第10章
第135話
「到着……」
【ワ~イ!】
「ハッハッハッ……」
長い時間の船旅にテンションガタ落ちしているケイと違い、キュウとクウは目的地到着を喜び、ケイの周りを走り回る。
転生して50年以上の月日を過ごしたというのに、ケイはいまだに海は苦手だ。
前世の死因だからなのかどうしても慣れない。
「ここが日向か……」
日向に着いて最初の町は、反倉という港町だ。
一息ついて落ち着いたケイは、顔を左右に動かして、改めて周囲の様子を見渡した。
この世界では日向語というようだが、久々の日本語に感動する。
女性は色々な髪型をしており決まった形はないようだが、やはり綺麗な黒髪が自慢らしく、結っている人も下ろしている人も長いのが特徴的なようだ。
男性の方は髷を作っている人も多いが、
若者たちは総髪の者もいれば、好き勝手な髪型をしている者もいてバラバラだ。
月代とは、
『江戸時代末期から明治初期といったところかな?』
髪型を見ただけの感じだと、これがケイの印象だ。
前世で日本史は得意とは言わないが、好きな方の科目だった。
特に明治維新の所が好きだったため、そう思ったのかもしれない。
【みんなかみがくろいね?】
たしかに、男性も女性も綺麗な黒色で、まるでみんな髪を強調しているようにさえ見える。
「美花と一緒だな……」
【そうだね……】「クゥ~ン……」
綺麗な黒髪女性を見てしまうと、ケイはどうしても美花のことを思いだしてしまう。
そして、ケイは美花の形見となる刀に目を落とす。
日向に着いてすぐ、美花に見せるという意味で魔法の指輪から出して、腰に差したのだ。
思わず呟いたケイの言葉に、美花との付き合いが長かったキュウとクウも少し落ち込む。
自分の呟きで、2匹にも哀しい思いをさせてしまったことに気付いたケイは、2匹を優しく撫でてあげた。
「さてと……、町中を見て回ろうか?」
【うん!】「ワンッ!」
ケイに撫でられ、2匹は元気を取り戻したようだ。
それを見たケイも、気持ちも新たに町の様子を見て回ることにした。
「らっしゃい!」
最初に目が入ったのは魚屋だ。
ここが港町だからなのか、色々な魚がならんでいる。
威勢のいい掛け声をしていた店主に釣られたのもあるが、気になる文字が目に入る。
「……刺身?」
「あぁ、お客さん大陸の人だから知らないかもしれないけど、この国では魚を生で食う習慣があるんだ」
どうやら、魚を刺身にしてくれるサービスをしているらしい。
顔が完全に日向人とは違うので刺身が何か分からないのだと思ったのか、店主が丁寧に刺身の説明をしてくれた。
心の中で刺身は知ってますと思うが、とりあえず聞き役に徹する。
これまで世界が違うので生で食うのは控えてきたが、どうやら生でも食べられるようだ。
「寄生虫とかは大丈夫なのですか?」
「川魚の方は火を通さないとだめだが、海の魚は大体大丈夫だよ」
川魚と海魚の扱いは、どうやら前世の時同様で良いようだ。
海の魚でも危険な寄生虫がいるにはいるようだが、新鮮な魚の内臓を適切に処理すれば食中毒になることはないらしい。
「待てよ……」
前世同様の扱いと聞いて、いまさらながらに思いついたことがある。
目に見えない寄生虫がいても、それを除去できる方法だ。
「もしかして、魔法の指輪に入れると、寄生虫は自然と除去されるんじゃ?」
「っ!?」
魚たちをじっと見つめ、小さい声で呟いたケイの言葉に、魚屋の店主が目を見開いた。
まるで、雷に打たれたような反応だ。
「兄ちゃん! それ本当か!?」
「いや、試したことないっすけど……」
生物を収納できない魔法の指輪。
死んだ魚を収納しようとすると、体内で生きている寄生虫は収納されないのではないだろうか。
そう思ったのだが、どうやら店主も知らなかったようだ。
そんな方法で寄生虫が除去できるなら、魚屋だけでなく他の飲食店でも使えるのではないだろうか。
