第144話
「何っ!? 義尚と貴晴が戻らないだと?」
「はい……」
ケイが倒して魔物の餌にしたことなど知る由もなく、剣術部隊の隊長である坂岡源次郎は隊員の2人が戻ってこないという報告を受けた。
戦闘面において優れた能力を持つ剣術部隊は、一応規則のような物がある。
飲みに出かけたりするのは構わないが、一度番所に戻り、許可申請してから出て行くのが基本になっている。
なのに2人の若手が帰って来ない。
「……あいつらはどこを探していたんだ?」
「美稲の町へ向かった者と思われます」
いなくなったケイの探索に行かせた若手2人は、自分たちが原因だと重く思っている節があった。
源次郎からしたら、策があるのでケイがいなければそれはそれで構わなかった。
そのため、ケイがこの町の中にいないか探させたのだが、あの2人は何とか探し出そうと美稲まで足を延ばしてしまったようだ。
「チッ! 勝手なことを……」
この町にいないか探させたが、ケイたちが姿を消したところを見ると八坂側に連れていかれた可能性が高い。
八坂が人を隠すとなったら、領地である美稲しかない。
そう思った2人は、そこまで探しにでも行ったのだろう。
わざわざそこまで探しに行かなくてもよかったのに、自尊心を傷つけられた腹いせも混じっていたのかもしれない。
「もしもケイとやらを見つけて、戦いを挑んだら……」
「恐らく、もうこの世にいないかもな……」
部下の男の言う通り、2人がケイのことを見つけたらきっと命を狙いに動くだろう。
しかし、ケイの実力は、もしかしたら隊長である源次郎よりも上かもしれない。
そうなると、あの2人では返り討ちにあうのが目に見えている。
「汚名返上とでも思ったのでしょう……」
「相手を考えろって話だよ」
帰って来ないということは、返り討ちにあったことが濃厚だろう。
若いとは言っても、剣術部隊に配属されたことからいっても才能ある者たちではあったが、それが逆に目を曇らせる結果になったということだろう。
「まぁ、あの2人は仕方がない。上重様の指示通り策を開始しよう」
「かしこまりました」
日向の国には剣術などを指導することに特化した学校もあり、魔闘術を使えるようになる者は多い。
代わりになる若手は探せば見つかる。
なので、いつまでも戻らない2人のことは放って置いて、元々あった策を行動に移すことにしたのだった。
「……えっ? 売れない?」
「えぇ、残念ながら……」
義尚と貴晴を仕留めたケイは、宿へと戻る最中にたまたま八坂の部下である比佐丸に会った。
そして、彼を部屋へ招くと、仕留めた2人から剥ぎ取った刀を見せて、どれくらいの金額で売れるか聞いてみた。
エリートの剣術部隊の者たちが持っていた刀なのだから、さぞかし良い金額になるのではないかと思っていたのだが、比佐丸からの答えはこれだった。
「何で?」
錬金術で色々な物を作るケイから見ても、かなり良い鉄を使っているように思える。
剣としての価値が低くても、売れないというのは信じられない。
鉄の塊としても、いくらかにはなるはずだ。
「売れないというより、売らないでいただきたいといったところでしょうか……」
「何故?」
手に入れたというのに売れないのはおかしいと思ったら、理由がちょっと違ったようだ。
当然売らないでほしい理由があるのだろうと、ケイは尋ねる。
「剣術部隊の義尚と貴晴いうと、山下と保高の家の者です」
「そう言えばそんなようなことを聞いたような……」
番所のような邸に宿泊していた時、剣術部隊の人間たちには簡単に自己紹介をされた。
義尚にも不機嫌そうに名乗られたが、人数が多いため、名字か名前のどちらかを覚えるだけで精一杯で、フルネームを覚えるなんて出来なかった。
しかし、その時の事を思い出すと、確かに義尚と貴晴はそんな名字を名乗っていたような気がする。
