第132話
手を出すことができないキュウは、おかしな2人組に囲まれながらも懸命に逃げ続けていた。
「くそっ!!」
「このっ!!」
ロン毛の男の魔法、短髪の男の槍による攻撃。
その行動からイカれた男たちだと思っていたが、その実力は普通じゃない。
攻撃を躱すだけに専念するしかないキュウは必死に逃げ回るが、危険な攻撃が増えて躱すのがギリギリになってきた。
もしかしたら、魔法が使えたとしてもキュウが勝てるか微妙なレベルだ。
むしろ、逃げることだけに専念しているから、なかなか捕まらないでいられるのかもしれない。
「こうなりゃ……、合わせろ!!」
「おうっ!」
ロン毛の魔法使いの男に合図に、短髪の男は動き出す。
それぞれがバラバラに動いていては捕まえられないと判断したらしく、2人は何か仕掛けてくるようだ。
「ハッ!!」
【っ!?】
キュウへ向かって真っすぐ突き進む短髪の男。
その背後から、追い越すように火球の魔法が飛んで来る。
そして、その魔法はキュウが避ける方向を埋め尽くすように周囲へと着弾しする。
【まずっ……!?】
“ドカッ!!”
逃げ道がなくなり慌てたキュウへ、短髪男の槍が迫る。
横に振られたその槍の攻撃を躱しきれず、柄で殴られたキュウは吹き飛ばされる。
【イ、イタイ……】
何度も地面を弾み、かなりの距離を転がったキュウはようやく止まる。
魔闘術を行なっていたため直撃を受けても死ぬことはなかったが、キュウはかなりの大怪我を負ってしまった。
「ったく、手こずらせやがって……」
「全くだ」
攻撃を食らって動けなくなったキュウの側へ、男たちは愚痴りながら近付く。
そして、血を流すキュウを拾い上げると、しまっておいた檻をまた取り出し、キュウをその中へ雑に押し込む。
「魔闘術を使うケセランパサランか……」
「こりゃ報酬上げてもらわないと割に合わないな……」
檻の中のキュウを眺めながら、男たちはにやけながら談笑し始める。
ベラスコに聞いた話だと、捕獲対象は魔法を使い、A級の冒険者ですら相手にならない強さを持つ魔物だと聞いていた。
そんなケセランパサランが存在するのかと思っていたが、見つけてみたら魔闘術まで使っていた。
その情報があれば捕獲するのに手間取ったりしなかっただろうし、もう少し穏便に済ませることも出来ただろう。
自分たちが短絡的な行動をしたにもかかわらず、自分勝手なことを言う2人組だった。
「エルナン! プロスペロ!」
「んっ?」
「何だ?」
目的は達成したことだし、このままベラスコの所へ持って行ってもいいのだが、
このままでは、犯罪者として手配されてしまうかもしれない。
そうならないように、村人たちとは
キュウを捕まえた檻を持って、2人が目撃した村人たちを
「おぉっ!? アウレリオ!」
「久しぶりだな?」
声をかけたのはアウレリオだ。
ケイとアウレリオが最後の手合わせを終えた時、村の方角に煙が出ているのを確認した2人は、すぐさま村へと戻ることにした。
途中でケイは自分の泊まっていた宿屋から煙が上がっていると分かり、別れて行動することにしたのだが、そこで何やら直感が働いた。
何か気になると言うだけの理由で顔を向けた方角で、向かってみると魔法による衝撃音が微かに聞こえて来た。
その音のした方へ向かってきたら、見知った顔が揃っていた。
「何でお前らがここにいるんだ!?」
短髪の槍使いエルナン。
長髪の魔法使いプロスペロ。
アウレリオが、妻のベアトリスと出会う前に別れた冒険者仲間だ。
その当時でも彼らはかなりの実力を有していたため、今では高ランクになっているはずだ。
そんな彼らがどうしてこの村にいるのか不思議に思い、アウレリオは声をかけた。
「お前のカミさんが大変なんだってのも聞いてな……」
「そうそう! ベラスコに聞いたら、仕事の報酬に救う手立てを見つけてくれるらしいじゃねえか?
