第130話
「もう俺が相手する必要ないいだろ?」
「えっ?」
アウレリオのブランク解消に付き合い始めて9日になる。
少しずつ動きもよくなってきているように思える。
問題点も分かっているので、あとは自分でどうにかできるだろう。
そのため、ケイがアウレリオの相手をするのを終わりにしようと提案をした。
突然のことに、アウレリオも面食らったような表情になる。
「とりあえず、明日で最後にしよう」
「あ、あぁ……」
ケイの言葉に、アウレリオは頷くしかなかった。
元々は、ケイから感じた何かを探り当てるための、ある意味方便のでもあったこのブランク解消の手合わせ。
はっきり言って、アウレリオはケイからは何の情報も得られていない。
ただ、尾行はバレるので、ケイではなくケイが接触した人間に話を聞いたところ、何やら火山地帯を探していたということだった。
全くもって、何を考えているのか分からない。
しかし、これ以上理由もなく時間かける訳にはいかない。
何か怪しくは感じるが、ケイが手配書の男とは顔が違うことはたしか。
ケイの何に引っかかったのか分からないが、妻の病気のためにも他の村や町へ向かうべきだろう。
依頼してきたベラスコには、周辺の村に諜報員を送り込んでもらっているので、手配書に似た男たちを見つけたら報告が来るようにはなっている。
しかし、10日も経っているのに何の情報もないということは、男がそこに現れていないか、諜報員の目を何かしらの方法で潜り抜けたということになる。
自分のように直感がある訳ではないので、取りこぼす可能性もあるが、商会でトップ中のトップの諜報員を送り込んでいるというベラスコの言葉を信用するしかない。
「じゃあ、明日……」
「あぁ……」
結局アウレリオはケイを止める言葉が思い浮かばず、この日は別れるしかなかった。
「この山も火山だったはずだ!」
【エスペラスさがす!】「ワンッ!」
アウレリオと別れたケイは、今日も火山に来ていた。
キョエルタの村の付近で火山は2つしかなく、今日はこれまでに通って来た道程の中の火山を思い起こして転移してきた。
エスペラスが火山に生えているのは、この2日で確信に近くなっていた。
しかし、どちらもたいしてエスペラスの樹が生えておらず、実も少量しか手に入っていない。
とてもではないが、アウレリオの奥さんが罹っているドロレス病の回復に使うには足りないように思える。
「あまり大差ないな……」
エスペラスが火山に生えるというのは分かったのだが、それ以外のことは分からないでいる。
地熱とか土壌とか硫化水素などと、色々共通点がないかと思ってケイなりに調査してはいるのだが、この2日捜索した山は近場だったため、データとしてはあまり大差がなかった。
転移して離れた所まで来たのだから、今日のデータと比較すればもしかしたらエスペラスの成長に何が影響しているのか分かるかと思ったのだが、今日の火山も8合目まではこれまでの山と大差がなかった。
「……ちょっと生えている」
【本当だ!】
エスペラスの樹を見つけ、ケイは意外そうな声をあげる。
そのケイの言葉に、キュウも反応する。
これまでと違うのは、頂上付近に来た時にエスペラスの樹が生えている本数だ。
2、3本しか生えていなかった昨日、一昨日とは違い、今日来たこの火山は十数本と2桁は生えている。
「何が違うんだ?」
はっきり言って、ケイが注目していた3つの項目は、これまでと変わらない。
なので、期待していなかった分、生えている本数に驚きを覚える。
火山としての状況は変わらないのに、こちらの方が生えている本数が違うということは、エスペラスの生態の謎が解消されないどころか更に謎が深まった。
そのため、ケイは首を傾げるしかなかった。
「…………もしかして、火山の活動が関係しているのか……」
これまでの火山は完全に小康状態といったところだった。
それに比べて、今日転移してきた山は、火口の部分からほんの僅かに煙が上がっている。
違いと言ったらこれしかないようなので、エスペラスの成長には、ケイが言うように火山活動が関係している可能性がる。
【しゅじん、とらないの?】「ワウッ?」