みんな名字があった所を考えると、英才教育を受けた子が入隊することが多いのかもしれない。
「今この時期にそんな刀がこの町で売られたとなると、八坂家へ攻撃をするための口実を与えるようなものです」
ただでさえ、織牙家の生き残りを匿っているなどと言う嘘を吹聴されて困っているのに、上重派の剣術部隊の人間の刀が売られたなどと言ったら、どうやって入手したかなどとややこしいことになるかもしれない。
たしかに比佐丸の言うように、売るのは得策ではないかもしれない。
ただ、善貞がここにいる以上あながちそれも嘘という訳でもないのだが。
「……刀を見ただけで、どこの家の物だか分かるのか?」
「異国の方であるケイ殿はご存じないようですが、刀の柄に覆われている部分にはこの刀を打った者の銘という者が刻まれているのです」
『あぁ……、そう言えばそうだっけ……』
前世が日本人だったからと言って、刀にはそれほど詳しくなかったケイは、見ただけでは持ち主は分からないと思っていたが、比佐丸の説明を聞いて思い出した。
たしか刀には銘と呼ばれる、刀工の名前や作られた生年月日が記されているのだった。
その銘を見て、もしかしたらバレてしまうのかもしれない。
「これですね……」
「へぇ~……」
義尚の刀を抜き、比佐丸は手際よく柄の部分を取ってケイに銘を見せてくれた。
たしかに文字が書かれているのを見て、ケイは相槌をうった。
「山下と保高の家は同じ刀工を利用していたはずです。確か、「康宗」だったと思います」
「あぁ~、確かに入っているわ……」
比佐丸の言う通り、見てみると確かに康宗という名前が記されていた。
これでは、売った時に見られてバレてしまうのは確実だ。
「これじゃあ、売れないな……」
「そうですね……」
刀を売ってちょっといいご飯でも食べようかとも思っていたのだが、売れなければ話にならない。
ケイは残念そうに天井を仰ぎ見たのだった。
「よろしければ、私に……というより、私どもに売って頂けませんか?」
「えっ? 良いけど何で?」
残念そうなケイに、比佐丸は真剣な顔で交渉してきた。
店に売れないので、買ってくれるというなら別に構わない。
しかし、比佐丸の横には自分の刀が置かれている。
別に比佐丸には必要ないと思えたため、ケイは不思議に思って問いかける。
「恥ずかしながら、下っ端の者たちは生活のために刀を売らざるを得なかった者たちもいます。もしも戦になった時、彼らに貸し与えるために使えるかと思いまして……」
「ふ~ん、良いんじゃない?」
昔の日本と同様に、刀は自分の命という考えがあるのだろう。
しかし、そんなことでは腹は膨れない。
仕方がないと言えば仕方がない。
そんな命と同じような物を売ってしまったとなると、武士としては恥ずかしいことなのだろう。
比佐丸は少し申し訳なさそうに言ってきた。
ケイからしたらしょうがないことだと思うので、別に恥ずかしがることはないと思う。
その思いを伝えるように、出来る限り軽い態度で刀を売ることを了承した。
「ありがとうございました」
「いや、こっちも資金が入ったから助かったよ」
宿屋の前まで見送りに来たケイに、比佐丸は刀を売って貰えた礼を述べた。
ケイとしても、ただ持っているだけでは使うこともないので、売ることができて懐が温まった。
「比佐丸殿!」
「松風殿? どうしたのだ? そんなに慌てて……」
ケイと話しているその時、八坂の部下の一人である松風が慌てて比佐丸のもとへ走ってきた。
その慌てように、ただ事ではないと感じ取ったのか、比佐丸は眉をひそめて問いかける。
「巨大な蛇の魔物が出現したのだ!」
「何っ?」
「でかい!」
松風が言ったことを確認するため、ケイは比佐丸と共に美稲の町の外に出た。
