第134話

「大丈夫かい? おやっさん」


「あぁ、あんたの回復薬は結構効くな……」


 エルナンとプロスペロの2人を駐在兵へと引き渡した後、ケイたちは2人に怪我をさせられた人たちの回復へ向かった。

 ケイなら魔法でも回復できるが、怪我人も多いし疲れるので、回復薬中心で行くことにし、現在は宿屋の店主に回復薬を飲ませていたところだ。

 別にケイが悪いわけではないためここまでする理由はないのだが、さすがに見てみぬふりもできなかったのだ。

 ケイが借りていた部屋の鍵を渡さなかったことで怪我をしてしまった宿屋の店主も、ケイ特製の回復薬によって復活した。

 治った店主は、村で作られている回復薬よりも性能が良いことに感心していた。

 他に怪我をした村人たちには、アウレリオが配るのを手伝ってくれたのもあって、大体の人の治療が済んだ。

 残りは大きな怪我をしている様子もないので、自分たちで手当てしてもらうよう放置した。

 とりあえず死人が出なかったのは良かったが、四肢の一部を失ってしまった人が数人いたため、ケイはエルナンたちにもう数発弾丸を撃ち込んでおけば良かったと密かに思った。


「ハッ!!」


「おぉ! スゲエな……」


 予定では今日のうちに村から出て行くつもりだったが、エルナンたちのせいでもう一泊することになってしまった。

 とは言っても、泊まっていた部屋を壊されてしまった。

 そのため、店主は他の宿に泊まることを勧めてくれたのだが、店主が作る夕食が美味くて結構気に入っている。

 なので、ケイは土魔法を使って壁を作り直し、外見からは壊れたようには見えなくなった。

 それを見ていた店主は、ケイの魔法の凄さに驚き、改修費が浮いたことに喜んでいた。






「よう! 今日こそお別れだな……」


「あぁ……」


 翌日、村の門を出てすぐの所で待っていたアウレリオに会い、ケイは別れを告げる。

 それにアウレリオも短い言葉を返すのだが、表情が暗い。

 待ち伏せしていたのもあるし、ケイに何か言いたい事でもあるようだ。


「ハァ……」


 その表情を見なくても、ケイは何が言いたいのか予想はつくため、ケイは仕方なさそうにため息を吐き、自分から言うことにした。


「もう分かっていると思うが、俺はお前を騙していた……」


「…………」


 そう言って、ケイは変装用のマスクを取って見せる。

 そのマスクの下の顔を見て、アウレリオは無言で納得の表情をする。

 エルナンたちと同様に、アウレリオもキュウを探していた。

 ケイが隠していたのもあって姿を見なかったし、連れていたのも猫だったはず。

 何か違和感があったが、ケイの顔が依頼書とは違っていたので一旦引いたが、やはり自分の直感通り、マスクを取ったケイは依頼書通りの顔をしていた。


「バレた以上、トンズラさせてもらおうと思うが……」


「頼む!」


 ケイの言葉を遮るようにして、強い口調と共にアウレリオは深く頭を下げる。


「そのケセランパサランが大切なのは分かる。だが、そいつを俺に譲ってくれ!」


「断る!」


 依頼書の魔物を見つけたのだから、当然達成のために連れ帰りたい。

 特に、アウレリオにとっては妻のベアトリスを救うためにも何としても手に入れたい。

 力で無理やりとしたいところだが、この10日でケイの実力は嫌という程理解したつもりだ。

 とてもではないが、無理やりなんてことは不可能だ。

 そのため、アウレリオに残った方法は頼み込むしかない。

 しかし、思った通りに言って来るアウレリオの言葉を、ケイはあっさりと拒絶する。


「キュウは譲れないが、お前に渡す物がある」


「……俺にくれる物?」


 ケイの拒絶の言葉を聞き、絶望にも近い表情をしたアウレリオだが、その後の言葉に意外そうな顔へと変わる。

 自分が何か貰う理由が、思いつかなかったためだ。


「これはっ!?」


 顔を上げたアウレリオへ、ケイは魔法の指輪から袋を取り出す。

 両手で持たなければならないほどの大きさの袋を渡され、アウレリオはその袋を少し開けて中身を覗き込む。

 その中身を見た瞬間、彼は目を見開いた。


「何でこんなに……?」


 その袋の中には、大量の赤い実が詰まっていた。

 その赤い実には見覚えがある。

 妻のベアトリスの病の症状を抑えるために必要となる薬の一種で、特に入手が困難なエスペラスの実だ。