「あぁ、取るよ……」
火山活動の違い以外に、何か他に違いがないか探すために無言になるケイ。
やはり、他にはなにも差がないように思える。
そんなケイに、キュウとクウは実の採取をしないのかと尋ねてくる。
理由はどうあれ、これだけの数の樹が自生しているのなら、実の方もかなり期待できる。
「だいぶ取れたな!」
【とれた!】「ワンッ!」
思った通り、結構な数と大きさに成長したエスペラスの樹からは、多くの実が取れることができた。
手提げのバスケットを実の受け籠代わりにしたのだが、それがいっぱいになるほどだ。
BB弾程の大きさの赤い実が、ここまで取れると綺麗に見えてくるから不思議だ。
「これで明日の準備は大丈夫だ」
今日は他の場所でも探すつもりだったが、これだけあれば十分だろう。
アウレリオの稽古も明日までと言った手前、ケイは今日中に数を揃えておきたかったため、今日も取れる数が少なかった場合、明日も理由を付けて稽古の終了を伸ばしていたかもしれない。
何だかみっともないことにならなくて済んだだことに、ケイは安堵した。
「帰ろうか?」
【うん!】「ワンッ!」
結局エスペラスの生態の解明はできなかったが、火山地帯に生えている可能性が高いということだけでも十分役に立つ情報が得られた。
土産としては十分な物と情報を得て、ケイたちはキョエルタの村付近の森に転移をしていったのだった。
◆◆◆◆◆
「おっ? いつも以上にやる気だな?」
「あぁ、最後だからな……」
今日で最後になるからなのか、アウレリオはいつも以上に気合いの入った表情で、訓練場所の草原でケイを待ち構えていた。
いつも通りの時間に来たケイは、軽い準備運動をした後に武器を取り出す。
「全力で行く!」
「あぁ、いいぞ!」
これまでも本気だったが、今日はケイを殺すつもりでの本気。
あからさまに殺気を飛ばすアウレリオに、ケイも真面目な顔で答えを返す。
“バッ!!”
「っ!?」
いつものようにケイが開始の合図をする前に、アウレリオはロングソードを抜いて斬りかかる。
「そう来たか……」
あからさまにフライングした攻撃に、ケイは両手に持った銃をクロスさせて受け止める。
そのまま鍔迫り合いのような状態になりながら、ケイは一言呟く。
「お前もいいと言っただろ?」
「あぁ……」
たしかに、アウレリオが行くと言った後に、ケイも了承の言葉を言った。
それを、ある意味合図と言えば合図と取れる。
そもそも、アウレリオが殺気を出した時点でちゃんと警戒はしていたケイは、そんなことで腹を立てるつもりはない。
通常冒険者の戦いの相手は魔物。
「よーい始め」で戦うなんてことはまずありえない。
そうでなくても、冒険者になる者の中には頭がおかしい者も紛れている。
同じ冒険者を出し抜くためには、何でもするという考えを持っている者もいて、何でもするの中には、殺してでもというのも入っている。
そんなのを相手にしていれば、アウレリオがしてきたことは大したことではない。
ちゃんとご丁寧に殺気を飛ばしてからの行いなのだから、むしろ奇襲の意味はあまりない。
「ムンッ!」
「っと!」
鍔迫り合いの状態から、アウレリオがおもいっきりケイを押す。
それによって、数歩の後退を余儀なくされたケイは僅かに体勢を崩す。
「ハッ!!」
「っ!?」
体勢を崩したケイの胴に向かって、アウレリオは剣を横に振る。
その振りの鋭さからいって、当たれば大怪我間違いない。
だが、ケイはその剣を更に後方へと飛び避ける。
「っ!?」
そんなケイに対して、アウレリオは更に追いかける。
まるで、距離を取らせないようにするかのようだ。
『これまでの戦いで、ケイは遠近どちらの状況でも戦える技術を持っている。それでも、近接戦闘の方ならまだ戦える』
ケイを追いかけながら、アウレリオは頭の中で自分の攻撃が当てられる策を考えていた。
アウレリオがケイとの距離を離さないようにしているのは、離れて戦うと勝ち目が全然ないからだ。
離れて戦うとなると、ケイのバリエーションの多い魔法や銃による攻撃によって、躱すことに集中させられて体力を削られ、近付くことが難しくなり降参するしかなくなる。