「だから俺たちも手伝ってやろうと思ってよ」
アウレリオの問いに2人は顔を合わせると、この村にいる理由を話し始めた。
話からすると、どうやら2人はアウレリオの状況を聞き、ベラスコの所へ向かったようだ。
「………………嘘だな」
自分のことを心配してきてくれたような言い方だが、アウレリオはそれを信用しない。
「お前らは俺の邪魔をしに来たんだろ?」
「ひでえ良いようだな……」
「傷つくわ……」
2人は、アウレリオを見た時からにやけた表情をしていた。
ある意味馬鹿にしたような表情は、昔に何度か見たので知っている。
この表情の時の2人は何か企んでいる時の表情だ。
そのことから嘘だと判断したアウレリオに、2人は軽い口調で返してくる。
「お前らの悪評は、冒険者仕事を休んでいる時でも聞こえて来ていた。それに、お前ら俺が離れたことまだ根に持っているんだろ?」
「「………………」」
アウレリオの言葉に、2人は急に黙り込む。
2人とアウレリオが組んで冒険者として動いていた時、実力のある3人は難易度の高い依頼をいくつもこなしていた。
それによって資金もかなり得ていたのだが、それが良くなかったのかもしれない。
2人は得た金を好き勝手に浪費し、態度もどんどんと悪くなっていった。
アウレリオも同じようになってしまいそうになったが、2人を客観的に見た自分がブレーキをかけてくれた。
そうなると、彼らと一緒にいられなくなり、一方的に離れることを告げた。
最初アウレリオを止めなかった2人だったが、他の冒険者仲間に噂を聞くと、仕事の成功率が下がり、次第に資金が手に入らなくなっていったそうだ。
好き勝手出来なくなり、その原因が自分たちではなくアウレリオのせいだと言うようになっていたらしい。
「……そうだよ。俺たちはお前を不幸にしたくてここに来たんだ」
「鈍ってもお前の直感は聞くだろうと思った。だから他の町の捜索なんてせず、この村に当たりを付けたんだ」
アウレリオのことを良く知る2人。
ベラスコに脅しをかけて、アウレリオの居場所を聞き出すと、すぐさまこの村にたどり着いた。
自分を探そうとしている人間を見つけることはできるケイだが、アウレリオを探す人間に気付くことはできない。
アウレリオが接触した人間が怪しいと睨んでいたエルナンたちは、すぐにケイが怪しいと判断した。
何かしらの情報が得られるだろうと、すぐさまケイが寝床にしていた宿屋へと侵入。
強盗まがいに宿屋の店員からカギを奪い、部屋へと侵入した。
あっさり手配書の従魔がいたことは、ラッキーだったとしか言いようがない。
目的のケセランパサランを手に入れ、カミさんを救う情報を得ようとしているアウレリオを出し抜くつもりだったようだ。
「こいつは俺たちが捕獲した」
「これでお前はカミさんを救えない」
まるで、ざまあみろと言いたげに、2人は檻に入ったキュウを見せびらかす。
「やっぱりこの村に……」
檻に入ったケセランパサランを見て、アウレリオは自分の勘が外れていなかったと確信する。
しかし、それと同時に、ケイのことが頭をよぎる。
手配書ではケセランパサランの主人は違う顔をしている。
もしかしたら、そのケセランパサランの主人に頼まれ、ケイが隠していたのかもしれない。
「……昔のよしみでそいつを俺に渡してくれないか?」
「はっ? 馬鹿か?」
「渡すわけねえだろ?」
妻のベアトリスの治療法を得るか、知るためにも、この依頼は自分が達成しなければならない。
そのため、アウレリオは頭を下げて2人に頼み込む。
しかし、2人は全く取り付く島もないと言った感じで返事をする。
「そうか…………」
先程の会話から、頭を下げても渡してくれるとはアウレリオは思っていなかった。
