第136話
【これからどこいくの?】
懐かしさもどこか感じながら1日町中を見て回ったケイ。
旅館のような宿屋で一泊し、翌朝旅立つことにした。
宿屋を出て、海を背にして歩き出したケイに、クウの頭に乗った状態のキュウが尋ねてきた。
「東に向かう。ここより大きな町があるらしいぞ」
【へ~……】
ここ反倉という町は、大陸との交易で賑わっている大きめの町なのだが、西側の地方ではここが一番発展しているらしく、他には村が幾つかあるだけらしい。
開発もあまりされていないらしく、観光をしたいとなると東へ向かった方が良いと町の人に言われた。
村は村で何か面白い事がありそうだが、日向の都会がどんなものか知っておきたい。
そう思ったため、ケイは東へ向かうことにしたのだ。
「山越えが厳しいらしいぞ?」
【たのしみ!】「ワンッ!」
魔物が出ると聞いて、キュウとクウはどんなのが出てくるのか楽しみなようだ。
聞いた話だと、その大きな町へは山を越えないといけないらしく、その山越えが厳しいらしい。
魔物も出るので、山越えをする商人の間では、しっかりとした準備をして挑むのが普通になっている。
大陸の横断をしてきたケイたちからすれば山越えなんて苦でもないだろうが、念のため食料などを確保してから向かった。
「普通に行って1週間らしい。景色を見ながらのんびり行こうか?」
【うん!】「ワウッ!」
どうせ急ぐ旅でもない。
ケイたちは、山から眺める景色も楽しみつつ進むことにした。
「猪が多いな……」
東へ向かうと、まず
そして、ケイが思わず呟いてしまう程の回数、猪の魔物と遭遇した。
反倉から出て途中で寄った月和村の人の話だと、最近大繁殖したらしく村にも被害が及び始めているとの話だった。
ケイが大陸で冒険者をしていると言うと、奧電へ向かうなら少しでも多くの猪を退治してくれるとありがたいと言われていた。
大陸の冒険者組合は日向にはなく、冒険者という職業は有名ではない。
日向へ来ている冒険者への情報提供をする場が、大きな港町に点在しているというだけだ。
そのため、冒険者は毎回職業を説明することになるようだ。
【おにく!】「ワォ~ン!」
アンヘル島にも猪の魔物がいるが、はっきり言って食料として見ている所がある。
島の住人の人数とかを考えて数の管理をしているので、ここと違って大繁殖なんてしないが、頻繁に見ていないといつの間にか増えているということもあるほど繁殖力が高いのが困った魔物だ。
数頭の猪を前にして、キュウとクウはご馳走だとはしゃぎ回っている。
「ん~……、全部を持って行くのは難しいかもな……」
キュウたちが喜んでいる横で、ケイは1人悩んでいた。
今日倒した猪の数は7頭。
全部が軽トラック以上の大きさをしており、魔法の指輪を使っても全部を持って行くのは不可能だ。
しかも、解体できるのはケイだけなため、全部を解体するだけでも時間がかかる。
仕方がないので、ケイは魔法を使って一気に解体を済ませる。
【たべよう!】「ワウッ!」
「いや、無理だって」
解体したはいいが、やはり何頭かの肉が魔法の指輪に入れられず、焼却処分するしかないようだ。
魔物とは言っても生き物の命を奪ったのだから、食べられるのに捨てるのはもったいない。
ケイがちょっと残念に思っていると、キュウたちがこの場で食べることを要求してきた。
しかし、1頭だけでも無理なのに、全部なんてとてもではないが食べきれるわけがない。
「……とりあえず調理して食べるか?」
【わ~い!】「ハッハッハッ……!」
捨てるにしても、ケイはとりあえず食べてから考えることにした。
この世界に来てから、ケイは料理が趣味になっている。
キュウとクウも、ケイの料理が大好きなため、料理をしようとしているケイを見て大喜びする。
ケイの料理は前世の記憶からを再現しているだけなのだが、島のみんなには料理の天才と言われたりして困った時もあった。
「脂もあるし、豚カツでも作るか? まぁ、豚じゃないけど……」
【とんかつ!】「ワウッ!」
豚カツと聞いてキュウとクウは更に喜ぶ。
肉好きの2匹は、肉料理の中でも豚カツが大好きなので、思いついたのがこれだった。
豚ではないがラード(脂)も大量にあるので、ケイは鍋に入れて揚げ物の準備を始める。
「んっ? いい匂いがすると思ったらこんな所で料理しているのか?」