それに比べれば、自分の得意分野である近接戦闘に持ち込む方が、一矢報いることができる可能性がある。
そのため、何としても離れないように距離を詰め続ける。
「っ!?」
「……近接戦が希望か?」
攻撃の回避で、後退や左右へと追いかけられる立場だったケイだが、急にアウレリオに向かって前進する。
アウレリオの動きを見る限り、近接戦を求めているようなので、ケイは要望に応えることにしたのだ。
昨日までの9日間の手合わせでも何度か近接戦を行ったが、たいてい距離を取って遠距離に釘付けにするようにケイは戦ってきた。
その方が、戦いやすいからだ。
しかし、思えばアウレリオは近接戦を得意にしているタイプ。
最後くらいはそれに付き合った戦いをしても良いだろう。
「このっ!」
急にケイが向かって来たことに、アウレリオは意外に思いつつも剣を振る。
袈裟斬り・逆袈裟と斬りかかるが、ケイはそれを躱して懐に入り込む。
「ふんっ!」
「うっ!?」
アウレリオの懐に入ったケイは、腹に向かって蹴りを打ち込む。
感覚を重視するタイプのアウレリオは、蹴られると分かった瞬間に自ら後方に飛び、攻撃によるダメージを軽減させようとする。
その動きは、最初の時よりも反応が早くなっている気がする。
とは言っても、完全にダメージを抑えることなどできない。
後方に飛んで着地した瞬間、アウレリオは腹を撫でて痛みを紛らわす。
「くそっ!」
ダメージを減らすためとは言っても、自分から距離を取らせるようなことをしてしまい、アウレリオは思わず言葉を発する。
そして、すぐさまケイに向かって地を蹴る。
ケイの方はというと、いつもとは違って銃で距離を取らせるようなことをして来ない。
「ウラララッ!!」
ケイの表情からいって、別に舐めている様子はない。
しかし、これはアウレリオにとっては好機。
全力でケイに連撃を切り出す。
「っ!?」
これまでの手合わせで最速の攻撃に、ケイは僅かに慌てる。
アウレリオの攻撃を完璧に躱すことができず、頬や服が僅かに切れる。
「フッ!」
「っ!?」
自分の攻撃が掠り、このまま連撃を続けようとしたアウレリオだが、ケイは連撃の1つを見極め、左手の銃で受け止める。
渾身の連撃を止められ、アウレリオは目を見開く。
「ハッ!!」
「うがっ!?」
攻撃を止められて、アウレリオの動きも一瞬止まる。
そこにケイのハイキックが襲い掛かる。
反射的に避ける暇もなく、ケイの攻撃を綺麗に食らったアウレリオは、そのまま気を失った。
「…………? ……あれっ?」
「あっ、起きたか?」
流石に気を失ったアウレリオを放って置いて村に戻る訳にはいかず、ケイは起きるのを待っていた。
「結局、掠らせる事しか出来なかったか……」
「動きも反応速度も上がってる。ちょっと本気出させただけでも良しとしろよ」
全力を尽くしても、ケイには全然届かなかった。
せめてもの救いは、頬に小さな傷を付けることができたくらいだ。
落ち込むアウレリオを、ケイは慰めるように声をかける。
「ちょっと……、か……」
慰めてくれているつもりなのだろうが、たいして本気でなかったと言われて、アウレリオはさらに落ち込む。
「じゃあ、これでお別れだな……」
「あぁ……、んっ?」
ケイに傷を付けられるようになったし、昨日言っていたように、もう十分ブランクの解消はできただろう。
そのため、ここで別れようとケイが告げ、アウレリオが了承した。
しかし、アウレリオが何かに気付いたような反応をする。
「何だ?」
そのアウレリオの反応に引きずられるように、ケイもアウレリオの視線と同じ方向に目を向ける。
「あれっ? あっちは村の方角だよな?」
「あぁ……」
すると、2人が目を向けた方向には煙が上がっていた。
その煙が上がっている所に何があるかと言ったら、2人が寝泊まりしていたキョエルタの村だ。
「…………まさか!?」
「あっ!? おいっ!!」
その煙に嫌な予感を感じたケイは、アウレリオの制止の言葉など耳に入らない様子で、村に向かって走り出したのだった。
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