食中毒による被害もなくなり、売る方も買う方も、安心してどんな食材でも食べることができるようになるかもしれない。
食にとって大発見だ。
それを不意に発見したケイに、店主は実証済みのことなのかを、掴みかかるが如く迫りながら尋ねてきた。
しかし、ケイも今思いついたことなので、確実とは言い難い。
「これで試してみてくれ!」
そう言って、店主は解体していない数匹のサバを持って来た。
「こいつにはミミズに似た2mmくらいの寄生虫がいることがある。あんちゃんの言う通りに除去出来たら、目に見えるはずだ」
「わ、分かりました」
ミミズみたいな寄生虫と聞いて、ケイは前世の知識にある寄生虫を思いだした。
アニサキスだ。
有名人がこの寄生虫で腹痛を起こしたと、ニュースで大きくやっていたのを見ていため覚えていた。
自分としても思い付きの成否を知りたかったので、店主に言われるまま試してみることにした。
「……出ない。……出ない。……あれ!?」
木桶の上でサバを魔法の指輪に収納していくケイ。
予想通りになるのなら、サバが収納される瞬間に寄生虫だけが木桶の中に落ちるのではないだろうか。
そう思って試したのだが、3匹目で変化が起きる。
死んでいるサバなのにもかかわらず、魔法の指輪に収納されない。
「どういうことだ?」
「……もしかして、体内に生きている寄生虫がいるけど、収納時に除去してくれるという訳にはいかないのかも……」
収納されない原因が分からず、首を傾げる店主。
ケイも疑問に思ったが、すぐに理由が思いついた。
魔法の指輪に収納する時に、瞬間移動のように体内の寄生虫が取り除かれるのではなく、取り除かれたのを確認するために収納するのが正しい考えなのかもしれない。
今までよりも手間が増える結果が出てしまったようだ。
「それでも寄生虫がいないって証明になる。大発見は大発見だ!」
ちょっと残念に思ったケイだったが、店主の方はそうではなかった。
食の安全が確保されるなら、ひと手間増える程度のことはたいした苦にならない。
長年の経験から、そう考えた店主は、この結果でもとても嬉しそうだ。
「あんちゃん! その情報を他に広めてもいいか!?」
「えぇ……、むしろ広まった方が良いかもしれないですね……」
この程度のことが今まで思いつかなかったことに、何だか今まで損した気分になるケイ。
ケイは転生した時にすでに手に入っていたが、魔法の指輪は高価な代物だ。
持っている人間は少ないうえに、大半が冒険者だろう。
粗野な人間の多い冒険者では、このことを思いつくような者がいなかったとしても仕方がない。
店主は貴重な情報のように思っているようだが、これで資金を得ようなんて思わない。
むしろ、広まってくれれば安全な食文化を築けるので、ケイとしても嬉しいことだ。
そのため、ケイは店主の頼みを受け入れたのだった。
「ありがてぇ! そうだ! たいした礼はできねえが、何匹かタダで持って行ってくれ!」
貴重な情報を教えてもらったことに上機嫌になったのか、店主はケイに魚を幾つか見せてきた。
どうやら、店の中でも上等な魚を見せてくれたようだ。
その中から、タダでくれるとのことだ。
「えっ!? いいんですか!?」
「おうよ! 男に二言はねえ!!」
まさか、たまたま思いついたことを呟いただけで、新鮮な魚がもらえるとは思わなかった。
ケイもだが、キュウとクウも魚は好きで良く食べている。
1人と2匹で1匹ずつというように、ケイは合計3匹の魚をもらうことにしたのだった。
魚屋で、タダで魚をもらうことができたケイは、他の店を見て回る。
「……茶店か。団子でも食べて行こうか?」
【だんご!?】「ワウッ!?」
ケイの目に着いたのは茶店だ。
日本でもなかなか見なくなった光景に、何とも郷愁を誘われる。
キュウとクウは、団子と聞いて喜ぶ。