 エスペラスの生息域は解明されておらず、見つけたとしても入手に行くのが危険な所ばかりで、取りに行く者も僅かしかいない。

 その入手が困難な実が、これだけ大量にあるなんて信じられない。


「ここ数日でこれだけ集めるのは大変だったぜ……」


「数日で集めた?」


 驚いているアウレリオは、ケイが何となしに呟いた言葉に反応する。

 これだけ集めたのだから、何十年と集めたのかと考えたのだが、ニュアンスからいって、まるで最近採取に行ったかのようだ。


「探すにしてもどこに生えているか分からないのに……」


「ほれ!」


 どうやって手に入れたのか聞こうとしたアウレリオに、ケイは小さいメモ用紙をポケットから出して渡す。


「活火山? 火山活動が活発な方が良い?」


 メモ用紙には、エスペラスが生息している可能性が高い場所の条件が書かれていた。

 これが本当なら、まだ誰もその生息域を解明していないというのに、ケイがそれを発見したということになる。


「まだ絶対とは言えないが、そのメモの条件通りに探せば見つけられるはずだ。もしもその袋のエスペラスが足りなかったら、探しに行くと良い……」


 何度もそのメモを見つめるアウレリオに、ケイは告げる。


「ちょっと危険だが、お前なら大丈夫だろう?」


 条件通りに探すとなると、ガスや地形などから普通の人間では危険すぎる。

 しかし、元とはいえ高ランクの冒険者のアウレリオなら、対策を立てて挑めば平気なはずだ。


「欲張って噴火寸前の山に登るなんてするなよ!」


 最後にケイは軽い口調で注意をしておく。

 妻のためなら何でもする。

 ケイにもその気持ちが分かるが、無茶をしてアウレリオが命を落としては元も子もない。

 この数日ケイが集めた分だけでも恐らく治るとは思うが、一刻も早くと焦って、無茶をしないとも限らなかったからだ。


「ありがとう! あり…が……とう!」


 手渡された袋とメモを大事そうに抱えながら、アウレリオはまた深くケイに頭を下げる。

 しかも、何度も何度も行い、段々と涙を流し始めた。

 これだけの数のエスペラスの実があれば、ベアトリスを救うことができるはず。

 メモは保険としての意味でくれたのだろう。

 何年もの間アウレリオたち夫婦を苦しめてきたドロレス病。

 ベアトリスは当然として、その介護をすぐ側でしてきたアウレリオも心が弱っていたらしい。

 それからようやく解放されると思い、張り詰めていたものが切れてしまったのだろう。


「泣くなよ! ……カミさん大事にしろよ」


「あぁ!! ありがとう!!」


 嬉し泣きをした上に何度も感謝され、ケイは気恥ずかしくなる。

 いつまでもそうしていそうな気がしたので、ケイはアウレリオに背を向けて次の町へ向かおうと歩き出した。

 その背中に、アウレリオはまたも頭を下げる。

 自分はできなかったが、アウレリオには愛する人を救ってほしい。

 美花のことを思いだし、少し表情を暗くしたケイは、アウレリオの方へ顔を向けることなくそのまま歩みを進めていった。






◆◆◆◆◆


「ぐぅっ……」


「ベアトリスさん!? 大丈夫ですか?」


 いつものように、ベッドの上で横になっていたアウレリオの妻のベアトリス。

 今日もまた発作が起きる。

 毎日毎日襲い来る強烈な痛み。

 まるで焼かれるような苦しみに、彼女はのたうち回る。

 ベアトリスの異変に気付いて駆け寄って来た女性は、夫であるアウレリオの知り合いのベラスコが派遣してきた臨時の介護員で、名前をフィデリアという。


「お薬です! 飲んでください!」


 アウレリオが久しぶりの冒険者仕事に出かけ、家を留守にしている間、住み込みでベアトリスの看病と身の回りの世話を行なっている。

 アウレリオに仕事を依頼したベラスコは、しっかりした人を派遣してくれたらしく、フィデリアの仕事ぶりにベアトリスは随分と助けられている。

 しかも、入手してくれる薬の効能もよく、フィデリアによって飲ませてもらったベアトリスは、すぐに痛みが引いて行った。


「もう死にたい……」


「駄目ですよ! そんなこと言ったら……」


 痛みが引いたベアトリスは、目に涙を浮かべて弱音を吐く。

 歩くことも出来ず、四六時中天井を眺めていることしかできない。

 時折来る痛みを恐れ、このようなことがいつまで続くのかという思いが沸き上がってくる。