ケイが豚カツを揚げていると、1人の男が近寄ってきた。
見た目の年齢的には20代前半、ケイと同じくらいの身長で、髪は総髪のなかなかのイケメンだ。
ジャ〇ーズ系というより、エグ〇イル系のちょっとワイルドな感じを醸し出している。
腰に刀を差しているのと服装を見る限り、浪人といったところだろうか。
ケイも見た目的には同じくらいの年齢に見えるからだろうか、彼は気安く声をかけてきた。
「あぁ、お前も食うか? 猪が大量に捕れたんだよ」
「えっ!? マジで!?」
肉はまだまだある。
どうせ処分するしかなくなるのだから、彼にも食べさせることにした。
「俺は織……、
「……そうか。俺はケイだ。好きなだけ食ってくれ」
彼こと善貞は、腹を抑えながらケイから豚カツが乗った皿を受け取る。
腹から音が聞こえてくるところから、嘘を言っている様には思えないが、先程自分の名前を言おうとして一瞬止まった。
偽名を言ったのか、それとも名字があるのかといったところだろうか。
ケイは恐らく後者だと思う。
というのも、善貞が腰に下げている刀はだいぶ拵えが良さそうに見えるからだ。
もしかしたら、どっかの武家の子なのかもしれない。
日向の国では平民には名字がない。
将軍家や大名家、それらに仕える武家の者たちにしか名字は与えられないらしい。
名字があるだけで平民からは敬われる存在になるのだそうだ。
もしかしたら、何か理由があるかもしれないので、ケイは善貞の名字のことは無視することにした。
「あ~……食い過ぎた」
しばらく豚カツを食べまくった善貞は、膨れた腹をさすりつつ横になって動かない。
相当腹が減っていたのか、彼は2キロ近くの肉を消費した。
豚カツには色々なソースを用意しており、大根おろし醤油などさっぱりできる物もあったが、そんなに揚げ物を食べて胸焼けしないのかと聞きたくなるほどだった。
【おなかいっぱい!】「ワウ~ッ!」
キュウとクウも善貞に触発されたのか、張り合うように豚カツを食べまくり、だらしなく寝転んでいる。
「結局捨てるしかないか……」
「んっ? それ捨てるのか?」
ケイの魔法の指輪には1頭分しか入らない。
豚カツにして食べたが、6頭分の肉が余る。
肉に困ることがなくなったのはいいが、処分するしかないようだ。
しかし、ケイの呟きが耳に入った善貞は、意外そうな表情になる。
「いらないなら貰っていいか?」
「あぁ……、構わないぞ」
どうせ捨てるくらいならばと、ケイは善貞へ肉を譲ることにした。
「ありがとよ!」
“スッ!!”
「………………」
どうやら善貞は魔法の指輪を持っていたようで、6頭分の肉があっという間に収納された。
それを見て、ケイは色々と突っ込みたい気分になる。
そもそも、そんな大容量の魔法の指輪を持っていること。
魔法の指輪を持っているのに、保存用の食料を入れていなかったのかということ。
そして、その魔法の指輪を隠そうとせずにいるなんて、本気で身分を隠す気があるのかということをだ。
全部聞きたいところだが、ケイの勘がそれを止めている。
面倒なことに巻き込まれる気がしたからだ。
そのため、ケイは無言でそれを流すことにした。
「善貞はどこからきたんだ?」
「官林村って所だ」
ひょんなことから知り合うことになった善貞。
話しを聞いてみると、彼は猪の魔物がこの周辺の村に被害を与え始めたことを危惧し、1人猪退治に出たらしい。
支度資金がなく、食料を用意せずに出てきてしまったと後悔していたところで、調理していたケイに遇ったのだそうだ。
その被害を受けた村が、善貞が暮らしていた官林村という所で、月和村から北に1日かかる所に存在しているらしい。
「それにしても、だいぶ繁殖してしまっているようだな……」
「これだけ猪が多いのは原因があるのか?」
「まぁ……、色々と……」
ケイが繁殖した理由を尋ねると、善貞は表情を曇らせる。
何か言いたくなさそうな事でもあるのだろうか。
ということは、善貞もこの原因に何か関係あるとでも言うのだろうか。
ただの観光に来ているケイは、重い話ならあまり深くかかわりたくない。
「冒険者の仕組みのない日向では、どうやって魔物の退治を行なっているんだ?」
何か話が嫌な方向にいきそうだったので、ケイは方向をずらすことにした。
日向の国には冒険者組合のような存在がない。
魔物が繁殖しないようにするためには、誰かが間引かないとならない。
