第131話
主人であるケイがいつものようにいなくなった後、従魔のキュウたちはすることもないので、宿屋の2階の部屋でのんびりと昼寝をしていた。
【…………?】
ベッドの上でウトウトしていたキュウだったが、部屋に近付く気配を感じ薄く目を開く。
「ZZZ……」
その気配に気付いていないのか、キュウがいることで完全に安心しきっているからなのか、クウの方は全く目を覚ますことなく眠っている。
【クウ! おきろ!】
「…………ワフッ?」
部屋の近くに来た気配は、何故だか動かない。
それに違和感を感じたキュウは、眠そうにしていた目を開き、眠っているクウを念話で起こす。
「ワウッ?」
【ごはんじゃない! だれかきた!】
「っ!?」
起こされたクウは寝ぼけているらしく、キュウにお昼の時間なのかと尋ねる。
たしかにこの数日、キュウがクウを起こすのは、主人のケイが帰って来てお昼を食べる頃。
いつもと同じように御飯の時間だと思っても仕方がないかもしれないが、今はそんなことを言っている時ではない。
鼻を使ってそのことに気付いたクウは、警戒心を上げ、黙って外の様子を窺いだした。
“カチッ!!”
ちゃんとカギをかけていたのに、どういう訳だか鍵が開く。
宿屋の従業員という可能性もあるが、ケイは明日までの契約をしてちゃんと料金も払っている。
契約では、ケイの許可なく従業員は入らない決まりになっている。
商売は信用第一。
スペアの鍵を持っているからと言って、その契約を破り、信用を失うようなことをする者はこの宿屋の従業員にはいない。
つまり、
「っ!? やっぱりいたぞ!!」
「マジか!?」
扉が開いて姿を現したのは、従業員など柄はなく2人組の男だった。
2人とも身長はケイより少し大きいくらい。
そのうち片方は、程よく全身に筋肉が付いた短髪の細マッチョ。
もう1人は、短いロッドを持っている魔法使い風のロン毛
この宿では一度も見たことがない。
何をしに来たのか分からないが、態度や口調を見る限り冒険者のように見える。
【クウ! こうげきしちゃだめだぞ!】
「ワンッ!!」
この2人組の目的が何なのか分からないが、キュウのことを見ている所を見ると、手配書の件で来たのかもしれない。
しかし、まだ確定していない上に、理由なく村や町中で従魔が人に攻撃をすると、主人であるケイに罰則が与えられてしまう。
なので、キュウはクウに攻撃をすることを禁止する。
クウも分かっているので、キュウの言葉に了解の返事をする。
「でもいいのか? ベラスコの指示を無視して……」
「いいんだよ。無視したからこいつを見つけられたんだから……」
扉の前を陣取り、2人組はキュウたちを無視して話し合いを始める。
内容を聞く限り、アウレリオにケセランパサランの捕獲を依頼したベラスコ。
そのベラスコから出されていた指示を、無視してこの村に来たようだ。
ベラスコが出した指示とは、このキョエルタの村から東側の村や町で手配書の男を捜索しろという指示だった。
「さっさと捕獲して……」
「あっ!?」
話し合っていた2人がキュウたちに目を向けると、いつの間にか2匹はいなくなっていた。
扉は2人に立ち塞がれている。
なので、キュウたちは2人が話し合っている間に、静かに窓を開けて飛び降りていたのだった。
「くっ!!」
「っざけんな!!」
逃げられたことに気が付いた2人組は、慌てて開いている窓から外を眺める。
すると、黒い毛玉を頭に乗せた柴犬が、村の道を走って宿屋から離れて行っているのが見えた。
油断したとはいえ、あんな魔物にあっさり逃げられたことに、2人は腹を立てて追いかけようとする。
しかし、ここの窓はキュウやクウならともかく、大の大人が通り抜けられる大きさではない。
「ハッ!!」
“ボンッ!!”