すると、外に出た瞬間に松風が言っていた魔物だと分かるような、巨大な蛇が町へと迫って来ていた。
その大きさに驚いたケイは、思わず声を出してしまう。
「でかいなんて生易しい話じゃないだろ?」
蛇の姿を見た善貞の方は、あまりの恐ろしさに膝が笑っている。
「だから来なくていいって言ったんだよ」
訓練である強制的な魔力操作によって気を失い、肉体はかなりの疲労を感じているはずの善貞。
魔闘術を辛うじて使えるようになっただけで、強くなったと勘違いしたのか、善貞はケイが止めるのを聞かずについて来てしまった。
戦力としては全然役に立つとは思わなかったため、ケイは町民の避難を手伝うように言ったのだが、敵の姿をどうしても見たかったようだ。
「今からでも遅くないから、お前は戻れ!」
「わ、分かった……」
自分でも役に立たないと気付いたのか、ケイの忠告に善貞は素直に従った。
そして、蛇に背中を向けて町の中へと戻っていったのだった。
「これで安心して戦えるな……」
今この場に善貞にいられると、守りながら戦わなくてはならなくなる。
申し訳ないが、ケイからしたら八坂の人間とは深い中ではない。
美花の遠縁である善貞に死なれるのは困るが、八坂の者が数人やられようと、ケイからしたら何とも思わない。
そのため、善貞が安全な場所に避難してくれていれば気にしないで戦えそうだ。
「松風さん! もっと人を増やせないのか?」
「無理です。町民の避難に出張っています!」
巨大蛇は、どういう訳だか美稲の町をターゲットにしているようだ。
その巨体ゆえなのか、動きは遅く町に到着するのにはまだ時間がかかりそうだ。
そのため、人を増やして戦えば被害も少なくなるだろうと考えて、ケイは松風に尋ねたのだが、どうやら町民たちの避難に多くの人員を割いたらしく、蛇に対抗しようとしている者たちは少数しかいないようだ。
『それにしても、どういうことだ?』
迫り来る蛇を見て、ケイは疑問に感じる。
移動によってなぎ倒した樹々によって、蛇はケイたちが通って来た山の方から来ているようだ。
しかし、そうなるとおかしいと言わざるを得ない。
あれほどの大きさの魔物ならば、ケイの探知の範囲に入っていたはずだ。
もちろん、ケイの探知の範囲から外れていたというか可能性もあるが、むしろその可能性の方が低い気がする。
そうなると、考えられるのは、ケイたちが通った後の数日で出現したのかもしれない。
だが、それもおかしな考えだ。
たった数日であのような魔物が出現するとは考えにくい。
魔物が出現するには魔素が集まって魔石となり、それを核として出現する。
その魔素の濃度が濃ければ濃い程、強力な魔物が突然変異的に出現する場合がある。
その可能性はかなり低いが、ありえないことではない。
しかし、その場合何かしらの原因となる現象が起きることが多い。
『でも、地震や噴火があった訳でもないし……』
魔物の突然変異が出現する原因には色々あるが、大体が天災による所が多い。
地震によって地面に裂け目が生まれて噴出したり、火山の噴火によって噴き出したりした魔素の集束による原因が確定的だ。
しかし、ケイが山を越えてくるときに、地震も噴火も起きてなどいなかった。
そうなると、どうやってあの蛇が生まれたのか分からない。
「考えても埒が明かないか……」
偶然にしてはおかしいが、それを考えていても答えが出てこない。
その間にも蛇は迫て来ている。
これ以上町へ近付かせるわけにはいかないので、ケイは蛇への攻撃を開始することにしたのだった。
「ヌンッ!!」
「キシャーーー!!」
魔闘術を発動し、気合いと共に斬りつけた攻撃によって、蛇の体に傷が入り血が噴き出る。
「おぉっ! 流石八坂様!」
『へぇ~』
蛇に傷を負わしたのは、美稲の町の領主である八坂だ。