村人や商人では、弱い魔物はともかく、今回の猪のような獰猛な魔物を相手にすることができないだろう。
「たいていはその領地を治める大名家が、所持している剣術集団を派遣して対処に当たるんだ」
「へ~……」
日向は、東西南北それと中央の5つの地域に分けられており、それぞれの地域に大名家が置かれている。
中央には、さらにこの国の皇族も住んでいて、そこが首都となっているのだそうだ。
その大名家は、有事の際への備えとして、それぞれ私設の武術団を所持している。
その中には魔物へ対処するための部隊もあるらしく、魔物の繁殖の兆候があると報告を受けた場合に派遣されるのだそうだ。
「兆候があってからの行動は遅いんじゃないか?」
「それはそうなんだが……」
報告を受けてからの行動では、間に合わない可能性もある。
そうなる前に対処した方が楽な気がする。
しかし、善貞の反応からすると、それができない理由があるのかもしれない。
「だいぶ前にはこの周辺の魔物に対処するための武家があったんだが、取り潰しにあってな……」
「ふ~ん……」
家の取り潰しとは穏やかではない。
何か問題でも起こしたのだろうか。
ただ、ケイにはどうでも良いことのため、軽く返事をする。
「今は、山で分断された西側は、魔物無法地帯になっている状態だ」
今登っている緒伝山などの三つの山によって、都会の奧電とは分断されているような地理になっている。
西側にはケイも寄った反倉と月和村、それと官林という村の3つがあるが、山に近い月和と官林は魔物の被害が起きてから助けを呼ぶしかないらしい。
「それじゃあ、近くの村はどうしようもないな……」
村では戦える人間なんて少ないだろうし、繁殖を抑えることなんてできないだろう。
ここら辺は、本来たいした魔物が生息していないそうだが、このままでは猪以上の魔物が増えてしまうかもしれない。
以前のように、大名家に変わってこの周辺の魔物に対処するための武家を置くべきだ。
「反倉は交易の関係上、ケイのような冒険者が来たりするので、周辺の魔物を退治してもらう依頼ができるだろうが、月和と官林はきついな……」
反倉は大陸との交易で発展しているため賑わっていたが、月和村は農業を中心にしていた。
そのため、頼む人間もいないのでなかなか厳しいかもしれない。
「じゃあ、俺たちが猪を狩るか?」
【うんっ!】「ワンッ!」
困っているのなら助けてあげよう。
やっぱり人や物が昔の日本に近いからか、困っている人をそのままにしておくのが何だか気が引ける。
「えっ? お前たち村と関係ないだろ?」
「急ぐ旅でもないし、猪の対処は慣れている。間引くぐらい暇つぶしの範囲内だ」
ケイの言葉に、善貞が反応する。
依頼もされていないのに、魔物退治なんて何の得にもならないだろう。
しかも、猪はかなり凶暴な魔物だ。
遇った時にかなりの数の猪の死骸があったが、罠などを使って捕まえたのだろうと考えていた。
思い付きでするには危険すぎる。
善貞は止めるが、猪の退治はアンヘル島で慣れているので、ケイからしたらたいして面倒でもない。
なので、キュウとクウの運動がてら、猪の数を間引くことにした。
「……おっ? 早速来たな……」
「えっ?」
善貞と話している途中だが、ケイの探知に猪が引っかかった。
腰の銃を1丁抜き、ケイは猪のいる方角に向ける。
“パンッ!”
「プギャッ!!」
こっちに向かって来ていた猪が、悲鳴を上げて横に倒れる。
その脳天には、ケイの銃から発射された弾丸によって穴が開いている。
「……い、今の魔闘術……!?」
「んっ? そうだが?」
善貞は、ケイが銃の引き金を引く前、魔闘術を発動したことに驚いたようだ。
亡くなった美花から聞いた話だと、大陸には少ないが、日向だと魔闘術を使える人間がまあまあいるらしいと聞いていた。
なので、そんな驚く事かと思い、ケイはなんてことないように答える。
「頼む! 俺に魔闘術を教えてくれ!」
「……えっ?」
刀を差しているし、猪の退治に1人で来るくらいだから、ケイは善貞も魔闘術を使えるのかと思っていた。
しかし、どうやら使えないようだ。
自分の方がよっぽど無茶してることに気付かないのだろうか。
そんな善貞の頼みに戸惑うケイだった。
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