一刻も早く追いかけたい2人組のうち、ロン毛の男が短絡的に爆発の魔法を窓へと放つ。
それによって窓は吹き飛び、大きな穴が開いた。
爆発の影響で僅かに火災が発生した。
「行くぞ!」
「おうっ!」
これで人でも通れるようになったため、2人の男はキュウたちを追いかけようと、宿屋から跳び出した。
「何だ!?」
「宿屋が爆発した!!」
「あの2人だ!!」
爆発なんてすれば、当然大きな音が鳴る。
宿屋の近くにいた村の住人たちは、煙が上がる穴から出てきた2人組の男に視線が集中する。
「……おいっ! どうする?」
村人が集まり始め、短髪の男は慌てる。
キュウたちを追いかけようにも、村人たちが数人で宿屋を破壊した犯人である2人を取り囲んでいるため、邪魔されて出来ない。
こうなると考えもせずに魔法を放った長髪の男へ、抗議の目を向けた。
「……証拠は隠滅しよう!」
「……なるほど」
短髪の男は魔法の指輪をしていたらしく、急に槍を取り出す。
少し長めの槍で、持って歩くには色々と不便なため、魔法の指輪に収納しているのだろう。
長髪の男の方はと言えば、短気な性格のようで、すぐさま囲んでいる村人に向けて手のひらを向け、魔力を集め始めた。
“ドンッ!!”
「ぐあっ!」「ごあっ!」「うがっ!」
手に魔力が集まると、長髪の男は無言で村人たちへ爆発魔法をブッ放つ。
何人もが吹き飛び、大怪我を負う者も出た。
「ハッ!!」
「ぎゃあ!」「ぐへっ!」「おがっ!」
短髪の男の方も、取り出した槍で村人たちを斬る・刺す・殴るで仕留めていく。
「道が空いた!」
「追うぞ!」
それによって、囲んでいた村人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
2人組の目的はケセランパサランの捕獲。
村人が逃げたことで、キュウたちを追いかけることができるようになった。
そうなれば村人なんてどうでも良い。
2人はキュウたちを追いかけるために、その場から走り出した。
【あいつらしつこい!】
いきなり2人組の男たちが入って来たため、宿屋の窓から逃げ出したキュウとクウ。
窓から出た次の瞬間、後方から爆発音が響き渡る。
何を考えているのか分からないが、どうやらまともな頭をした相手ではないようだ。
そう思った通り、男たちは村人たちにまで攻撃を始めていた。
被害にあった村人には申し訳ないが、いまのうちに逃げてしまおうと思って逃げるが、男たちもすぐにキュウたちを追いかけてきた。
主人のいない所で従魔が人へ攻撃すると、理由の関係なく処罰を受けることになる。
村の外へ行けばその縛りもなくなるので、村の出口へ向けて走るクウ。
そのクウの頭の上に乗った状態で追いかけてくる男たちをみるキュウは、どんどん近づいてくる男たちにイラ立ちを覚えていた。
「待ちやがれ!!」
クウの足はなかなか速い。
しかし、追いかけてくる男たちはそれ以上の速度で追って来る。
どうやら魔闘術を発動しているようだ。
主人であるケイの指導によって、キュウとクウも魔闘術は使える。
急いで村から出たいため、クウも魔闘術を使って走っているが、相手の方の実力も高いらしく逃げ切れるか微妙なところだ。
「村の外には出さん! ハッ!!」
キュウたちの狙いに気付いたのか、ロン毛の男の方がクウたちに向かって魔法を放ってきた。
【クウ! ひだりにとべ!】
「ワンッ!」
逃げることに集中しているクウに、キュウが魔法を避ける方向を指示する。
その指示の通り、クウは左へと跳ぶ。
「チッ!! ちょこまかと……」
足止めに放つ魔法をことごとく躱され、ロン毛の男はイラ立ちを募らせる。
「ちょ、お前!」
「ケセランパサランだけでも助かればいいんだろ!?」
仲間の男が注意しようとするのを無視して、ロン毛の男はいくつもの魔力球を自分の周囲に作り出し、それをクウ目掛けて飛ばしていく。
作った魔力球の大きさからいって、ただの足止めと言うには大きく、直撃でもすれば怪我だけでは済まないかもしれない。
クウの生死なんてどうでもよく、目的のキュウさえ捕まえられれば構わないといったところだろう。
【っ!?】
強力な魔力球の連発に、キュウも驚く。
【クウ! とまれ!】
「ワウッ!?」
威力と数を見た時に、クウでは全部を避けることは不可能だと判断。
キュウはクウのことを考え、止まるように指示をする。
その急な指示に、クウも慌ててブレーキをかける。
“ズドドド……!!”