 そのため、もういっそのことと思ってしまう。

 その思ってしまうのも仕方がないとは分かりながらも、フィデリアは一生懸命励まそうとする。


「きっともうすぐアウレリオさんが戻って来てくれますよ!」


 フィデリアもベラスコから説明を受けているので、夫のアウレリオがいま出かけている理由は知っている。

 元高ランク冒険者のアウレリオは、同じ町に住むものならば家庭の事情は知っており、愛妻家で有名になっている。

 懸命に奥さんの看病をし、治療法を見つけようと必死になっていることも知られている。

 昔、自分の夫の命を魔物から助けてもらったことのあるフィデリアは、いつかこの2人が報われる日が来るのを願っている。

 その夫の賛成もあって、今回この仕事を引き受けたのだ。


「あの人のためにも、もういいの……」


「ベアトリスさん……」


 その言葉に、フィデリアも目に涙が浮かんで来る。

 ベアトリスは、何も病による苦しみによってだけで弱音を吐いているのではない。

 自分の病を治そうと懸命に頑張っているアウレリオに申し訳ないという思いが募って、心の防波堤が決壊したのかもしれない。

 夫を持つ身のフィデリアとしては、ベアトリスと同じ状況になった場合、自分もそう考えてしまうと共感する。







「そうか……」


 ベラスコは、フィデリアからベアトリスの状況報告を聞き、表情を暗くする。

 アウレリオは最後まで諦めたりはしないだろうが、ベアトリスの方はもう限界が来ているのかもしれない。


「どうしたらいいのでしょう?」


「こればかりは……」


 アウレリオを送り出してから、ベラスコの方も色々と動いた。

 ドロレス病の治療に効くエスペラスの実の入手ルートを探したり、手配書の男たちを探すのに諜報員や冒険者を手配した。

 しかし、エスペラスの実は貴重で、入手は困難。

 それでも、代用薬の定期的な入手の手配はできたのだが、アウレリオとの約束の完治方法を見つけることはできなかった。

 やはり、エスペラスの実の大量入手しか方法はなさそうだ。

 フィデリアにベアトリスのことを相談されるが、病の方は安定させる事ならできるが、心の方はベラスコではどうしようもない。


「アウレリオさんは?」


「……依頼の件は失敗に終わったと報告があった」


「そんな……」


 キョエルタ村で、アウレリオが手配書の者たちを発見したらしい。

 しかしながら目標の捕獲は失敗。

 エルナンとプロスペロの2人組が、ベラスコの指示を無視して村で問題を起こしたことが原因だという風に聞いている。

 その2人は捕まったという話だが、こちらの指示を無視して邪魔をしたのだから、煮ようが焼こうが村人たちの好きにしてもらいたい。

 報酬となる物を用意できていないので、アウレリオの失敗は申し訳ないがこちらとしても助かったと言えなくもない。

 結局、アウレリオもベラスコも、現状を維持することしかできないという結果に終わるようだ。






「ベアトリス!!」


「アウレリオさん!?」


「……あなた?」


 町に帰ってきたアウレリオは、一目散に家へと戻った。

 フィデリアは急に帰ってきたアウレリオに驚き、最近では死ぬことしか考えられないでいたベアトリスは、嬉しそうな表情で帰ってきた夫を見て、意外そうに首を傾げる。

 ベラスコから聞いたフィデリアと違い、ベアトリスは依頼の失敗のことは知らない。

 そのため、ベアトリスは依頼が成功したのだろうと、僅かに嬉しくなった。


「依頼は失敗したが、見てくれ! エスペラスの実がこんなに手に入ったんだ!」


「っ!?」


 自分が思ったのとは反対だったようだが、続いてアウレリオが出した袋の中身を見て、ベアトリスは目を見開く。

貴重で手に入らないはずのエスペラスの実が、袋にぎっしり入っているではないか。


「これで助かるぞ!」


「……あぁ!! ……信じられない」


 症状を安定させるのに必要な一日一粒でも手に入れるのが困難なはずなのに、これだけ手に入るなんて信じられないと思うのは仕方がない。

 しかし、夢でないということを確信したベアトリスは、大粒の涙を流して喜んだ。

 それにつられるように、アウレリオも涙を浮かべて笑みを浮かべた。


「ぐすっ!」


 その2人のやり取りを側で見ていたフィデリアも、嬉しくなって泣き始める。


「アウレリオ!」