なので、諦めることにした。
「…………何だ?」
「……何で魔力を纏ってるんだ?」
アウレリオの様子の変化に、エルナンたちも表情を変える。
「力尽くで奪う!」
頼んで渡してもらうことは諦めた。
ならば、力で手に入れる。
そう考え、アウレリオは2人に向けて武器を構えた。
「おいおい、何構えてんだ?」
「もしかして俺たちと戦おうってのか?」
「………………」
アウレリオが武器を構えたのを見て、エルナンとプロスペロは警戒心を高めつつ問いかけてくる。
ただ、隙を見せたらすぐにでも攻撃をできるように、アウレリオは返事をせず2人を見つめる。
しかし、ふざけているようでも、2人とも高ランク冒険者。
アウレリオが動いた時の事を考えて、いつでも対応できるように隙を作らない。
「マジかよ?」
「一線から引いてたお前が、俺たちに勝てるわけないだろ?」
キュウの入った檻をプロスペロに渡す。
片手が塞がるが、遠距離戦闘タイプのプロスペロならそれほど問題ないためだ。
そして、エルナンは槍をアウレリオに向ける。
「やってみないと分からないだろが!?」
「「なめんなよ!」」
お互いが殺気を放ち、一触即発の空気が流れる。
「おいっ!!」
「「「……?」」」
キュウを捕まえるために魔法をぶっ放したりしていたため、住人たちも逃げていなくなった。
その村はずれで、3人の間にピリピリした空気が流れる中、突如話しかけてくる者が現れた。
空気の読めない奴がいるなと、アウレリオたち3人が声がした方をチラッと見る。
「……ケイ!?」
声をかけてきた人間の顔を見て、アウレリオの殺気が引っ込む。
現れたのがケイだったからだ。
「なんだ? こいつ?」
「関係ないやつは引っ込ん……」
エルナンとプロスペロの方はケイのことなど知らないため、近付いてくるケイに睨みを利かす。
それでも近付くケイに対して槍を向け、脅しをかけようとしたエルナンだったのだが、その言葉が言い終わる前にケイを見失う。
「おいっ! キュウ! 大丈夫か!?」
「「っ!?」」
姿を見失ったと思ったら、ケイはいつの間にかアウレリオの近くへと移動しており、いつの間にかキュウの入った檻に話しかけている。
何が起きたのか分からないエルナンとプロスペロは、目を見開いて驚く。
「クゥ~ン!」
「…………」
「良かった! 生きてる!」
少し離れた所からケイについてきていたクウも、ケイの側に駆け寄り、檻の中のキュウを見つめる。
ケイを呼びに行くためとはいえ、キュウを置いて行くことになり、結果大怪我を負っているキュウを見て悲しそうな鳴き声を上げている。
ケイとクウの声に反応したのか、檻の中のキュウが僅かに動く。
それを見たケイは、ホッと息を吐く。
大怪我を負っているが、何とか生きているようだ。
これなら回復魔法をかけることで助けることができるだろう。
「あっ!?」
「いつの間に……」
ケイがキュウの入った檻を持っていることにワンテンポ遅れて気が付いたエルナンたちは、驚きと共に怒りの表情をケイに向ける。
「テメエ!! 返しやがれ!!」
「こいつは俺の従魔だ!」
持っていた檻をいつの間にか取られていたため、プロスペロが取り返そうとケイに向かって近付いていく。
しかし、ケイが言った言葉を聞いて足を止める。
「フカシこいてんじゃねえぞ!」
「全然顔が違うじゃねえか!?」
自分の従魔だという
しかし、その2つの顔は全く似ていない。
ケイは変装用のマスクをしているのだから当然だ。
「何だこの檻?」
「……ミスリル製の檻で、魔力を封じるんだ。このケセランパサランが魔法を使うと聞いて用意されたものだ」