クウが止まると、前方にいくつもの魔力球が降り注ぎ、強力な衝撃と共に道に穴を作り出す。
もしも止まっていなければ、クウに直撃していただろう。
キュウの判断は、クウのためにはある意味正解だった。
「ったく、手間取らせやがって……」
「さっさとこいつ持って帰ろうぜ」
上手いこと足止めができたことで。男たちはゆっくりとキュウたちに近付く。
目的のキュウがもう手に入ると思っているようだ。
【クウ! しゅじんのところにはしれ!】
「わうっ!?」
このままでは良くないと思ったキュウは、クウの頭の上から降りる。
そして、クウの足では逃げられることはできないと判断したキュウは、クウだけ逃がすことにした。
生まれた時、あっさりとケイに捕まったことからも分かるように、ケセランパサランのキュウは移動速度が遅い。
普通に走るとなると、クウの方が早いので乗っていたが、一緒にいるとクウに被害が及ぶ可能性が高い。
そう思ったキュウは、クウをケイの所に向かわせることにした。
しかし、キュウを置いて行くなんてできないため、クウはその指示を聞くことにためらいを見せる。
【いいから、いけ!】
「ワ、ワンッ!!」
単純な戦闘力からいって、キュウとクウではキュウの方が上。
それもあって、ケイがいない今、クウはキュウの指示に従うしかない。
強めの口調の念話を受け、クウは地を蹴り走り出す。
「あっ!?」
「別にいいだろ? あいつは関係ないんだし……」
「……そうだな」
キュウを置いて走り出したクウに、ロン毛の男は魔法を放とうとする。
しかし、それを短髪の男が止めに入る。
自分たちの目的は、ケセランパサランの捕獲だけ。
日向に近い国なら時折見るような、犬の魔物なんて相手にする必要なんてない。
仲間の尤もな意見に、長髪の男も納得する。
「じゃあ、こいつをこれに入れるか……」
そう言って短髪の男が取り出したのは、小さい檻。
キュウが丁度入る程度の大きさだ。
その中に入れようと、キュウを捕まえに行く。
“ピョン!”
「っ!!」
しかし、キュウは男が伸ばしたその手から逃れる。
「……逃げんな!」
逃げられたことにイラッとしつつも、男はもう一度キュウに手を伸ばす。
“ピョン!”
「っ!!」
しかし、またもキュウに逃げられる。
「……てめえ!」
完全に腹を立てた男は、大人しくさせようと握った拳をキュウへと放つ。
“フッ!!”
「なっ!?」「っ!?」
捕まる訳にも、殴られる訳にもいかないキュウは、男の拳を躱す。
その動きの俊敏さに、2人の男たちは目を見開く。
さっきの避け方とは違い、キュウのその速度がかなり早かったからだ。
「思った以上に速いな」
キュウの予想外の移動速度に、男たちは余裕だった表情から真剣な目に変わる。
「このっ!!」
“スッ!!”
「やろっ!!」
“スッ!!”
魔闘術を使い、殴るに近い程のハンドスピードでキュウへと手を伸ばす男たち。
しかし、キュウはそれを躱しまくる。
さっきも述べたように、キュウはクウより移動速度は遅い。
しかし、それは普通に地面を蹴って移動する場合の話だ。
瞬間的に短距離を移動するだけなら、キュウには秘策がある。
手足のない球体のようなキュウは、肉体での戦闘は全くできない。
そのため、ケイは魔法を教えた。
初めはたいした魔法が使えなかったが、次第に色々な魔法を使えるようになり、魔法の練習をし続けることで魔力量もかなり増えて、今では魔法特化でも強力な魔物へとなっている。
その得意になった魔法を使うことによって、移動速度を上げる方法を考え付いたのだ。
強力な風魔法を瞬間的に放出することによって、自分を加速して移動するのだ。
ただ、かなり精密な魔力コントロールが必要なので、魔力の消費量がかなり多い。
「いい加減にしろよ!!」
「ちょっと痛めつけるしかないな……」
スイスイ避けられることで頭に来た男たちは、キュウを前後で挟んで拳に力を込めた。
元々、多少痛めつけてでも捕まえるつもりだったので、無傷の捕獲は諦めて、殺さない程度に痛めつけることにした。
【……しゅじんがくるまでがんばる!】
攻撃ができないので、今は逃げ続けるしか方法は無い。
クウがケイを呼びに行ったのだから、それほど時間はかからないはずだ。
それまでの間、キュウは逃げ続けることをことを決意した。
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