アンヘル島では米を栽培している。
ケイと美花によって、団子を作ることは当たり前のようにしていた。
もち米ではないとは言っても、十分団子として美味かったため、キュウたちも団子が気に入っていた。
それも、時折催促される時があるくらいに。
「すいません! 磯部とあんこ、それとお茶下さい!」
「は~い!」
店の外にある
見た感じだと、ここのお店主の娘さんが手伝っているらしく、12歳くらいの女の子が注文の確認に来た。
「この子たちにも同じ団子をお願いできますか?」
「大丈夫ですよ!」
【ワ~イ!】「ハッハッハッ!」
お店の料理を従魔に食べさせることを嫌う店はある。
大体が貴族が行くような高級店が多いのだが、日向ではどうだか分からない。
なので、とりあえず確認をしてみたのだが平気そうだ。
大陸では断られることもあったので、少女の言葉を聞いたキュウは何度も弾み、クウはお座りの状態で尻尾をブンブン振り回している。
「フフッ、少々お待ちください!」
キュウたちの様子を見て少し微笑んだ少女は、すぐに店の中へと入って行った。
「フゥ~……」
【おいしかった!】「ワフッ!」
少しして、店員の少女が持って来た団子とお茶を楽しみ、ケイはホッと落ち着く。
キュウとクウも、2回もおかわりしてようやく満足したようだ。
見た目が完全に柴犬のクウに、最初団子を上げていいのかと思ったのだが、一応魔物なので大丈夫なようだ。
「あっ! 蕎麦屋だ!」
【そば?】「ワウッ?」
茶店でのんびり町を行きかう人たちを眺めていたら、遠くに蕎麦屋の暖簾が見えた。
この世界には、主食になるコメがあり、野菜も色々育てていたため、食に困るようなことはなかった。
島では麦が手に入らなかったので、代わりに米粉を使ったりしてパンやうどんを作っていたのだが、蕎麦の実が手に入らないため、当然蕎麦も食べられないでいた。
ケイは米も好きだが、麺類も結構好きだ。
時折無性に蕎麦が食べたくなることがあったのだが、島に無いのでは仕方ないし、そもそも、この世界に前世同様に蕎麦があるかも分からなかった。
日向にはあるのではないかと期待していたのだが、やはり存在しているようだ。
「キュウ! クウ! 蕎麦食いに行くぞ!」
あると分かればすぐにでも食べたい。
そう思ったケイは、すぐさま縁台から立ち上がる。
「お代はここに置いてくよ!」
「は~い! ありがとうございました!」
ケイが食べた団子の串が乗った皿と、お茶の湯飲みが乗せられたお盆の上に料金を支払い。
店内にいる店員の少女にケイは声をかける。
少女はお盆の上の料金を確認すると、にっこりと微笑んでケイを見送った。
ケイはというと、蕎麦しか目に入らなくなっているようで、キュウとクウが蕎麦が何か分からないと言っているのを無視して、一目散に蕎麦屋へと向かって行った。
「へい! らっしゃい!」
店に入ると、店主の声が響いてくる。
昼は過ぎているのにもかかわらず、店内は半分の席が埋まっている。
これだけの人間がいるということは、かなり人気の店なのかもしれない。
「従魔もいいすか?」
「あぁ、大人しけりゃ大丈夫だよ!」
キュウたちが邪魔にならないように、ケイは端の席へと座る。
そして、先程同様に従魔同伴は良いか尋ねると、了承がもらえた。
「ざる蕎麦1つと、かけ蕎麦2つ」
「あいよ!」
ケイは嬉しそうにざる蕎麦を注文し、キュウたちは麺をつゆに浸けて食べることができないだろうからかけ蕎麦を頼んだ。
【しゅじん! そばって?】「ワウッ?」
「麺料理だよ!」
まだ疑問が解消されないキュウとクウは、もう一度ケイに尋ねる。
注文をして少しだけ落ち着いたケイは、今度はその質問に答える。
【うどんみたいの?】
「ん~……、似てるけどちょっと違うかな?」
島では米粉で作ったうどんも出していたので、キュウたちは麺料理というとうどんがすぐに思い浮かぶようだ。