誰よりも先に敵へと向かう姿勢と、見ただけで分かるほど堅い外皮に覆われた蛇の体に傷を付けるほどの一撃に、八坂の強さが垣間見える。
参戦した部下たちが歓声をあげるのも頷けるといったところだ。
『でも、あの程度の傷じゃ……』
喜ぶのは少し早い。
たしかに傷を付けたことは素晴らしい。
しかし、蛇の巨体を考えると、針が刺さったくらいの傷でしかない。
それを考えると、どれだけの回数傷を付けないといけないかわかったものではない。
「シャーーー!!」
「くっ!?」
傷を付けられた蛇は、痛みにイラッと来たのか、八坂へ目を向けた。
そして、何をするのかと思ったら、その目から光線を放って攻撃してきた。
何かしてくると読んでいたのか、八坂は素早く回避行動を行い、その光線を回避することに成功する。
「うわっ!?」「地面が……」
八坂が躱した光線が地面に当たると、その地面が真っ赤に染まった。
光線は相当な熱量だったらしく、その熱で地面がマグマのようになったのだ。
参戦している何人かは、その地面の状態を見て気後れしてしまったのか後退りをしている。
「面倒だな……」
参戦したのなら傷を負わせるくらいしろと言いたいが、発動している魔闘術を見る限り、彼らは実力的に今一つと言ったところのようだ。
というより、
「何で遠距離攻撃をしないんだ?」
魔闘術を使っている者が多いのは素晴らしいと思うが、わざわざ巨大な魔物を相手に接近して攻撃するなんて危険でしかない。
それが分かっているのに離れて戦わない所を見ると、日向の人間は接近戦しかできない者ばかりなのかもしれない。
魔力のコントロールはできるが、それを飛ばすということが苦手だということなのだろうか。
何にしても、接近戦だけで倒そうなんて、無茶苦茶過ぎる。
「八坂様!」
「ムッ? ケイ殿か?」
自分の予想を確認するために、ケイは八坂に話しかけた。
「ご助力願えるか?」
「えぇ、それは良いのですが……」
上重との揉め事に関わるのが面倒だと言っていたので、てっきりもう他の町へと移動していたのかと思っていたが、この非常事態にここにいるということは、力を貸してくれるということなのだと思った八坂は、ケイへと問いかける。
それに対し、ケイは日向の剣士の特徴を聞くことにした。
「えぇ、日向の剣士は近距離戦闘が得意な者ばかりです。遠くで戦おうとしても、その距離を詰めてしまえば確実に勝てる。それが剣士が目指すべき正道です」
「………………」
めっちゃ真剣な顔で言っていることから、日向ではそれが普通なのかもしれない。
信じられないと思ったケイは、言葉が出ずに固まってしまった。
そうなると、美花は少し違った。
大陸生まれの日向人だからか、美花は遠距離攻撃も使っていた。
『……美花の親父さんが特別なのか?』
美花は、自分の剣術は父親から教わった物だと言っていた。
だから日向の人間は遠距離攻撃もできると思っていたのだが、どうやらそれが違っていたのかもしれない。
対人戦闘なら、たしかに誰も彼もがかなりの実力だ。
しかし、魔物を相手にする場合、近距離攻撃ばかりでは必ずボロが出てくる。
それが正に今この状況だ。
「八坂様!」
「どうした?」
このままでは戦っている八坂の部下たちが危険すぎる。
どうにかして彼らが被害を受ける前に蛇を倒さなければと、ケイが戦い方を考えていると、永越が慌ててこちらへ向かってきた。
「上重の者たちがこちらへ向かって来ているもようです!」
「何っ!?」
永越に問いかけ、帰ってきた答えに目を見開く。
巨大蛇の討伐の最中だというのに、上重陣は何をしに来たのか分からない。
問題の上乗せに、ケイはどう考えても、嫌な予感しかできなかった。
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