「これ獣臭いな?」


「……作りたてだからな」


 材料は手に入れたばかりの猪の皮。

 形状のことばかり考えていたので、臭いのことは完全に頭から消え去っていた。

 たしかに、このまま装着するのは気が引ける。

 仕方がないので、ケイは錬金術を使って臭いを消す。

 猪の群れとの戦いに加えて、魔力食いでおなじみの錬金術を数回。

 ケイの魔力は残り少なくなってしまう。

 そのため、ケイたちはこの場でもう一泊することになってしまった。


「さぁ、奧電へ向かおう」


「おう!」【うん!】「ワウッ!」


 猪の死骸の始末は、キュウたちに手伝ってもらったため、手早く終了した。

 ゆっくりしたので魔力も回復したので、ケイたちは目的の奧電へと向かって街道を進むことにした。






「……なんか来たな」


「えっ?」


 異常発生した猪の群れを退治し、ケイたちは奧電の町へと向かって緒伝山を登っていた。

 街道の両端の景色は、ずっと樹々が生い茂っているだけで、いつまで経っても変わり映えしない。

 そのため、ケイやキュウたちはさすがに飽きてきた。

 これまで猪が幅を利かせていたからか、魔物もなかなか出現してこないため、体も動かせないことが更に追い打ちとなっている。

 そう思っていたところへ、ケイたちが向かう方向から何かが迫って来る気配を感じた。

 坂道が続いて疲労の色が見える善貞は、そんなこと気が付かなかったようだ。


“ザッ!!”


「異人か……。お主らこの先に異変があったと聞いたが何か知っているか?」


 人を背に乗せた馬が迫ってきて、ケイたちの側へ来ると馬を乗せて男が尋ねてきた。

 その内容と腰に帯刀している所を見ると、月和村と官林村が出した嘆願書によって来た剣術部隊の者なのだろうとケイは理解する。


「あぁ、それなら解決しました」


 そのため、ケイは自分たちが問題を解決したと告げ、説明をしようとした。


「何っ!? ということは、たいしたことないことで我々を呼んだということか?」


「えっ? いや……」


 続けて説明しようとした言葉を聞く前に、その男は自分勝手に変な解釈をしたようだ。

 何故そんなことになったのか分からず、ケイは慌てて訂正しようとする。


「戻って隊長に知らせなくては……、ハッ!」


「あっ!? おいっ!?」


 訂正しようとしているのも無視して、男は馬の踵を返す。

 そして、馬に合図を送り、ケイが止めるのを気付かず、来た道を戻っていってしまった。

 