似ているかと言われたら似てるかもしれないが、麺の香りやつゆの味も微妙に違うので、同じというのは憚られる。
そういった微妙なことを説明しろと言われても、細かいニュアンスが説明しずらい。
「美味しいから楽しみにしていろよ!」
【うん!】「ワウッ!」
結局、食べれば美味しいので、キュウたちには期待させるように言っておく。
美味しいと聞いて、さっき団子を結構食ったにもかかわらず、キュウたちは嬉しそうに返事をした。
「へい! お待ち!」
「おぉ……蕎麦だ……」
ざるに乗り、綺麗に盛られた蕎麦がケイの前に出される。
この世界に来て初の蕎麦に、ケイは感動したように声を漏らした。
【これがそば?】
「そうだよ!」
平たい器に盛って貰ったかけ蕎麦を見て、キュウは首を傾げる。
おつゆの色はうどんの時よりも少々濃い目の色をしていて、美味しそうな香りがしている。
キュウの言葉にケイが優しく答える。
【めんにいろがついてる!】
「白いのもあるけど、この色がついているのが一般的な蕎麦になるんだ」
蕎麦にも色々あり、更科のように白い麺もあるが、この店で出された麺は前世でも良く見た蕎麦の色と言った感じだ。
蕎麦の実を挽いた時に、中心の方の粉を使うとこの色になるのだったと思う。
殻の方までも入れた粉だと、たしか田舎蕎麦と言われていたような気がする。
「美味い!」
【おいしい!】「ワウッ!」
久々の蕎麦の味と、鼻から抜ける香りが懐かしく、ケイは感動したように呟く。
そのすぐ側で、キュウとクウも嬉しそうに麺をすすっている。
どうやら蕎麦も気に入ってくれたようだ。
「…………兄ちゃん! 大陸の人なのに麺すするの上手いな?」
「えっ? えぇ……、妻が日向の女性なので……」
店主に食べ方を褒められて、ケイは一瞬戸惑う。
日向にまでキュウの捕獲に来るとは思わなかったので、変装は耳だけにしている。
そちらにしても、今の顔も偽装のために作ったマスクも、大陸の人間だとすぐわかる見た目をしている。
日向人のように黒髪黒目ではないからだ。
前世の時でもそうだが、外国の人は麺をすするのが苦手だ。
音を立てて麺をすするのが、マナーが悪いとされて育っているからだ。
この世界でも同じように、大陸の人間は麺をすするのはマナー違反だ。
前世の日本人としての感覚で、普通に麺をすすっていたのが、店主にとっては珍しく感じたのだろう。
なので、ケイは咄嗟に返答する。
「おぉ! そうかい!」
ケイの答えに、店主は何得したようだ。
咄嗟の言葉だが、嘘ではないので気にならなかったのかもしれない。
「ここの蕎麦は何割ですか?」
「
前世で蕎麦屋に行ったときによく食べた感覚に近かったので、恐らくそうだとは分っていたが、ケイは蕎麦の配合を尋ねた。
小麦粉2のそば粉8。
これが蕎麦屋でよくある配合だ。
全部そば粉の10割というのもあるが、かなりの職人技がないとただブツブツ切れる蕎麦粉の塊と言ったようになってしまう。
だからと言って、二八蕎麦が簡単だとは言えないし、ちゃんとした十割はそれはそれで美味いが、二八は二八で美味い。
蕎麦は、作り方で微妙に変わてしまう奥が深い料理なのだ。
「美味しかったです。お代ここに置いて行きます」
「あいよ! ありがとうよ!」
蕎麦を平らげたケイは、満足した表情で椅子から立ち上がる。
机の上に料金を払い、店主に礼を言って店から出て行く。
店主も支払いの確認と、挨拶を言ってケイを送り出した。
【おいしかった!】「ワンッ!」
「また来よう!」
キュウとクウも蕎麦を気に入り、つゆまで飲み干していた。
ケイも久々の蕎麦に満足した。
そのため、また来ることを密かに決めて、また町中の散策に向かうのだった。
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