2人のツッコミを無視するように、ケイはキュウの檻の扉を開けようとする。
しかし、力でこじ開けようにも、うんともすんともいわない。
困っているケイに対し、側にいるアウレリオが檻の説明をする。
特殊な金属によって作られた檻で、キュウの魔力を使えないようにする物らしい。
そして、ケイの魔力も中に通さないらしく、外から回復魔法をかけることもできない。
「おい! この檻のカギ寄越せ!」
カギがかかっており、魔力が使えなくてはケイでは開けるのは難しそうだ。
仕方がないので、エルナンたちへカギを寄越すように手を向ける。
「馬鹿か?」
「渡すわけねえだろ!」
折角捕まえたというのに、カギを開けられたら意味がない。
2人は当然ケイの言葉を拒否する。
「しょうがないな……、クウ!」
「ワン!」
どうするか考えたケイは、クウに呼びかける。
それに返事をし、クウはケイの前でお座りをする。
「こいつ持ってろ!」
「ワン!」
これからのことを考えると、この檻を持ったままだと中のキュウがしんどい思いをさせるかもしれない。
そう思い、ケイは檻の上部につけられた取っ手の部分を、クウに咥えさせて持たせた。
「この犬……」
手配書を出し、キュウだけでなくクウのことも確認したアウレリオは、密かに呟いていた。
完全に手配書通りの姿だ。
「アウレリオはどうするんだ?」
「えっ!? …………お、俺はお前と争う気はない」
キュウとクウのことを静かに気にしていたアウレリオに、ケイは突然話しかける。
鋭い目付きを見る限り、ケイは自分に敵対するのかどうかという質問を投げかけてきたと分かる。
ケイの実力をこの10日で分かっているつもりなので、アウレリオは敵対する気など消え失せていた。
そのため、アウレリオは戸惑いながらもそのことを告げた。
「じゃあ、こいつら見ててくれ」
「わ、分かった」
アウレリオの言葉をあっさりと受け入れたケイは、檻の中のキュウとその檻を咥えたクウを見ていてくれるように頼む。
敵対するという選択をするかもしれない相手に、あっさりと保護を頼むなんて、拍子抜けの感が否めない。
しかし、ケイに聞きたい事があるアウレリオは、逃げられるくらいならとケイの頼みを聞き入れたのだった。
「何だ?」
「やんのか?」
武器を抜き出して自分たちの前に立ったケイに、エルナンたちは戦闘態勢に入る。
どうやら、この2人にはアウレリオのような直感がないらしく、ケイの強さを表面的にしか見てないのか、どこか舐めたままの態度でいる。
「痛めつけてカギを出させる」
「…………はっ? 何言ってんだ?」
「気でも触れちまったのか?」
ストレートにいうケイの言葉に、エルナンたちは馬鹿にしたように問いかける。
“パンッ!”“パンッ!”
「「っ!?」」
「おぉっ! 上手く避けたな?」
ケイの両手の銃から放たれた弾丸に、エルナンたちは驚きと共に回避の行動をおこなう。
顔面ギリギリの所を通り過ぎるように、2人は何とかその攻撃を避けることができた。
結構近い距離なのに弾を躱したため、ケイは上から目線で2人の反射速度を褒めた。
「ヤバいぞ!」
「あぁ……」
たった一回の攻撃で、ケイが危険な相手だと判断したエルナンたちは、マジな顔をして言葉を交わす。
「どっちでも良いからカギ出せや!」
キュウに大怪我を負わせた2人に対し、かなり怒りが湧いているケイは、ドスの利いた声で言いながら両手の銃をそれぞれに向ける。
内心では、2人をただで済ますつもりはない。
キュウの怪我を早く治したいケイは、久々に本気の一端を見せることにした。
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