「ベラスコ……」


 アウレリオが帰って来たのが耳に入ったのだろう。

 ベラスコもここにやってきた。

 そして、アウレリオがエスペラスの実を大量に手に入れてきたことに、なんとなく違和感を覚え、外で話しをするように促した。

 それに素直に従い、アウレリオはベラスコと家から出た。


「今回の依頼の件は済まなかった」


「それは仕方ない。それよりも気になるのはあの量のエスペラスの実だ」


 依頼の失敗なんて、ベラスコにはもうどうでもよくなっている。

 それよりも、エスペラスの実の方が問題だ。


「どうやって手に入れたんだ?」


「たまたま知り合った冒険者と仲良くなってな。譲ってもらうことになったんだ」


 単刀直入に尋ねてきたベラスコに、アウレリオはこの時のために用意していた嘘をでっちあげる。

 ケイには感謝してもしきれない恩を受けた。

 素直に全てを話して追っ手の強化をされたら、ケイに申し訳ない。

 ベラスコには悪いが、今回はケイの方に味方させてもらう。


「そうか…………」


 ベラスコは、アウレリオの言葉にいまいち納得いっていないようだ。

 アウレリオの表情を見つめ、目が少し険しくなっている。


「ベラスコ!」


「んっ?」


「わざわざ俺に依頼を持ってきてくれてありがとな。お前が今回来てくれなければベアトリスを助けることはできなかった」


 嘘だとバレないか不安になったアウレリオは、空気を変えようと話し始める。

 言葉通り、アウレリオはケイにも感謝しているが、ベラスコにも感謝している。

 無理やりとは言っても、今回遠出したことが幸運を招き入れた。

 そうしなければ、このような結果にならなかっただろう。


「今度また依頼があったら来てくれ。今回のわびに報酬はいらないから」


「元SS《ダブル》にタダ働きさせられるなんて光栄だな。その時は頼むよ」


 ベラスコも報酬となる者を用意できなかった。

 それなのに感謝され、不思議に思う。

 しかし、そこは商人。

 アウレリオの感謝をあっさり受け入れたのだった。


「もういいから奥さんの所へ行ってやってやれ! フィデリアも今日は引き揚げさせる」


「あぁ……、じゃあな!」


 エスペラスの実も手に入ったことだし、一刻も早くベアトリスを治したいところだろう。

 身の回りの世話も必要ないだろうから、フィデリアもこれでお役御免だ。

 嘘を納得したかは分からないが、ベラスコがいいというのだからいいだろう。

 アウレリオはベラスコに手を振って、妻のもとへと足早に向かって行ったのだった。


「ハァ……、仕方ない。大人しく会長に叱られるか……」


 会長がケセランパサランを求めたが、結果は失敗に終わったようだ。

 首にまではならないだろうが、会長への信用は失った。

 しかし、アウレリオとベアトリスが幸せになれたのだ。

 今回は仕方ないとあきらめるしかない。


「……これは、ケセランパサランがアウレリオに幸運を与えたことになるのか?」


 弱くて見ることのできない魔物であるケセランパサラン。

 噂では、幸運を与えるというものがあった。

 アウレリオは姿を見たとのことだから、もしかしたらアウレリオに幸運を与えたのかもしれない。

 そんなことをふと思ったベラスコだった。




◆◆◆◆◆


「ようやく日向に行けるぞ!」


【ひゅうが! ひゅうが!】「ワンッ! ワンッ!」


 アウレリオが幸せを得ていたころ、ケイは次の町へと着いていた。

 旅の目的地である日向へ向かう船が出ている港町だ。

 客船の乗車券を購入したケイは、キュウとクウへ話しかける。

 それを聞いて、2匹の従魔は嬉しそうにはしゃいでいた。


「日本とどう違うのかな?」


【んっ? 二ホン?】


 ケイとしては、美花が行きたがっていた国というだけでも興味があったが、前世とのこともあって思わず呟く。

 聞きなれない言葉に、キュウは首を傾げる。


「いやっ、何でもない……」


 キュウになら、前世のことを言ったところで何とも思わないだろう。

 そのうち話すつもりだが、今は日向の国のことを考えたい。

 美花への思いと共に日向のことを遠くに見ながら、ケイはキュウたちと共に、定刻の客船へと乗り込んで行ったのだった。


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