「全然話を聞かない奴だな……」


「………………」


 そもそも馬に乗ったまま上から目線で話しかけて来たのにもイラッと来たが、人の話を聞かないとは不愉快な男だ。

 勝手に解釈して行ってしまったので、自分には落ち度はない。

 そう判断して、ケイは街道をまた進むことにした。

 男とケイが話している間、善貞は黙って関わらないようにしていた。







「何っ? なんでもなかっただと?」


「ハッ! 街道を歩いていた異人が申しますに、そのようなだと……」


 数時間後、先程ケイに話しかけた男は、馬なりで西へと向かって来ている隊と合流する。

 そして、一番後方に控える隊長に、先程ケイと話した内容を伝える。

 しかし、それは勝手に解釈した内容にすり替わっていた。


「そうか……、しかし、嘆願書は切羽詰まったような文章だったのだが……」


 猪の魔物による被害が頻発してきたと、月和と官林の村長から助けを求める嘆願書が送られて来た。

 被害の状況が日に日にひどくなっていることから、ようやく剣術部隊へ事件解決の命令が下った。

 その時、内容を見せてもらうことがあったが、字を見るに焦っているように感じた。

 内容自体もかなり困っているということが書かれていたので、危険な状況かもしれない。

 そう思って準備を整え、西へ向けて山越えをして来たのだが、何でもないとはおかしな話だ。

 問題なかったのであれば、それはそれでいいことなのだが、どうも本当に何もなかったとは思えない。


「奴らはたいした事でもないのに我々を呼びつけた模様です。織牙の領地の者は我々を馬鹿にしているのです!」


「おいおい、そんなに熱くなるなよ」


 ケイから話を聞いてきた男は、また勝手な解釈をする。

 彼の境遇から、山から西側の地域の者たちを良く思っていないのかもしれないが、若干行き過ぎているように隊長の男は感じる。

 そのため、暴走する部下を止める。


「ハッ、申し訳ありません」


 自分も少し熱くなっていたと自覚したのか、隊長に向かって部下の男は頭を下げた。


「…………念のため確認に行ってみよう」


「えっ? 向かうのですか?」


 街道を歩いていた人間が嘘を吐いて得するとは思えない。

 しかし、あの嘆願書が嘘だとも思えない。

 思ったより問題の規模が小さかったということもあるかもしれない。

 どちらにしても、確認だけはしに行くべきだろう。


「何もなかったならそれに越したことはない。無駄足だったとしてもここまで来たのだからたいした手間でもないだろ?」


 折角山を2つ越えてここまで来たのだ。

 残りの山も半分もない距離だ。

 東の奧電に戻るにしても、ちゃんと見て確認をしたうえで戻った方が、上に正確に報告できる。

 そう判断し、部隊はこのまま先へ向かうことにした。


「かしこまりました」


 部下の男も恭しく頭を下げ、部隊の戦闘付近へと並んだのだった。






「あっ? また来た」


 坂道を登ったり下ったりして山越えをしようと進むケイたちのもとへ、またも馬に乗った男が向かって来る。

 景色の変化がない分人が来るのは良いのだが、少し前にイラつかされた男の顔が見え、何か嫌な予感がしてくる。


「今度は団体か?」


 しかし、前の時と違い、今度は数十人の馬に乗った団体が列をなしている。

 道の端に避けて通り抜けるのを待とうかと思ったのだが、列の先頭はケイたちの近くで停止した。


「お主らか? 先程この者にたいした問題はなかったと言ったのは?」


「いや、そんなこと言ってない」


 前に聞いてきた男と共に近付いてきた男は、ケイが言ったのとは違うことを聞いてきた。

 そのため、ケイは素直に返答する。

 というか、馬に乗ったまま聞いてくることに若干イラつく。


「何っ?」


「解決したと言っただけだ」


 さっきの男が勝手な解釈をしたまま、それを他に伝えたのだろうとケイはなんとなく察する。

 一度も言っていないことを、言ったとされるのはケイの本意ではない。

 そのため、きっちりと訂正したのだが、


「戯言を抜かすな! 貴様は言ったではないか!?」


「言ってねえよ! てめえが勝手に解釈したんだろ?」


 勝手な解釈をするような奴だ。

 自分の失敗だと理解していないのかもしれない。

 隊のみんなの前で恥をかかされているように思ったのか、少し前に聞いてきた男がケイの言葉に激昂する。


「貴様! そもそも何だその口の利き方は!? 名を名乗れ!」


「いや、てめえが誰だよ!? 馬の上から態度でけえんだよ!」


 この国の武士に対してどう接すればいいかよく分からないが、こんなに態度でかく聞かれても応える気にはならない。

 そのため、敬語を使わずケイは話した。

 そもそも、人に名を尋ねるなら自分から名乗るのは当然だろう。

 そう思って、ケイは男にたいして喧嘩口調で言葉をぶつける。


「貴様!!」


「義尚! やめ……」


 ケイの言葉にカッと来たのか、男は腰に手を近付ける。

 刀を抜くつもりなのかもしれない。

 それを、もう一人の男が止めようとするが、時すでに遅く、刀が抜かれた。


“ドカッ!!”


「うぐっ!!」


「「「「「っ!?」」」」」


 しかし、抜刀したのを確認したケイは、義尚と呼ばれた男を馬の上から蹴り落とした。

 それを、他の剣士たちは見ており、みんな目を見開いて固まった。

 鳩尾にめり込むように蹴りが入り、義尚と呼ばれた男はその一発で行動不能になった。


「おっと! 正当防衛だぜ!」


 自分に向かって注がれる視線に、ケイは主張しておくことにした。

 いきなり剣を向けられて、抵抗しない人間なんてただの馬鹿だ。

 先に剣を抜いたのは義尚と呼ばれた男の方であって、ケイはそれに抵抗しただけだ。

 身分差があるこの国で正当防衛が通用するかは分からないが、念のため言っておくことにした。


「貴様!」


「やめよ!!」


 義尚と呼んだ男の方も、仲間がやられて腹を立てたのだろう。

 今度はこの男が剣を抜こうとして腰に手をかけた。 

 しかし、それが抜かれる寸前、男に対して制止の命令が響き渡る。

 列の後方に位置していた男が、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてきたのだった。


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